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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第六部 黄

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穴掘り 二

 少し位置を変えて掘り始めた。

 腰をかがめて、両手で砂をかき出すのだ。何度も繰り返していると、なんかそういう動物になった気分になるが。こんな地獄みたいな場所で気取っていても仕方がない。


 砂を掘る。

 砂を掘る。

 砂を掘る。


 腕の動く限り、同じ動作を続ける。

 疲れたらやめて、大の字になって寝る。


 ここには娯楽がない。

 体を動かしていないと頭がどうにかなる。

 火星に取り残された人類みたいな気分だ。


 決して明けない夜。

 平坦な砂漠。

 音楽さえない。


 それでも会話相手がいるだけマシかもしれないが。


 誰か、歌でも歌ってくれたなら……。


 俺は穴掘りを再開した。

 頭の中に流れるのは、誕生日の歌。いや、夜明けを渇望する歌か。どっちでもいい。てっとり早くめでたい気分になりたい。


 穴を掘っていると、手先に痛みが走った。

「っく、なんだ……」

 なにか尖ったものがあった。

 砂しかないと思われた世界に。

「あれ? 師匠、ちょっと見てください。樹ですよ。樹が生えてます」

「えっ?」

 俺は植物の専門家ではないが、それが樹であることくらい分かる。

 師匠も目を細めている。

「たしかに樹だな……」

「こんな砂漠にもあったんですね、植物」

「いや待て。ひょっとするとこれは……」

「なんです?」

 なにかに気づいたのか?

 こっちはアホみたいに穴を掘り過ぎたせいで、頭が回らないのだが。


 彼も穴掘りに参加した。

「いいか。ここからは慎重にやるぞ」

「はぁ……」

 興味なかったんじゃないのか?

 なんだ急に……。


 掘り進めてゆくと、ブロックノイズにまみれたディスプレイに行き当たった。しかも樹は、そのディスプレイを貫通している。

 生命の樹だ……。


「やはりな」

 師匠はやれやれといった顔でそんなことを言う。

 おいしいところだけ持っていこうとしてないか?

「掘ったの俺ですよ」

「よくやった」

「はい」

 ナメんなという気持ちが半分。

 褒められて素直に嬉しい気持ちが半分。


 こんなおっさんに褒められて喜んでしまう自分が情けない。でもこの人は、憎しみしかもっていなかった十代の俺に、知恵を授けてくれた。それが虚栄心からであろうとなんであろうと構わない。少なくとも俺は救われた。

 そうだ。

 救われた。

 それでも俺は満たされなかった。

 真の意味で救われたのなら、俺はその後、三人の命を奪うことはなかっただろう。

 俺は師匠から学んだことを悪用した。

 地獄に落ちて当然の男だ。


「生命の樹ってことは、やはりこの下にアパートが?」

「おそらくそうだろう。物理的につながっていると考えるほかない」

 あの禁足地にそびえていた大樹は、この世界にまで突き抜けていたのだ。

 ここは、アパートの上にあるわりには、やはり天国とは思えない場所だが。


「どうします? このディスプレイをぶち破ってみます?」

「強度の問題を度外視すれば、おそらくそれでアパートに戻れるだろう」

 ディスプレイを割ることができれば、だ。

 生命の樹は、ディスプレイの一部を破壊している。そこを手掛かりに壊すこともできそうだが……。


 いや、その前に、することがある。

 画面をよく見て、禁足地の情報を得ることだ。

 まあ最上階の足場しか映っていないから、その下はなにも見えないわけだが。


「なんか、結局、現地行かないとどうなってるのか分かりませんね」

「行きたいのか?」

 師匠の言葉に、俺は思わず二度見、いや三度見してしまった。

「えっ? 行きたくないんですか?」

「いや、ほかに行くべき場所があるような気がしてな」

「ほかって、どこに?」

「上だよ」

 師匠が指さしたので、俺もバカ正直に上を見上げた。

 青黒い空しかない。


「あのー、師匠。もしかして、クモの糸のこと言ってます?」

「あれには期待してない。だが、いいか? 俺たちは、アパートを見た。そしてこの砂漠を見た。二つの世界しか知らないから、もといた場所に固執しそうになる。だが、もっと上があるとは思わないか? いや、あるのだ。実際、糸が落ちてくる。上に誰かいる」

 俺はふたたび上を見た。

 この果てない空のように見えるものも、あるいはディスプレイに映された虚像なのだろうか。


「師匠のプランは?」

「ない。いまはただ、状況の変化を待っている」

「ただ寝てるのとなにが違うんです?」

「備えながら寝てるんだ。ただ寝てるのとは違う」

 ニートの言い訳みたいだな。

 だが、機を見極めるのも確かに大事だ。

 師匠はなにかをつかみかけている。


 一人の男が近づいてきた。

「なるほど、生命の樹ですか。かなり弱っているいまなら、取り込むことができるかもしれませんね」

 なぜこいつがここにいる?


 於路地――。

 長い黒髪の印象的な、美貌の陰陽師。


「なんで死なないんだよ……」

「死にましたよ。あなたの策でね。けど、死ぬ直前、私も獣になったのです。私自身、すでに限界を迎えていました。あなたの仲間を殺害したことで獣になり……」

「おい!」

 聞き間違えか?

 仲間を殺害した?

「なんです? 誰もが覚悟の上であの場にいたはず。命を奪ったからとて、責められるいわれはありませんが?」

「……」

 完全にこいつが正しい。

 俺たちだけに許されて、他者には許されないというのは、筋が通らない。そんなものは戦いではない。ただの処刑だ。


 俺は深く呼吸をし、できるだけ冷静になってから口を開いた。

「教えて欲しい。どっちを殺したんです?」

「両方です」

「両方? だったら、あんたは誰に殺されたんだよ?」

「白い大蛇ですよ。予期せぬ方向からいきなりやってきましてね。首を噛まれて気を失いました。その後のことはよく分かりません」


 ヘビ?

 もしかして、センさんが助けに来てくれたのか?

 だが、先生は普通には死ねない体だったはずだが……。ぶちのめしたあと、きちんと聖水に突っ込んだのだろうか? だとすれば、俺のプランを理解している人間が生存していたことになるな。


 師匠は肩をすくめた。

「於路地がヘビに食われるとはな」

「……」

 ジョークを言うなら、笑える状況でやって欲しい。

 ホントに空気読めないなこの師匠は。


 先生もこのクソジョークを無視した。

「先ほどの提案、試してみても構いませんか?」

「一体化するって話? 正直、気が乗りませんね。このアパート全体があんたに乗っ取られるなんて」

「もし私が一体化に成功したら、樹を天まで伸ばして、次の世界をお見せすると約束します」

 こいつは間違いなくサイコパスだが、約束だけは守る人間だ。


 師匠は冷静だ。

「だが、俺たちは彼になにかを強制することはできない。本人がやりたいと言うのなら、やらせるしかあるまい」

「師匠、ちょっと待ってくださいよ。アパート全体にかかわることですよ」

「止めたいなら止めればいい。私は気にしない」

 どっちでもいいってのか。

 師匠は、先生のことを信頼してるのか?

 それともあきらめか?

 納得いかない。


 一方、先生はすんとしていた。

「お気に召さないのであれば、私もムリにとは……」

 やけに素直で気持ち悪い。


 師匠の言う通り、機を待つか。

 先生の言う通り、生命の樹を取り込んでもらうか。


 どちらが正解なのか、俺には分からない。

 分かっているのは、なにもしなければ、この状態がずっと続くということだ。あるいは聖水の放流が続けば、空間そのものが消滅する。


「だいたい、このディスプレイはなんなんですかね」

 俺のボヤきに応じたのは、先生だった。

「おそらく世界を隔てる壁が、時代に合わせて変化したものでしょう」

「なんです? 世界を隔てる壁?」

「古くは、世界が三つの層で成立している、と考えられていました。一番下に世界を支える風輪、その上に水輪、そして人の住む金輪が乗っている。『金輪際こんりんざい』という言葉を聞いたことは? あれは人の世たる金輪と、水輪を隔てる境界のこと。つまり『金輪際』という語は、『人界にある限りは』という意味で使われます」

 なんか聞いたことがあるような。


 俺は足元のディスプレイを見つめた。

「ならこのディスプレイは……金輪際でいうところの『際』にあたる……と」

「おそらく。ここは、三層モデルを模して造られた世界のようですから」

 ならアパートが金輪か?

 いや、そう決めつけるのは早計だ。いま言えるのは、おそらくこの上に一層あるということだけ。順当に当てはめていいなら、アパートが風輪、ここが水輪、上が金輪と予想できるが。


 金輪――。

 人の世――。

 もしかすると、そこが俺たちのもといた世界なのでは?


 だとしたら、糸を垂らしてるのは人間……?


 雲外老師は釣りのまねごとをしていた。

 なにも釣れたことがないとも。

 もしかして、この一件を示唆していたのか?


 先生がフッと笑みを浮かべ、こちらを見た。

「あなたはどうしたいのです?」

 友好的な笑みではない。どこかサディスティックだった。過去に俺が責めた分を、そのまま返してきたような。

「俺? 俺は……」


 ないのだ。

 なにも。

 空っぽだ。


 俺は自己犠牲を選択し、あとのことは仲間たちに任せたつもりでいた。

 なのに……予想外に生き返ってしまった。それも外野で。

 続きがあるとは思っていなかった。


 いまは、とにかく知りたい。

 みんながどうなったのか。

 高田との交渉は成立したのか。説得できたのか。


 ちょこんと飛び出している生命の樹が、忌々しく思えてきた。

 アパートから飛び出して、少しだけ先端を覗かせている。

 すべての元凶。


 ディスプレイに茶トラのネコが映った。

 こちらに向かってなにか鳴いている……ように見えた。だが後ろから来た小鬼に追われて、さっとどこかへ逃げた。


 たまこ?

 俺たちの存在に気付いている?

 助けを求めているのか?


「俺は、アパートに戻ります。そのために、このディスプレイを叩き割る」

 生命の樹は、物理的な力でディスプレイをこじ開けているのだ。

 こちら側からも同じことができるはず。


 問題は、それだけのエネルギーをどうやって得るのか、だが。


(続く)

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