穴掘り 二
少し位置を変えて掘り始めた。
腰をかがめて、両手で砂をかき出すのだ。何度も繰り返していると、なんかそういう動物になった気分になるが。こんな地獄みたいな場所で気取っていても仕方がない。
砂を掘る。
砂を掘る。
砂を掘る。
腕の動く限り、同じ動作を続ける。
疲れたらやめて、大の字になって寝る。
ここには娯楽がない。
体を動かしていないと頭がどうにかなる。
火星に取り残された人類みたいな気分だ。
決して明けない夜。
平坦な砂漠。
音楽さえない。
それでも会話相手がいるだけマシかもしれないが。
誰か、歌でも歌ってくれたなら……。
俺は穴掘りを再開した。
頭の中に流れるのは、誕生日の歌。いや、夜明けを渇望する歌か。どっちでもいい。てっとり早くめでたい気分になりたい。
穴を掘っていると、手先に痛みが走った。
「っく、なんだ……」
なにか尖ったものがあった。
砂しかないと思われた世界に。
「あれ? 師匠、ちょっと見てください。樹ですよ。樹が生えてます」
「えっ?」
俺は植物の専門家ではないが、それが樹であることくらい分かる。
師匠も目を細めている。
「たしかに樹だな……」
「こんな砂漠にもあったんですね、植物」
「いや待て。ひょっとするとこれは……」
「なんです?」
なにかに気づいたのか?
こっちはアホみたいに穴を掘り過ぎたせいで、頭が回らないのだが。
彼も穴掘りに参加した。
「いいか。ここからは慎重にやるぞ」
「はぁ……」
興味なかったんじゃないのか?
なんだ急に……。
掘り進めてゆくと、ブロックノイズにまみれたディスプレイに行き当たった。しかも樹は、そのディスプレイを貫通している。
生命の樹だ……。
「やはりな」
師匠はやれやれといった顔でそんなことを言う。
おいしいところだけ持っていこうとしてないか?
「掘ったの俺ですよ」
「よくやった」
「はい」
ナメんなという気持ちが半分。
褒められて素直に嬉しい気持ちが半分。
こんなおっさんに褒められて喜んでしまう自分が情けない。でもこの人は、憎しみしかもっていなかった十代の俺に、知恵を授けてくれた。それが虚栄心からであろうとなんであろうと構わない。少なくとも俺は救われた。
そうだ。
救われた。
それでも俺は満たされなかった。
真の意味で救われたのなら、俺はその後、三人の命を奪うことはなかっただろう。
俺は師匠から学んだことを悪用した。
地獄に落ちて当然の男だ。
「生命の樹ってことは、やはりこの下にアパートが?」
「おそらくそうだろう。物理的につながっていると考えるほかない」
あの禁足地にそびえていた大樹は、この世界にまで突き抜けていたのだ。
ここは、アパートの上にあるわりには、やはり天国とは思えない場所だが。
「どうします? このディスプレイをぶち破ってみます?」
「強度の問題を度外視すれば、おそらくそれでアパートに戻れるだろう」
ディスプレイを割ることができれば、だ。
生命の樹は、ディスプレイの一部を破壊している。そこを手掛かりに壊すこともできそうだが……。
いや、その前に、することがある。
画面をよく見て、禁足地の情報を得ることだ。
まあ最上階の足場しか映っていないから、その下はなにも見えないわけだが。
「なんか、結局、現地行かないとどうなってるのか分かりませんね」
「行きたいのか?」
師匠の言葉に、俺は思わず二度見、いや三度見してしまった。
「えっ? 行きたくないんですか?」
「いや、ほかに行くべき場所があるような気がしてな」
「ほかって、どこに?」
「上だよ」
師匠が指さしたので、俺もバカ正直に上を見上げた。
青黒い空しかない。
「あのー、師匠。もしかして、クモの糸のこと言ってます?」
「あれには期待してない。だが、いいか? 俺たちは、アパートを見た。そしてこの砂漠を見た。二つの世界しか知らないから、もといた場所に固執しそうになる。だが、もっと上があるとは思わないか? いや、あるのだ。実際、糸が落ちてくる。上に誰かいる」
俺はふたたび上を見た。
この果てない空のように見えるものも、あるいはディスプレイに映された虚像なのだろうか。
「師匠のプランは?」
「ない。いまはただ、状況の変化を待っている」
「ただ寝てるのとなにが違うんです?」
「備えながら寝てるんだ。ただ寝てるのとは違う」
ニートの言い訳みたいだな。
だが、機を見極めるのも確かに大事だ。
師匠はなにかをつかみかけている。
一人の男が近づいてきた。
「なるほど、生命の樹ですか。かなり弱っているいまなら、取り込むことができるかもしれませんね」
なぜこいつがここにいる?
於路地――。
長い黒髪の印象的な、美貌の陰陽師。
「なんで死なないんだよ……」
「死にましたよ。あなたの策でね。けど、死ぬ直前、私も獣になったのです。私自身、すでに限界を迎えていました。あなたの仲間を殺害したことで獣になり……」
「おい!」
聞き間違えか?
仲間を殺害した?
「なんです? 誰もが覚悟の上であの場にいたはず。命を奪ったからとて、責められるいわれはありませんが?」
「……」
完全にこいつが正しい。
俺たちだけに許されて、他者には許されないというのは、筋が通らない。そんなものは戦いではない。ただの処刑だ。
俺は深く呼吸をし、できるだけ冷静になってから口を開いた。
「教えて欲しい。どっちを殺したんです?」
「両方です」
「両方? だったら、あんたは誰に殺されたんだよ?」
「白い大蛇ですよ。予期せぬ方向からいきなりやってきましてね。首を噛まれて気を失いました。その後のことはよく分かりません」
ヘビ?
もしかして、センさんが助けに来てくれたのか?
だが、先生は普通には死ねない体だったはずだが……。ぶちのめしたあと、きちんと聖水に突っ込んだのだろうか? だとすれば、俺のプランを理解している人間が生存していたことになるな。
師匠は肩をすくめた。
「於路地がヘビに食われるとはな」
「……」
ジョークを言うなら、笑える状況でやって欲しい。
ホントに空気読めないなこの師匠は。
先生もこのクソジョークを無視した。
「先ほどの提案、試してみても構いませんか?」
「一体化するって話? 正直、気が乗りませんね。このアパート全体があんたに乗っ取られるなんて」
「もし私が一体化に成功したら、樹を天まで伸ばして、次の世界をお見せすると約束します」
こいつは間違いなくサイコパスだが、約束だけは守る人間だ。
師匠は冷静だ。
「だが、俺たちは彼になにかを強制することはできない。本人がやりたいと言うのなら、やらせるしかあるまい」
「師匠、ちょっと待ってくださいよ。アパート全体にかかわることですよ」
「止めたいなら止めればいい。私は気にしない」
どっちでもいいってのか。
師匠は、先生のことを信頼してるのか?
それともあきらめか?
納得いかない。
一方、先生はすんとしていた。
「お気に召さないのであれば、私もムリにとは……」
やけに素直で気持ち悪い。
師匠の言う通り、機を待つか。
先生の言う通り、生命の樹を取り込んでもらうか。
どちらが正解なのか、俺には分からない。
分かっているのは、なにもしなければ、この状態がずっと続くということだ。あるいは聖水の放流が続けば、空間そのものが消滅する。
「だいたい、このディスプレイはなんなんですかね」
俺のボヤきに応じたのは、先生だった。
「おそらく世界を隔てる壁が、時代に合わせて変化したものでしょう」
「なんです? 世界を隔てる壁?」
「古くは、世界が三つの層で成立している、と考えられていました。一番下に世界を支える風輪、その上に水輪、そして人の住む金輪が乗っている。『金輪際』という言葉を聞いたことは? あれは人の世たる金輪と、水輪を隔てる境界のこと。つまり『金輪際』という語は、『人界にある限りは』という意味で使われます」
なんか聞いたことがあるような。
俺は足元のディスプレイを見つめた。
「ならこのディスプレイは……金輪際でいうところの『際』にあたる……と」
「おそらく。ここは、三層モデルを模して造られた世界のようですから」
ならアパートが金輪か?
いや、そう決めつけるのは早計だ。いま言えるのは、おそらくこの上に一層あるということだけ。順当に当てはめていいなら、アパートが風輪、ここが水輪、上が金輪と予想できるが。
金輪――。
人の世――。
もしかすると、そこが俺たちのもといた世界なのでは?
だとしたら、糸を垂らしてるのは人間……?
雲外老師は釣りのまねごとをしていた。
なにも釣れたことがないとも。
もしかして、この一件を示唆していたのか?
先生がフッと笑みを浮かべ、こちらを見た。
「あなたはどうしたいのです?」
友好的な笑みではない。どこかサディスティックだった。過去に俺が責めた分を、そのまま返してきたような。
「俺? 俺は……」
ないのだ。
なにも。
空っぽだ。
俺は自己犠牲を選択し、あとのことは仲間たちに任せたつもりでいた。
なのに……予想外に生き返ってしまった。それも外野で。
続きがあるとは思っていなかった。
いまは、とにかく知りたい。
みんながどうなったのか。
高田との交渉は成立したのか。説得できたのか。
ちょこんと飛び出している生命の樹が、忌々しく思えてきた。
アパートから飛び出して、少しだけ先端を覗かせている。
すべての元凶。
ディスプレイに茶トラのネコが映った。
こちらに向かってなにか鳴いている……ように見えた。だが後ろから来た小鬼に追われて、さっとどこかへ逃げた。
たまこ?
俺たちの存在に気付いている?
助けを求めているのか?
「俺は、アパートに戻ります。そのために、このディスプレイを叩き割る」
生命の樹は、物理的な力でディスプレイをこじ開けているのだ。
こちら側からも同じことができるはず。
問題は、それだけのエネルギーをどうやって得るのか、だが。
(続く)




