穴掘り 三
ディスプレイの表面は、ガラス質だ。
ありあまる砂を焼けば、同等の硬度の物質を得られる。
ただし熱が必要。
モノが燃えるためには、三つの条件がある。
1.酸素
2.可燃物
3.酸素と可燃物が反応を始める程度の熱
三つそろえば勝手に燃える。
どれかが欠ければ燃えない。燃えていても燃焼が止まる。
まあ酸素はあるだろう。
熱は……摩擦でなんとかできるかもしれない。
しかし可燃物として使えそうなものがなかった。服を燃やしてもいいが……。それを燃やしたところで、たいした熱も得られない上に、人としてのなにかを失う。
俺は土下座した。
「先生、俺に術をご教授願えませんか?」
「術……」
心なしか冷たい声がした。
彼はその道の専門家だ。
いや専門家なんてもんじゃない。そこらの専門家を凌駕する天才だ。俺みたいなトーシロが、指導を受けることさえおこがましい。
彼は膝をついた。
「顔をあげてください。どんな術が知りたいのです?」
「このディスプレイを叩き割りたいんです」
「たとえばこのように?」
バァンとディスプレイの一部が抜けた。
いまや、どこまでも続く穴でしかない。
「えっ?」
「おそらくアパートまで抜けたと思います」
先生はなんてことない顔をしていた。
本当に?
この人、ちょっとムチャクチャじゃないか?
いや、先生は自力で人界からこの世界に入ってきたのだ。この程度の壁を抜くのは難しくないのかもしれない。
「なぜ?」
「なぜとは? あくまで一例をお見せしただけですが……。いけませんでしたか?」
「いや……」
気の利いた演出でもしているつもりなのか?
いや、こいつの場合、素でやっている可能性もある……。
先生はすっと立ち上がった。ひょろ長くて、そんなに強そうには見えないのだが。
「霧島さん。私はね、本当にあなたのことを評価しているんですよ。仲間たちの首を刎ねて、みずから外道になるなんて。私がこれまで相手にしてきたどんな人間をも超えていた。いえ、もはや人の業でさえなかった。あれは外道のための業。あなたは真の外道です」
「はぁ……」
これは褒めてないよな?
まあ外道なのは否定できないが。
あれは、二人が生き返るという前提で立てた策だ。全体の被害を最小限に抑えようとした結果、ああなった。やむをえない。真の外道ではない。外道ごっこだ。
俺は穴を覗き込んだ。
かなり深い。
「けど、どうやって降りようかな……」
たしか、この砂漠には切れたクモの糸が落ちている。
古いのはボロボロだが。切れたばかりのはまだ粘度もあり、しなやかさも保っている。細いのに手を傷めない。不思議な糸だ。
一端を生命の樹に巻き付ければ、昇降につかえる。
途中で切れなければ。
いや、一本だけを使う必要はない。
複数本をまとめて編めば、簡単な梯子になるかもしれない。糸の残骸は山ほどあるのだ。わざわざ一本で降りることはない。
この提案をすると、師匠も乗り気になってくれた。
「いいアイデアだ。いや、俺もあの糸はなにかに使えると思っていたが……」
「たまには素直に褒めてくださいよ」
「グッドだぞ、式見くん」
「はい」
一番弟子だから優秀なのは仕方がない。
まあ、じつは素直に喜べる気分でもないのだが。
安田少年は、先生に殺された。
じつは未使用の反魂の札を持たせておいたが……。それで助かっていればいいのだが。少なくとも赤尾さんは死んだだろう。
*
ハシゴ造りが始まった。
アパートに戻れる――。
その事実が広まると、みんなが作業に手を貸してくれた。
この無気力な砂漠で、人々が協力し始めた。
この中に、俺が過去に切り捨てた獣がいると思うと、ちょっとなんとも言えない気持ちになったが。
まあ、ああなってしまったら誰かが殺すしかない。
俺だって例外じゃない。
*
禁足地に降り立つと、小鬼たちに囲まれた。
「なんだお前たち! どっから入ってきた! ここは禁足地だぞ! 許可はあるのか! 許可はァ!」
現場監督らしき男がデカい声でわめいてきた。
まあ管理責任がある以上、部外者を排除するのは彼の仕事だ。彼を個人的に責めても仕方がない。まあ俺は許可があるからいいが。
「あ、見てください。俺、許可ありますよね? 行ってもいいですか?」
「はぁ?」
すると小鬼たちは、指の隙間からこちらを見て、目を丸くした。
「こ、こいつ……死んでるぞ!」
「ひぃっ!」
「死体が歩いてる!」
我先にと逃げ出してしまった。
ふん。
どうせ俺が死んでいるというのも、管理上のデータだろう。
そんなものに惑わされおって。
俺たちはこうして普通に生きているというのに。
「別館はこっちですよ」
俺が指さすと、人々はぞろぞろついてきた。
隣に来た先生に、俺は尋ねた。
「先生、これから感謝カルトと話をつけにいきますけど、お願いですから邪魔しないでくださいね」
「結構ですよ」
「なんでそう素直なんです?」
「心外ですね。私はあなたに負けたのです。よほどのことがない限り、あなたの妨害はしません」
よほどのこと、ね。
*
厨房を抜けて食堂に出るたところで、二人の警備員に止められた。警棒を手にしている。
「なんだお前らっ!」
「なんだろうな……」
俺は正面から近づいて警棒をつかみ、ねじって奪い取った。こいつらは戦いに慣れていない。弱いヤツをいたぶることしかできない。こちらが攻勢に出ればすぐに引っ込む。
驚いている間に、二人目の警棒を力いっぱい叩き落した。
「あぐあっ! な、なん……。あれ、こいつ……。前にも……」
「そうだ。前にも似たようなことがあったな。けど省略して結論だけ言うぞ。高田を呼んで来い。早くしろ。もたもたしてると頭をカチ割る」
「ひっ」
一人が走り出した。
警棒は危ない。
頭をぶっ叩かれれば死ぬこともある。
なんなら中身のスカスカな鉄パイプより殺傷力が高い。こんなもので市民を脅しやがって。クソカルトどもめ……。
俺の後ろにいた人々がざわつき始めたが、先生がよく通る声で簡単に事情を説明した。
いま別館は、カルトに占拠されているのだと。
筋肉質の男たちを連れて、高田言説が現れた。どいつもこいつもカタにハメたような笑顔だ。
「困りますねぇ、霧島さん……。勝手に行方をくらましたかと思えば、また性懲りもなく不法侵入。マイナス100ポイントですよ」
「光栄だな。それより、交渉はどうなったんだ? 予定の日はとっくに過ぎてると思うが?」
すると彼の額に太い血管が浮いた。笑顔のままで。
「交渉? 霧島さん、いい加減にしてくださいよ。我々は、犯罪者とは交渉しません。あんな脅しみたいな方法まで使って」
「食堂を独占してるヤツがいうな」
「なぜいま食堂の話を? 人が殺到したら危険でしょう? 逆に、いままで野放しだったのがおかしかったんです。だから、我々が管理している。それともなんですか? あなたはパニックを起こしたいとでも? いかにもテロリストが考えそうなことですね」
「勝手な理屈をこねるな。いままで事故なんか起きてなかった」
危険を捏造しておいて、危険だから管理してやるとは。
クソめ。
ともかく、ひとつだけ分かったことは、こいつは交渉を蹴ったということだ。こちらを犯罪者と決めつけて。
あとは実力行使しかない。
一緒に上から降りてきた人の中には、「自分たちは行ってもいいかな?」というものも現れた。まあ無関係というわけだろう。
俺は止めなかった。
本来なら、感謝カルトにとっても減点対象だが、高田も止めなかった。いまこの場で敵を増やしたくなかったのだろう。
ぞろぞろと人が去ってゆく。
師匠も行こうとしていたので、俺はさすがに袖をつかんだ。
「さすがに師匠は残ってくださいよ」
「荒事は専門外なんだが」
結局、俺と師匠と先生だけが残った。
まあ先生は食堂の椅子に腰をおろして傍観を決め込んでいるから、どちらにも加担する気はないのだろう。俺も師匠をそちらへ座らせた。
こちらの人員は俺だけ。
対するカルトは……。高田をはじめ、ガタイのいいボディーガードたち。それに食堂の利用客。こいつらは「余計なことするな、下級市民が」などとヤジを飛ばしてきた。
高田に賛同しておこうというハラだろう。
さて、どうしたものか。
露骨にフリだ。
まあアテがないわけじゃないが。
「君のような危険な犯罪者には、公開で裁判を受けてもらう。その後は処刑だ。みんなの前で、情けなく泣きながら臓物をぶちまけてもらう」
「……」
それは怖いな。
いまのうちに謝ろうかな。
食堂に少女が入ってきた。
小汚いガキだ。地味な服。
そいつは黒い刀をこちらに投げてきた。
「受け取れ、霧島」
「おう」
たまこだ。
彼女の背後には、マリカも、赤尾さんも、安田少年もいた。
誰も死んでない……。
高田は目を丸くしていた。
「安田くん……。これはどういうことかね?」
「見ての通りですよ。ああ、仲間を呼ぼうとしてもムダですよ。いま、あんたの軍隊は残党狩りと女子高生に包囲されて、動けなくなってますから。攻撃することばかり考えて、防衛を考えてませんでしたね。俺、ちゃんと指摘したのに」
よ、天才軍師。
俺がいなくても完璧に仕事をこなしてくれる。
高田の額の血管はますます太くなった。
「笑顔! 感謝! キラキラ!」
「笑顔! 感謝! キラキラ!」
高田の絶叫に、ムキムキの部下たちも復唱した。
カルトの断末魔か?
高田は、口だけ笑ったまま、こちらを睨みつけてきた。
「霧島ァ……。お前なんなんだ? えっ? こっちは善意で管理してやってんだよ! 愚民どもがバカだから! 頭のいいヤツが指導してやんなきゃ、こんなとこいつまで経ってもサルの群れのままだろうが!」
だが、俺が反論する必要はなかった。
ハイヒールを鳴らしながら、禁足地から多賀峰が現れたのだ。
「高田さん、あなた、ホントにセンスがないわね」
「た、多賀峰……さん!? なんで!? 死んだはずじゃ……」
「私、言いましたよね? もっと柔軟に支配しなさいって。それを筋肉ゴリラばかりそろえて、力と恐怖で抑えつけて。その方法、長続きしないから。大事なのはアメとムチ。なんでこれが分からないの? ムチばかり使っちゃって。おつむまでムチなのかしら?」
「このクソアマァ!」
この二人、支配の方法でモメていたようだな。
俺は椅子を蹴飛ばして、座るよう促した。
「交渉しようぜ、高田。それとも、交渉以外の方法がいいか?」
「こ、交渉……する……」
ムキムキの部下はともかく、食堂の利用客は戦力にならないだろう。食事を終えた体で、彼らはそそくさと脱出を始めている。
俺は思わず笑った。
「ああ、待った。やっぱ交渉はいいや。お前、犯罪者とは交渉しないんだったな」
「はっ?」
「自分でそう言ってたよな」
「で、でも私、犯罪者じゃないので」
「でも俺、マイナス100ポイントなんだよね」
「ま、まだ確定していない仮の話なんで」
どうしても助かりたいらしいな。
もっとウマいこと返してくれないと、考えを改めるのは難しいぞ。
俺はムキムキの連中に告げた。
「おい、高田以外のヤツ。出てっていいぞ。もう結果見えてるだろ。少し待つ。逃げたヤツは追わない。残ったヤツは敵とみなす。以上」
利用客が食いかけのメシを放置して逃げ出した。
ボディーガードも互いの顔を見合わせ、「サーセン」と行ってしまった。
椅子に座った高田だけが残された。
「嘘でしょ、あいつら……」
「高田さん、損得でつながってるってことは、そういうことなんだよ」
「え、でも私、笑顔と感謝とキラキラを伝えようとしただけなんですよ? それのなにが罪なんですか?」
巨体に似合わず子犬みたいな瞳で見つめてくる。
「別に、それ単体では罪じゃない。他人に強要するのはクソだが。よさげなフレーズを看板にして、裏でクソみてーなことしてるのを問題にしてるわけよ、俺は」
「なにをしたって言うんですか!」
「クソみたいな理由をつけて、食堂を占拠したこと。神社を占拠したこと。人々に上下をつけたこと。まあ上下をつけたければ心の中でやりゃいいが、他人と一緒にやるなってことだ」
「な、直しますから! ねっ? 議会で提案してくれれば! 私ら民主的にやってますんで!」
無視だ、無視。
どうせウソなんだから。
「一番の重罪は、やめろって言ってんのに聖水を流し続けたことだ。流したところで、あんたらにメリットなんかないのに。なぜやめなかった?」
「……」
ここがもっとも不思議なところだ。
作業が増えるだけで、本当にメリットがない。
なのに続けていた。
安田少年が前へ出た。
「その件については調査済みだよ。代わりに俺が答える」
「や、安田くん! なに勝手なことを!」
高田は顔面蒼白になっていた。
少年はしかし止まらない。
「まず、最初に白状しておくわ。その作戦を提案したの、俺なんだ。聖水が空間をゆがめてるから。流したほうがいいって言った」
「そうだ! 君が言い出したんだぞ!」
「でも当時、議会は乗り気じゃなかったよね。で、ある時、他のコミュニティから、やっぱり流さないほうがいいんじゃないかって情報が入ったんだ。そこからだよね。ムキになって流し始めたの」
「はぁ!?」
「反対してるヤツの、さらに反対のことをして、それを自分たちの武器にし始めたんだ。こいつら、対立軸を作って煽るの好きだから。そこを軸にして、自分たちの強さを証明するみたいに流し始めて。反対してる人間を怒らせて、仲間内の連帯感を高める装置にして使ってたんだ」
「勝手なこと言うな!」
「議事録にも残ってんだよ、バカ。誰も読まないと思ってそのまま書きやがって」
「捏造だ!」
少年はどうだとばかりに師匠を見ていた。
師匠も親指を立てて称賛している。
だが勘違いするな。一番弟子は俺だ。いい働きだったことは認めるがな。
俺は刀の背で、高田の椅子の足を叩いた。
「大声を出すなよ。おとなげないだろ」
「ま、待ってくれ。捏造なんだ……」
「こっちはちゃんと理由があって反対してたのに、お前は安易なイデオロギーとして使ってたんだな……。俺は哀しいよ。理屈が通じる相手じゃない」
「違う! 議会にかけてくれ! ちゃんと議論するから!」
「反対する人たちの気持ちを踏みにじって、気持ちよくなってたんだよな?」
「聞いてくれ! 頼む!」
これ、あれか?
いまさら謝ってももう遅い、的なやつ。
いや、遅いもなにも、最初から結論は決まっているのだが。
「そういやお前、公開裁判好きだったっけ」
「えっ?」
「やろうぜ、裁判。みんなの前でさ。みんなに決めてもらおう? な? みんなを笑顔にして、感謝されてるんだろ? きっとキラキラの未来が待ってるぜ」
「……」
(続く)




