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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第六部 黄

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穴掘り 三

 ディスプレイの表面は、ガラス質だ。


 ありあまる砂を焼けば、同等の硬度の物質を得られる。

 ただし熱が必要。


 モノが燃えるためには、三つの条件がある。


1.酸素

2.可燃物

3.酸素と可燃物が反応を始める程度の熱


 三つそろえば勝手に燃える。

 どれかが欠ければ燃えない。燃えていても燃焼が止まる。


 まあ酸素はあるだろう。

 熱は……摩擦でなんとかできるかもしれない。

 しかし可燃物として使えそうなものがなかった。服を燃やしてもいいが……。それを燃やしたところで、たいした熱も得られない上に、人としてのなにかを失う。


 俺は土下座した。

「先生、俺に術をご教授願えませんか?」

「術……」

 心なしか冷たい声がした。


 彼はその道の専門家だ。

 いや専門家なんてもんじゃない。そこらの専門家を凌駕する天才だ。俺みたいなトーシロが、指導を受けることさえおこがましい。


 彼は膝をついた。

「顔をあげてください。どんな術が知りたいのです?」

「このディスプレイを叩き割りたいんです」

「たとえばこのように?」


 バァンとディスプレイの一部が抜けた。

 いまや、どこまでも続く穴でしかない。


「えっ?」

「おそらくアパートまで抜けたと思います」

 先生はなんてことない顔をしていた。

 本当に?

 この人、ちょっとムチャクチャじゃないか?

 いや、先生は自力で人界からこの世界に入ってきたのだ。この程度の壁を抜くのは難しくないのかもしれない。


「なぜ?」

「なぜとは? あくまで一例をお見せしただけですが……。いけませんでしたか?」

「いや……」

 気の利いた演出でもしているつもりなのか?

 いや、こいつの場合、素でやっている可能性もある……。


 先生はすっと立ち上がった。ひょろ長くて、そんなに強そうには見えないのだが。

「霧島さん。私はね、本当にあなたのことを評価しているんですよ。仲間たちの首を刎ねて、みずから外道になるなんて。私がこれまで相手にしてきたどんな人間をも超えていた。いえ、もはや人の業でさえなかった。あれは外道のための業。あなたは真の外道です」

「はぁ……」

 これは褒めてないよな?

 まあ外道なのは否定できないが。

 あれは、二人が生き返るという前提で立てた策だ。全体の被害を最小限に抑えようとした結果、ああなった。やむをえない。真の外道ではない。外道ごっこだ。


 俺は穴を覗き込んだ。

 かなり深い。


「けど、どうやって降りようかな……」


 たしか、この砂漠には切れたクモの糸が落ちている。

 古いのはボロボロだが。切れたばかりのはまだ粘度もあり、しなやかさも保っている。細いのに手を傷めない。不思議な糸だ。

 一端を生命の樹に巻き付ければ、昇降につかえる。

 途中で切れなければ。


 いや、一本だけを使う必要はない。

 複数本をまとめて編めば、簡単な梯子になるかもしれない。糸の残骸は山ほどあるのだ。わざわざ一本で降りることはない。


 この提案をすると、師匠も乗り気になってくれた。

「いいアイデアだ。いや、俺もあの糸はなにかに使えると思っていたが……」

「たまには素直に褒めてくださいよ」

「グッドだぞ、式見くん」

「はい」

 一番弟子だから優秀なのは仕方がない。


 まあ、じつは素直に喜べる気分でもないのだが。

 安田少年は、先生に殺された。

 じつは未使用の反魂の札を持たせておいたが……。それで助かっていればいいのだが。少なくとも赤尾さんは死んだだろう。


 *


 ハシゴ造りが始まった。

 アパートに戻れる――。

 その事実が広まると、みんなが作業に手を貸してくれた。

 この無気力な砂漠で、人々が協力し始めた。


 この中に、俺が過去に切り捨てたビーストがいると思うと、ちょっとなんとも言えない気持ちになったが。

 まあ、ああなってしまったら誰かが殺すしかない。

 俺だって例外じゃない。


 *


 禁足地に降り立つと、小鬼たちに囲まれた。

「なんだお前たち! どっから入ってきた! ここは禁足地だぞ! 許可はあるのか! 許可はァ!」

 現場監督らしき男がデカい声でわめいてきた。

 まあ管理責任がある以上、部外者を排除するのは彼の仕事だ。彼を個人的に責めても仕方がない。まあ俺は許可があるからいいが。


「あ、見てください。俺、許可ありますよね? 行ってもいいですか?」

「はぁ?」

 すると小鬼たちは、指の隙間からこちらを見て、目を丸くした。

「こ、こいつ……死んでるぞ!」

「ひぃっ!」

「死体が歩いてる!」

 我先にと逃げ出してしまった。


 ふん。

 どうせ俺が死んでいるというのも、管理上のデータだろう。

 そんなものに惑わされおって。

 俺たちはこうして普通に生きているというのに。


「別館はこっちですよ」

 俺が指さすと、人々はぞろぞろついてきた。

 隣に来た先生に、俺は尋ねた。

「先生、これから感謝カルトと話をつけにいきますけど、お願いですから邪魔しないでくださいね」

「結構ですよ」

「なんでそう素直なんです?」

「心外ですね。私はあなたに負けたのです。よほどのことがない限り、あなたの妨害はしません」

 よほどのこと、ね。


 *


 厨房を抜けて食堂に出るたところで、二人の警備員に止められた。警棒を手にしている。

「なんだお前らっ!」

「なんだろうな……」

 俺は正面から近づいて警棒をつかみ、ねじって奪い取った。こいつらは戦いに慣れていない。弱いヤツをいたぶることしかできない。こちらが攻勢に出ればすぐに引っ込む。

 驚いている間に、二人目の警棒を力いっぱい叩き落した。

「あぐあっ! な、なん……。あれ、こいつ……。前にも……」

「そうだ。前にも似たようなことがあったな。けど省略して結論だけ言うぞ。高田を呼んで来い。早くしろ。もたもたしてると頭をカチ割る」

「ひっ」

 一人が走り出した。


 警棒は危ない。

 頭をぶっ叩かれれば死ぬこともある。

 なんなら中身のスカスカな鉄パイプより殺傷力が高い。こんなもので市民を脅しやがって。クソカルトどもめ……。


 俺の後ろにいた人々がざわつき始めたが、先生がよく通る声で簡単に事情を説明した。

 いま別館は、カルトに占拠されているのだと。


 筋肉質の男たちを連れて、高田言説が現れた。どいつもこいつもカタにハメたような笑顔だ。

「困りますねぇ、霧島さん……。勝手に行方をくらましたかと思えば、また性懲りもなく不法侵入。マイナス100ポイントですよ」

「光栄だな。それより、交渉はどうなったんだ? 予定の日はとっくに過ぎてると思うが?」

 すると彼の額に太い血管が浮いた。笑顔のままで。

「交渉? 霧島さん、いい加減にしてくださいよ。我々は、犯罪者とは交渉しません。あんな脅しみたいな方法まで使って」

「食堂を独占してるヤツがいうな」

「なぜいま食堂の話を? 人が殺到したら危険でしょう? 逆に、いままで野放しだったのがおかしかったんです。だから、我々が管理している。それともなんですか? あなたはパニックを起こしたいとでも? いかにもテロリストが考えそうなことですね」

「勝手な理屈をこねるな。いままで事故なんか起きてなかった」

 危険を捏造しておいて、危険だから管理してやるとは。

 クソめ。


 ともかく、ひとつだけ分かったことは、こいつは交渉を蹴ったということだ。こちらを犯罪者と決めつけて。

 あとは実力行使しかない。


 一緒に上から降りてきた人の中には、「自分たちは行ってもいいかな?」というものも現れた。まあ無関係というわけだろう。

 俺は止めなかった。

 本来なら、感謝カルトにとっても減点対象だが、高田も止めなかった。いまこの場で敵を増やしたくなかったのだろう。


 ぞろぞろと人が去ってゆく。

 師匠も行こうとしていたので、俺はさすがに袖をつかんだ。

「さすがに師匠は残ってくださいよ」

「荒事は専門外なんだが」


 結局、俺と師匠と先生だけが残った。

 まあ先生は食堂の椅子に腰をおろして傍観を決め込んでいるから、どちらにも加担する気はないのだろう。俺も師匠をそちらへ座らせた。


 こちらの人員は俺だけ。

 対するカルトは……。高田をはじめ、ガタイのいいボディーガードたち。それに食堂の利用客。こいつらは「余計なことするな、下級市民が」などとヤジを飛ばしてきた。

 高田に賛同しておこうというハラだろう。


 さて、どうしたものか。

 露骨にフリだ。

 まあアテがないわけじゃないが。


「君のような危険な犯罪者には、公開で裁判を受けてもらう。その後は処刑だ。みんなの前で、情けなく泣きながら臓物をぶちまけてもらう」

「……」

 それは怖いな。

 いまのうちに謝ろうかな。


 食堂に少女が入ってきた。

 小汚いガキだ。地味な服。

 そいつは黒い刀をこちらに投げてきた。

「受け取れ、霧島」

「おう」

 たまこだ。

 彼女の背後には、マリカも、赤尾さんも、安田少年もいた。

 誰も死んでない……。


 高田は目を丸くしていた。

「安田くん……。これはどういうことかね?」

「見ての通りですよ。ああ、仲間を呼ぼうとしてもムダですよ。いま、あんたの軍隊は残党狩りと女子高生に包囲されて、動けなくなってますから。攻撃することばかり考えて、防衛を考えてませんでしたね。俺、ちゃんと指摘したのに」

 よ、天才軍師。

 俺がいなくても完璧に仕事をこなしてくれる。


 高田の額の血管はますます太くなった。

「笑顔! 感謝! キラキラ!」

「笑顔! 感謝! キラキラ!」

 高田の絶叫に、ムキムキの部下たちも復唱した。

 カルトの断末魔か?


 高田は、口だけ笑ったまま、こちらを睨みつけてきた。

「霧島ァ……。お前なんなんだ? えっ? こっちは善意で管理してやってんだよ! 愚民どもがバカだから! 頭のいいヤツが指導してやんなきゃ、こんなとこいつまで経ってもサルの群れのままだろうが!」


 だが、俺が反論する必要はなかった。

 ハイヒールを鳴らしながら、禁足地から多賀峰が現れたのだ。

「高田さん、あなた、ホントにセンスがないわね」

「た、多賀峰……さん!? なんで!? 死んだはずじゃ……」

「私、言いましたよね? もっと柔軟に支配しなさいって。それを筋肉ゴリラばかりそろえて、力と恐怖で抑えつけて。その方法、長続きしないから。大事なのはアメとムチ。なんでこれが分からないの? ムチばかり使っちゃって。おつむまでムチなのかしら?」

「このクソアマァ!」

 この二人、支配の方法でモメていたようだな。


 俺は椅子を蹴飛ばして、座るよう促した。

「交渉しようぜ、高田。それとも、交渉以外の方法がいいか?」

「こ、交渉……する……」

 ムキムキの部下はともかく、食堂の利用客は戦力にならないだろう。食事を終えたていで、彼らはそそくさと脱出を始めている。


 俺は思わず笑った。

「ああ、待った。やっぱ交渉はいいや。お前、犯罪者とは交渉しないんだったな」

「はっ?」

「自分でそう言ってたよな」

「で、でも私、犯罪者じゃないので」

「でも俺、マイナス100ポイントなんだよね」

「ま、まだ確定していない仮の話なんで」

 どうしても助かりたいらしいな。

 もっとウマいこと返してくれないと、考えを改めるのは難しいぞ。


 俺はムキムキの連中に告げた。

「おい、高田以外のヤツ。出てっていいぞ。もう結果見えてるだろ。少し待つ。逃げたヤツは追わない。残ったヤツは敵とみなす。以上」

 利用客が食いかけのメシを放置して逃げ出した。

 ボディーガードも互いの顔を見合わせ、「サーセン」と行ってしまった。


 椅子に座った高田だけが残された。

「嘘でしょ、あいつら……」

「高田さん、損得でつながってるってことは、そういうことなんだよ」

「え、でも私、笑顔と感謝とキラキラを伝えようとしただけなんですよ? それのなにが罪なんですか?」

 巨体に似合わず子犬みたいな瞳で見つめてくる。

「別に、それ単体では罪じゃない。他人に強要するのはクソだが。よさげなフレーズを看板にして、裏でクソみてーなことしてるのを問題にしてるわけよ、俺は」

「なにをしたって言うんですか!」

「クソみたいな理由をつけて、食堂を占拠したこと。神社を占拠したこと。人々に上下をつけたこと。まあ上下をつけたければ心の中でやりゃいいが、他人と一緒にやるなってことだ」

「な、直しますから! ねっ? 議会で提案してくれれば! 私ら民主的にやってますんで!」

 無視だ、無視。

 どうせウソなんだから。

「一番の重罪は、やめろって言ってんのに聖水を流し続けたことだ。流したところで、あんたらにメリットなんかないのに。なぜやめなかった?」

「……」


 ここがもっとも不思議なところだ。

 作業が増えるだけで、本当にメリットがない。

 なのに続けていた。


 安田少年が前へ出た。

「その件については調査済みだよ。代わりに俺が答える」

「や、安田くん! なに勝手なことを!」

 高田は顔面蒼白になっていた。

 少年はしかし止まらない。

「まず、最初に白状しておくわ。その作戦を提案したの、俺なんだ。聖水が空間をゆがめてるから。流したほうがいいって言った」

「そうだ! 君が言い出したんだぞ!」

「でも当時、議会は乗り気じゃなかったよね。で、ある時、他のコミュニティから、やっぱり流さないほうがいいんじゃないかって情報が入ったんだ。そこからだよね。ムキになって流し始めたの」

「はぁ!?」

「反対してるヤツの、さらに反対のことをして、それを自分たちの武器にし始めたんだ。こいつら、対立軸を作って煽るの好きだから。そこを軸にして、自分たちの強さを証明するみたいに流し始めて。反対してる人間を怒らせて、仲間内の連帯感を高める装置にして使ってたんだ」

「勝手なこと言うな!」

「議事録にも残ってんだよ、バカ。誰も読まないと思ってそのまま書きやがって」

「捏造だ!」


 少年はどうだとばかりに師匠を見ていた。

 師匠も親指を立てて称賛している。

 だが勘違いするな。一番弟子は俺だ。いい働きだったことは認めるがな。


 俺は刀の背で、高田の椅子の足を叩いた。

「大声を出すなよ。おとなげないだろ」

「ま、待ってくれ。捏造なんだ……」

「こっちはちゃんと理由があって反対してたのに、お前は安易なイデオロギーとして使ってたんだな……。俺は哀しいよ。理屈が通じる相手じゃない」

「違う! 議会にかけてくれ! ちゃんと議論するから!」

「反対する人たちの気持ちを踏みにじって、気持ちよくなってたんだよな?」

「聞いてくれ! 頼む!」

 これ、あれか?

 いまさら謝ってももう遅い、的なやつ。

 いや、遅いもなにも、最初から結論は決まっているのだが。


「そういやお前、公開裁判好きだったっけ」

「えっ?」

「やろうぜ、裁判。みんなの前でさ。みんなに決めてもらおう? な? みんなを笑顔にして、感謝されてるんだろ? きっとキラキラの未来が待ってるぜ」

「……」


(続く)

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