穴掘り 一
「あのぅ……」
砂漠で寝転がっていると、突然、少女に声をかけられた。
髪の長い少女だ。
いや、長すぎる。前髪も長くて、顔が隠れるほどだ。
「あ、はい? なに?」
俺は寝ぼけたまま飛び起きた。
寝ている間に、なにか失礼なことでもしてしまったかと焦ったのだ。
「あたし、澤山真由って言いますぅ。あのぅ、間違ってたらすみませんけど、霧島さん……ですよねぇ?」
東北訛りの、語尾上がりの喋り方。
少し懐かしい気持ちになった。
え、いま霧島って言ったのか?
なぜ俺の名を……。
「そうですけど、そちらは……」
「澤山ですぅ……」
「どこかで会ったかな?」
女子校の制服を着ていた。
だが、女子高生に知り合いはいない。いや、いるにはいるが、それも三千穀舞華くらいだ。ここにいるわけがない。
「あたし、霧島さんに斬られた……あの……」
「えっ?」
「毛むくじゃらの……」
「あーっ!」
女子校に閉じ込められていた生徒だ!
そうだ。
たしか真由という名前だった。
え、ここにいたのか?
まあ、そうだ。
流れからすると、そうなる。
「あ、えっと、その節は……。え、もしかして恨んでる?」
「いえ、全然全然! 恨んでなんかないですぅ! 舞華ちゃんに頼まれて、代わりにやってくれたんですよね? あたし、感謝してるんですよぉ。あたしがあそこにいたら、みんな迷惑しちゃうんで」
だが、彼女は悪くない。
彼女の喋り方をいじっていたクラスメイトが悪い。
まあその子たちも、十分反省している様子だったが。
「いやー、でもまさか、ここにいるとは。え、長いの? ていうか、そうか。俺が斬ったんだから、あのときからずっといるのか……」
「はいぃ……」
気が弱い印象を受けるが、たぶんそんなことはないのだろう。
喋り方にコンプレックスがあって、喋りづらいだけかもしれない。
「あ、えーと、俺も東北だからさ。気にしなくていいよ、喋り方は」
「え、そうなんですか? どこです?」
「まあ北の方」
「へぇー……」
この時代、気軽に個人情報を出さないほうがいい。
全人類が偽名を使うべきだし、出身地もボカしたほうがいいと思っている。どうせしつこく聞いてくるヤツにはロクなのがいない。
「あの、こっち来てもらえますか?」
「はい?」
なんだ?
俺をひとけのないところに誘い込んで、なにをするつもりだ?
いま師匠は寝ている。寝たフリの可能性もあるが。
これはなにか……よからぬことが……起こるのでは?
俺は言われるままついていった。
といっても、どこまで行ってもなにもないのだが。
「連れてきました」
彼女がそう告げると、砂の中から人間が飛び出してきた。
待ち伏せってわけか。
しかもたったの一人。髪をまとめたスーツの女だ。
俺はそいつの腕をつかみ、地面にねじ伏せた。
「なんだ、多賀峰? 俺に復讐するつもりだったのか?」
「あいたたた! 待って! ギブギブ! 違うんだって!」
「なにが違うんだ?」
タップしているつもりなのか、砂をバンバン叩いている。
そう。多賀峰だ。
互いに殺したい相手が出会ったのだ。こうもなろう。
俺をハメた澤山真由は、しかしびっくりしたように手で口元をおおっていた。
なにか誤解でもあるのか?
「ちょっと待って! ホント、離してよ! 折れちゃう!」
「なにか問題か?」
「あんたいいの? ここで人間性失うようなことしたら、今度こそホントに消滅しちゃうんだから!」
「そうなのか? なら、お前を殺してとっとと消滅するとしよう」
「待って待って待って!」
だが消滅、か。
もし本当なら、こいつは俺を殺さないだろう。殺せば消滅してしまうのだから。消滅するのが目的なら、来るか来ないか分からない俺のことなど待たず、手近な人間を殺してとっとと消滅しているはず。
俺が技を解くと、多賀峰はこちらを睨みつけてきた。
「本当に短絡的なクソオスね! なんで英くんはこんなヤツ……」
「俺は砂にもぐって不意打ちするようなカスじゃないからな」
「私が呼んだら、絶対来ないでしょ」
「だからって事情も知らない女子高生を巻き込むな。見ろ、泣きそうになってるぞ」
「泣きそうっていうか、もう泣いてるけど」
見ると、彼女は声も出さずに泣いていた。
なんだか申し訳なくなる。
「ご用は?」
やむをえず本題に入ることにした。
クソ女の言うことだ。どうせクソみたいな内容に違いない。
多賀峰は盛大に溜め息をついた。
「ちょっとそこの穴掘ってみて」
「なんで?」
「いいから」
「お前は信用できない。俺が穴を掘ってる隙に、なにかするつもりだろう」
すると多賀峰は、イライラしたように砂を蹴り上げてきた。
「うるっさいのよ、あんたは! 私が掘れって言ったら掘りなさいよ! 殺すわよ!」
「殺し合いがしたいのか?」
「あ、ちが……いまのは……」
「人にモノを頼むとき、俺だったらそんな言い方はしない」
「うるさい! 死ね!」
なんとかは死んでも治らないというが、こいつを見ていると事実だということが分かる。
すると澤山さんが、泣きながら地面を指さした。
「あのぅ……そこ掘ってくと……アパート見えるんですぅ……」
ハナをすすりながら、一生懸命教えてくれる。
なんだか守護りたい気持ちになる。
「え、アパート?」
「みんな上ばっかり見るんですけど……。下掘ったら、アパート見えて……」
「え、どれくらい掘るの?」
「けっこう掘ります」
人が埋まるくらい掘るってことか。
多賀峰が偉そうに溜め息をついた。
「だから男のあんたに頼んだんでしょ? これくらい秒で理解して」
「俺の力が必要だから呼んだんじゃないのか? それともホントに死にたいのか?」
「……」
人を煽るだけ煽っておいて、こっちが返すとすぐ被害者みたいなツラをする。
俺はこいういうタイプとは仲良くなれない。
やむをえず、澤山さんに尋ねた。
「で、掘ってどうするんだ?」
「アパート、戻れるかと思って」
すると後ろから声がした。
「ムダだと言っただろ」
師匠だ。
起きていたらしい。
多賀峰は不快そうに舌打ちした。
「あんたは呼んでないでしょ。勝手に入ってこないで、ハゲジジイ」
「言葉の暴力は感心せんな、多賀峰くん」
「うるさい! もとはといえば、あんたが裏切ったせいでこいつを殺せなかったんじゃない!」
「弟子を見捨てるわけないだろう」
師匠、そんなふうに思ってくれてたのか。
少し泣きそうになった。
が、俺の涙はすぐに引っ込んだ。
「そういえば師匠、俺以外にも弟子いたんですね」
「えっ?」
「会いましたよ、安田くん。いや、いいんですよ。どいつを弟子にとろうが、師匠の自由ですから。まあでも……どうせなら紹介して欲しかったですね。なんか彼にはいろいろ言われて、面食らっちゃいましたよ」
「な、なんて言われたんだ?」
「まあいろいろ」
困ってる困ってる。
せっかくだから、もう少し困らせておこう。
あまり簡単に弟子を増やされても困るからな。いや、困るというか。なんかイヤなのだ。
俺はかがんで、両手で穴を掘り始めた。
「とりあえず掘ります」
誰も手伝ってくれない。
見てるだけ。
協力して掘ろうって話じゃなかったのか……。
まあいい。
アパートが見えるなら、ぜひ見たい。あのあとどうなったのか知りたいからな。
*
どれくらい経っただろうか。
俺がふらふらになって休憩すると、今度は澤山さんが掘り始めた。だがすぐに休憩。多賀峰も掘り始めるが、本当に少しだけやって休憩。師匠は参加せず。結局、ほとんど俺一人で掘った。
「あっ……これか……」
ちょうど食堂のあたりだった。
ただ、本当にこの下に食堂があるわけではなく、巨大なテレビ画面に食堂が映されているだけのようだ。ところどころにブロックノイズが入っている。
「俺が死んでから、何日経ちました?」
問いかけるが返事ナシ。
ここには一日を測るものはなにもない。
聞いたところで、誰にも分からないのだろう。
食堂は、いまだ感謝カルトに支配されていた。
先生を始末したあと、高田言説と交渉を始める予定だった。
女子校と残党狩りが味方についた上、自称ジュリエットの脅しが決め手となり、高田を交渉のテーブルに引きずり出すことに成功したのだ。少なくとも計画上は。
まだ交渉は終わっていないのだろうか?
それとも終わったのか?
ふと、周囲が騒がしくなった。
バラバラに寝ていた地獄の住民が、なにかに色めき立った。
「あ、クモの糸……」
澤山さんの言葉で、俺は空を見上げた。
どこから光を受けているのかは不明だが、一本の糸が、きらめきながら垂れてきた。
みんな空を見上げている。
近づこうとするものもいる。
だが、実際には近づかない。
師匠が溜め息まじりにつぶやいた。
「ムダだ。あの糸は必ず切れる。頑張ってのぼればのぼるほど、落下のダメージが大きくなるだけだ」
救済のフリをした制裁か。
俺たちは、それに値するほどの罪を犯したということなんだろう。
たまことマリカを斬ったのは、本当に胸が痛んだ。
生き返ると分かっていても。
もう二度としたくない。
ひときわ大きな歓声があがった。
誰かが糸をのぼりはじめたのだ。
みんな応援している。どうせ落ちるのが分かっているから自分は行きたくないが、挑戦者は応援するというスタンスなのかもしれない。
ここにはほかに娯楽もない。
男はぐんぐんのぼっていった。
どこまでも、どこまでも……。
その勢いは、しかしあるとき急に止まった。糸が切れたのだ。上昇のエネルギーが行き場を失い、しばらく滞空してから、男は自由落下を開始した。
下が砂とはいえ、助かる高さじゃない。
彼はかなりの時間をかけて下降し、そして砂に落ちた。
住民たちは悲鳴ではなく、落胆の声。
以上。
これが、この世界でのすべてだ。
俺はもう気持ちを切り替えて、みんなに尋ねた。
「禁足地の様子が見たいんだが、どの辺を掘ればいい?」
すると師匠が穴を覗き込んで来た。
「このアングルからすると……。んー。おそらくこっちの方向だな。正確な距離は不明だが」
「こっちですね?」
食堂の様子は、まったく代わり映えがなかった。
ほとんど客がいない。
出された食事はショボかったが、即座に飢えるようなレベルではなかった。まあ、肉体労働をする男なら、あの倍はないとキツそうだが。
多賀峰が得意顔で言った。
「ほらね? 私の話を聞いてよかったでしょ?」
「黙れ。お前はもう用済みなんだよ」
「死ね、童貞」
だいたい、アパートの様子を見たからってなんだというのだ。
干渉できるわけでもないし。
まあ気になるから見るけど。
*
不思議なことに、この世界では飢えも渇きもなかった。
代わりに、それらが癒える喜びもない。
生活に起伏がない。
眠くもならない。あまりに退屈なので、眠ろうと思えば眠れるが。それにも限界がある。
俺は穴を掘りながら、禁足地を目指した。
空振りばかりだが。
この方向に掘っていけば、いずれ御所の様子も分かるかもしれない。
たまに突き上げるような地震があって、掘った穴がすべて埋まる。
リセットするかのように。
空から落ちた男は、全身の骨が折れていた。だが、数日もすると回復したらしい。ここでは俺たちも死ねないのだ。終わらせたければ、また人間性を失って消滅するしかない。その先にも世界があるかは分からない。
いまはただ、掘るしかない。
ドストエフスキーの小説よりはマシだ。
あれは穴を掘り、埋めるという作業を、意味もなく強制される。
だが俺の穴掘りには意味がある。
アパートを覗けるのだから。
師匠もさすがに苦笑していた。
「式見くん、やけに熱心だな。いまさらアパートを見てどうするつもりだ?」
「生命の樹が枯れてないか、確認するんですよ」
「もうそれは君の仕事じゃないだろう」
「安田くんのこと、心配にならないんですか?」
俺が穴掘りをやめて振り向くと、師匠はなんとも言えない表情になった。
「彼はまだ見習いだ。仕事を任せられるレベルじゃない」
「喜んで雑用してたみたいですねぇ」
「なにが言いたいんだ?」
「べつに」
なにも言いたいことはない。
俺が一番弟子であるという事実はゆるぎないのだ。
師匠は指で印を作った。
「じつはここにも式神があってな。術が使える」
「なにが見えるんですか?」
「君の個人情報だ。血液型はB型だったのか」
「言ってませんでしたっけ?」
「さあ」
興味なさそうだな。
一番弟子のことなのに。
ただ、ここでも術を使えるのなら……。もっといろんなことができそうではある。
術の得意なヤツが手伝ってくれるといいのだが。
「あ、見てください、師匠! 禁足地ですよ!」
とはいえ、いくつか足場があるうちの最上階しか見えない。ここではあまり作業が行われないから、誰も映っていない。しかも肝心の生命の樹が映っていない。もう少し向こうを掘らないとダメか。
覗き込んだ師匠も苦い笑みだ。
「惜しかったな……」
「でも近づいてますよ」
ふと、遠くから澤山さんがやってきた。
「進展ありました?」
「あったよ。もう少しで生命の樹が見える」
「えー、すごい。あたし、見たことないんですよねぇ」
「まあ、普通はね」
禁足地で見たことは、人に伝えてはいけないことになっている。
普通、別館の人間には知られない情報だ。
「ん?」
別の穴を掘ろうと視線をズラした瞬間、足元の画面になにかが映り込んだ気がした。
いや、ヤバいものとかではなく。
普通に誰かが通り過ぎたような。
「師匠、いまなにか映りませんでした?」
「えっ? そうか?」
「気のせいかな……」
足場を点検に来た作業員かもしれない。
一瞬だけ映って、すぐにいなくなってしまった。
ネズミかもしれない。
いや、ネコか?
本当に一瞬だった。
(続く)




