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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第六部 黄

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穴掘り 一

「あのぅ……」

 砂漠で寝転がっていると、突然、少女に声をかけられた。

 髪の長い少女だ。

 いや、長すぎる。前髪も長くて、顔が隠れるほどだ。


「あ、はい? なに?」

 俺は寝ぼけたまま飛び起きた。

 寝ている間に、なにか失礼なことでもしてしまったかと焦ったのだ。


「あたし、澤山真由(さわやままゆ)って言いますぅ。あのぅ、間違ってたらすみませんけど、霧島さん……ですよねぇ?」

 東北訛りの、語尾上がりの喋り方。

 少し懐かしい気持ちになった。


 え、いま霧島って言ったのか?

 なぜ俺の名を……。


「そうですけど、そちらは……」

「澤山ですぅ……」

「どこかで会ったかな?」

 女子校の制服を着ていた。

 だが、女子高生に知り合いはいない。いや、いるにはいるが、それも三千穀舞華くらいだ。ここにいるわけがない。


「あたし、霧島さんに斬られた……あの……」

「えっ?」

「毛むくじゃらの……」

「あーっ!」


 女子校に閉じ込められていた生徒だ!

 そうだ。

 たしか真由という名前だった。


 え、ここにいたのか?

 まあ、そうだ。

 流れからすると、そうなる。


「あ、えっと、その節は……。え、もしかして恨んでる?」

「いえ、全然全然! 恨んでなんかないですぅ! 舞華ちゃんに頼まれて、代わりにやってくれたんですよね? あたし、感謝してるんですよぉ。あたしがあそこにいたら、みんな迷惑しちゃうんで」

 だが、彼女は悪くない。

 彼女の喋り方をいじっていたクラスメイトが悪い。

 まあその子たちも、十分反省している様子だったが。


「いやー、でもまさか、ここにいるとは。え、長いの? ていうか、そうか。俺が斬ったんだから、あのときからずっといるのか……」

「はいぃ……」

 気が弱い印象を受けるが、たぶんそんなことはないのだろう。

 喋り方にコンプレックスがあって、喋りづらいだけかもしれない。

「あ、えーと、俺も東北だからさ。気にしなくていいよ、喋り方は」

「え、そうなんですか? どこです?」

「まあ北の方」

「へぇー……」


 この時代、気軽に個人情報を出さないほうがいい。

 全人類が偽名を使うべきだし、出身地もボカしたほうがいいと思っている。どうせしつこく聞いてくるヤツにはロクなのがいない。


「あの、こっち来てもらえますか?」

「はい?」

 なんだ?

 俺をひとけのないところに誘い込んで、なにをするつもりだ?

 いま師匠は寝ている。寝たフリの可能性もあるが。


 これはなにか……よからぬことが……起こるのでは?


 俺は言われるままついていった。

 といっても、どこまで行ってもなにもないのだが。


「連れてきました」


 彼女がそう告げると、砂の中から人間が飛び出してきた。

 待ち伏せってわけか。

 しかもたったの一人。髪をまとめたスーツの女だ。

 俺はそいつの腕をつかみ、地面にねじ伏せた。

「なんだ、多賀峰? 俺に復讐するつもりだったのか?」

「あいたたた! 待って! ギブギブ! 違うんだって!」

「なにが違うんだ?」

 タップしているつもりなのか、砂をバンバン叩いている。

 そう。多賀峰だ。

 互いに殺したい相手が出会ったのだ。こうもなろう。


 俺をハメた澤山真由は、しかしびっくりしたように手で口元をおおっていた。

 なにか誤解でもあるのか?


「ちょっと待って! ホント、離してよ! 折れちゃう!」

「なにか問題か?」

「あんたいいの? ここで人間性失うようなことしたら、今度こそホントに消滅しちゃうんだから!」

「そうなのか? なら、お前を殺してとっとと消滅するとしよう」

「待って待って待って!」

 だが消滅、か。

 もし本当なら、こいつは俺を殺さないだろう。殺せば消滅してしまうのだから。消滅するのが目的なら、来るか来ないか分からない俺のことなど待たず、手近な人間を殺してとっとと消滅しているはず。


 俺が技を解くと、多賀峰はこちらを睨みつけてきた。

「本当に短絡的なクソオスね! なんで英(はなぶさ)くんはこんなヤツ……」

「俺は砂にもぐって不意打ちするようなカスじゃないからな」

「私が呼んだら、絶対来ないでしょ」

「だからって事情も知らない女子高生を巻き込むな。見ろ、泣きそうになってるぞ」

「泣きそうっていうか、もう泣いてるけど」

 見ると、彼女は声も出さずに泣いていた。

 なんだか申し訳なくなる。


「ご用は?」

 やむをえず本題に入ることにした。

 クソ女の言うことだ。どうせクソみたいな内容に違いない。


 多賀峰は盛大に溜め息をついた。

「ちょっとそこの穴掘ってみて」

「なんで?」

「いいから」

「お前は信用できない。俺が穴を掘ってる隙に、なにかするつもりだろう」

 すると多賀峰は、イライラしたように砂を蹴り上げてきた。

「うるっさいのよ、あんたは! 私が掘れって言ったら掘りなさいよ! 殺すわよ!」

「殺し合いがしたいのか?」

「あ、ちが……いまのは……」

「人にモノを頼むとき、俺だったらそんな言い方はしない」

「うるさい! 死ね!」

 なんとかは死んでも治らないというが、こいつを見ていると事実だということが分かる。


 すると澤山さんが、泣きながら地面を指さした。

「あのぅ……そこ掘ってくと……アパート見えるんですぅ……」

 ハナをすすりながら、一生懸命教えてくれる。

 なんだか守護りたい気持ちになる。


「え、アパート?」

「みんな上ばっかり見るんですけど……。下掘ったら、アパート見えて……」

「え、どれくらい掘るの?」

「けっこう掘ります」

 人が埋まるくらい掘るってことか。


 多賀峰が偉そうに溜め息をついた。

「だから男のあんたに頼んだんでしょ? これくらい秒で理解して」

「俺の力が必要だから呼んだんじゃないのか? それともホントに死にたいのか?」

「……」

 人を煽るだけ煽っておいて、こっちが返すとすぐ被害者みたいなツラをする。

 俺はこいういうタイプとは仲良くなれない。


 やむをえず、澤山さんに尋ねた。

「で、掘ってどうするんだ?」

「アパート、戻れるかと思って」


 すると後ろから声がした。

「ムダだと言っただろ」

 師匠だ。

 起きていたらしい。


 多賀峰は不快そうに舌打ちした。

「あんたは呼んでないでしょ。勝手に入ってこないで、ハゲジジイ」

「言葉の暴力は感心せんな、多賀峰くん」

「うるさい! もとはといえば、あんたが裏切ったせいでこいつを殺せなかったんじゃない!」

「弟子を見捨てるわけないだろう」


 師匠、そんなふうに思ってくれてたのか。

 少し泣きそうになった。


 が、俺の涙はすぐに引っ込んだ。

「そういえば師匠、俺以外にも弟子いたんですね」

「えっ?」

「会いましたよ、安田(あんだ)くん。いや、いいんですよ。どいつを弟子にとろうが、師匠の自由ですから。まあでも……どうせなら紹介して欲しかったですね。なんか彼にはいろいろ言われて、面食らっちゃいましたよ」

「な、なんて言われたんだ?」

「まあいろいろ」

 困ってる困ってる。

 せっかくだから、もう少し困らせておこう。

 あまり簡単に弟子を増やされても困るからな。いや、困るというか。なんかイヤなのだ。


 俺はかがんで、両手で穴を掘り始めた。

「とりあえず掘ります」

 誰も手伝ってくれない。

 見てるだけ。

 協力して掘ろうって話じゃなかったのか……。

 まあいい。

 アパートが見えるなら、ぜひ見たい。あのあとどうなったのか知りたいからな。


 *


 どれくらい経っただろうか。

 俺がふらふらになって休憩すると、今度は澤山さんが掘り始めた。だがすぐに休憩。多賀峰も掘り始めるが、本当に少しだけやって休憩。師匠は参加せず。結局、ほとんど俺一人で掘った。


「あっ……これか……」


 ちょうど食堂のあたりだった。

 ただ、本当にこの下に食堂があるわけではなく、巨大なテレビ画面に食堂が映されているだけのようだ。ところどころにブロックノイズが入っている。


「俺が死んでから、何日経ちました?」

 問いかけるが返事ナシ。

 ここには一日を測るものはなにもない。

 聞いたところで、誰にも分からないのだろう。


 食堂は、いまだ感謝カルトに支配されていた。


 先生を始末したあと、高田言説と交渉を始める予定だった。

 女子校と残党狩りが味方についた上、自称ジュリエットの脅しが決め手となり、高田を交渉のテーブルに引きずり出すことに成功したのだ。少なくとも計画上は。

 まだ交渉は終わっていないのだろうか?

 それとも終わったのか?


 ふと、周囲が騒がしくなった。

 バラバラに寝ていた地獄の住民が、なにかに色めき立った。


「あ、クモの糸……」

 澤山さんの言葉で、俺は空を見上げた。


 どこから光を受けているのかは不明だが、一本の糸が、きらめきながら垂れてきた。

 みんな空を見上げている。

 近づこうとするものもいる。

 だが、実際には近づかない。


 師匠が溜め息まじりにつぶやいた。

「ムダだ。あの糸は必ず切れる。頑張ってのぼればのぼるほど、落下のダメージが大きくなるだけだ」

 救済のフリをした制裁か。

 俺たちは、それに値するほどの罪を犯したということなんだろう。


 たまことマリカを斬ったのは、本当に胸が痛んだ。

 生き返ると分かっていても。

 もう二度としたくない。


 ひときわ大きな歓声があがった。

 誰かが糸をのぼりはじめたのだ。

 みんな応援している。どうせ落ちるのが分かっているから自分は行きたくないが、挑戦者は応援するというスタンスなのかもしれない。

 ここにはほかに娯楽もない。


 男はぐんぐんのぼっていった。

 どこまでも、どこまでも……。

 その勢いは、しかしあるとき急に止まった。糸が切れたのだ。上昇のエネルギーが行き場を失い、しばらく滞空してから、男は自由落下を開始した。


 下が砂とはいえ、助かる高さじゃない。

 彼はかなりの時間をかけて下降し、そして砂に落ちた。

 住民たちは悲鳴ではなく、落胆の声。


 以上。


 これが、この世界でのすべてだ。


 俺はもう気持ちを切り替えて、みんなに尋ねた。

「禁足地の様子が見たいんだが、どの辺を掘ればいい?」

 すると師匠が穴を覗き込んで来た。

「このアングルからすると……。んー。おそらくこっちの方向だな。正確な距離は不明だが」

「こっちですね?」

 食堂の様子は、まったく代わり映えがなかった。

 ほとんど客がいない。

 出された食事はショボかったが、即座に飢えるようなレベルではなかった。まあ、肉体労働をする男なら、あの倍はないとキツそうだが。


 多賀峰が得意顔で言った。

「ほらね? 私の話を聞いてよかったでしょ?」

「黙れ。お前はもう用済みなんだよ」

「死ね、童貞」

 だいたい、アパートの様子を見たからってなんだというのだ。

 干渉できるわけでもないし。

 まあ気になるから見るけど。


 *


 不思議なことに、この世界では飢えも渇きもなかった。

 代わりに、それらが癒える喜びもない。

 生活に起伏がない。

 眠くもならない。あまりに退屈なので、眠ろうと思えば眠れるが。それにも限界がある。


 俺は穴を掘りながら、禁足地を目指した。

 空振りばかりだが。

 この方向に掘っていけば、いずれ御所の様子も分かるかもしれない。


 たまに突き上げるような地震があって、掘った穴がすべて埋まる。

 リセットするかのように。

 空から落ちた男は、全身の骨が折れていた。だが、数日もすると回復したらしい。ここでは俺たちも死ねないのだ。終わらせたければ、また人間性を失って消滅するしかない。その先にも世界があるかは分からない。


 いまはただ、掘るしかない。


 ドストエフスキーの小説よりはマシだ。

 あれは穴を掘り、埋めるという作業を、意味もなく強制される。


 だが俺の穴掘りには意味がある。

 アパートを覗けるのだから。


 師匠もさすがに苦笑していた。

「式見くん、やけに熱心だな。いまさらアパートを見てどうするつもりだ?」

「生命の樹が枯れてないか、確認するんですよ」

「もうそれは君の仕事じゃないだろう」

「安田くんのこと、心配にならないんですか?」

 俺が穴掘りをやめて振り向くと、師匠はなんとも言えない表情になった。

「彼はまだ見習いだ。仕事を任せられるレベルじゃない」

「喜んで雑用してたみたいですねぇ」

「なにが言いたいんだ?」

「べつに」

 なにも言いたいことはない。

 俺が一番弟子であるという事実はゆるぎないのだ。


 師匠は指で印を作った。

「じつはここにも式神があってな。術が使える」

「なにが見えるんですか?」

「君の個人情報だ。血液型はB型だったのか」

「言ってませんでしたっけ?」

「さあ」

 興味なさそうだな。

 一番弟子のことなのに。


 ただ、ここでも術を使えるのなら……。もっといろんなことができそうではある。

 術の得意なヤツが手伝ってくれるといいのだが。


「あ、見てください、師匠! 禁足地ですよ!」

 とはいえ、いくつか足場があるうちの最上階しか見えない。ここではあまり作業が行われないから、誰も映っていない。しかも肝心の生命の樹が映っていない。もう少し向こうを掘らないとダメか。


 覗き込んだ師匠も苦い笑みだ。

「惜しかったな……」

「でも近づいてますよ」


 ふと、遠くから澤山さんがやってきた。

「進展ありました?」

「あったよ。もう少しで生命の樹が見える」

「えー、すごい。あたし、見たことないんですよねぇ」

「まあ、普通はね」

 禁足地で見たことは、人に伝えてはいけないことになっている。

 普通、別館の人間には知られない情報だ。


「ん?」

 別の穴を掘ろうと視線をズラした瞬間、足元の画面になにかが映り込んだ気がした。

 いや、ヤバいものとかではなく。

 普通に誰かが通り過ぎたような。


「師匠、いまなにか映りませんでした?」

「えっ? そうか?」

「気のせいかな……」


 足場を点検に来た作業員かもしれない。

 一瞬だけ映って、すぐにいなくなってしまった。

 ネズミかもしれない。

 いや、ネコか?

 本当に一瞬だった。


(続く)

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