↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見て、月だよ  作者: 不覚たん
第三部 白

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/82

本館

 作業場を突っ切って進むと、本館側の厨房に出た。

 だいぶ荒れている。調理器具は出しっぱなしだし、各所が油で汚れている。ちゃんと洗っているのかも不明。あまり視界に入れたくないが、見覚えのある昆虫も生息していた。衛生面は最悪と言えるだろう。

 絶対にこんな食堂でメシを食いたくない。


 厨房から出ると、食堂に出た。

 薄暗い店内に、まばらな客。俺は勝手に食堂だと思い込んでいたが、もしかするとバーだったのかもしれない。足を投げ出したガラの悪い客が、酒を飲んでいる。

 そいつらは俺たちの姿を見るや、目を細め、睨み、そして指の隙間から覗き込んできた。「なんだ人間かよ」やら「餌が来たぞ」やら言って笑う。


 俺たちはさっさと店を出た。

 いきなり最悪だ。

 どんな治安状態なのか少し分かった気がする。


「ボス、危険なエリアには入らないって言いましたよね?」

 俺が苦情を申し立てると、生倉さんは目を細めてこちらを向いた。

「言いました。そしてその通り、まだ危険なエリアには入ってません」

「どう考えても危険でしたよ?」

「違いますね。彼らはたしかに、私たちを笑ってました。ですが、全然紳士的ですよ。危険というのは、見つけ次第命を狙ってくるものを言うのです。彼らはお酒を飲むためにあそこにいるのです。食事のためではありません」

 安全の基準がぶっ壊れてる。

 不命者たちは、人間のことを、歩く昼メシくらいにしか考えていないのかもしれない。


「さ、こっちですよ」

 生倉さんは道を知っているのか、ためらいもなく歩き出した。


 老朽化した木の廊下に、白熱灯がぶら下がっている。

 別館と変わらない。

 こうして歩いていると、ここが本館だということを忘れてしまいそうになる。


 いや、忘れるつもりだったが……。後ろからなにかがついてきている。子供だろうか? いや、小柄な大人か? 少女にしか見えない。

「ツケられてますけど?」

「おそらく見張り役でしょう。いつものことです」

 いつもこうなのか……。


 廊下の脇道から、人の手が伸びていた。

 奥で誰かが倒れている?

 生倉さんは素通りした。俺も通り過ぎるついでに、ちらと見た。

 腕が……ずーっと奥まで続いていた。先は暗闇で見えなかったが。餌を捕まえるための罠だったのかもしれない。


 ちょっと歩いただけでコレだ。

 帰りたい。


 *


 ふと、生倉さんが足を止めた。

「ここですね」

 そのドアは、ド派手なペンキでピンクに塗られていた。

 のみならず、チャイムまでついている。

 俺たち人間より豊かな暮らしをしているヤツがいるのか?


 生倉さんはチャイムを慣らし、こう声をかけた。

「こんにちは。生倉探偵事務所のものです」

「はい? どうかなさいました?」

 奥から、物腰の柔らかそうな中年女性が出てきた。

 エプロンをしている。

 ツノはない。

 というか人間にしか見えない。


「ご依頼の久留須(くるす)さまが見つかりましたので、ご報告にあがりました」

 あろうことか生倉さんは、そんなことを言った。


 いやいやいや。

 見つけてない。

 見つからなかったから本館まで来たのに。

 なんでそんなすぐバレるウソをつくのだろう。

 戦闘の準備をしておいたほうがいいのか?


 女性は慌てた様子を見せた。

「み、見つかった? いえ、ですが奥さまは……」

「ご在宅ですよね?」

「お引き取りください」

「会えませんか? もし追い払うというのなら、いまここで、大きな声でご報告しますよ?」


 なんだこの展開。

 俺は置き去りか?


 奥から別の女性が出てきた。

「お入りなさい」

 タマネギみたいなヘアスタイルの老女だ。

 ピンクのドレスを身にまとっている。


 *


 壁紙もピンク。

 カーペットもピンク。

 ソファもピンク。

 頭がどうにかなりそうな部屋だった。


「あてくしね、このあと動画配信の予定がありますのね。ですからね、なるたけ手短にお願いしますわね。ふん。ね?」

 ピンクのネコ……ではなく謎の毛玉を撫でながら、タマネギの女性は言った。


 すると赤尾さんが、護符を取り出した。

「ご依頼の久留須さんですが、変質を考慮に入れた上で捜索しましたところ、どうやらお客さまのご自宅にいらっしゃることが判明しました」

「ふんふん。ふんふんふんふん。ね? 証拠はあるのかしらね? ふん。ね?」

「そこの壁から反応がありますよ。壁紙を剥がしたら、そこに『いる』んじゃないですかね」

「ンマーッ! なんてぶしつけなの!? あてくしの家の壁紙を? 剥がす? なんの権限があって言ってるの? ねっ?」

 怒り出してしまった。

 まあ怒るだろう。

 俺は無関係ということにしておいて欲しい。


 すると玄関のドアが開き、つば付きの帽子をかぶった男が入り込んで来た。痩せこけていて、目がギョロギョロしている。

「あなたを……逮捕です」

 俺?

 いや、生倉さんか?

 文書を偽造したのは彼女だ。俺じゃない。


 男は土足のまま上がり込んでくると、壁紙に手をかけ、一気にむしり取った。

 が、なにもない。

 ただの木の壁が出てきた。


 生倉さんは言った。

「そっちではなく、こっちです。植物の脇」

「ここかな?」

 男が壁紙をむしると、一気に部屋が明るくなった。


 現れたのはオレンジ色の水槽。

 ぶち抜かれた壁の奥に、ぽつんと置かれていた。


 男は表情のない顔で言った。

「人間の探偵どの。協力に感謝いたす。近ごろ、この手口での失踪事件が相次いでおりましてな」

「協力したおぼえはありませんが……」

 生倉さんは真顔でそんなことを言った。


 なんだ?

 この男はこの家を張っていて、証拠が見つかるのをずっと待っていたということか? それで逮捕できそうだから乗り込んで来たと?


 タマネギ婦人は崩れ落ちた。

「違うのね。ぜんぜん違うのね。あてくしね、耐えられなかったのね? あの人ったら、毎日毎日、酔っ払って帰ってきては……黒く塗れ、黒く塗れって……。なんで分からないの? ピンクでいいじゃないの! ねっ?」

「逮捕です」

「うわああああっ」


 いや、毎週同じ内容の刑事ドラマでももっとマシな展開になるぞ。

 なんだよこのクソみたいな流れ。

 怒るぞ。


 生倉さんも困惑した表情だ。

「待ってください。まだ成功報酬を受け取ってません」

「ですが、逮捕ですので」

「正式な依頼を受けてるんです!」

「ですが、連行しますので」

 骸骨みたいな帽子の男は、機械的な返事を繰り返すばかりだ。


 *


 結局、タマネギ婦人は連行されてしまった。

 すると残された俺たちに、エプロンの女性が語り始めた。


「奥さまは、旦那さまと内装について毎日揉めていました。そんなある日、他者を液化させる術の存在を知ったのです。きっかけはセミナーでした。有名な陰陽師の先生が、本館の住人向けに術を教えていて。そして術を習得した奥さまは、時間をかけてじっくりと旦那さまに術をかけ……」

 聞いてもいないのに急に喋る。

 まあ教えてくれるのはありがたいが。


 生倉さんも溜め息だ。

「ひとつだけ分からないのは、なぜ弊社に依頼を出してきたのか、ということです」

 そうだ。

 行動が矛盾している。


 女性は沈痛なおももちで語った。

「旦那さまは、禁足地で調理師をしておりました。ですが、急に姿を消したものですから、近隣でも噂になり始め……。やがて警察からも疑いの目を向けられるようになりました。そこで、探偵に調査依頼を出すことで、自分への疑惑を晴らすつもりでいたようです……。しかし結果はご覧のありさまに」

 なるほど。

 だから本館にはいないと言ったのか。

 そして空気を読まない生倉さんが、失踪者を発見してしまった。


 まあ動機は分かるし、解決したからよかったようなものの、なにからなにまでクソ事件だったと言わざるをえない。

 大丈夫なのか?


 赤尾さんがネクタイを直し、いつになくシャッキリした顔で言った。

「見たところ、あなたは我々と同じ人間のようですな。このあと、どうなさるおつもりです? よろしければ、私たちが別館での生活をサポートいたしましょうか?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です。夫のもとへ戻りますから」

「あ、そう……ですか……」

 ん?

 まさか口説こうとしていたのか?

 こんなときに?


 *


 骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだな。

 タダ働きだけさせられて、まったく利益を得られなかった。


「ちゅちゅちゅ。見たっちゅよ。人間の癖に術を使って、事件を解決したっちゅね……」


 廊下に出た俺たちは、さっきツケてきた少女と出くわした。

 目を細めて、じつに愉快そうに笑っている。

 服装は小汚い。まるでどこかの野良猫みたいだ。口調のアレな感じも含めて。


 生倉さんは溜め息だ。

「ご要望は?」

「黙っててやってもいいっちゅよ。けど、タダとはいかないっちゅ。一人500ってとこっちゅねぇ」

 500?

 本館には貨幣制度が存在するのか?


 すると赤尾さんが懐から紙を取り出し、少女に見せつけた。

「じつは別件で依頼を受けていてね。近ごろ、因縁をつけて賄賂を要求する不正役人がいるから、見つけ次第捕まえて、お上に通報するように、と」

「ちゅっ!?」

「ただ、俺たちも事件を解決したばかりで、とても疲れていてね。できれば余計な仕事はしたくないんだ。そこで、どうだろう。お互い、なにも見なかったことにしないか?」

「す、するっちゅ! するっちゅから! 許して欲しいっちゅ!」

 急にわたわた慌て始めた。

 俺たちを脅してウマいメシでも食うつもりだったのか。

「なら、合意だね。もう行っていい。こんなこと二度としないように」

「分かったっちゅ! さよならっちゅー!」

 クソガキは凄まじい速度で走り去った。

 チューチュー言ってたからネズミの一族だろうか。いや、それはさすがに安直か。まあいい。いまはどうでもいいことに頭を使いたくない。


 赤尾さんは苦笑しつつ紙をしまった。

「用意しておくもんですね。文書の偽造が癖になりそうですよ」

「あんまり物騒なこと言わないでください」

 さすがの生倉さんもジト目だ。

 ま、俺も偽造だと思ってたよ。さすがに。


「帰りはどうするんです?」

 俺がそう尋ねると、生倉さんは疲れた顔になんとか笑みを浮かべて応じた。

「また禁足地を通って、別館に戻りますよ」

 事務所もこの本館にあるのに、わざわざ別館を経由するのか。

 それだけ本館が危険ということなのかもしれない。


 それにしても、本館には、衛生管理局や警察といった行政機関が存在しているようだ。通貨まで流通している。別館とは異なり、まともな統治機構らしきものが存在している。

 かなり長い歴史がありそうだ。

 まあ、別館にも自称共和国が存在したが……。


「けど、一体どうやって犯人を特定したんです? 術っていっても……」

 俺の問いに、生倉さんは肩をすくめた。

「さきほど家政婦さんの言っていたセミナーですが。あれを主催した陰陽師というのは、先生のことなんです。テレビ通話で先生本人に確認したので間違いありません。依頼主が受講生だったことも確認済みです」

「え? じゃあ事前に犯人が分かってたってことですか?」

「はい。ですが、裏を取らないといけませんから。念のため別館と禁足地も調査しました。もしそこで見つかったら、プランを変更しないといけませんから」


 ほとんど結末の分かっている調査を、あえてしたというわけか。

 しかも横から警察に手柄を奪われた。

 結果、一円にもならず。


 とはいえ、俺の頭の中は、あの巨大な樹木のことでいっぱいいっぱいだった。もうタマネギ婦人の印象すら薄れつつある。

 頭がパンクしそうだ。

 さっさと帰ってイチカと一緒に寝たい。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。