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見て、月だよ  作者: 不覚たん
第三部 白

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37/82

樹

 ボスはかなりの時間をかけて、ドライヤーで髪をかわかし、メイクも完成させて出てきた。

「お待たせしました」

 いつもの生倉さんだ。

 艶のある長い黒髪が、黒のスーツによく映える。

 だが、あまりにも時間をかけ過ぎたようだ。


「え、おそば食べてるんですか? 私のぶんは? これ? もはや汁が存在しないといっていいレベルなのですが?」

 この苦情に、赤尾さんは顔をしかめた。

「残念でしたね。もっと早く出てきたら、コンディションのいいそばが食えましたよ」

「えー……。これパワハラですよね?」

「依頼の件、俺から霧島くんに説明しておきました」

「うー」

 反論できなくなって子供みたいな声を出した。


 空気が悪くなる前に、俺は挙手をして質問した。

「禁足地、初めてなんですが。危険性はないんでしょうか? ああ、見聞きしたことを外で言っちゃダメってことだけは聞きました」

 生倉さんは釈然としない様子だったが、やや困惑を引きずりつつも質問に答えてくれた。

「ええ。はい。基本的には、それでオーケーです。あとは……。現地では、人間は珍しい存在なので、じろじろ見られると思いますが、なるべくにこやかな笑顔で乗り切ってください。間違っても睨みつけたりしないように」

「しませんよ」

 そういうのをスルーするのは得意だ。

 俺はそもそも自分を上等だなんて思っていない。異物扱いされるのには慣れている。


 赤尾さんは溜め息をついた。

「ま、霧島くんなら大丈夫でしょう。いやね、むかしいたんだよね。ケンカっぱやくて不命者の方とトラブルになったのが」

「事務所の人ですか?」

「そう。でももういないよ。死んじゃったからね。うちは探偵事務所だって言ってんのに、戦うことばっかり考えててね。しかも特に強くなかったんだ。銃を渡されて、自分が何倍かの人間になったように感じたんだろうね。道具だけ立派でも、使う人間がアレじゃあな」

「俺も気を付けます」

 他人が失敗例を示してくれたのだ。俺まで同じミスをすることはない。死んだ人間からでも学べることはある。


 *


 数日後、食堂に集合した。

 あまり混雑しない時間帯を選んで。


 今日は俺もスーツ姿だ。

 なんか着慣れない感じもあるが……。まあよかろう。


 婆さんは梅干しみたいな顔で出迎えた。

「はぁ、ったく。厨房に入りたいって? 許可はあるみたいだね。入りな」

 素直に通してくれるとは、なかなかかわいいところがある。


 *


 厨房のドアを開けると……そこはなんの変哲もない作業場だった。床や壁はタイル張り。

 テレビなんかで見る、定食屋のキッチンといった感じだ。一人で使うには広すぎる。きっとピークタイムにだけ調理師が来て、作業が終わると去ってゆくのだろう。

 よく片付いている。


 奥には長い通路が見えた。

 白熱灯が連なっているだけの廊下だ。


 いや、もっと奥に明かりが見える。

 ひらけた場所につながっているようだ。


「行きましょう」

 生倉さんが先頭に立って進んだ。


 厨房にこんな通路があるのは不思議だが……。先が本館につながっていることは分かっているので、特に不安はなかった。

 いまのところ、見てはいけないものもない。


 進んでいくと、会話するような声が聞こえてきた。声というか喧騒というか。一斉に喋っているので、個別に聞き取れるようなものではない。

 大勢の調理人が働いているのだろう。


 大部屋に出た。

 そこは、俺が予想していたような場所ではなかった。

 なんというか、採掘場みたいだ。

 巨大なホールに、木造の足場が組まれているような……。


 いや、そんなものはいい。

 ツノの生えた人々が血まみれになって働いているのも、まあいいだろう。


 俺は立ち尽くしたまま、そいつから目を離せなかった。


 そいつ――樹だ。

 たぶん。


 部屋の中央に、一本の大樹がそびえ立っていた。

 枝の代わりに、謎の房をつけている。

 房は胎動しているように見える。


 作業員たちは互いに協力し、その房をのこぎりで切り落としていた。切り込まれるたび、切断面から勢いよく血液を噴いた。

「よし運べぇ!」

「もたもたすんなぁ! 昼メシに間に合わなくなんぞぉ!」

 その房は、人間の大人くらいのサイズがあった。

 血まみれの房が切り落とされると、作業員たちが群がって、台車に載せて運び出した。見ると、その先に作業台があった。そこで不要な部分を切り落とし、床の隙間から奈落のような闇へ捨てているようだった。


「これは……なにを……?」

 俺が尋ねると、生倉さんは無表情で向き直った。

「知る必要はありません。それよりも、ターゲットを探すことに集中して」

 ターゲットを探す?

 みんな頭にツノが生えている。

 どいつもこいつも区別がつかない。


 彼らは、急に入ってきた俺たちを不審に思っているらしく、じろじろと見てきた。のみならず、指で印を作り、その隙間から覗き込んできた。


 いや、いい。

 それよりも。

 この樹はなんだ?

 なぜ出血する?

 切り出されている房はなんだ?

 最終的にどう扱われるのだ?


 一人のツノ男が近づいてきた。

「ちょっとなんなの? ここ通るだけじゃないの? それとも見学? あんまし人間にうろうろされると困るんだけどねぇ」

 嫌味ったらしい物言いだ。

 彼らは全体的に、人間よりも少し背が低いようだ。頭にツノがある。だが、違いはそれだけ。言葉も仕草も俺たちと違わない。


 赤尾さんが目をしょぼつかせながら言った。

「人探しを依頼されましてね。作業の邪魔はしません。ですので、あなたも俺たちの邪魔をしないように。いいですね?」

 ケンカするなと言っていた本人がこれか?

 ツノ男も不快そうに顔をしかめている。

「おい。ここの現場を任されてんのは俺だ。誰を探してんのか知んねーが、俺の許可ナシに勝手なマネすんじゃねーよ」

「おかしいな。もっと上から許可が出ているのに。あなたの判断で許可を取り消すと?」

「上? だ、誰のこと言ってんだ? え? フカしてたらタダじゃおかねーぞ?」

 ふん、いきなり慌ておって。

 こうなるケースを最初に想定しなかったのか?


 だが、俺には不安もあった。

 これが赤尾さんの勝手なハッタリなのではないかと。


 生倉さんがスーツのジャケットから紙を取り出した。

「本館の衛生管理局から許可を得ています。できればご協力いただけますと幸いです」

「かーっ……」

 男は目を丸くしたまま絶句してしまった。


「では失礼」

 生倉さんが歩き出したので、俺たちもあとに続いた。


 ともあれよかった。

 正式な許可を得ていたようだ。


 赤尾さんが肩をすくめた。

「バレませんでしたね」

「ええ。もし偽造だとばれたら禁固刑ですから」

 おい。

 ちゃんと許可取れよ……。

 なんなんだよ。

 探偵という名の犯罪組織じゃねーか。


 俺は頭がどうにかなりそうだった。

「あのー、いろいろ疑問なんですが……。なにも考えないほうがいいんでしょうね」

「はい。その通り。ターゲットを探すことに集中してください」

「特徴は?」

「忘れましたか? 頭にツノのある男性ですよ」

 忘れてない。

 該当者が多すぎて困っている。なんならツノがないのは俺たちしかいない。


「目視による確認は不可能では?」

「まあ見ていてください」

 なにか策があるのか?

 まあ無策で乗り込むわけもないから、いちおうはあるんだろう。

 さっきの許可証みたいな策が。


 大丈夫かなこの職場……。


 床板は足場として組まれているだけなので、隙間なくビッシリと敷き詰められているわけではない。細くはないが、ただの通路だ。柵で囲まれており、下を覗ける。光がないから真っ暗闇だが。

 いや……黒一色ではなく、なにがしかの色がついているような。かすかに淀んでいるようにも見える。


「おい、落ちるぞ」

「すみません」

 赤尾さんに注意されてしまった。

 柵はツノ男たちのサイズに合わせてあるから、人間の大人からするとやや低い。バランスを崩したら乗り越えてしまいそうではある。


「遊んでないで行きましょう」

 生倉さんはすたすた行ってしまった。

 作業場を突っ切って本館へ向かったのではない。階段を使って下へおりた。


 ここの作業場は、重層的に複数のフロアからなっていた。各フロアで作業員たちが房を切り出している。

 下層で切り出された房は、滑車で上へあげられる。そいつは血を噴きながらビクビクしているから、死体が吊り上げられているようにしか見えなかった。


 いや、俺が血だと思い込んでるだけで、じつは血ではない可能性もある。

 植物から出ているのだから、樹液と考えるのが普通だろう。

 赤い樹液を出す植物は、俺たちの世界にも存在する。成分はたしかポリフェノールだったか。絶対にありえない現象ではない。

 ビクビクしている房も、ポリフェノールを溜め込んだ果実なのかもしれない。


 ただ、あまりにも幹がデカい。

 どこから生えていて、どこまで伸びているのか、まったく見えない。


 いくらか下層へ降りたところ――つまり作業員のいないフロアで、赤尾さんが護符を取り出した。生倉さんはそれを使い、なにやら術を始めた。

「この者をお探しください」

 この者?

 護符のことか?


 赤尾さんが教えてくれた。

「護符に固有情報を記憶してあるんだ。この情報でサーチすれば、見つかる。理論上はね。変質してる場合に備えて、いくつかバリエーションも用意してある」

 変質、か。

 以前の俺だったら聞き流していた言葉だ。それがいまや、かなり忌まわしい記憶をともなっている。

 つまり、対象がオレンジのスープになっている可能性もあるということだ。


「もし見つからなかったら、次は別館ですか?」

 俺の質問に、赤尾さんは肩をすくめた。

「別館はもう調べた」

「えっ?」

「もちろん全部じゃない。結界の張られたエリアはサーチできないからね。ただ、ふみこさんにも協力してもらって調べたんだ。それで見つからないんだったら、きっと歩いて探しても見つからないだろうね」

「なら、ここで見つかるのを祈るしかないですね」

「……」

 なぜ渋い顔をする?

 消去法でそうなるではないか。

 依頼主は、本館にいないと言っている。別館も調査済み。となると、この禁足地にいると見るほかない。まあ、また別館に戻って探すというのなら別だが。


 赤尾さんは話題をそらしたかったのか、急にテンションを変えて喋りだした。

「あ、そうそう。なんでこんな人気(ひとけ)のない場所に来たかっていうとね。不命者の皆さんは、人間が術を使うのを嫌うんだよね。だからコソコソやらないといけないんだ。向こうが指の間から覗き込んできたからって、こっちも同じことをしたら、トラブルになるからね。気を付けて」

「はい」

 お姉さんも、人の道を外れた技だと言っていたな。

 本来、俺たちが使用すべき技術ではないのかもしれない。


 生倉さんは印を解き、こちらへ向き直った。

「見つかりませんね。では、本館に向かいましょう」

「えっ?」

 本館?

 依頼主みずからが、そこにはいないと言っていたのでは?

 それとも、依頼主に会って、見つからなかったことを報告するのか? テレビで通話すればよさそうなものだが。

 というか本館は、危険だから行くべきではないと……。


 生倉さんはかすかに笑った。

「もちろん本館を捜索しますよ」

「なぜ?」

「あくまで依頼主は、本館にはいないという情報を提供してきただけ。本館を捜索するなとは言っていません。そして依頼内容は? ターゲットの捜索です。依頼達成のため、本館を除外するわけにはいきません」

 トラブルを起こそうとしているようにしか見えない。

 だが、もし本館にいるのだとすれば、なぜ依頼主は捜索を依頼してきたのだろう?

 行動が矛盾しているように思うのだが。


「本館、入って大丈夫なんですか? 俺、まだ死にたくないですよ」

「大丈夫。あまり危険なエリアには入りませんから。『通りゃんせ』までには帰れますよ」

 時間になると主(ぬし)とやらが出るんだったか。

 じつに気が滅入る。

「けど、不安だなぁ。依頼主、怒るんじゃないですかね? たぶん、調べて欲しくないから言ったんだと思うし」

「ええ。そうでしょうね。でも私、融通が利かないらしくて。よく父に怒られてました。ですが、やはり依頼を見る限り……。探して欲しい、ということですので。探さなかったら意味がありませんよね?」

 思わず乾いた笑いが出た。

 きっと止めてもムダなのだろう。


 ターゲットが見つからなければ、報酬は手に入らない。

 だが、依頼主が望んでもいないのに見つけてしまったら……?

 この依頼は、ハナから詰んでいる。

 どうせまた赤字だ。


 今回だけじゃない。

 じつは先生に絡んだ依頼は、一通り解決していた。失踪者を発見できたからだ。水槽の中で液状化した状態ではあったが。

 成功報酬を回収できるはずだった。

 ところが、あまりに時間をかけ過ぎたばかりに、今度は依頼主の所在が分からなくなっていた。すでに死亡していたものもいた。依頼そのものを忘れているものもいた。


 基本的に儲からない。

 そもそも儲ける気もないのだろう。

 なぜこんなお仕事ごっこを続けているか分からない。

 もっとも、俺は依頼した側でもあるわけだから、批判できるような立場でもないのだが。


 赤尾さんが溜め息をついた。

「じゃ、上に戻りますか。階段のぼるのしんどいなぁ。あの滑車使わせてくれないかな」

 血まみれの房が吊るされたクレーンだ。

 鋭いカギヅメがついている。

 あんなのを使うくらいなら、自分の足でのぼったほうがいい。


(続く)

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