表彰式
それからの数日、俺たちは特にすることもなく事務所に集まっていた。
依頼もないのに。
「えーと、つまり、血液が通貨の代わりに流通してるってことですか? あのガキが言ってた500ってのは、500ミリリットルって意味だと?」
「そう」
雑談をしながら、俺は衝撃的な事実を知らされた。
血が金の代わりとは……。
本館は、ちょっとした地獄だ。
赤尾さんは肩をすくめた。
「けど、どんな血でもいいってわけじゃない。生命の樹からとれた血は、穢れているとされて使えない」
「生命の樹?」
俺が聞き返すと、彼はマズそうな表情で斜め上を見た。
ごまかそうとしている。
「俺、そんなこと言った?」
「聞き間違いかも」
「いや、言ったよ。認める。生命の樹ってのは、禁足地に生えてたアレだ。大量の血が出てたと思うが、アレは通貨として使えないんだ。使ってもいいけど、クズ同然の値打ちにしかならないだろうね」
あれはやはり樹液ではなく血液だったのか。
だとすれば、あの房は……?
それに、ナツさんも聞いてるのに、お構いなしに禁足地の情報を喋っている。まあ、いまさらなのかもしれないが。
ここで働いていれば、聞くつもりのない話でも耳に入ってしまう。ナツさんは聞いてないようなそぶりでお茶碗を洗っている。鼻歌を歌いながら。
これは誕生日の歌、か……?
俺がナツさんの背を見つめていると、赤尾さんが察してくれた。
「あの歌が気になるか?」
「誰かの誕生日なんですか?」
「いや。あれはもともと朝の到来を言祝ぐ歌だったんだ。この世界には朝が来ないだろう? だからここの住人は、希望を込めてこう歌うんだ。グッドモーニング・トゥー・ユーってね。おっと、安心してくれ。著作権の問題はクリアされてる。いくら歌っても大丈夫だ」
なんの心配だよ。
ふと、ノイズまみれのテレビに映像が現れた。
つば付き帽子をかぶった骸骨みたいな男。先日も見た警察官だ。
『失礼する。和木巡査部長である。探偵どのに通達がある』
通達?
依頼ってことか?
生倉さんは「うかがいます」と先を促した。
『先日の犯人逮捕への貢献を認め、陛下が貴君ら三名を表彰したいとのこと。ついては指定の日時に御所へ参られたい』
陛下?
御所?
そんなご立派なものが、このアパートに?
生倉さんもさすがに困惑の表情だ。
「えーと、こちらはしがない民業でして、陛下に謁見するなど恐れ多い……」
『なお、辞退は許されないものとする。詳細は追って通達する。以上!』
通信が切られてしまった。
事務所は、にわかにしんと静まった。
赤尾さんが頭を抱えた。
「ウソだろ……。陛下って、あの陛下でしょ?」
生倉さんも珍しく渋い表情だ。
「それ以外に陛下っています?」
「いませんね。いませんけどね。俺ぁ気が進みませんよ。とんでもない暴君じゃないですか」
もしかして、本館を支配してる一族とかいうヤツか。
困惑している俺に、赤尾さんが教えてくれた。
「ここには文車って一族がいてね。本館の大部分をそいつが支配してるんだ。先代もひどいヤツだったけど、こないだ死んじまって、最近、バカ息子が即位したんだ。そいつがまぁ……先代に輪をかけてひどいヤツでね」
「そんなヤツが、俺たちを表彰すると……?」
「嫌な予感がするだろ? 不命者が人間を表彰なんて。絶対裏があるぜ」
「無視したらどうなります?」
「この事務所の場所はバレてないと思うけど。もし機嫌を損ねたりしたら、二度と本館を歩けなくなるだろうね」
まあ、個人的には困らないが。
本館からの依頼はすべて断らざるをえなくなるだろう。
生倉さんも頭を抱えた。
「三名って言ってましたよね? 逃げようがないじゃないですか……」
逃げるつもりだったのか。
まあいい。
悲観していても始まらない。これが戦いなのだとしたら、戦術を用意する必要がある。
「一回、状況を整理しましょう。相手はどんな行動をとってくるのか、こちらはどんな対策が可能なのか。この二点を中心に、意見を出し合いましょう」
がばと赤尾さんが顔をあげた。
「いいぞ、霧島くん。俺も実感してきたよ。阿家智さんがね、むかし言ってたんだ。『俺には自慢の弟子がいる』ってな」
「ホントに?」
「ああ。『性格に難はあるが』とも言っていたが」
「その情報はいらないです」
褒めて伸ばして欲しい。
もっとも、刑務所にぶち込まれるようなことをしたわけだから、「性格に難がある」という評価は正確としか言えないが。
*
指定の日時が来てしまった。
本館にはカレンダーが存在するから、きちんと日時が管理されている。バックレることはできない。
廊下には、武装した不命者の皆さんがずらっと並んでいた。おそらく御所を警備する武士団だろう。
武装といっても現代的な兵装ではない。着用しているのは戦国武将のような鎧だ。しかもデカい連中が揃っているから、威圧感が凄まじい。
出迎えたのは、しかし小柄な男だった。頭にツノがある。だが髪はない。坊さんのような格好をしているが、あまりにも数珠がデカい。海外で「カラテネックレス」と呼ばれているアレみたいだ。
「和木よ、この者らで間違いないか?」
「はっ!」
和木氏もいる。
お偉いさんの前で緊張しているのか、ビッと背筋を伸ばしている。眼球も以前に増してギョロギョロしている。
坊さんは苦々しい表情で口元をゆがめた。
「拙僧は陛下の輔弼をつとめる伽藍爺である。本来であれば身分もない人間と口を利くこともない立場だが、陛下が直々に招いた客人ゆえこうして出迎えに参った。くるしうない。面をあげい」
なんだこいつは。
面ならずっとあげている。もしかして、俺たちが土下座する前提で喋ってるのか?
「ふん。ついてまいれ」
伽藍爺はくるりと向きを変え、ドアへ向かって一歩踏み出した。が、それだけだ。すぐに立ち止まり、不快そうに和木氏を見た。
「和木……。おぬし、まだいたのか? もう役目は済んだのだ。失せよ」
「はっ!」
パワハラでは?
そもそもこの伽藍爺とかいう坊さんは、俺たちをもてなす気があるのか? ん?
俺は帰ってもいいんだぞ?
部下がドアを開くと、伽藍爺は当然のような顔で中に入っていった。
部下は無表情だった。
*
じゃーんと銅鑼の音が鳴り響いた。
執拗に、何度も。
「お客人のぉ、ご到着でぇす!」
どこかの誰かが大袈裟な声をあげた。
まあ、表彰というからには、表彰式なんだろう。
式典だからみんな正装だ。
俺たちもスーツで来て正解だった。
室内はとんでもない広さだった。
いったいどうやって作ったのかは不明だが、ありったけの部屋をぶち抜いてくっつけたような感じだった。時代劇で見る評定の間のような。
壁や天井には金箔、床板はピカピカに磨かれており、陛下とやらが座るであろう上座にだけ畳が敷かれていた。
「ここで止まれ。陛下が現れたら頭をさげるように。もし粗相あらば、命の保証はできぬぞ」
「はい」
生倉さんが率先して返事をした。
つまり、ボスはこの場では坊さんの言葉に従うということだ。部下である俺たちも従うしかない。
左右には、立派な服を来た連中が列席している。
平安貴族みたいな……なんかちょっと違うような……。まあ独自の進化を遂げたファッションなんだろう。よく分からない。
また銅鑼が鳴った。
「陛下のおなりでぇす」
おなるな。
坊さんに「頭を下げよ」と命じられたので、俺たちは膝をついてうなだれた。
特にどうでもいい相手に頭をさげるのもシャクだが。意味不明にぶっ殺されるよりはいい。
奥から、のそのそとウシガエルみたいな男が出てきた。
全裸にマントみたいな格好だ。それはそれとして襟がクソデカい。エリザベス・カラーというやつだろうか。
そいつはどっと座布団の上に着地した。
膝が悪いのかもしれない。重力に任せて落下したような座り方だった。幸い、ふかふかの座布団のおかげで、ダメージは生じていない様子だったが。
「うーん。そういうのいいかな」
陛下はねちゃねちゃした口調でそう言った。
なにがいいんだ?
「楽にしていいお。ボキ、形式にこだわるの好きじゃないから」
ボキ?
こんな喋り方をするヤツが実在する……のか……。
ま、お言葉に甘えて立ち上がらせてもらうとしよう。
伽藍爺が、それでも頭をさげながら上奏した。
「陛下、こちらが事件を解決に導いた探偵どもです」
「うん。見れば分かる。チミはもうさがっていいよ」
「はっ」
後ろ歩きでさささと行ってしまった。
俺も一緒に退場したかったが……。きっと誰も笑ってくれなかっただろうな。とてもそんな雰囲気ではない。
そいつは言った。
「あのさぁ、どうやって見つけたわけ? あーいいよ。どうせ術使ったんでしょ? そこは怒んないからさ。ボキにも教えてよ。具体的にどんな手を使ったのかさぁ」
なるほど。
変質した個体は、固有情報まで変質してしまう。そうなると旧来の手法では検出できない。それをなぜ人間が検出できたのか、不思議に思っているわけだ。
返事をしたのは生倉さんだった。
「はい。術は一般的なものを用いました。ですが、固有情報のほうにアレンジを加えまして。あらかじめ変質にかかる係数を算出し、それで検出できるよう工夫いたしました」
「どぅっふぅ。黒髪ロングきたこれ。ボキの好みだお」
あのネズミよりイラつく口調のヤツがいるとはな。
もはやわざとやってるレベルだろ。
生倉さんは返事をしない。というか返事のしようもない。
ウシガエルはしばらくニヤニヤしていたが、次第に真顔になっていった。
「係数? 算出? なるほどなるほどぉ。人間が考えそうなことだお。ぽまいら劣等種は、すぐ数字に頼るんだお」
マウントはいいからとっとと表彰しろよ。
こっちは早く帰って天ぷらそばを食う予定なんだよ。
だが、ウシガエルはなかなか表彰に入らなかった。なにやら指示を出すと、彼の背後に、黒子みたいな連中がささっと現れた。
かと思うと、ウシガエルの両脇にあった黒い布を一気に引っ張った。
わっと光が現れた。
光源は、水槽に満ちたオレンジ色の液体だ。
こいつも誰かをスープに変えていたのか。
「これね、ボキのパパンとママンだお。なかなか帝位を譲ってくれないから、最終的に発光汁になってもらったお」
分かってはいたが、まあまあサイコパスだな。
発光汁というネーミングも最悪だ。
彼はニヤニヤしながらこう続けた。
「ボキは欲しいものはなんでも手に入れる男だお。でも、手に入らないものがあるんだお。信じられるかお? ん?」
禅問答でもするつもりか?
黙っていたほうがいいとは思ったが、どうしてもからかいたくなって、俺は口を開いた。
「死ですか?」
「お? お? いまなんて言ったお?」
「絶命です」
分かりやすく言い直してやった。
さすがに理解するだろう。
ウシガエルは顔をしかめた。
「ちげーお。そういう……ぽまい、めんどくせーお。ボキは禅問答みてーの大嫌いなんだお。二度とやめろお? お?」
「はい……」
だったらなんだよ。
お互い初対面なんだから、一般論しか出しようがないだろ。
ウシガエルは「ぶふぅ」と溜め息をついた。
「答えは妹だお。ボキのもとから逃げ出した不届きな妹がいるんだお。一説には、悪いヤツに誘拐されたとかいう噂もあるお。お? まあどっちでもいいお。ぽまいら探偵は、モノを見つけるのが得意みたいだから、命令をくだすお。ボキの妹を見つけて、ここへ連れてくるお。見つけたら褒美をやるお」
真の目的はそれか。
遠隔で依頼を出してくればいいものを。
生倉さんが、やや緊張した様子で尋ねた。
「妹君の特徴などは?」
「とにかくかわいいお。名前はふみこ。目が悪いから、たぶんメガネをかけてるお。あいつには、ボキの子供を産んでもらう予定なんだお。ま、変質しててもいいお。とにかく探し出してここへ連れてくるんだお。ボキからは以上だお」
すると黒子が寄り添い、ウシガエルが立ち上がるのをサポートした。体が重すぎて、一人では立ち上がれないらしい。
伽藍爺がささっと現れた。
「陛下、僭越ながら! 表彰式のほうは!?」
「うるせーお。勝手にやっておけお」
ウシガエルはのたのた行ってしまった。
いや、もう表彰式どころじゃない。
メガネのふみこ――。
思い当たる人物が一人しかいない。
下っ端役人らしい僧形の男がやってきて、筒を突き出してきた。
「賞状です。ありがたく頂戴するように」
「はい」
生倉さんが代表して受け取った。
あまりにも雑な渡し方だ。
*
事務所に戻った俺たちは、無気力に天ぷらそばをすすりながら、互いの言葉を待った。
みんな言いたいことはたくさんあるはずなのに、積極的に喋ろうとしなかった。
ま、こういうときは、なにも知らない俺が質問しまくるのがベストだろう。
「にしても、びっくりしましたよ。まさかあのウシガエルが、ふうちゃんのお兄さんだったなんて」
「……」
無視。
いい。
返事したくなるまで喋りまくってやる。
「どうするんです? 俺、反対ですよ。あんなヤツに引き渡すの。だいたいね、あの子、追手を恐れてひっそり暮らしてるんですよ。あまり人目につかないように。可哀相じゃないですか。俺は絶対に反対ですね。お二人も反対ですよね? ねぇ?」
「……」
は?
反対じゃないのか?
褒美のために、ふうちゃんを売り渡すつもりか?
生倉さんは箸をおいた。
「もちろん引き渡したりなんてしません。というより、そもそも別館に連れ出したのは私たちなんです。ふみこさんから直接依頼を受けて……」
なるほど。
それが、お姉さんがこの事務所に依頼した最初の仕事だったってわけか。
禁足地を通ることなく、抜け道を使って別館に逃がしたのだろう。だから誰も目撃者がいない。本館を探しても見つからない。
「だったら、このまましらばっくれてればいいのでは?」
俺の提案に、生倉さんはなんとも言えない表情になった。
「あの男の執着は尋常ではありません。きっと我々の調査報告を執拗に求めてくるはずです。そのたびに進展ナシだったら……。今度は私たちが疑われます。慎重に判断しなくては」
ヘタにかばうと、今度はこっちの命が危うくなるというわけか。
タマネギ婦人の妙な依頼を解決してしまったばっかりに、とんでもないヤツらに目をつけられてしまった。
いや、そもそも人体を液体に変えるクソみたいな術を開発したヤツが悪い。つまり、いま赤尾さんの部屋の隣に監禁されてるヤツが悪い。監禁なんて生ぬるい方法ではなくて、ずっとネズミのエサにしてやればいいのだ。本人は死なないし、ネズミも腹が膨れるんだからウィン・ウィンだろう。
ま、それをしたところでなにも解決しないのだが。
ふうちゃんを売り渡すか、かばって死ぬか。
いまのところ二者択一だ。
クソみたいな選択を迫りやがって。
(続く)




