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Waves of love

アイザックのエピソードのあとは、フリードのエピソードを綴ってみました。

お楽しみいただけますように....

 その人は、ふわりと微笑んだ。

 まるで辺りの空気が匂い立つように....



「左がジェリー....次期辺境伯のジェラルドだ。こっちがジェリーの側近候補の南部から来たフリードだ」


「初めまして、パメラです。よろしくお願いいたします」


 ジェラルドの叔父に輿入れしたパメラは、二人のまだ初々しさの残る従騎士に、微笑みながら美しい礼を取った。


「レディ パメラ、ジェラルド・ダヴィネスです。どうぞジェリーとお呼びください。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」


 ジェラルドは、目の前の貴婦人に礼儀正しく騎士の礼を取った。


「?」


 ジェラルドがふと隣のフリードを見ると、大きく目を見開いたまま立ち尽くしている。


「おい、フリード」

 ジェラルドがコソリと呼び掛ける。


 フリードはハッとして、慌ててジェラルドと並んで騎士の礼を取った。

「…失礼いたしました。フリードと申します」


「なんだ、フリード、パメラに見とれたか」


「........」

 フリードは口を引き結んだままうつむいている。


「まぁ旦那様、ご冗談を。そんなことあるわけないですわ....」

「そうか?」

「ええ。お二人ともゆくゆくはこのダヴィネスを背負って立たれるのでしょう?」

「そうだな、そうなる」

「でしたら日々鍛練に励まれていることでしょう。余所見をしているお暇などありませんわ、ね?」


「は....はっ!」

 ふいに淡褐色の柔らかな眼差しを向けられたフリードは、慌てて反応した。


 そんな反応をするフリードは見たことのないジェラルドは、不思議そうな顔をしている。


「それは最もだが…こいつらも男だ。美しいご婦人は無視できんだろう」


 ジェラルドの叔父─ジェイデン卿─は、親子ほども年の離れた若く美しい妻....パメラの華奢な肩を抱くと、さも嬉しそうにそのこめかみにキスした。


 その様子を、フリードは無表情のまま、じっと見ていた。


 *


「....くっ、私はここまでだ」


「ジェイデン卿、何を言われます! 持ちこたえてください!!」


 辺境でのある地上戦の真っ只中。

 辺りは敵味方の亡骸と血の臭い、激しく剣を振るう騎士や兵士の怒号が地鳴りの如く巻き上がる。


 兄である辺境伯を庇い、胸に剣、背中に矢をくらい、口から血を流したジェイデン卿はフリードの腕の中で横たわっていた。


「....兄上は、」

「ご無事です、あなたのお陰で。元気に進軍していますよ、ここは間もなくダヴィネスに落ちるでしょう」

「ジェリー、は」

「心配いりません。おやっさんも凌ぐ勢いです」


 フリードの言い様に、ジェイデン卿は真っ青な顔ながら、フッと笑みを漏らした。


「....うっ....」

「ジェイデン卿!!」


「すまんな、フリード....私のために足止めをさせて....お前の剣を休ませるのは気が引ける....」

「大丈夫です。後方も抜かりなく固めてますから、さ、お気を確かに」

 言いながら、ジェイデンの熱い血が、グローブを通してドクドクと己の手に流れるのを感じ、フリードは覚悟を固めていた。


「....フリード、今度ばかりは笑えそうにない」

「そんなこと、おっしゃらないでください!........レディ パメラが悲しまれます!!」


 戦場だというのに、二人の間の空気は一切の音を遮断した。


「....パメラ....そうだな、」

「....はい」


 ジェイデン卿は一旦瞼を閉じた。


「フリード」

「はい」


 静かに目を開け、上から覗き込むフリードへと視線を向けた。

 ダヴィネス家に伝わる深緑の瞳は、今は力なく曇っている。


 ジェイデン卿にはすでに死相が出ていた。


「パメラを、頼んだぞ....」


 ジェイデン卿は、入るはずのない力を込めて、フリードの腕を痛いほどに握った。

 その手は大きく、節くれ立ち、血にまみれた、紛れもない辺境の騎士の手だった。


 *


「レディ、フリード卿がこれをお持ちに....」



 ジェイデン卿が没した戦いから数年後、ジェイデン卿の兄である辺境伯もまた帰らぬ人となった。


 辺境の地は新たな領主─ジェラルド─が継ぎ、圧倒的な戦果を上げながら治めつつあった。


 フリードはジェラルドの側近として、隙のない働きをする。

 多忙を極める中でも、ジェイデン卿の戦死以降、パメラへの気遣いを怠らなかった。


 様々な品物を届けるのはもちろん、ジェイデン卿がパメラに残した邸の修繕の手配や、使用人達の困り事など、公私を問わずなにくれとなく世話を焼く。


 今日は夜明け前、戦地へ赴くその足で、パメラの好きな城塞街のスウィーツショップの焼き菓子の詰め合わせを、可憐な季節のブーケと共に執事に預けていた。


 パメラはありがたくも、常に少しの後ろめたさを感じながら、フリードの厚意を甘んじて受け入れていた。




 更に時は経つ。



 激しく冷たい風雨が窓を鳴らす、ある嵐の深夜。


 パメラの邸の扉を叩く者がいた....戦場帰りのフリードだ。


「フリード卿! どうされましたか?!」


 全身ずぶ濡れの、戦禍の激しさを思わせる憔悴しきったその姿は、パメラが初めて目にするものだった。


「............」


 フリードは何も言葉を発さず、痩けた頬には雫が幾筋も流れている。


「セバスチャン、客間の用意と....すぐにバスルームを使えるようにして」


「はっ」


 明らかにいつもと様子が異なる。

 パメラは急ぎ執事に言い付け、とりあえず暖炉で暖められた自室へとフリードを連れて行くとベッドへ座らせ、否応なしにぐっしょりした着衣を脱がせ頭を拭きはじめた。


 フリードは抵抗もなく、されるがままだ。


 戦場で何かあったのだろうか、いやそれならばここへ来るはずはない。ケガ?....いや見たところ以前の傷痕だけだ。2階へも問題なく階段を上った。


 パメラは目まぐるしく考えながら、ベッドへ腰掛けたフリードの開いた足の間に立ち、うつむいたフリードの頭を拭く。


 何も、問うことはできない


 パメラもまた、黙ったままだった。


 と、ふいにフリードが座ったまま、目の前にあるパメラの腰へ、ふわりとだが振りほどけない力で抱きついてきた。


「???」


 パメラは思わずタオルを持ったまま、両手を上げた。

 ポトリ、とタオルが床に落ちる。


「....フリード....?」


「....少し....」

「え?」


「少しだけ、このままでいさせてください」


 パメラのみぞおちあたりに顔を埋めたままだ。


 薄いナイトドレスを通じて、フリードの頬の冷たさを感じる。


 領主の側近として、東西南北、休む間もなく走り続け、常に神経を張り巡らした挙げ句、この嵐だ。心身に限界がきても不思議ではない。


 緊張がプッツリ切れてもおかしくないわよね....


 パメラはフリードの頭ごと、まだ湿った体をゆっくりと抱き締めた。

 と、フリードがわずかにピクリと反応した。


 そして顔を上げ、パメラを仰ぎ見た。


 うつむいた姿勢のパメラと、互いの顔がごく近い距離だということに、パメラはハッと気づく。


「....会いたかった........あなたに....」


 フリードが発したその言葉の重みと熱量に、パメラは抗うことができない。



 二人はそのまま、夜を共にした。



 *


「お父様、リュートを弾いてください!」


「ソフィア....お父様はせっかくのお休みなのよ。ゆっくりさせてあげないと」


「いや、構わない。セバスチャン、リュートを取ってきてくれるか」


「はい、かしこまりました」

「わたしも行く!」

 ソフィアは嬉々として執事の後について行く。


 フリードとパメラは、愛娘の弾むような後ろ姿を見送る。



 ある日のパメラ邸での出来事。


 色とりどりの花の咲き乱れる庭に面した、明るく居心地の良い、小さなコンサバトリー。


 皆も認める仕事人間のフリードだが、パメラとの結婚からこちらは、周りも驚くほどに家庭的な、いわゆる理想的な伴侶となった。


 更に娘のソフィアが生まれてからは拍車がかかり、愛しい妻と娘との時間を優先させていた。



「フリード....あなた、ソフィアに甘すぎるわ」


 クリスタルの花瓶に花を挿していたパメラは、花鋏の手を止めて呆れた。


 フリードはフッと頬を緩める。

「あなたに比べると、私はソフィアとの時間は格段に少ない。請われれば断る理由はないよ。どうということはない....さて、指が動くかな」


 フリードの嬉しそうな顔を見るにつけ、パメラは「まったく....」と呟きながらも感心していた。


 城では真面目な側近の姿を決して崩さないフリードだが、パメラ邸ではそうではない。


 自身の面倒を見ることを、恐らく亡き夫に託されたであろうことは薄々気づいてはいたが、この様に穏やかなフリードの様子を目の当たりにするにつけ、パメラは安堵するのだった。


 いささか甘やかし気味ではあるが、ソフィアにはよき父、パメラにはよき夫とあろうとするフリードだ(時に細か過ぎるきらいはあるが....)。


「はいお父様、あの曲を弾いてください」


 リュートを抱えて戻ってきたソフィアがせがむ“あの曲”とは、以前ダヴィネス城で催された、小さな音楽会での曲だ。

 その時は、ジェラルド、アイザックとの共演だった『月の聲』。

 フリードはリュートで、主旋律のジェラルドのピアノへと彩りを添えた。


「いいだろう」

 フリードは快諾すると、パメラに向けて静かに微笑み、リュートの弦の調整をはじめた。


「やった!」

 ソフィアは大喜びでフリードの向かいのソファへ座った。


「....ソフィア、なぜ『月の聲』がいいの?」


 パメラはメイドに花瓶を片付けさせ、ソフィアの隣へと移動しながら問う。


『月の聲』は美しい楽曲ではあるが、さざ波の様な繊細な旋律の重なる、どちらかと言えば静かな曲だ。およそ子どもが好むとは思えない。


 ソフィアはクッションを抱えながら楽しそうに答える。

「んーとね、あの曲を弾く時のお父様はとっても楽しそうだったし、お父様を見てるお母様がスッゴクキレイなの。だから、私も嬉しいの」


 フリードとパメラは驚きながら目を合わせた。


「ソフィア....あなた、そんなことを思ってたの....?」


 パメラは、ソフィアの頭を優しく撫でる。


 まだまだ幼く甘やかされた娘とばかり思っていたが、両親の様子を彼女なりに観察していたのだ。


 フリードは、目の前の妻と娘の様子を、少し眩しそうに見つめた。


「では、始めるとしよう」


 ポロン....とリュートの音色が響く....



 前辺境伯夫人、レディ クララからリュートの手ほどきを受けたフリードは、この曲について夫人から「愛の曲」だ、と習った。


 静かに打ち寄せる、愛の波........



 フリードは巧みな指使いで、パメラへの永遠の愛を紡ぎだすのだった。

それぞれの愛のかたちです。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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