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兄貴

ジェラルドの腹心の部下、アイザックのお話です。

人間味あふれるザック、私の好きなキャラです。

お楽しみいただけますよう………

「ほら、ポケットの中のモン出せよ」



 時は遡ること20年余り前。

 ダヴィネス城塞街の暗い裏通り。


 ひとりの商家の少年が、複数の少年に囲まれている。


 わかりやすく、カツアゲの現場だった。


 小綺麗な身なりをした小太りの商家の少年は半泣きだ。

 対して取り囲む少年達は、薄汚れ擦りきれた服を着ており、痩せ細っていて目付きが鋭い。

 最近南部辺りから流れて来た、戦争孤児だった。


 戦況が慌ただしいと、必ず生まれるのが戦争孤児だ。

 社会的な弱者に皺寄せが生じるのは、現状、ダヴィネスでは避けて通れない。


 それを見越して、ダヴィネスでは直轄領の他にも孤児院は多く存在するし、保護するための人員や予算も多めに割いていた。


 近年、ダヴィネス南部で紛争があり、親兄弟を戦火で亡くした戦争孤児がダヴィネス城直下の城塞街まで流れてきていた。


 商家の少年を取り囲むのは、少し前から城塞街をうろつき、商家の子女や御用聞きの使用人を脅して金品を巻き上げ、屋台の店先から食べ物をくすねる孤児グループだ。

 このことは、辺境伯…ジェラルドの父…の耳にも入っていた。


 孤児院のシスターを煙に巻き、ダヴィネス城の文官である調査員などせせら笑うように、その鼻先で八百屋からリンゴをくすねたり、商家の子女を計画的に狙って金品を巻き上げる手筈は、よくある行き当たりばったり的なものではなく、明らかに計画的なものだった。


 一筋縄ではいかない孤児グループの悪行に、ダヴィネス城塞街では手を焼いていた。



 グループのリーダーとおぼしき背の高い痩せた少年が、小太りの商家の少年に詰め寄る。


「痛い目みたくねーだろ? さっさと出せよ」


 まるで獣のようなギラギラと猛った目線に、商家の少年は縮み上がり、ガタガタと震える。


「こらっ! お前達、また悪さしよって!!」


 その声に、リーダーの少年は「チッ」と舌打ちすると「散れ!」と叫んだ。


 孤児達はあっという間に散り散りになったが、今日は運悪く、辺境伯率いる騎士の一団が城塞街へ視察に来ていた。


 路地から出てきたところを、次々と騎士達が絡めとる。


 リーダーの少年も例外なく屈強な騎士に腕を捕まれた。


「!! はなせっ」

「こら、暴れるな」


 騎士は落ち着いたものだが、少年も必死だ。

 後ろからがんじがらめにされ、とっさに騎士の腕を噛んだ。


「イテッ!」


 と、騎士の腕の力が弛み、少年は素早くそこからすり抜けた。


「あっ、コラ待たんか!」


「へっ、そう言われて待つヤツがいるかよ!」


 少年はしてやったりと、逃げながら振り向き様に舌を出す。


「あ!」

 気づいた時には、目の前に石畳があった。


 少年は後ろ手に捕まれ、押さえ込まれていると気づく。


「…この悪童が。大人の手を煩わせおって」


 腹にズシリと響く低音の声に顔を上げると、そこには厳めしい顔に髭を蓄えた大柄な男が立ちはだかっていた。

 その剣帯には見たこともないような巨大な剣があり、鈍く光っている。

 ─前辺境伯だ。


「……くっ」


 少年は顔を歪め、辺境伯を下から睨み付ける。


「離せよ!!」


 少年はなおも抵抗を止めない。


「ほう…いい目だ。ジェラルド」

「はっ、父上」

「このガキと勝負しろ」


 少年を押さえ込んだ、ジェラルドと呼ばれた少年は一瞬驚きを見せたが、父辺境伯の言葉に頷いた。


「素手でいいですか」


 その少年─ジェラルドはまだ従騎士にもなっておらず、たまたま父達の見回りについてきていた。


「構わん」

 辺境伯は、ニヤリと面白そうに口元に笑みを浮かべた。


 ジェラルドは、少年の顔を覗き込み、目線を合わせた。

「いいか、これからお前を離す。私と勝負だ…逃げても無駄だぞ」


「勝負?」


「ああ」

 ジェラルドは仕立ての良い上着を脱ぐと、側の騎士へ渡した。


 少年は少し考える。

「もし俺が勝ったら?」


「…解放する。お前の仲間達も」


 ジェラルドは少年を押さえつけたまま、目線を周りへと向けた。

 つられて少年も見ると、騎士に捕らえられた悪童仲間達が心配そうにやり取りを見ている。


「…負けたら?」


 これには辺境伯が答えた。

「…そうだな、一生ダヴィネス軍でこきつかってやる。まぁ、お前が根を上げねばの話だがな」


 辺境伯は顎髭を撫でた。

 その深緑の印象的な瞳は、今自分を押さえ込んでいる“ジェラルド”と同じ色だ。


 少年は、辺境伯とジェラルドの顔を交互に睨む。


「受けた」


 *


 勝負は、ジェラルドの勝ちに終わった。


 しかし双方髪は乱れ、服は破れ、あちこちから出血している。


 二人はゼイゼイと荒い息遣いで、少年は立ち上がることができずに仰向けで寝転んでおり、ジェラルドはかろうじて立っている状態だ。


「俺の負けだ! どうとでもしろよっ」


 仰向けで鼻から血を流したまま、少年はヤケクソに言い放つ。


 ジェラルドは、手の甲で切れた口の端を拭い、二人の勝負を見守っていた父へと向き直る。


「父上」


「辛勝だな、ジェラルド」


 辺境伯は、ボロボロの息子をからかう。


 父の言葉に、ジェラルドはグッと言葉を詰まらせた。


「まあいい。よくやった…お前も汚い手を使わずに、よく戦ったな」


 辺境伯は、少年へと話しかけた。


「……………しゃーねーだろ。周りじゅう騎士だらでヘタなことできねーし…仲間のこともあるし」


 二人の勝負を遠巻きに見守っていた悪童仲間達が、口々に「兄貴!」「ザックッ」と声を掛ける。


「お前、“ザック”という名か」


「…アイザック」


 *


「んで、俺はおやっさんの言ったとおり“一生ダヴィネス軍にこきつかわれて”るってワケ」



 秋の夜長、現在のダヴィネス城の蹴球室。


 カレン、ジェラルド、フリード、アイザックの4人は四角いテーブルを囲んでカード遊びに興じている。


 ひと勝負ごとに賭けてのゲームの勝者はカレンだった。


 カレンは、べっとこのザックへ「ダヴィネス軍へ入ったきっかけ」を話すことを願い出たのだ。



「へぇ…」


 カレンは興味深く、感心しながらアイザックの話を聞いた。


「後から聞いた話だが、親父はお前を一目見て騎士になる素質を見出だしたらしい」


 ジェラルドは穏やかな顔でグラスを傾ける。


「親父さんは先見の明がありましたからね……。しかし浮浪児のザック、私も見てみたかったですよ」


 フリードがニヤニヤ顔だ。


 フリードがダヴィネス城に来たのは、しばらく経ってからだった。


「うっせーよ」


 アイザックはフリードを睨みながらグラスの酒を呷った。


 カレンはその様を見ながらクスクスと笑う。


「…までもさ、お陰で俺はマトモに騎士なんかになっちまったし、ジョアンにも出会えたから、おやっさんには感謝してるぜ。あと、勝ってくれたジェラルドにもな」


 “ジョアン”のくだりで、カレンとジェラルドは微笑みながら顔を見合わせた。


「あの時は私も必死だった。親父に何か意図があるのはわかったがな」

 ジェラルドはどこか懐かしい目だ。


「私がザックに会ったのは“マトモになりかけ”の頃でしたからねぇ…まぁ何をもってマトモと言うかはわかりませんが…王都の騎士団などはともかく、辺境の騎士に果たしてマトモなヤツがいるかどうか…」

 フリードは意味深な含み笑いだ。


「違いねえな!」


 アイザックは手元のカードを切りながら、カカカッと明るく笑ったのだった。


 *


「よっ、最近どうだ? 商いは?」


「おお兄貴、らっしゃい! お陰さまでこの通り順調だよ」


 ダヴィネス城塞街の青果店に、アイザックは顔を出していた。


 青果店の店主は、かつてのアイザックの浮浪児仲間だ。

 リンゴをくすねた子供は、今では立派な店主となった。


 店先には青々とした野菜や果物が並ぶ。

 客足も多い。


「領主様が立派に治めてくださるから、モノの流れが滞らない。ありがてーことだよ。あ、まいどありっ またご贔屓に!」


 忙しく接客しながらだ。


「アンタ、ザックさんにコレ!」


 奥から、大きなお腹の女性がリンゴを山盛りにしたカゴを持ってきた。


「おぉ、いつもありがとな…ずいぶんデカくなったな。そろそろか?」


「へへっ、来月だよ」

 店主が嬉しそうに答える。


「そうか、そりゃ楽しみだな」



 かつての浮浪児仲間達は、前辺境伯の計らいで、皆真っ当な道を歩んでいる。


 あの時、ジェラルドとの勝負に勝っていたなら、皆、全く別の人生を歩んでいただろう。


 行き当たりばったりのような人生だが、アイザックは前辺境伯に感謝の念は尽きなかった。


「兄貴んとこは?」

 ふと、店主が聞いてきた。


「ちょっとアンタ、ザックさんはまだ新婚さんだよっ」


「そっかそっか、そりゃまだ二人がいいよなぁ」

 店主はニマニマと意味深な視線を寄越す。


「大きな世話だっ」

 アイザックは素早く店主に軽めのバックチョーク(後ろからの首の締め技)を掛けた。


「ちょっ! 待った待ったっ! オエッ」


 余計なこと言うからだよ~と、奥方も奥方で、カラカラと笑っている。


「ったく、兄貴はちっとも変わらねーな…」

 締め技から解放された店主は、困りながらも嬉しそうだ。



「んじゃまたな! 生まれたら知らせろよ」


「ああ! また飲みに行こうぜっ 兄貴!」


 筆頭騎士となっても、かつての仲間に変わらず接するアイザックは、皆にとってずっと“兄貴”なのだった。

お読みいただきましてありがとうございました!

変わらずのゆっくり投稿ではございますが、気長にのぞいていただけたら幸いです。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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