炭焼藤太と金売吉次
「義経か」
「はい、そうですそうです」
磯は扇を肩にポンポンと打つ
目の前にはいかにも小柄で華奢な小男が揉み手をしながら答えた
この子男の名は橘次末春
金商人である橘次が「ちょっとここだけの話」を持って磯邸にきた
もちろん無料ではない
商人は時に情報がタダではない事を知っている
特に行商人はその傾向が強い
しかしそれらの有料情報は貴重な情報も多く、時として非常に貴重な話も聞ける事がある
朝廷や貴族ならともかく一般の民が情報に代金を支払うなど有り得ない事だ
民は今食べる物もない有様にしてそんな余裕などそもそもない
ただ磯の場合は財を持っているため情報を仕入れたがる
そういった財ある者に擦り寄ってくるのが商人である
橘次もまたそういった嗅覚で磯を見つけた
というよりも磯自体が京では結構有名なので橘次が目を付けるのも必然と言える
とはいえ磯の場合色々と情報通であり並みの商人の情報ではその対価を得る事は出来ない
しかし橘次は並みの商人ではなかった
その情報は西は大宰府から京、東、奥州に通じていた
この橘次末春は奥州より産出されし金を京都で売る商売をしている商人だ
京と奥州を行ったり来たりしている商人だけあって横の繋がりは多く日本各地の情報、特に東から奥州にかけての情報に長けている
この橘次もたらしてくる情報は磯の興味を引くものが多い
というか明らかに磯の興味のありそうな情報を選らんで持ってきている
情報を買うといっても貨幣経済が崩壊している現状においては物々交換が主流になっているため、基本的には情報と物との交換だ
とはいえ日本の貨幣は使えないが宋の銭は出回っているので商人も宋銭が対価だと喜ぶ
当然の如く宋との貿易において物を輸入する際には宋銭は強い
磯は平氏を通じて貿易も少々やっており、実は宋銭はかなり持っている
現在の日本は『和同開珎』から始まった貨幣流通が次に鋳造された『万年通宝』からのつまずにによって崩壊していった
どういう事かというと、ほぼ同じ材質にも関わらず万年通宝1枚と和同開珎10枚が同じ価値があると定めた事からである
それは銅の不足から出た事であり、鋳造量を減らすために価格設定を高くした事により生じた混乱である
それはこの万年通宝だけではなく後に作られた銭貨も全て無理な設定で展開したために民の信用を完全に失った
根本となる民が使わなくなれば流通しようもない
それによって貨幣経済から物々交換の時代に逆行し、主に布、絹、米などが貨幣の代わりとして再び動いた
「義経か、以前に会った事があるな」
「ほう、それはそれは、もしや鞍馬でございましょうか?」
「預けられる前だな」
「お母上である常盤様とご一緒の時でございますね」
「よく知っているな」
「それはもう、奥州に下る道中で色々とお話を聞きました」
「どうでも良いがその揉み手は止めい」
「いやいや、これはしかし…どうにも癖なものでして」
そう言いながら頭を掻く橘次
ここでいう義経とは義朝と常盤御前の子の遮那王こと牛若丸の事である
鞍馬寺に預けられ出家する筈だった牛若丸
しかし去年、鞍馬山から姿を消したという
それは磯の耳にも入ってきていたが、特にどうという感じもなかった
しかしこの橘次から思わぬ情報が舞い込んできた
牛若丸は近江の街にて元服し源義経と名を改めたという
そして遥かな遠国である奥州に向かったという
その手引きをしたのが他ならぬこの橘次であるという
「なぜそなたは義経と?」
「はい、京で偶然お会いしたのを切っ掛けになり本人の希望により奥州の道案内人となりました」
「ふむ…」
「行先は…」
「奥州藤原家であろう、現当主は藤原秀衝であったな」
「さすがは磯様でござます」
「それで?」
「はい、道中様々な困難がございまして、山あり谷あり山賊ありの冒険活躍劇でございました」
「それで?」
「はい、そして念願また念願の秀衝様と義経様を会わせる事に成功致しました」
「義経は現在は秀衝の元か」
「はい、そうです」
「……」
磯は少し考えた
橘次のその話に嘘はないだろう
嘘をついても意味はない
例えばそれが嘘としても平氏にその話が漏れれば橘次は捕縛され斬首は免れない
嘘を言って銭を巻き上げるには危険な話であり正直割に合わないからだ
ただし嘘ではないのはあくまで義経を伴い奥州に行き秀衝に引き合わせたという部分のみに関してである
嘘というか誤魔化した部分、それは京おいて義経と偶然会ったという部分だ
橘次は義経と偶然会った訳では決してあるまい
義経の母、常盤御前の現在の夫は藤原北家中関白家の一条長成である
いわば義経の義理の父に当たる
その長成の親戚筋に元陸奥守であった藤原基成がいる
この基成は陸奥守在任中、奥州藤原家二代目頭領であるの藤原基衝と親交を結び、自分の娘を基衝の嫡男・秀衝に嫁がせている
任が終わり京に戻った基成は平治の乱を起こし斬首された異母弟・藤原信頼との縁座により陸奥に流された
その後は衣川館に住み秀衝の下で活躍している
義経の存在は一条長成を通じてその藤原基成に話が行き、ひいては秀衝の耳に届いていたであろう事を想像するのは容易い
つまりは今回の一件は義経の勝手な案での奥州下りはなく秀衝が裏で糸を引いていたという事だ
そして秀衝の命を受けた橘次が京から奥州に手引きした…という所か
つまりは橘次は偶然義経に会った訳ではなく、計画されて会ったという事だ
橘次末春は元々京の生まれではなく陸奥国の生まれである
当然陸奥は秀衝の支配下にある
橘次が秀衝の下で動いたとしても何ら不思議はない
そもそも橘次は金商人ではなく、元々は炭焼の家の出である
ならばなぜ金の商人になり京と奥州を往復しているのか?
それは橘次本人ではなく橘次の父親の話になる
その昔、鳥羽天皇の御世の話
陸奥に炭を焼く事を生業にしている一人の若者あり
名を藤太という
そもそも炭焼とは何かというと、木を切って窯で焼きその炭を売るという仕事だ
まず木を切らないといけないもので、肉体的にはきつい仕事である
あと炭は需要があるとはいえそこまで高値で売れる訳ではなく、食うには何とか出来るが富裕には決してなれない仕事である
当然の如くその身分は相当低い
その藤太はそれにもめげず日々これ炭を焼いて生活していた
ある日の事、藤太が道を歩いていると呼び止められた
何かと思い振り返ると、とある女性が従者を連れて立っていた
その女性は人を探して京より下ってきたと言う
聞けば畑村で炭を焼いている藤太なる者を探しているとのこと
自分が藤太であると言うと女性は喜んだ
その女性の名は『おこや』という
京の公家の娘であったが子供の頃に疱瘡を患い、一命は取り留めたものの顔は疱瘡の痕によって極めて醜くなってしまった
それにより嫁の貰い手がなく親も不憫に思っていた
そんなおこやは毎日清水寺に拝し「良い良縁がありますように」と観音様に拝んでいた
ある日、夢枕に観音様が現れ『陸奥の金成に住まう藤太という炭焼を生業とする若者と一緒になるが良い』とお告げた
まさしく観音様のお導きとおこやは陸奥に旅立つために両親にその事を言うも大反対された
しかし熱心に頼み続けた結果、父は願いを聞き入れ旅の費用と砂金の入った袋と従者を付けて旅に出した
こうして出会った藤太とおこやは仲良く暮らす事になった
貧乏ではあるが何とか日々を平和に暮らしていたある時、おこやは暫く食べていなかったお米が食べたいと思い父から貰った砂金の袋を藤太に渡しこう言った
「これでお米を買ってきて下さいませ」
藤太はそれを持って姉歯の市に出かけた
その途中、金成を過ぎた辺りに沼があり鴨が一杯群れていたのを見た藤太は「これ取って行ったらさ、おこやは喜れべっさな」と思い
そうして袋に入っていた砂金を投げて鴨にぶつけ一羽また一羽と取っていった
やがて多くの鴨を取った藤太だったが袋に入っていた砂金は全部沼に沈み無くなってしまった
お米を買ってくるのを待っていたおこやだったが、鴨を大量に背中にしょって帰ってきた藤太から話を聞き落胆した
「あれは金といって大切な宝物なのです、あれがあれば鴨などいくらでも買えましたものを…」
おこやの悲しそうな顔を見て藤太は頭を掻いた
そもそも金の価値など知らない藤太
しかしおこやの話を聞いて藤太は言った
「そんな大事なもんなのかぁ、おこや、来いな」
そう言うと藤太は炭焼の作業小屋に連れていった
その傍の山肌の柴を剥がすと何と柴金が現れた
それだけではなく何と作業小屋の周りは砂金だらけであった
仰天したおこやだったがこれは観音様のお導きに違いないと祈りを捧げた
藤太とおこやは砂金を取りそれを都に運んで大金持ちになったという
やがて藤太とおこやの間に三人の男児が生まれた
長男は『きちじ』、次男は『きちない』、三男は『きちろく』という
磯の目の前にいるこの男はその長男の『吉次』である
『橘次末春』は覚えてもらうための商いの商人名であって本来の名前は『吉次』である




