伝説の太刀
これは第66代・一条天皇の御代の話
三条宗近という刀工が京の三条にいた
ある夜、一条天皇は夢の中で「三条小鍛冶宗近に守り刀を打たせよ」というお告げを受けた
一条天皇は橘道成を使者に立てて三条宗近に刀作りを命じた
しかし命を受けた宗近は困った
通常の刀ならともかく帝の守り刀を打つとなるとそれ相当の力量を持つ者が相槌を振るう必要がある
しかし残念ながらそれに足る弟子が宗近にはいないのだ
帝の命とはいえ打てぬものは仕方がない、そう考え断ろうとした宗近であったが道成は聞き入れなかった
進退極まり困り果てた宗近は稲荷神社に行き祈った
すると童子がどこからともなく現れ宗近に何を祈っているのか尋ねた
宗近が一連の事を童子に話すと「力を貸そう」といってたちまち掻き消えてしまった
不思議に思いながらも家に帰った宗近は鍛冶場に行き支度を整えた
すると狐が現れ、相槌を打つという
コンコン、コンコン、コンコン、コンコン
そうして相槌を得た宗近は見事太刀を完成させた
そして狐は姿を消す
宗近は表に小鍛冶宗近、そして裏に小狐の銘を切った
この太刀は小狐丸と命名され後の世に伝説の名刀として伝わっていく
一方宗近に力を貸した狐神は正一位合槌稲荷大明神として合槌稲荷神社に祀られ、それは後の世に伝わる事になる
承安4年[1174年]暮れ、磯家は大いに大掃除であった
「磯姉さん~」
大掃除で蔵を掃除していた桜は同じく家の中を掃除していた磯に声を掛けた
「終わったか?、早いな」
「まさかぁ~、まだです、倉をですねぇ~掃除していたらこんなモノを見つけました~」
そういうと桜は金色の鞘に収まった長い太刀を重そうに持ちながら持ってきた
「ほう、刀ではないか、懐かしいな」
「これって何ですかぁ~」
「ふむ、少し休憩するか
静、鈴にちょっと休憩すると言ってきてくれ」
「は~い」
とてとてと走っていく静
ややあって茶と菓子を持って鈴が現れ小休憩の運びとなった
菓子を食べながら磯は刀について桜に話を聞かせた
「これはな、我が師であった信西入道が持っていた太刀でな」
「そうなんですかぁ~」
「ある日、師がこれを預けにきたのだ」
「何でですかぁ~」
「私もそれを聞いたらな」
「はい」
「不思議な事を言っていた」
「何ですかぁ?」
「ある夜、寝ていると不可思議な夢を見たのだそうだ
狐がこの太刀をくわえて逃げ出しおったそうな
それでそれを追いかけて行ったら私の家に逃げ込んだそうな
家に踏み込むと私が座ってこの太刀を持っていたとか」
「はぁ」
「そこで目が覚めたそうだが、何かあるかもと思い私にこれを預けに来たと言っておった」
「そうなんですかぁ」
それを聞いていた鈴が口を開いた
「あの時の事ははっきり覚えておりまする」
「傑作であったな、余りそういった事には頓着しないあの怪僧がそんな話をしてくるというのは」
「何か思う所でもあったのでしょう」
「だな…」
そう言うと磯は菓子を口に放り込んだ
「で、預かって直ぐぐらいに平治の乱が起こり師は亡くなった」
「え、それって…」
「良く分からんが、そうした不思議な話がこの太刀にはある」
「そうなんですかぁ~」
「元々預かりだったが、今は師の形見だな」
「とはいえ、最近は全然手入れなさっておりませんな」
「最初は手入れしておったのだがな、徐々に面倒臭くなって倉に仕舞い込み最近はほったらかしであったな」
「錆びてボロボロになっておるやも知れませぬぞ」
「ふむ…」
そう言うと磯は立ちあがり少し下がってスラッと太刀を抜いた
「……特に錆びは浮いておらぬ気はする」
そこにはキラリと輝く汚れ一つない綺麗な刀身があった
「綺麗ですね~」
刀身の輝きに目を奪われる桜
「怖いでございます」
太刀の持つ圧迫感に恐怖する鈴
「これが刀でございますね」
初めて真近で見る抜かれた刃に好奇心旺盛の静
「何だ鈴、だらしがないの、いつも包丁は持っておるではないか」
「包丁と刀では大きさが異なります」
「確かにそうだな」
太刀を抜き、色々とした格好を取る磯
「磯姉さま、すごく似合っています」
「ん?、そうか?」
そう言われて得意になる磯
普通は太刀が似合うと言われれば女としては微妙だが磯は得意になる
「お母様、格好良いです」
静に言われて得意満面の磯
「こほん、そろそろ太刀を収めなされませ」
鈴に言われて少し残念な気持ちでしぶしぶ太刀を鞘に納める磯
「手入れせずとも傷んではおらんな」
「とは言え随分としておりませぬえ、そろそろされた方が宜しいのでは?」
「面倒だのぅ」
「信西様の遺品にございますぞ」
「単なるなまくら刀であろう」
「信西様が持っておられた太刀ですので、さぞや名のある名刀でございましょう」
「これがのぅ、鞘や柄は立派だが」
「面倒なら手入れ屋に頼むという方法もありますよ~」
「手入れ屋?」
「はい、忙しい方の為に太刀や包丁の手入れをしてくれる所がありますね」
「ほぅ、それは便利だのぅ」
「お止めなされませ、すり替えられても私達では気づきませぬぞ」
「そんな価値がこの太刀にあるかのぅ?」
「先ほども申しましたが信西様が所有なさっていた品でございますれば、相当の価値ある品であると思われまする」
「名は何と言ったか?」
「号は小狐丸、銘は宗近にございます」
「よく覚えておるな」
「茎にそう記されてありました故」
「なるほど」
「というか、磯様もご覧になられた事がございましょう」
「見た記憶はあるが忘れているな」
「まったく」
「聞いたか桜?、狐だぞ、狐の名を冠した太刀なんぞ強い訳がない」
「あはは」
「いえ、或いは稲荷に由来がありし太刀かもしれませぬ」
「ほう、なるほど、稲荷か!!」
「左様でございます」
「思い出した」
「何をでございますか?」
「これはあれだ」
「あれと申されますと?」
「高階家だ」
「あ!!、そう言えばそうでございましたな」
「高階家?、何ですか?」
「これはな桜、師が高階家から受け継いだとされる太刀だ」
「ああ、そうなんですね」
高階家の名前は桜も知っている
「うむ、師がそう言っていたのを思い出した」
「私もそれは忘れておりました」
高階氏の元を辿れば平安初期に生きていた高階峯緒に辿りつくとされている
時は承和11年[844年]、第54代・仁明天皇の御代の話
長屋王の玄孫である峯緒王は高階真人姓を与えられ臣籍降下する
これが今日の高階氏の始まりとされている
やがて時代は過ぎ高階成忠の娘である高階貴子と藤原道隆との間に生まれたのが藤原定子である
藤原定子は第66代・一条天皇の皇后であり、最も一条帝の寵愛を受けたと言われている女性だ
そしてその定子に仕えた女房の一人が世に名高い清少納言である
菓子を食べ終わった磯は御茶をすする
「仕方ないな、では掃除が終われば今度は刀の掃除だな、小狐におんかれては敵わん」
「それが宜しいかと思われます」
「ところでだ」
「何でございましょう?」
「何故刀はこうも三日月状に曲がっておるのだ?」
「斬りやすいからでございましょう」
「昔は真っすぐだったのではないのか?」
「海の向こうより入ってきた当時の剣は直刀でございましたな」
「それを斬りやすく曲げたのか?」
「そう思われます、聞きますに直刀は突きに優っておりますが斬るには叩きつける感じのようでして日本人には向かないという理由だったと思われます」
「まぁ、確かに叩きつけるよりは引いて斬った方が良いか」
「平安のここ100年ぐらいの間に刃は大きくその形を変えましたな」
「なるほど」
刀には真打ちと影打ちが存在している
数本打った中で一番出来の良い刀を『真打ち』として依頼主に渡すのが主であり、その他は『影打ち』と呼ばれ手元に残すか処分するかである
この小狐丸もまた二本打たれており、真打ちは一条天皇に献上された
そして影打ちは『小狐丸影』と号がされ宗近が所有していた
本来影打ちには何も記さないのが主だが小狐丸にはそれが敢えてされた、その理由は定かではない
宗近死後それの行方は知れない、何より一条帝に献上された真打ちもまた行方が知れない
ある者は藤原摂関家が所有していると言い、ある者は神社に奉納されていると言い、またある者は転々と人の手に渡りは流れ各地を彷徨っていると言う
そして小狐丸にはもう一つの不思議な伝承がある
時は第60代・醍醐天皇の御代の頃
失意の中で没した菅原道真の怨霊が平安京を覆い激しい雷雨を平安京に落とし暴れまわった
怨霊の恐怖に恐れ慄いた醍醐天皇は藤原忠平に「今日の番神は誰か」と叫んだ
すると忠平の佩刀が光だし白い狐が現れた
忠平は「今日は稲荷大明神の番です」と答えると、白狐は空に向かって吠え光となって天に掛けだした
その時頭上から雷撃が白狐に向かって降り注いだが、白狐はその雷を切り裂いた
やがて天高く上った白狐は見えなくなり、その時すさまじい雷光と雷音が天にも地にも轟く
人々はその雷光に目をつむり、雷音に耳を塞いだ
やがて雷音は徐々に遠ざかり、雨も引く
道真の怨霊は立ち去ったのである
それ以来、忠平の持っていた佩刀は小狐の太刀もしくは雷斬りと呼ばれる事になる
そして近衛家の三宝の一つとなったと伝えられている
しかし醍醐天皇の御代と一条天皇の御代ではおおよそ80年近くの開きがあるため、小狐丸と小狐の太刀とは同一のモノではない
しかし同じ稲荷の狐神由来のこの二つの刀には何かしらの神威が備わっているとされ今は伝説化している




