文覚伊豆に流される
承安3年[1173年]4月、文覚が捕縛された
事の発端は京に戻ってきていた文覚は京都高尾山にある空海ゆかりの寺・神護寺の再興を誓った事である
この頃には神護寺は管理する者も殆どおらず荒れ果てていた
参詣しに来た文覚はその荒れ果てた姿を見て何としてでも復興させようと心に決めた
そしてその歓進を始めた
それだけなら良いのだが、この文覚は強引に過ぎた
後白河法皇に直言しに行った事によりその事件は起きる
その時法皇は酒宴の真っ最中であった
今は酒宴の最中であるからと追い払おうとする後白河に激怒した文覚は警護の者達と大乱闘を繰り広げる
鍛えている文覚は次々と警護人を倒していくが、如何せん多勢に無勢
捕えられ入牢された
「馬鹿とは思ってはいたがここまで馬鹿だといっそ清々しいな」
文覚が捕えられ事の一連を聞いた磯は呆れた
「まぁ、何とも申し上げられませんな」
鈴もまた呆れ口調でいう
「で、文覚が拘った神護寺とは如何なる寺だ」
「私も詳しくは存じませんが、愛宕山山系の高尾山中腹に位置する寺院との事でございます
おそらく愛宕神社の近くかと」
「ふむ、そちらの方には行った事がないが、化野の山奥だという事は分かった」
「左様でございますか」
「で、文覚は危険人物と見なされて伊豆に流されるようだ」
「随分と厳しい沙汰でございますな」
「当然であろう?、腐っても雅仁は法皇だ、その目の前で乱闘をやらかせば如何に僧といえども無事では済まぬ」
「法皇様は腐っておいでですか?」
「そう、だが腐っても鯛だ」
「ただいま~」
丁度よい間で桜が帰ってきた
桜は現在白拍子の現役から離れ、磯の経営する舞の教室の先生として生徒達の指導に当たっている
元々は借り部屋住まいだったが、最近は磯邸に住み込みしている
「あ~、疲れた」
「御苦労さまだ」
「あ、姉さん、一大事です!!」
帰って早々桜は磯に詰め寄ってきた
「何だ、どうした?」
「祇王さんがぁ~」
「ふむ」
「清盛さんの所を追い出されたそうです」
「…ん?」
祇王とは何年か前に京に現れた白拍子である
その頃には磯は引退していてもっぱら桜達と客の取り合いをしていた
とはいえ、その母親の登子もまたその昔白拍子であり磯と一時競った間柄である
最近は祇王が清盛のお気に入りとして囲われたと聞いていた
しかしここに来て清盛が手を離したという事である
「何かやったのか?、祇王は?」
「いえ、それがですね~」
「ふむ」
「清盛様が仏御前っていう若い子に目移りしたらしくてそっちに乗り換えたらしいです」
「う~む…」
別の女に乗り換えた
特に珍しい事ではない
しかし祇王もまだまだ若い筈で
「何歳だ?、その仏とやらは」
「16歳らしいです」
「なるほど」
「やっぱり殿方は若い子が良いんですね~」
「いや、そうとも言い切れん」
「どういう事ですか~?」
「若い娘が好きな者は多いが、年のいった女が好みの者も実は多い」
「姉さんみたいな別嬪な人だと引退して何年経ってても今でも人気ありますもんねぇ」
そう、今でも磯は人気がある
磯自体は自分を枯れたおばさんと自称しているが、その美貌は多少の衰えこそあれ今でも舞を踊るには何ら異和感のない美しさを保っていた
磯の時代を知っている男連中は今だに磯に近づいてこようとするし、恋文も結構な数来る
実は年がいった男だけではなく何故か若い男からも人気がある
それこそ10歳以上年が離れている男からも好かれたりしている
「まぁ、好き好みはそれぞれだ」
「ですかねぇ~」
のんびりと言う桜に磯は言った
「そろそろ桜も誰かと一緒にを考える年ではないか?」
「え~、面倒臭いです」
「それでは子供が出来んぞ」
「ですよね~」
まったくのんびりしたものである
そういえば桜に浮いた話が一つもないのは師としては考えなくてならない事だ
「それにしても祇王が追いだされたとなると…」
登子は悔しがっているだろうと感じる
「それで祇王は今どうしておるのか?」
「妹さんと近江に帰ったそうです」
「そうか」
登子の夢は儚く消えた
妹の方も白拍子だったが大して噂を聞かないから姉の祇王程には才はなかったのであろう
「そういえば姉さん、白拍子の新しい着物が届きましたよ~」
「ほう、あれか」
今までの白拍子の着物の色が変わったのである
今までは主に男性色たる緑と白を基調とした色の服で舞を踊っていた
しかし新たに赤と白を基調とした着物を発注したのだ
その色合いは巫女の着ている着物のようで、その舞も巫女舞を連想させる色合いとなっている
今まで地味な白拍子の色合いとは違ってかなり映える色合いであり派手だ
これは若い子らの意見を聞いた結果、それも一興との事で採用した
客がどのような反応をするか楽しみだ
「それはそうと鈴」
「何でございましょうか?」
「皇嘉門院の病は完治したのか?」
「そのようでございまするな」
一月前、皇嘉門院が病に倒れ鬼気の祭りを行った
鬼気の祭りとは陰陽師が行う病気平癒の祈祷の事である
「ある噂が飛び交っておるな」
「噂でございますか?」
「皇嘉門院の病は崇徳上皇の祟りであると」
「まさか!!」
「単なる噂だ、しかし最近になって讃岐院の名が何故か浮上してきている」
「怨霊伝説でございまするか?」
「かも知れん、庶民はこういった話を面白可笑しく口にするからな」
「しかし貴族は気が気ではないでしょうな」
「だろうな、こういった話に耳ざといのが奴らだからな」
「今頃関係者は家で震えておるやも知れませぬな」
「それも奴らの得意技だ、そもそも貴族や皇族は怨霊を恐れる癖にそれを作る土壌を何とかしようとは思っておらぬからな」
「原因の明確な追求でございますね」
「そう、苦の原因はそれを取り除けば苦ではなくなる
苦を放置する事は苦を長引かせる事にしかならない
そう釈迦も言っているではないか」
「はぁ、それは本来のお釈迦様の教えでござますな」
「そうだ、だからこそ釈迦は偉大なのだ」
「おや、辛口の磯様が褒められるとは珍しい事にて」
「私も褒める時は褒めるぞ」
「左様にございますか」




