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白拍子ですが何か?  作者: ナウ
三章・平家全盛
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静と妓王

仁安2月[1167年]2月、平清盛が従一位・太政大臣だじょうだいじんに任命される

この太政大臣は太政官の長官にして朝廷内の官僚制の最高職とされているが実際的には単なる名誉職であり何事がある訳でもない

しかし武士としては清盛が初めて就いた官である

事実清盛は僅か3ヶ月で太政大臣を辞職


そしてこの年、磯は女の子を出産

その女の子の名前はしずかと名付けられた


「こんまいのぅ」


磯は静の顔を覗き込む

まだ赤子の静はすやすやと寝ている

その寝顔を見て磯は実に不思議なモノに感じた

この間までお腹の中にいたのが今は手に触れる位置にいて眠っている

実に奇妙なモノである

ちなみにこんまいとは讃岐言葉で小さいという意味である


「目元が磯様そっくりでございますから、将来はきっと別嬪さんになられますねぇ」


そういう鈴に磯はますます奇妙な感覚を持つ

磯は赤子を見た事がない訳ではない

その出産にも2度程立ち会ったりもした

しかしそれが自分の子となると奇妙である


「しかしこんまいのぅ」


「そればかりでございますな」


苦笑しながら言う鈴に磯は口をへの字に曲げた

こんまいとは小さいという意味である

生まれたばかりの赤子は小さい

そんな事は分かっているが、やはりそれが自分の子となると変わってくる

生まれてくるまでの間、名前は色々と考えていた

男の子なら何々~、女の子なら何々~という具合に

しかし実際に生まれた時に実に静かで控えめな泣き声であり、その後も実に大人しい女の子なので今まで考えていた名前を改め『静』と名付けた

磯が「こんまいこんまい」と言うので弟子の白拍子達からは『こんまいちゃん』と呼ばれ可愛がられている



「妓王?」


「はい」


磯の問いに桜は答えた

その弟子の白拍子の中で磯が特に目をかけている弟子であるのがこの桜御前だ

現在は弟子の長女的存在として他の弟子の面倒を見たりしている


「年は16歳でございます」


「若いな」


「近江国の出身のようです」


「ふむ」


この妓王という少女

今年に入ってから京に現れた白拍子である

その美貌と可愛らしさから京ではたちまち噂になっていた

磯もまた度々耳にするが直接見た事も会った事もない

勿論当然の如く磯の門下生ではない

既に一線を退き現在は子育て中の磯に取ってはどうでもいい事だが、弟子達にとっては商売敵であり由々しき事態である


「それにしても現在の京で桜達に肩を並べる程の者とは一体どのような者なのだ?」


10年前ならいざ知らず今の京で飛び込みなどそうそう出来ない

磯が10代の頃に白拍子として活躍した時代とは違う

今は白拍子とて然るべき所の紹介がなければおいそれとは仕事は貰えない

然るべき所とは例えば現在の磯の門である

信西の弟子であり、白拍子としてこの10年実績を築き貴族間の繋がりを構築してきた磯の門は磯流として人気が高く信用度も高い

現在はそうした有名所でなければ信用はされず、仕事も回ってはこない

そうした繋がりのない白拍子はどの道、京の都では生き残ってはいけないのだ


「どうやら登子とじ様の所の娘さんのようでございます」


横で聞いていた鈴が言った


「ほう、登子か!!、懐かしいな!!」


パンっと扇で机を叩く磯

登子とはかつて白拍子だった者だ

今から8~9年前の保元3年[1158]~平治元年[1159年]頃の事

当時、既に白拍子なる奇妙な男装舞い者として有名になっていた磯に憧れを持って都に登って来た女性達が多数いた

磯と同じく白拍子を目指すもその大半は舞も教養も話にならない者達であり、ある者は去りまたある者は平安京の隅で朽ちていった

その中に登子と呼ばれる近江国出身の女性がいた

年は磯の4つ上の当時22~23歳

既に子があるらしく、度々近江国に帰ったりしていた

白拍子としてそれほど長く活躍した訳ではないが、他のどの白拍子よりも磯に迫ったという点で貴族たちから一定の評価があった女性である

平治の乱後、とんと姿を見なくなり白拍子を辞め国元に帰って暮らしていると思っていたが、8年ぶりにその名前を聞いた


「なるほど、登子の娘ならば納得いった」


白拍子として短期間ではあったが磯に迫る勢いをみせた登子を覚えている貴族もいる

いや、ひょっとすれば京を去った後も何かしら貴族と連絡を取り合っていた可能性もある


「妓王さんのお母さまを御存じなのですか?」


桜御前にとっては初耳である


「うむ、かつて私と白拍子の座を巡って競った仲だ」


「磯姉さんと!?」


流石に驚き桜は目をぱちくりさせた


「そう、登子は舞いの名手でな

私もまた何度も土を付けられたものだ」


「磯姉さんが負けた事があるなど信じられません!!」


桜の反応はいちいち面白い

からかい甲斐は十分にある


「御冗談はそれぐらいにしておきなさりませ、磯様」


桜の驚きに鈴は助けを出す


「桜、確かに登子様は一時磯様が御活躍された時代に白拍子ではあったがけれども、そこまでの事は…」


「そうか?、登子はあれで中々であったぞ」


「確かにあの時代にあって白拍子で有名になったのは磯様を除いては登子様だけでございますが」


「あ奴は私の舞を徹底的に調べ、それを自分の舞いに昇華させ活かした

それだけでも大したものだ」


「まぁ、確かにそう言われればそうかも知れませぬ」


その鈴の言葉に桜は思い出したように言った


「そうです、京では登子流なる言葉が飛び交っていますよ」


「登子流?」


「妓王さんが舞う舞いの名前です

磯姉さんの磯流に対して妓王さんの舞う舞いを登子流と一部で言われているとか」


「ほぅ」


「なぜ登子流と言われているのかとか登子さんとは誰かとか分かりませんでしたけれど、元々妓王さんのお母さんが白拍子だったという今の話でようやく分かりました」


「ふむ、どうやら登子はこの8年ただ無駄に国に引き籠っておった訳ではないという事か」


「どういう事でごまいまするか?」


鈴の問いに磯は答えた


「どういう理由から登子が京を離れたのかは分からん

しかし娘に白拍子を継がせ再び京に帰ってきたという事は少なくとも白拍子の一番は諦めてはおらんという事だ」


「まさか、磯様をお越えになる為に?」


「さあな、しかし白拍子として京で天下を取る夢は諦めてはおらんのだろう」


「厄介なお方ですな」


「うむ、桜よ気を付けよ」


「と、言われますとどういう事ですか?」


「おそらく妓王は登子の全てを教えられておろう

かつこの8年登子が何もしていなかった訳はない

京の流行を常に気にし取り入れておる筈だ」


「はい」


「私は一線を引いた身だ、だから妓王と競うのはお前たちだ

かといって商売敵といって嫌ってはならん

良き好敵手と思え」


「分かりました」


最初の緊張した顔よりは少しばかり顔が解れて見える

どうやらある程度相手の正体が分かって余裕が出来たのだろう

正体不明のモノについては人は好奇心よりもまず最初に恐怖を覚えるもの

何事にでもそうだが、それを解き明かし解してやるのが上に立つ人間の役割だ


「磯様、静様が起きました」


鈴の声に磯は扇を懐にしまい、静の寝ている畳みを見る

畳みの上には寝具一式があってその寝具の上に静は寝かされていた

これらは滋子がお祝いにくれたものだ


「こんまいは寝ても起きても静かだの」


静の静かさには本当に感服する

絶えず泣かれればヘトヘトになるからだ

しかし静かな子はそれはそれで不安にはなる

そしてここには静の母親はいても父親はいない

では静の父親は誰か?

それは一部の人間しか知らない

その中の一人は鈴であるが、弟子達には知らせていない

他言無用、それが静の父親の名前である


「お前は母がいて良かったのぅ」


磯はそう静に声を掛けた

そんな磯を静はまだきちんと見えているのか分からない瞳で不思議そうに見つめている


磯にも讃岐さぬきには母がいる

しかしそれは磯を産んだ本当の母ではなく、養母だ

勿論実の母のようには思っているし、感謝もしている

磯は赤子の頃に鞍馬山に捨てられていたのを拾い育ててくれたのが現在讃岐にいる磯の母だ

若き頃の磯は色々と思う所もあって讃岐を出、京に舞い戻ってきた

とはいえ度々里には帰って顔は出しているし、両親とも仲は悪くはない

むしろ京の色々な土産話を楽しみにしてくれている

だからいずれは讃岐に帰るつもりだ

しかしながら静を見るとふと思うのだ

自分の赤子の頃には誰もいなかったのだと


「そういえば清盛しんせいが厳島神社とやらに行ったそうだな」


安芸国あきのこくにある神社でございますな」


「安芸国には行った事がないな」


「鈴は讃岐国にも行った事がございませんが」


「一度里帰りに同行せよ」


「結構にございます」


「連れないな」


そんな磯と鈴のやりとりに桜は言う


「厳島神社でございますが」


「ん?」


「話では鳥居が半分海中に沈んでいるとかないとか」


「な…何だそれは?」


「あくまでも噂ですけれど」


「それは面白いな!!、どうだ鈴?、一緒に…」


「参りません!!」


ぴしゃりと言う鈴に磯と桜は目を合わせ声を出して笑った

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