閑話 陰る王女の回想
閑話だけどあと一話は続く、比較的シリアスかもしれない。
読まなくても支障はないと思うよ!!
「もういい、離せ」
ぱしっと小さな音と共に手を振り払われる。
王子は凄く怒っていた。私に散々足を踏まれたから。
注目を集めたくないのだろう。
睨みながら声には出さず、ヘタクソと口を動かす。
いつもの事だけれど胸が痛んだ。
王子はそれが終わると、姉様の方へ歩いて行く。
行き場のない手をどうしようと彷徨わせていれば、
くすくすと笑い声を向けられていた。
その方向にいたのは同じ年頃の女の子。
扇で口元は隠れている。けれどとても冷ややかな目をしていた。
蔑むような、それでいて同情のような、そんな視線。
この一連を見られていたらしい。
嘲笑に耐えきれず、私は壁際へと逃げた。
お父様とお母様、そしてビアンカ姉様に連れられ、
私は隣国の舞踏会に来ている。
本当は来たくなかったけれど私も王族だ。これも勤め。
自分の都合だけで断る訳にはいかない。
楽しんでいるだろう姉様を目で探す。
すぐに見つかった。華やかな姉様はとても目立つから。
私も同じ赤髪だというのにどうしてこうも違うのだろうか。
案の定、疲れている私と違って、
姉様はこの場を楽しんでいるようだった。
くるくると舞う姿はまるで空を泳ぐ花弁のよう。
ビアンカ姉様はダンスがとても上手だ。
セラ姉様とリリーは嫌いだけど悪くない。
末妹のウィーニに至ってはまだ4才なのに、
私よりよっぽど踊れている。
……私はダンスが苦手だし、大嫌いだ。
お父様にお願いして練習はしているけれど、
どうしても緊張するとリズムが狂って相手の足を踏んでしまう。
それで何度もさっきみたいな事を引き起こしてきた。
(……帰りたい)
わがままだとはわかっている。
でも、もし誘われてしまったら私は断れない。
断ったらお父様に恥をかかせてしまう。踊っても一緒だけど……。
そしてまた嫌われるのだ。そう思うと涙がこみ上げてくる。
いつになったら終わるのだろう。
ドレスのスカートをぎゅうと握る。
今にも泣き叫んでしまいそうな自分を抑えて、
唇を噛んでいるのがばれないように俯いた。
私は、どうしたら、いいの。
「嬢ちゃん、どうした」
壁に逃げ、大人の陰に隠れるよう更に隅っこへ行ったのに。
もう誰かに気付かれてしまった。
がちがちと足が震える、顔を上げたくない。
でもその人はもう私の目の前だ。
磨かれた艶のある黒の靴は、
お父様のそれよりずっと大きい。
声質からしても私と同じ年頃でないのは確かだ。
おそるおそる顔を上げる。
足も大きければ、身長も高かった。
首が痛くなるほど上向かないと顔が見えない。
「どっか調子悪いのか」
短く切りそろえられた琥珀色の髪、
血のような深い深い真紅の瞳。
何より目立つのは顔の半分を隠す仮面だった。
初めて目にする方だったけれど、私はすぐ名前が浮かぶ。
その姿に思い出したのは従属国に伝わる兵の話。
民は英雄と崇め、近隣の王からは蔑まれるその人。
確か……ボルケノ様だった、はず。
正直、あまり人相の良い方では無い。
けれどお父様の(一見)冷たい顔つきに慣れていたから、
不信や恐怖はわかなかった。
一番の理由は自分を心配してくれているその姿勢だったかもしれない。
こんな優しい人を不安げな顔をさせたままではいけないと。
「だいじょうぶ、です」
その言葉と共に、精一杯の笑顔を見せた。
ちなみに冒頭の王子はその後、
軽やかなステップでビアンカに何度も笑顔で足踏まれてます。
ごめんあそばせと言いつつ、ヒールでぐりぐりしてます。
女の子連中はかたっぱしから目当ての男性を奪われる。
その上で、あら棘しかない枯れ草より綺麗な赤薔薇に虫が寄るのは当然でしょ、
そんな事もご存じなくておばかさん☆うふふあははと天使の笑顔で毒を吐く。
とてつもない美少女にそんな事やられたら、
自信もプライドもくそもないよね!!