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プレミアム・デス・マトリクス  作者: 赤羽夕夜


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6/7

十軸の重量選別機(ウェイト・ソーター)その⑤

『ターン 15』


――第19列、最後の検問帯。


ここを越えてしまえば、あとは必要な総重量とゲートキーを持った状態で最終列の出口へ辿り着くだけなのに、ゴールが目前まで近づいたことで安心するどころか、造船所を満たす空気はこれまでのどのターンよりも重く感じられた。


残っているプレイヤーは四人。


私、白石、ライト、そしてマスティフ。


出口は最大三人までしか受け入れないのだから、誰か一人はここから先へ進めない。


その事実に加えて、ライトのペナルティスコアは現在7まで積み上がっており、第19列の検問を正常に通過すれば強制加算によって八へ到達することも、もう全員が理解していた。


8になった時、具体的に何をされるのかまでは分からない。


ただ、ライトのスマートウォッチには今まで一度も見たことのない赤い警告が表示されている。


【DANGER】

【NEXT ERROR : PUNISHMENT】


「……笑えねえ」


ライトが小さく呟いたので、私は前方の盤面を確認したまま答えた。


「最初から笑うゲームじゃないよ」


「お前、こういう時までそれ言う?」


「言う」


「性格悪っ」


いつもなら軽口で流せる程度の会話なのに、その声が僅かに震えているだけで、ライトがどれだけ怯えているのかは十分に分かった。


もっとも、怖いからといって立ち止まるという選択肢が用意されているわけではなく、ここまで進んできた以上は、何をされるか分からない八という数字に自分から近づいていくしかない。


やがて次のフェーズが始まり、私は17-07から18-07へ入ると、そのまま18-06まで移動したところで一度足を止めた。


目の前にある18-04は、すでに赤いアウトエリアへ変わっている。


前ターンで小鳥遊澪が処刑によって潰された際、腿の付け根から先が残った5.2kgの片脚がここまで飛散し、一秒以上静止したことで、システム上は新たなオブジェクトが置かれたマスとして登録されてしまったからだ。


当然、私自身がそこへ踏み込むつもりはない。


ただし、その片脚はまだ18-04の中でも18-05との境界に近い位置へ残っていて、隣のマスからなら手を出せない距離ではなかった。


私は18-06から18-05へ移動すると、プレートの端で腰を落とし、ベルトに収納されていた三メートルのウェビングを取り出して床の上へ伸ばした。先は結んで、輪っかにしている。


ぎりぎりではあるが、届く。


帯の先を小鳥遊の足首へ引っ掛け、そのまま力を込めてこちらへ引くと、赤黒く汚れた片脚が18-04の鉄板をゆっくり滑り始めた。


問題は、これを18-05の上で1秒以上静止させれば、今度はこのマスまで次のフェーズからアウトエリアになってしまうことだった。


だから、止めない。


境界を越えてこちら側へ滑り込んできたところで直接掴み、そのまま床へ置かずに持ち上げる。


ピッ。


【CARRIED OBJECT : 5.2kg】


表示だけを見れば単なる5.2kgのオブジェクトだが、実際に両手へかかる重量は思っていたより重く、しかも少し前まで一人の人間の身体だったものを抱えているのだと思えば、普通なら手が止まってもおかしくない。


けれど、ここまで来てそんな感情を優先する意味はなかった。


持ち運べる。


それだけ分かれば十分だった。


その時、視界の端でマスティフが動いた。


18-04が赤く染まっている以上、さすがの彼も正面からそこへ踏み込むことはせず、17-04から一度横へ逸れて17-05へ入り、アウトエリアを回避しながら19列へ向かっている。


その進行方向を見た瞬間、私は目的地に見当がついた。


19-04。


床には、これまで何度か見てきた補助刻印が残っている。


【CAL-08】


8kgの初期配置物が登録されていて、登録時の構成が維持されている限り、本来そのプレートに設定されている重量帯の制限を免除できる特殊な場所。


重いマスティフの体重でも問題なくやり過ごせる、安全帯と言える。


――けれど、私は腕の中にある5.2kgの片脚へ目を落とした。


初期構成を維持している限り安全帯が有効なら、登録されていないオブジェクトを追加してその構成そのものを壊せば、免除も失効する可能性が高い。第3話で黒瀬も「初期状態が条件なら、別の重さを足せば崩れるかもしれない」と口にしていたが、あれはあくまで仮説で、実際に別のオブジェクトをCALマスへ一秒以上止めて確かめた者はまだいない。だからこそ、今ここで試して成功すれば、初めて仕組みが確定する。


そこまで考えたところで、私は19-04へ向かっているマスティフをもう一度見た。


前のターン、小鳥遊が17-02から逃げようとした時、あの男は自分の足元にあった大型シャックルをわざわざ投げつけて、その逃走を妨害した。自分が直接手を下さなくても放っておけば死ぬ状況だったのに、確実に1人減らすためだけに手を出したのだから、残り人数が少なくなった今になって急に大人しくなるとは考えにくい。


しかも、生存者は現在4人なのに、出口を通れるのは最大3人だけで、ここから先は誰か1人が脱落しなければ全員で出ることはできない。


マスティフは80kgの巨体に加えて、まともに殴り合えば私たちの誰よりも強く、必要なら他人の逃げ道を潰すことにも躊躇しないし、ここで生かしておけば、次に排除される側が私やライトや白石になる可能性は十分にある。


だったら、わざわざその時を待つ理由はない。


偶然目の前に5.2kgのオブジェクトがあり、その先には初期構成を崩せば80kgの本人だけで重量条件から外れるマスがあって、しかも本人が自分からそこへ向かっているのなら、これは仕返しでも正義でもなく、単純に今ここでマスティフを落としておく方が、私が生き残る確率が上がるというだけの話だった。


――殺せるなら、ここで殺す。


そう決めると、やることは簡単だった。


マスティフがこちらへ回り込んでくるより先に、私は18-05の端へ立つと、小鳥遊の片脚へウェビングを巻き付け、投げ縄のように一度大きく振って勢いをつけた。


5.2kgの重さを狙った位置へ飛ばすのは簡単ではないが、必要なのは綺麗に着地させることではなく、19-04の上へ入れて1秒以上止めることだけだった。


「よっ……!」


手を離すと、片脚は低い軌道を描いて19列へ飛び、鉄板へ落ちたあと短く滑って、19-04の中央寄りで止まった。


一秒。


ピッ。


【FOREIGN OBJECT DETECTED : 5.2kg】


ほぼ同時に、床面の小さな表示が切り替わる。


【CAL-08】

【INITIAL COMPOSITION : BROKEN】

【CALIBRATION SAFE : INVALID】


狙い通り、CAL免除はその瞬間に失効した。


ただし、オブジェクトが追加されたことで19-04そのものがアウトエリアへ変わるのは次のフェーズからなので、今このターンに限って言えば、そこはまだ通常のプレートとして侵入できる。


私は肉片が確実に認識されたことを確認してから18-06へ戻り、マスティフの進路から離れた。


「……何をした」


すれ違う位置まで来たマスティフが、低い声で訊いてくる。


「何が?」


「今、何か投げただろ」


「見てたなら分かるでしょ」


私がとぼけると、マスティフは19列へ視線を移し、19-04に転がった肉片と、その下に残るCAL-08の刻印を交互に確認した。


おそらく念のためロードスキャンも使用したのだろう。


彼のスマートウォッチへ数値が表示される。


【MIN : 34.0kg】

【MAX : 80.0kg】


表示されるのは、そのプレートに設定された静的な重量帯だけ。


CALが現在も有効なのか、それとも何らかの理由ですでに失効しているのかまでは、ロードスキャンでは教えてくれない。


床にはCAL-08の文字が残っていて、元から置かれていた八kgの初期配置物もそのまま存在している以上、登録外のオブジェクトが追加された瞬間に免除が失効するという仕組みを理解していなければ、見た目だけで異常を判断することは難しい。


マスティフはしばらく19-04を睨んでいたものの、やがて小さく舌打ちすると18-05から19-05へ入り、そこから隣の19-04へ足を乗せた。


入った。


私はそれだけ確認すると、18-05から17-05へ一度戻り、17-04、17-03と左へ寄ったあと、18-03へ出て、前方禁止の刻印がある18-02には触れず、そのまま斜め前の19-02へ入った。18-04はすでにアウトエリアなので最初から経路に含めず、18-02も踏めばその後の前進そのものを封じられる以上、遠回りでもこの方が安全だった。


ライトは17-08から17-09、18-09、19-09へ回り込み、そこから19-08、19-07、19-06、19-05、19-04を横切って19-03へ入り、白石もライトやマスティフが19列へ集まり始める前に17-03から18-03、19-03、19-04、19-05、19-06を抜けて19-07へ辿り着いていたため、同じプレートへ同時に重なることなく全員が停止位置を確保した。


そして、ライトが19-03へ踏み込んだ瞬間、足元から大きな固定音が響いた。


ガシャンッ!


【STAY】


「うわっ……またかよ!」


電磁ロックが作動し、ライトの身体がその場へ固定される。


もっとも、この時点でペナルティスコアが即座に八へ変わるわけではなく、検問による加算が確定するのは00:00のウェイを正常に通過した後なので、スマートウォッチに残っている数字はまだ七だった。


「八になるの、これ通った後だよな……?」


「そう」


「通りたくねえな」


「通らなかったら死ぬよ」


「知ってるよ!」


怒鳴る元気があるならまだ大丈夫だろうと思いながら、私は自分の位置を確認する。


19-02に私。


19-03にライト。


19-04にマスティフ。


19-07に白石。


残り時間は容赦なく減っていった。


『3』


『2』


『1』


『00:00』


ウェイ。


盤面全体が低く振動し、ほぼ同時に複数の計測処理が始まる。


白石はセーフ。


私もセーフ。


続いてライト。


【PLAYER LOAD : 70.2kg】

【WEIGH : SAFE】


重量条件そのものは問題なく通過したが、ここは最後の検問帯なので、その直後にペナルティスコアの加算処理が走る。


【PENALTY SCORE : 7 → 8】


スマートウォッチの画面が、一瞬にして真っ赤に染まった。


【PUNISHMENT TOKEN #1 : RESERVED】


「……は?」


ライトの顔から血の気が引いたが、何かを言う暇もなく、ほぼ同時に19-04でも別の判定が始まっていた。


【19-04】


【PLAYER : 80.0kg】

【CAL OBJECT : 8.0kg】

【FOREIGN OBJECT : 5.2kg】

【TOTAL LOAD : 93.2kg】


【CALIBRATION SAFE : INVALID】


【RANGE : 34.0kg <= LOAD < 80.0kg】


【OVERWEIGHT】


マスティフは最初に表示を見て、それからゆっくり私の方へ顔を向けた。


これまで、誰かが目の前で死んでも表情一つ変えず、自分が有利になるなら平然と他人の逃げ道まで潰してきた男の顔に、そこで初めてはっきりとした怒りが浮かんだ。


「……てめえ」


私はその視線を受けながら、少しだけ首を傾げる。


「重すぎ」


直後。


――ドンッ!


数トンの鉄塊が19-04へ落下し、マスティフの80kgある巨体は一瞬でその下へ消えた。


少し遅れて圧縮された空気がプレートの隙間から吹き出し、血と肉片が周囲のマスへ飛び散る。


小鳥遊の時と同じように、大半は小さな飛散物として床へ散ったものの、その中の一つだけ比較的大きな肉塊が強く弾かれ、最奥の20列まで転がっていった。


20-03。


べちゃり、と鈍い音を立てて止まる。


一秒後。


ピッ。


【OBJECT : 5.4kg】


落ちた場所を見た瞬間、思わず眉を寄せた。


20列は出口そのものであり、その中でも20-03はライトが現在いる19-03の真正面にあたる。


5.4kgなら四kg以下の飛散ノイズにはならない以上、次のターンから20-03は確実にアウトエリアへ変わる。


厄介な場所へ落ちたと思ったが、その問題を考えるより先に、今度はライトのスマートウォッチから鋭い警告音が鳴った。


【PUNISHMENT TOKEN #1】

【EXECUTE】


「ッ……あ?」


ステイによる固定は解除されず、それどころか19-03の床面が左右へ開き、中から複数の金属アームがせり上がってライトの右脚を膝上から固定した。


「待て、待て待て待て!」


ライトが咄嗟に身体を捩ったところで、電磁固定された状態では逃げようがない。


「何すんだよ! おい!」


機械が駆動する甲高い音が響いた次の瞬間、ライトの絶叫が造船所全体へ響き渡った。


右脚が膝上から切断され、噴き出した血が19-03の鉄板を赤く濡らす。


切り離された脚はその場へ落ちた瞬間に生存中のプレイヤーではなくオブジェクトとして再認識され、同時にライト本人の重量情報も更新された。


【BODY MASS UPDATE】

【70.0kg → 63.0kg】


本人の身体が7kg軽くなり、所持している絶縁テープ0.2kgを含めれば、次ターン以降に計測される実重量は63.2kgになる。


「ぁ……ああ……っ!」


ライトの上半身が大きく崩れかけたものの、まだ残っている固定具が身体を支えているおかげで、そのまま床へ倒れ込むことだけは避けられていた。


「ライト、意識切らさないで」


「簡単に……言うな……!」


痛みに顔を歪めながらも返事ができているのを確認し、私はライトの腰を指した。


「腰の後ろ。ウェビング使って」


僅かに目が動き、自分の装備を思い出したらしい。


「……止血?」


「それ以外に今使う?」


「分かってる……!」


全員のタクティカルスーツに支給されている三メートルの黒いウェビングは、黒瀬が朝倉の死体を引きずるために使っていたものと同じ装備で、牽引用としては専用器具でもなければ、医療用の止血帯でもない。


それでも、何もないよりは遥かにましだった。


ライトは震える手を腰へ回してウェビングを引き抜くと、切断部より少し上へ何重にも巻き付け、樹脂製のアジャスターへ通して強く締める。


「もっと」


「これ以上……?」


「まだ血が止まってない」


「くそ……っ!」


歯を食いしばりながら残った力で帯を引き絞ると、完全に止まることはないものの、勢いよく噴き出していた血が目に見えて弱くなった。


まともな医療処置と呼べるものではないが、次のターンまで何もしなければ、アウトエリアから逃げる以前に失血で意識を失う可能性の方が高い。


とにかく今は動ける状態を残すしかない。


荒い呼吸を繰り返していたライトがようやく前を向いたところで、私はターン11の時に巻かせた絶縁テープが残っているかだけを確認した。片脚を失った今、残っている左のセーフティブーツの底と金属部には黒いテープがまだ貼り付いたままで、血や汗で一部が汚れていても完全に剥がれてはいない。


「テープ、まだ巻いたまま?」


「……ああ。なんでこんなの巻かせたのかと思ってたけど、まさか今になって使うのかよ」


「電気を完全に消せるわけじゃないけど、ないよりはまし。次のターンが始まってマグロックが掛かった後じゃブーツ底を持ち上げて巻き直せないから、そのまま剥がさないで」


ライトは痛みに顔を歪めながらも小さく頷き、私はそれを確認してから、次のフェーズで3人が同時に同じ出口へ殺到しないよう順番まで含めて考え始めた。


…………。


『ターン 16』


次のターンへ切り替わった瞬間、前のウェイで人間やオブジェクトの構成が変わったプレートへ赤い縁取りが走り、私のいる19-02、ライトのいる19-03、マスティフが潰れた19-04、白石のいる19-07に加えて、マスティフの5.4kgの肉塊が止まった20-03までが新たなアウトエリアとして確定し、前ターン以前から赤くなっている18-04、さらに小鳥遊がインパクトを発動させた17-01と死亡した17-02も含めれば、最終ゲートの手前には簡単には横切れない赤い壁ができていた。


【17-01 : OUT AREA】

【17-02 : OUT AREA】

【18-04 : OUT AREA】

【19-02 : OUT AREA】

【19-03 : OUT AREA】

【19-04 : OUT AREA】

【19-07 : OUT AREA】

【20-03 : OUT AREA】


唯一の出口は20-01で、しかも1ターンに認証されるのは1人だけなのだから、3人で同時に最終列へ並べば終わるわけではなく、誰を先に出して、残った2人をどこへ逃がすかまで決めなければならない。私は20-01から最も遠い白石をこのターンで先に通し、自分は20-02まで寄って次を待ち、右脚を失ったライトはあと2ターンを使って出口へ寄せるのが一番安全だと判断した。


その判断を伝えようとした時には、すでに前半30秒のマグロックが始まっており、ターン11のうちに絶縁テープを巻いておいた私とライトのセーフティブーツも普段と変わらず床へ固定されていた。絶縁テープで弱められるのは電流であって磁力ではない以上、この30秒を移動へ使うことはできず、今できるのは解除後の経路を頭の中で確認することだけだった。


「白石、先に出て」


突然名前を呼ばれた白石は一瞬だけこちらを見たものの、ここで理由を問い返して時間を使う方が危険だと理解したらしく、小さく頷いてから出口までの盤面を見渡した。19列をそのまま左へ横切ろうとすれば19-04で止められ、20列を直進しようにも20-03が赤くなっているので、普通に前へ進む経路は使えない。


「19-07から18-07へ下がって、17-06へ斜めに入る。そのまま17-05、17-04まで左へ寄ったら、18-03へ斜めに出て、18-02、18-01、19-01、20-01。17-01と17-02は赤いから使わない」


白石は言われた経路を目で追い、途中で18-02へ視線を止めた。旧い設備刻印の中には進行方向を制限するものもあるが、この18-02に残っているのは重量帯を示す刻印だけで、前方禁止を示す警告はないため、ここは通常の通過プレートとして使える。


「かなり戻るけど、間に合う?」


「両脚が残ってる白石なら30秒で走れる距離。アウトエリアを横切るよりは安全」


「……分かった」


白石が納得したのを確認してから、私はライトを見る。19-03そのものがアウトエリアへ変わっていて、正面の20-03も肉塊のせいで赤くなり、左右の19-02と19-04まで使えない以上、その場から安全に抜ける方向は18-03しかないが、18-03はL60なので、右脚を失って63.0kgになった身体に絶縁テープ0.2kgを加えた63.2kgでは、そこでウェイを迎えれば上限60kgを越えてしまう。


「ライトは18-03で止まらないで、そのまま17-04まで。18-03から17-04へ斜めに入れば10mで済む」


「17-03まで行って、また戻るとかじゃなく?」


「しない。18-03は通過だけで、17-04はH40だから今の体重でも止まれる」


前に無意味な遠回りをさせるような経路を選べば、片脚を失ったばかりのライトにはそれだけで致命的になるので、今回は停止できる重量帯と障害物の位置を先に合わせ、必要以上に後ろへ下げないことを優先した。


ただし、片脚を切断された直後の人間が10mとはいえ普通に歩けるはずはない。19-03の外周側には、盤面脇の点検通路に掛けられていた細いFRP製点検ポールの1本が、先ほどのプレス衝撃で外れてプレートの縁へ倒れ込んでおり、第1話で見た外周設備と同じものだとすぐに分かった。金属製ではないため通電時の支えにも使え、表示された重量も0.8kgしかないので、持ったまま17-04でウェイを迎えても、ライトの計測重量は64.0kgにしかならない。


「マグロックが外れたら、その棒を取って。松葉杖みたいには使えないけど、左脚だけで跳ねるよりはまし」


「俺いま、脚切られた直後に棒1本で逃げろって言われてる?」


「ここで死ぬよりはいいでしょ」


「……それはそうだけど」


文句を言うだけの余裕が残っていることに少しだけ安心したところで、スマートウォッチの残り時間が30秒を示し、造船所全体へ響く金属音とともにマグロックが解除された。


白石は19-07から18-07へ下がると、そのまま17-06へ斜めに入り、17-05、17-04を抜けたところで18-03へ斜めに出て、18-02、18-01、19-01を通り20-01へ向かった。途中でアウトエリアへ入ることはなく、17-01と17-02も避けているので、距離こそ長いもののルール上の引っ掛かりはない。


私は白石が20-01へ入る導線を塞がないよう、19-02で数秒だけ待ってから20-02へ移る。ここはH70だけを見れば48kg台の私には不足するものの、最初から置かれた8kgの登録物が残るCAL-08が有効なため、通常の重量帯判定は免除される。


ライトも固定が外れた直後にFRP製点検ポールを掴み、残った左脚と棒、空いている手へ体重を分散させながら19-03を離れた。歩くというより、棒を先へ置いてから左脚を引き寄せ、身体が傾けば片手を床へついて姿勢を戻す不格好な移動だったが、18-03では止まらず、そのまま斜め前の17-04へ身体を滑り込ませ、残り時間が尽きる前に中央へ収まった。


『00:00』


白石は20-01、私は20-02、ライトは17-04でウェイを迎え、私のCAL免除は維持されたまま、ライトの64.0kgもH40の範囲へ問題なく収まった。


【CAL-08】

【CALIBRATION SAFE】

【RANGE CHECK : EXEMPT】


白石の20-01では、それまで積み上げたトータルロードとゲートキーが条件を満たしていることが確認されたあと、最終認証までが順番に進んでいく。


【1. WEIGH CONFIRMED】

【2. KEY / TOTAL LOAD UPDATE】

【GATE KEY : VALID】

【3. PENALTY / PUNISHMENT RESERVATION】

【4. FINAL GATE AUTHENTICATION】

【PLAYER 01 / SHIRAISHI SHIZUKU】

【CLEAR】


「……開いた」


白石は自分の名前の横に表示されたクリアを見たまま一瞬だけ動けずにいたが、やがて本当にここから出られるのだと理解すると、開いたゲートの向こうへ身体を滑り込ませ、その全身が20-01から完全に離れた。


この出口を1ターンに通過できるのは1人だけなので、私とライトはまだ盤面に残る。白石の退出を検知した直後、20-01の縁には赤い光が走った。


【PLAYER EXIT DETECTED】

【20-01 : OUT AREA】


「……やっぱり赤くなるんだ」


ゲートの向こうから白石が振り返るのを横目に、私は自分のブーツ底へ巻いてある絶縁テープがまだ残っていることを確認した。次のターンが始まってマグロックが掛かったあとではブーツ底を持ち上げて巻き直すことはできないので、ここまで剥がさず持たせた準備が、そのまま次の一歩に必要になる。


…………。


『ターン 17』


白石が抜けたことで盤面に残ったのは私とライトの2人になり、私は20-02、ライトは17-04で次の移動を待つことになった。唯一の出口20-01はすでにアウトエリアになっているものの、私は隣から1枚進めばいいだけなので、問題はむしろライトをこのターンでどこまで寄せるかだった。


17-04から左隣の17-03へ移り、そこから18-02へ斜めに出て18-01まで進めば、ターン16でライト自身が通った18-03を踏み直すことなく、しかも赤い17-01と17-02にも入らずに出口の左側へ寄せられる。18-02はL50なので64.0kgのライトがそこでウェイを迎えることはできないが、通過するだけなら重量判定は00:00まで確定しないため、最後にH40の18-01へ入れば問題ない。


「次は18-01まで。17-03、18-02を通って18-01。18-02では止まらないで」


「それなら15mか」


「うん。前のターンより5m長いだけ」


理由のない遠回りではないと分かったことで、ライトは前ほど露骨には嫌な顔をせず、ポールを握る手へ力を込め直したものの、少し黙ったあとで出口の方を見ながら別のことを訊いた。


「なあ、本当にお前だけ出て、俺のこと置いてかないよな」


「置いてくつもりなら、脚切られた時点で放ってる」


即答すると、ライトは一度だけ口を閉じ、それでも納得しきれないように眉を寄せたので、私は今残っているのが白石を除けば私とライトだけで、生存できる最大人数は3人なのだから、彼が生きたところで私の枠が減ることはないと付け加えた。わざわざ見捨てても得られるものがないなら、まだ生きようとしている人間を殺す理由もない。


「じゃあ、なんでそこまでして助けるんだよ」


そこまで聞かれて初めて少し考え、真面目に説明し続けるのも面倒になった私は、ライトの顔を見てから肩を竦めた。


「強いて言えば、顔がいいから?」


「はぁ?」


間の抜けた声が返ってきたところで残り時間が30秒になり、マグロックが解除された。


私は20-02から20-01へ足を踏み入れ、絶縁テープ越しでも足裏から腰まで鋭い痺れが突き抜ける感覚に顔をしかめながら中央へ入り、電流を軽減できてもアウトエリアへ新規侵入したという判定そのものは消えないため、ペナルティスコアが1つ加算された。


【OUT AREA ENTRY】

【PENALTY +1】


ただし、私の現在のペナルティスコアでは罰ゲームの発動条件には届かないので、そのまま20-01でウェイを待つ。


一方、ライトは17-04から17-03へ移り、そこから18-02へ斜めに出たあと、そのプレートでは止まらず18-01まで身体を運んだ。片脚を失ってから時間が経ったことで痛みが軽くなったわけではなく、むしろ興奮が切れ始めたせいで顔色は前のターンより悪くなっていたが、前のターンに踏んだ18-03を使い直さずに済む15mの経路だったので、残り時間が尽きる前には18-01の中央へ身体を入れることができた。


『00:00』


私は20-01、ライトは18-01でウェイを迎え、前のターンでライトが停止した17-04とは別のプレートなので同じ場所で連続してウェイすることにはならず、18-01はH40で64.0kgのライトにも適合する。


私の方ではトータルロードとゲートキーの条件が確認されたあと、アウトエリアへ入った分のペナルティが処理され、それでも新たな罰ゲームは予約されないまま最終認証へ進んだ。


【1. WEIGH CONFIRMED】

【2. KEY / TOTAL LOAD UPDATE】

【GATE KEY : VALID】

【3. PENALTY / PUNISHMENT RESERVATION】

【4. FINAL GATE AUTHENTICATION】

【PLAYER 02 / ALICE】

【CLEAR】


ゲートが開いたところで私は20-01から外へ出る前に18-01のライトを振り返り、次のターンは19-01を通って20-01へ入るだけで、もう余計な迂回も同じ停止位置の再使用もないことを伝えた。


「次は10mだけ。19-01から20-01」


「もう距離の問題じゃねえよ……」


その通りかもしれないと思いながらも、私はゲートの外へ出た。


…………。


『ターン 18』


最後のターンが始まり、盤面へ残った生存者はライト1人だけになった。現在地は18-01で、出口20-01との間にあるのは19-01だけなので距離は10mしかなく、ターン16と17で停止したプレートをもう一度使う必要もなければ、17-01や17-02のアウトエリアへ入る必要もない。


ただし20-01は白石と私が通過したことでアウトエリアになっており、新しく入ればペナルティスコアが1つ増える。ライトの現在のペナルティスコアは8なので、そこで9へ到達すれば第2の罰ゲームが予約されることも、前の表示からほぼ確実だった。


マグロックで18-01へ固定されたまま、ライトはポールを握りしめ、赤く光る出口だけを見ている。残った左脚のブーツにはターン11から巻いてきた絶縁テープがまだ残っており、このターンが始まってから新しく巻いたり、固定されたブーツを持ち上げたりはしていない。


「……腕だったよな」


「前の表示通りなら」


「右脚なくなった直後に腕まで壊すとか、頭おかしいだろ」


「ゲーム作った人に言って」


「生きて帰れたら言うわ」


その言葉に少しだけ笑ったところで残り時間が30秒になり、マグロックが解除された。


ライトはFRP製点検ポールを19-01へ突き出し、残った左脚で床を押して18-01から19-01へ移ると、一度体勢を崩しかけながらも空いた手を床へついて立て直し、そのまま最後の5mへ身体を押し出した。


20-01へ左足が入った瞬間、絶縁テープ越しに強い電流が走って身体が大きく跳ねたが、ポールと片手で倒れるのを防ぎ、全身をプレートの中央まで引き寄せる。


【OUT AREA ENTRY】

【PENALTY +1】

【PENALTY SCORE : 9】


続いて、第2の罰ゲームが予約された。


【PUNISHMENT TOKEN #2 : RESERVED】

【ARM DESTRUCTION TYPE】


「……やっぱ来るのかよ」


ライトの顔から血の気が引いたものの、もう出口の上にはいるので、残された選択肢は00:00までその場で耐えることしかない。


『00:00』


造船所で最後となるウェイが始まり、片脚を失ったライトの身体、絶縁テープ、FRP製点検ポールを含めた現在重量が確定すると、累積したトータルロードは650kgを十分に超え、ゲートキーも有効なままだった。


【1. WEIGH CONFIRMED】

【2. KEY / TOTAL LOAD UPDATE】

【GATE KEY : VALID】


しかし、その次に表示されたのはクリアではなく、20-01への侵入によってペナルティスコアが9へ到達したことで予約された第2の罰ゲームだった。


【3. PENALTY / PUNISHMENT RESERVATION】

【PENALTY SCORE : 9】

【PUNISHMENT TOKEN #2 : RESERVED】


20-01の床の溝が開き、右脚を切断した時と同じような金属音とともに、今度は腕を固定するためのアームがせり上がってくる。ウェイ中の計測固定が掛かっているため、ポールを使って逃げることもできず、金属アームが腕へ近づくにつれてライトの呼吸は明らかに速くなった。


「無理だろ……腕までなくなったら、俺……!」


「ライト、ゲート見て」


「そんな場合じゃねえだろ!」


「いいから見て!」


金属アームが腕へ届く直前、システムは処罰の実行より先に次の処理へ進んだ。


【4. FINAL GATE AUTHENTICATION】

【PLAYER 03 / SAKAGAMI LIGHT】

【CLEAR】


ライトが自分の名前の横に表示されたクリアを見て固まった直後、最後の処理が走る。


【5. PUNISHMENT PROCESS】

【TARGET STATUS : ESCAPED】

【PUNISHMENT TOKEN #2 : CANCELLED】


ライトの腕へ触れる寸前だった金属アームはその場で止まり、駆動音を失ったまま床下へ戻っていった。


「……は?」


本人が一番状況を理解できていないようだったので、私はゲート外から表示された処理番号を指し、パニッシュメントの実行よりファイナルゲートの認証が先だったから、クリアが成立した時点でまだ実行されていない第2の罰ゲームがキャンセルされたのだと説明した。


「そんな……そんなギリギリで……」


「生きたんだからいいでしょ」


「よくねえよ! 脚ねえんだぞ!」


「それはペナルティスコアが8へ到達した時にもう実行された分だから戻らない」


「分かってるよ!」


怒鳴る声に少しだけ以前の調子が戻っていて、それを聞いた私は、少なくとも意識を失うほど弱ってはいないらしいと少しだけ安心した。


ゲートが完全に開き、計測固定が解除された瞬間にはライトの残った左脚も限界だったらしく、ポールへ体重を預けようとしたまま身体が崩れたが、外で待機していたスタッフがすぐに両脇から支え、そのまま担架へ移した。3人目の身体が完全に20-01の外へ出たところで、スマートウォッチにはゲーム終了を示す表示が浮かぶ。


【SURVIVORS : 3 / 10】

【GAME CLEAR】


参加者は10人で、生き残ることを許されたのは最大3人、そして実際に造船所から出てきたのも白石、私、ライトの3人だけだった。


…………。


医療区画へ運ばれる直前、担架に乗せられたライトがこちらを向き、疲れ切っているせいか、いつもより少しだけ力の抜けた声で私を呼んだ。


「おい、アリス」


「なに」


「さっきの話なんだけど」


何のことか一瞬分からずに見返すと、ライトは少し不満そうな顔をしながら、「顔がいいから助けたってやつ」と言ったので、ターン17のマグロック中にした会話を思い出した。


「本気にしたの?」


「お前が言ったんだろ。俺、脚なくなってから完全に足手まといだったし、お前が先に出られるなら途中で放っといたってよかったじゃん」


そこまで言われれば、答えはさっきと変わらない。あの時点で残っていたのは白石と私とライトの3人だけで、生存枠も最大3人だったのだから、ライトが生きても私の取り分や生存確率が下がるわけではなく、逆に見捨てても得られるものは何もなかった。それに、自分が何も失わない状況で、目の前の人間がまだ生きようとしているのをわざわざ殺すほど、私は徹底した合理性だけでできているわけでもない。


「別に。あんたが生きても私が困らなかったから」


「それだけ?」


「それだけで十分でしょ。納得できないなら、顔がよかったからってことにしとく?」


「もういいよ!」


怒鳴ったものの、その声にはさっきまでの切羽詰まった響きはなく、ライトはしばらく不満そうに天井を見たあとで「……でも、ありがとな」と小さく付け足したので、今度は私の方が少し返事に困り、結局「どういたしまして」とだけ答えた。


スタッフに押された担架が医療区画へ向かっていくのを見送りながら、私はスマートウォッチへ視線を落とし、画面に表示されたゲームクリア報酬を確認した。この金額が実際に振り込まれれば、父親が残した借金もまた大きく減り、これまで何度も命を賭けて返してきた額も、ようやく終わりと呼べるところまで近づいてくる。


普通の人間なら、数時間のうちに何人もの人間が目の前で潰され、切断され、自分自身もほんの少し判断を間違えていれば同じ鉄板の上で肉片になっていたのだと知れば、いくら大金を積まれたところで2度とこんな場所へ戻りたいとは思わないのだろうし、私だって痛いのも怖いのも嫌いで、次も確実に生き残れるなどと思っているわけではない。


それでも、また次のゲームへの招待が届けば、私は報酬額を確認して借金の残額を計算し、提示されたルールを読んだ上で参加するかどうかを考え、おそらく最後には参加する方を選ぶのだと思う。最初は借金を返すためだけだったはずなのに、今では極限まで神経を張り詰めて死ぬかもしれない場所から戻ったあと、自分がまだ生きていることを確かめるように食べる甘いものが、普段よりずっと美味しく感じられることまで知ってしまった。


次は何を食べようかと考えると、苺のパフェでもいいし、少し高いケーキでもいいと思えて、何人も死んだ場所から出てきた直後にそんなことを考えている自分はやっぱりどこかおかしいのかもしれないけれど、それを楽しみにできているうちは、少なくとも私はまだ生きる側にいるのだろう。


造船所の天井では、ゲーム中ずっとプレイヤーを追い続けていた巨大なクレーンが役目を終え、金属の軋む音を立てながらゆっくりと停止しており、その下には錆びた200枚の計量プレートと、アウトエリアを示す赤い光、潰された人間の血や肉、途中で捨てられた装備や、最後まで攻略のために利用された物体がそのまま残されていた。


始まった時には10人いて、名前も性格もここへ来た理由も違い、誰かを助けようとした人間もいれば、他人の死体を利用した人間も、自分が生き残るために他人の逃げ道を潰した人間もいたけれど、このゲームのシステムが最後まで計測していたのは善悪でも人間性でも命の価値でもなく、その瞬間プレートの上に存在している重量だけだった。


それでも最終的に出口へ辿り着いた3人を見れば、生き残るために必要だったものが単純な体重やトータルロードだけではなかったことくらいは分かるし、小鳥遊が残した片脚も、黒瀬が使い続けたウェビングも、ライトがターン1から持ち続けた0.2kgの絶縁テープも、最後に片脚の身体を支え続けたFRP製点検ポールも、システムから見ればただの重量やオブジェクトでしかなかったはずなのに、それをどう使うかを決めたのは最後まで人間だった。


私はしばらく赤く染まった盤面を眺めたあと、報酬額の表示されたスマートウォッチを消し、今度こそ造船所に背を向けながら、帰ったらまず甘いものを食べようと思った。


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