十軸の重量選別機(ウェイト・ソーター)その④
『ターン 12』
前のターンの移動中にブーツへ巻いておいた絶縁テープはそのまま残っていたが、テープが遮るのは電流だけで磁力ではないため、ターン開始と同時に掛かったマグロックは普段と変わらずセーフティブーツを床へ固定し、前半30秒が終わるまでは足を動かすことができなかった。
第十五列。三度目の検問帯。私は14-06から14-05、14-04を抜け、15-04へ入った。着地と同時に足が痺れる。
「――ッ!」
【IMPACT】
全身に稲妻が走り、身体が強張る。でも重量帯は問題なく、痛みは一瞬。
ライトは反対側を大きく回り、15-10へ。その瞬間、スマートウォッチに鍵が浮かんだ。
【GATE KEY / PENDING】
「来た!」
ライトの表情に喜びの感情が灯る。同時に別表示。
【PENALTY MINE】
【DIAGONAL MOVE : PROHIBITED】
「またかよ!」
ペナルティスコアが5から6に切り替わったのだろう。重量はセーフではあるが、強制的な加算は気が気ではないだろう。
重量と確定が決まった後、キーを獲得することに成功する。
【GATE KEY : VALID】
「っしゃ……!」
ライトが初めて、本気で安堵した顔をした。これでライトは重量もキーも条件を満たした。生きて出口まで行ければ、の話だけれど。
その頃、黒瀬は14-05。
朝倉の死体は一列後ろの13-05にある。
私たち四人は十五列目に来ていて、追いつくために距離を稼ぐ。安全マスを潰すことばかりに意識を向きすぎて、肝心の「ゲートに近づく」ことを怠った結果だった。
…………。
『ターン 13』
皆が検問帯を抜けた中、黒瀬は14-05にいた。朝倉の死体は一列後ろの13-05にある。
黒瀬は14-06、14-07へと進みながら、ウェビングで朝倉の死体を引きずっていく。
もうそろそろゴールも近く、出来るだけゴールに寄りたいという心理が働いた結果だろう。
そして、朝倉の死体を15-07の境界まで限りなく引き寄せたまま、黒瀬自身もウェビングを握って15-07へ踏み込んだ時だった。
その瞬間。
ガシャンッ。
【STAY】
マグロックが掛かり、ビリ、と電気が走る。途端に黒瀬の体勢が崩れ、張り詰めていたウェビングが強く引かれたことで、境界まで寄せられていた朝倉の死体も15-07へ滑り込んでくる。
「は?」
黒瀬の間抜けな声が造船所内によく響いた。
ピッ。
【OBJECT : 44.0kg】
黒瀬自身の58kgに朝倉の44kgが同じプレート上で加算され、計測対象は合計102kgになった。
【CURRENT LOAD : 102.0kg】
【RANGE : 50.0kg <= LOAD <= 100.0kg】
黒瀬が踏んだ15-07はH50。上限は100kg、対してオブジェクトの重さ込みで102kg。僅か2kgとはいえ、完全な重量オーバーだった。
まだ移動フェーズ内だから、移動さえ叶えば処刑は免れるが、黒瀬はステイマスのせいで身体が拘束されている。今から残り時間を考えても、移動するのは不可能だ。
プレートに身体が張り付いているから、死体をどかすことも叶わない。
「待て……!」
00:00。
【OVERWEIGHT】
私たちはそれぞれが黒瀬の最後を見届ける。死体と共にプレイヤーの邪魔に捧げた時間は、全て、無駄に等しかった。
そうして、鉄塊が落ちる。
黒瀬と朝倉。
二人分の肉体が15-07で潰れた。
黒瀬は最後まで、武器を手放さなかった。それが、彼の敗因になった。
残ったのは五人。
私。ライト。白石。小鳥遊。マスティフ。
…………。
『ターン 14』
生存者は五人。ゴールまでは残り四列だった。
盤面を埋めるアウトエリアは開始時より明らかに増えていて、これまでの死亡や地雷の発動、物体の移動によって生まれた赤い跡が、ここまでのゲームの履歴そのもののように床へ刻まれている。安全に踏めるマスは少なくなり、残された道も細い。
小鳥遊澪は16-02から前へ出た。
今回の参加者の中で最も軽い37kg。おそらく、残った五人の生存者の中でもっとも総重量が足りてないだろう。
最終ゲートを開くためには650kg以上の重量を稼がなければならないが、37kgしかない彼女の場合、単純計算でも同じ重量を18回近く積み上げなければ届かない。
しかも、今残っている五人の中で、ゲートキーを持っていないのも小鳥遊だけだった。
他の4人はすでにキーを確保し、トータルロードも積み上げながらゴールへ近づいている。そう考えれば、彼女が焦るのも無理はない。
だが、その焦りが仇となった。
17-01へ踏み込んだ瞬間、足元に表示が浮かぶ。
【IMPACT】
「きゃっ……!」
弱い電流が走り、小鳥遊の身体が硬直した。足がもつれ、そのまま隣の17-02へ倒れ込む。
そこには最初から5kgのカーボン鋼管が置かれていた。
ピピッ、と短い電子音が鳴る。
【CURRENT LOAD : 42.0kg】
【RANGE : 70.0kg - 100.0kg】
「……足りない」
小鳥遊の体重は37kg。鋼管を加えても42kgしかなく、このマスを通過するために必要な最低重量70kgには、28kg足りない。
まだ移動フェーズ内だから、隣のマスまで逃げられれば処刑そのものは免れられる。
残り時間は15秒。
インパクトの電流で痺れた身体を起こし、立ち上がって別のマスまで移動するには、幸いにも時間は残っている。
「まだッ……!」
這うように17-03へ手を伸ばす。その時だった。
「行かせると思うか?」
低い声がした。そして、遅れてゴン、と鈍い音がした。
謎の鉄塊が綺麗な弧を描き、小鳥遊の額に直撃し、後ろにのけ反る。一瞬、なにが起こったのか理解できない表情だったが、後から来る痛みと脳を直接揺さぶられた衝撃に絶叫が響く。
床に転がったのは大型のシャックルだった。10kg以上ある鉄塊を自慢の身体能力で投げ当てたのだ。
「なにを――ッ!」
「せっかくライバルを減らせるチャンスだ。活かさない手はないだろ?」
今まで、誰かの死を静観していただけだったマスティフは行動を起こした。
最初の段階で、誰かに危害を加えれば、そのヘイトがマスティフへ向いてしまう。しかし、今は残り5人。うち三人は非力な女。戦闘となれば、体格のよいマスティフは有利だし、武器となるハンマーも持っている。
ここから、小鳥遊が死んで、4人になれば、マスの移動以外ではマスティフは有利だと判断したのだろう。
――私がマスティフの立場だったらそうする。
ピピッ。
シャックルが17-02の上で完全に静止した。
【OBJECT : 12.0kg】
【CURRENT LOAD : 54.0kg】
一瞬、小鳥遊の顔に希望が浮かぶ。
だが、その下に表示された数字は変わらない。
【RANGE : 70.0kg - 100.0kg】
「や、やだっ……!」
小鳥遊は逃げようと立ち上がろうとするが、脳震盪を起こしているからか上手く立ち上がれない。身体が動かないようだ。
「おい!」
「他人の心配をする前に、自分の心配をするんだな」
ライトは険しい表情でマスティフに近寄ろうとするが、マスティフの指摘に足が止まる。
移動するには時間がない。ライトも、自分の命は最優先のようで、はっ、と我に返って伸ばした手を戻す。
そして、17-08へ足を踏み入れていた。
「うぐッ!」
――バチッ、と電流が弾ける。
【PENALTY SCORE : 7】
【DANGER】
【NEXT ERROR : PUNISHMENT】
「……7?」
ライトの表情が固まった。
今までとは違う赤い縁取りと、初めて表示されたパニッシュメントの文字。
その直後、移動フェーズ終了を告げるブザーが鳴った。
「あ……」
小鳥遊の顔から、一気に血の気が引く。
「あぁ……っ、やだ……!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で私たちを見上げるが、もう誰にもどうすることもできない。
00:00。
計測フェーズが始まった。
【LOAD : 54.0kg】
【RANGE : 70.0kg - 100.0kg】
【UNDERWEIGHT】
その通知を見た小鳥遊は、最後には何も言わず、ただ目を閉じた。
――ドンッ!
数トンの鉄塊が落下し、圧縮された空気がプレートの僅かな隙間から一気に吹き出す。
座り込んだ姿勢のまま押し潰されたせいか、血と肉片だけでなく、切断された手足まで周辺のプレートへ飛び散った。
私はその光景を見ながら、別のことを考えていた。
これまでは、元々存在しなかった障害物が別のマスへ置かれれば、そのマスはアウトエリアとして処理されていた。
なら、こうして処刑の衝撃で偶発的に飛び散った人体は、どう扱われるのだろう。
答えはすぐに出た。
小さな肉片や臓器は床へ落ちても、システム表示に変化がない。四kg以下のものは飛散ノイズとして処理され、重量にもアウト判定にも含まれないらしい。
ただ一つだけ、例外があった。
腿の付け根から足先まで残った片脚が大きく弾き飛ばされ、床を滑って18-04付近まで到達すると、そこで一秒間完全に静止した。
ピピッ。
【OBJECT : 5.2kg】
それはもう、小鳥遊澪の身体ではなく、システム上では単なるオブジェクトとして扱われていた。
私はその表示を見つめながら、無意識に使い道を考えていた。
黒瀬が死体を重量として利用した時には悪趣味だと思ったのに、自分も結局、死んだ人間を攻略の材料として見ている。
(使える)
そう思った自分に、不思議と嫌悪感はなかった。
この場所で生き残るなら、感情より先に使い道を考えるしかない。
――私も、結局黒瀬と同じなのかもしれない。
少し違うとすれば、私は必要な時だけ使う。彼のように他参加者を潰すためだけに時間を浪費しない。
結局、その程度の違いしかないけれど。
視線を上げると、その先にある第19列の床へ、見覚えのある刻印が浮かんでいる。
【CAL-08】
これは確か、8kgの初期配置物が登録されたCALマス。
このマスは、最初に登録された構成が維持されている間だけ重量帯の制限を免除される。マスティフは重い自分が踏めるマスが少ないデメリットをそうして残り越えてきた。
逆に言えば、登録されていないオブジェクトが加われば、その初期構成は崩れる。
私は18-04付近に転がった5.2kgの片脚と、19-04のCAL-08を交互に見た。
あれを19-04まで運び、静止させれば、CALを失効させられるかもしれない。
まだ何に使えるかまでは決めていない。
ただ、この先で使える可能性のある駒が一つ増えたことだけは覚えておく。
その隣では、ライトが先ほど表示された警告を見つめていた。
【PENALTY SCORE : 7】
【DANGER】
【NEXT ERROR : PUNISHMENT】
「……なに、これ」
ライトは私に向かって画面を見せてくる。【NEXT ERROR : PUNISHMENT】。
要するに、次にスコアが加算されればペナルティが付与されるということ。スコアではなく、その身をもって罰を受けろということだろう。
「8になったら、なんかされんの?」
「そういう意味で表示されているんでしょ?」
「次って……」
ライトの視線の先には、第19列がある。20列目はゴールがある列。今までのパターンからしたら20列目が検問エリアだろうけれど、それだとゲーム的なキリが悪い。常識的に考えたら、次の列が最後の検問エリアとなるだろう。
そうだとしたら、検問エリアは強制的にペナルティスコアがひとつ加算される。
つまり、ライトは強制的にスコアが8になる。
ライトは乾いた笑いを漏らした。




