十軸の重量選別機(ウェイト・ソーター)その③
『ターン 8』
神谷蓮は、死ぬと分かっている人間の顔をしていた。 それでも移動フェーズが始まれば身体は動く。 死にたくないから。 10-04から11-04、11-03、11-02。 少しでも安全そうなマスを選び、重量帯に合わせる。
自分が何をしても無駄だと分かっていても、足だけは止められないし、今命がある以上、わずかな希望をかけて、なにか突破口を探すしかない。
罠があって、鍵があるなら、処刑予約を解除する手立てだって――。
「なあ、これ解除する方法あるんだろ!?」
誰にともなく叫ぶ。 私は答えない。 朝倉の時と同じなら、処刑予約は踏んだ次のターン開始前に強制的に来る。 マスティフは11-06へ。 神谷を1度も見ない。
――きっと、この処刑予約は解除する方法がない。ゲームバランス的に、ゲームのルール的に、その方が配信的にも盛り上がるからだ。
いや、あるかもしれないが、生き残り3枠をかけて勝負している以上、「あるかもしれない」という不確定要素に付き合うほど、余裕はないだろう。試合ももうすぐ後半戦。踏めるマスも減ってきて、罠が何個あるかわからない以上、罠を踏まないように慎重に行動するしか対策はないのだ。
神谷の叫びを他所に、次踏むべきマスと、ゲートまでのルートを考えていると、マスティフがふいに話しかけてくる。
「やっぱ、経験者はわかってんな」
「なに、人でなしだって言いたいわけ?」
マスティフはくく、と喉を鳴らし、楽しそうに私の方を向いている。
「逆だ。褒めてんだよ。冷静な判断、死を前にして怯えない肝の据わり方。お前、ヤクザのスカウト組だろ? 女なんざ、風俗に沈めるなり、見てくれが可愛けりゃあ、海外の富豪に売りつけるなり使い道があんのに、ヤクザバックにつけて、専業でこの界隈で稼いでんだろ? 少なくとも、俺は、お前みたいなやつ、嫌いじゃねぇ」
マスティフは、手元のハンマーを弄んでいる。にぃ、と笑う姿は、死の盤面の上で立っているというのに、余裕すぎる態度だ。
「ヤクザ……」
会話を聞いていたライトが、なんとも言えない表情でこちらを見ている。
聞くところによると、ライトは、売掛が払えなくてその借金を返すために、ヤクザにここに連れてこられたらしい。所謂ヤクザに恨みがある人間だ。ヤクザに嫌悪感を持ち、そのヤクザがバックについている私に思うところがあるのだろう。
境遇は似ているだろうけど、私は、今は望んでここにいる。父親が作った借金を返しても、やりたいこともない。ここまで連勝している私は、運営も、ヤクザも、きっと手を離さないだろうから、命を懸けた時に、覚悟を決めた。
騙されてここにいる彼らと、私はまったく違う。
――面倒だ。
ほどよいところを装って、適当に誤魔化しておくのが一番いい。こういう複数のプレイヤーがいる盤面で悪感情を持たれるのは面倒だ。素人同士で徒党を組まれた時、一番に排除されるのは、群れの中で悪感情を持たれることなのだから。
「別に好きでヤクザとつるんでるわけじゃない。父親の借金を返さなきゃいけなくて、金の為に仕方なく参加してる。知らないおっさんのに身体弄繰り回されるよりマシでしょ」
風俗で身体を売るより、デスゲームの賞金から返した方が、ヤクザ的にも回収率的にも一番いいのだから。
私は11-07へ視線を向けて、足元の刻印を確認する。
「……大変だったんだね」
白石は、思うところがあったからか、こちらに少しだけ同情の視線を向けてくる。
その視線に言いたいことは山ほどあるが、今は、同情を売った方が得だ。
私は曖昧に笑った。
「まあね」
借金なんて、今回勝てば返し終わるし、返してもこの界隈に残り続ける。
――このゲームで死ぬかもしれないという恐怖や、不安はなかった。
最初の時も、今までだって、私はいつも自分が勝つビジョンしか見えなかったから。
もちろん、死にかけた場面もあったけれど、そういう時は妙にチキって思うようにプレイができなかった時だから。
――だから、私は、多分、このゲームも。
「お前さ」
ライトが、少しだけ警戒を解いた顔でこちらを見る。
「その借金、返し終わったら辞めんの?」
迷ってからではない。
「……さあ」
「なんだよ、それ」
「まだ返し終わってないし、わかんないから。今は生き残ることが先決でしょ」
私は、誤魔化すようにスマートウォッチの画面を見つめた。
黒瀬は09-04、朝倉の死体はその隣の09-05に残っている。
前半30秒が過ぎ、残り30秒で足元のロックが解除される。
神谷が11-02へ抜けたのを確認してから、黒瀬は10-04へ下り、10-05を経由して10-06へ回る。
そこからウェビングを引き、朝倉の死体を09-05から10-05へ滑らせる。
死体の重心が境界を越えたあと、黒瀬はスマートウォッチを見て、10-06で停止する。
朝倉、10-05。
黒瀬、10-06。
【CURRENT LOAD : 58.0kg】
【SAFE】
ライトは11-04。私は11-07。白石は11-03。マスティフは11-06。
そこで止まって、神谷の重量が表示される。
【11-02】
【LOAD : 64.0kg】
【SAFE】
一瞬だけ、彼の顔が緩んだ。 でも、次の文字が出る。
【EX-1】
【EXECUTE】
「……やっぱりかよ」
神谷は笑った。 泣くでもなく、喚くでもなく。
「俺、何したんだろうな」
誰も答えない。
――ドンッ。
2人目の予約処刑。
11-02が赤く染まる。
マスティフは、その肉片が飛ばない方向だけを見ていた。身体は大きくても、やはり人が潰れる場所はみたくないものなのだろう。でも、顔はまたライバルが1人減ったのだと笑っていた。
「最低」
白石が呟く。
「感想は後にしろ」
マスティフは平然と言う。
「次が来る」
その通りだった。
…………。
『ターン 9』
私は11-07から12-08へ。 白石は11-03から12-03へ入り、 ピッ。 彼女の腕に、小さな鍵。
【GATE KEY / PENDING】
白石が目を見開く。
「……これ」
「そのまま。重量を合わせて」
私が言うと、彼女は小さく頷いた。 派手な髪色にツインテール。ホストやコンカフェに嵌っていそうな、身なりの女。こういうイメージだと、一番ヒステリックに叫びそうなのに、パニックにもならない。
他の参加者と比べて静かだからか、派手な見た目に反して、ここまで一番目立っていなくて、一番無駄がない。
(こういう人が最後まで残るんだよね)
一方、ライトは12-04でまた電流を受けた。
「いっっ……!」
【PENALTY SCORE : 5】
「五……」
さすがに笑えなくなったらしい。
「これ、何点まであんの?」
「知らない」
「知らないばっかじゃん」
「知らないことを知ってるふりするよりマシ。――だけど、スコアがあるってことは、一定数溜まると罰ゲーム的なものがあると思うよ」
「――」
忠告に、ライトはまさか、とスマートウォッチを見つめた。
『00:00』
白石、12-03。
【SAFE】
【GATE KEY : VALID】
彼女の表示が緑へ変わる。 白石は大きく息を吐いた。
「これで、ゴールに……」
「いや、まだ早い。鍵を得たからといって、そのままゲートを通れるかわからない」
「うん」
白石の顔に再び不安が宿る。これだから素人は気が小さくて困るとため息を吐くも、これが普通の完成だと飲み込み、すかさずフォローを入れる。
「でも、持ってないよりいい」
「……うん」
静かな人だが、ちゃんと怖がっている。――怖がったまま考えられるのは強い。
ここから人数は少なくなる。ほどよく距離を保ち、他のプレイヤーと友好的な関係を築いた方がいい――。
一方、黒瀬は10-06から動く。
朝倉は1枚左の10-05。前ターンで死体が停止したため、このターンから10-05はもう踏めない。
黒瀬は10-06から11-06へ下り、11-05、11-04へ回り込む。
11-04からウェビングを引き、朝倉の死体だけを10-05から11-05へ滑らせる。
黒瀬自身は11-04。
朝倉は11-05。
黒瀬本人は安全なマスを踏みながら、朝倉の死体はアウトエリアに入りながら、血の跡をつけていく。
…………。
『ターン 10』
私は13-09へ入った. 床の隅に、今までと違う刻印。
【CAL-22】
足元には、そう書かれていて、重量をスキャンすると、重量は70kgあった。目の前にはドラム缶があって私の重量が48kgなので22kgの重量の加算となっている。
普通は22kgの重量は危険だが、表示は――。
【CALIBRATION SAFE】
【RANGE CHECK : EXEMPT】
「……これ」
表示を見た瞬間、少し前にマスティフが10-06で見せた挙動を思い出した。あの男は、自分の80kgでは条件から外れるはずのプレートに立っていたのに、足元に同じCALの刻印が浮かんだ途端、何事もなく計測を通していた。
その時は何が起きているのか分からなかったが、自分でも同じ表示を出してみれば、少なくとも最初から置かれている障害物の構成が保たれている間は、通常の重量帯とは別の判定が働くのだと理解できる。
私は足元の障害物へ触れない。
(――これ、動かしたら終わるタイプだ)
初期状態そのものが条件なら、1度崩した時に同じ扱いが続く保証はない。わざわざ自分で試す理由もなかった。
残り時間が尽きるまでその場から動かず、やがて00:00のウェイへ切り替わると、CALの免除が維持されたまま計測が正常に確定し、私自身の48kgと初期配置物22kgを合わせた70kgが、そのターンのトータルロードへ加算された。
けれど、スマートウォッチ表示は今までにない挙動を見せた。
「――!」
【TOTAL LOAD : 502.0kg】
ここまで来て、別の表示が解放された。
(502kg……? これ、今まで私が稼いだ重量だ。……これって、もしかして)
きっと、ゲートを開けるための条件だ。このゲームはただプレートの上に乗って、罠を避けるゲームじゃない。
重量を稼いで、ゲートキーを獲得しながらゴールを目指さなければいけない。
重量を気にして、障害物を避ければその分生き残れる確率は上がるけれど、ゴールまでの条件は遠のく。
――逆に。
(黒瀬みたいに、重い物を抱えながら移動している奴には、有利になる)
黒瀬を盗み見ると、黒瀬たちにも同じ表示が出たらしい。一律、プレイヤーに表示されているのだろう。
ゴールに近くなる度に、踏めるマスが減って来る。後半戦になって条件を新たに解放することで、焦燥感を煽り、判断を鈍らせる。ゲームらしい演出だ。
【FINAL GATE REQUIREMENT】
【GATE KEY : REQUIRED】
【TOTAL LOAD : 650kg MIN】
(なるほど。私は後148kg稼がなければいけないのか)
今ここで条件が確認できたのは行幸だ。ここから重量を気にすれば、まったく稼げない重量ではない。ちまちま歩いて来た過去の自分に感謝していると、ライトが遠くで叫んだ。
「650kg……!?」
ライトが遠くで叫ぶ。
「俺、今いくつだよ!」
「自分のトータルロード見なよ」
叫ぶライトに呆れながらそう指摘すると、今しがた全員の端末へ解放された累積表示のことを思い出したらしく、彼はロードスキャンではなく自分のトータルロード欄を慌てて開いた。隣のプレート一枚しか調べられないロードスキャンで自分の累積値が分かるはずもないので、ここは表示された情報を素直に確認すれば済む。
「702kg……」
「もう足りてるじゃん。後は鍵だけだね」
「クソ!」
感情が忙しい。マスティフはもう800kg超えていたみたいで、キーも持っている。条件稼ぎなら、マスティフが有利だから、当たり前の結果ではある。重い人間ほど、踏めるマスは限られるけど、その代わりゴール条件を稼ぎやすい。代わりに軽い重量の人間は踏めるマスは増えるけれど、その分ゴール条件の不利が発生している。
白石は415kg。黒瀬の現在のトータルは、58kgだとして、10ターン分の重量でおおよそ580kg。条件だけで言えば、彼も近い。死体をうまく使えば次のターンで条件も達成できるだろう。
黒瀬はこのターン、遅れを取り戻すために2列分進めた。
朝倉は11-05。
黒瀬は11-04から12-04、12-05、13-05へ進み、ウェビングの長さを保ったまま朝倉を11-05から12-05、さらに13-05まで滑らせる。
死体の重心が13-05へ越えたあと、黒瀬本人は隣の13-04へ抜けた。
黒瀬、13-04止まる。近くに来た黒瀬に、私は話しかける。
「それ、そこまでして持ってく必要ある?」
私が訊くと、黒瀬はウェビングを軽く持ち上げた。
「逆に、もっていかない理由があるのか?」
「でも、あなた、遅れてるけど」
「だから何だよ」
黒瀬は、私が立っているCAL刻印の方へ一瞬だけ目を向けた。
「初期状態が条件なら、別の重さを足せば崩れるかもしれねえ。軽い奴のマスに入れりゃ上限も潰せる」
私も黙る。
黒瀬は、朝倉を出口まで連れていくつもりではない。
必要な瞬間まで手元に置いておく、44.2kgの妨害装置として曳いている。
「効率悪いね」
「使う時に1人殺せりゃ元は取れる」
数字そのものに執着しているわけではない。
もっと質が悪い。
黒瀬は最初から最後まで、自分以外の選択肢を減らすために朝倉を引いている。誰かを確実に殺せる盤面の時に、おける障害物として、彼は利用するのだと、あくどい笑みを浮かべた。
――こういう奴ほど……。
…………。
『ターン 11』
黒瀬は13-04でマグロックが外れるのを待った。
朝倉は1枚右の13-05。
黒瀬は移動フェーズが残り30秒になると、14-04へ下り、14-05へ。
朝倉の身体は13-05と14-04の境界へ寄せるだけに留め、頭や腕の一部が隣へ張り出していても重心そのものは13-05から越えさせないようにした。完全停止した重心を別プレートへ移せば次のフェーズからその場所までアウトエリアになってしまうため、黒瀬はウェビングの長さと死体の位置を細かく調整しながら、自分だけ14-05まで進んだ。
その結果、このターンのウェイまで含めれば、黒瀬のトータルロードは650kgを越えた。
けれど、黒瀬はゲートキーを獲得していない。
「条件、1個は満たしたね」
彼の感情を煽る度に私が言う。
「1個だけな」
「じゃあ、もう死体は捨ててもいいんじゃない?」
黒瀬は、1枚後ろの朝倉を見た。肩を竦めるが、ウェビングを離す気はない。
「関係ねえよ。初期位置で置かれている障害物は精々重くても20kg。それも、ドラム缶を持ちながらの移動なんて現実的じゃない。40kgも超えて引きずり回せる錘なんて、普通は盤面にそう何個も転がってないからな」
「人を殺すのに、ためらいないんだ」
「俺も、借金抱えて参加した口だからな。最初こそビビったが、自分の命と大金を手に入れるためなら手段は選ばねぇよ」
その少し前、私は13-09から14-09へ下り、14-08、14-07を通って14-06へ向かう途中で、14-08に残されていたもう1つの工業用絶縁テープを拾っていた。重さは0.2kgしかなく、フックやドラム缶、ハンマーのように用途が目に見える道具でもなかったが、ここまで電流を使う罠を何度も見てきた以上、絶縁材を捨てる理由はなく、残り時間に余裕があったところでブーツ底の外周と金属部へ薄く巻き、完全に電気を遮断できなくても直接流れ込む量を少しでも減らせるようにしておいた。
ターン1から同じ種類のテープを持ち歩いているライトにも、離れた位置から「それ、捨てないで。余裕がある時にブーツへ巻いといた方がいい」と声を掛けると、最初は何に使うのか分からない顔をしていたものの、ここまで電流罠を引き続けている自覚はあったらしく、次に足元の固定が外れて安全なマスへ着いたところで同じように巻いていた。絶縁テープは電流を弱めるためのもので磁力まで消すわけではないらしく、その後のマグロックは普段と変わらず作動したので、移動時間を増やす抜け道にはならない代わりに、終盤で電気を受けた時の保険にはなる。
そして、マスティフが一瞬だけ黒瀬を見る。蔑むでもなく、評価するでもなく。ただ、面倒なやり方を選んだ人間を見るように。
ゴールまであと6列の距離。生き残りは5人。生存枠を安全に獲得するにはまだ多い数だ。
――次に見えるのは、第15列。3つ目の検問帯。
ライトのペナルティスコアは5で、白石と私は2、マスティフと黒瀬も2まで増えている。
次の検問帯を踏めば、それぞれがまた1つペナルティが増える。
まだ誰も、数字の先に何があるか知らない。でも私は、ライトの「5」という表示を見るたびに嫌な感覚が増していた。ペナルティという言葉である以上、無限に増えるだけでは終わらない。必ず、どこかでサブイベントが発生する。それはそのペナルティスコアが一定数超えてからだろう。
何故わかるのか。私はもう、充分すぎるほど見てきたのだから。




