十軸の重量選別機(ウェイト・ソーター)その②
『ターン 4』
第5列の検問を越えた時点で、生き残った参加者の顔と名前はほぼ一致していた。 罠、拘束、ペナルティ。個人処理が走るたびに、システムは対象者のプレイヤー NAMEを全端末へ共有する。 名前を知ったからといって、仲間になったわけではない。 ただ、「誰か」が死ぬのと、「朝倉透」が死ぬのとでは、妙に重さが違って聞こえる。
朝倉透が死んだ。 その事実を受け入れるより先に、06-04のプレートが赤く変わる。
【06-04 : OUT AREA】
血に濡れた鉄板の周囲へ、赤い縁取りが走った。
(やっぱり。死体が残ったマスも、重量構成が変わった時点で死ぬ)
私は06-06で足元の拘束が解けるのを待ちながら、朝倉の死体と、その周囲にいる人間を観察する。 誰も近寄らない。
当然だ。
アウトエリアの意味はまだ正体が分からない。 ただ、さっきの表示と赤い警告色を見る限り、わざわざ踏みに行く理由はない。踏んでしまった場合、朝倉のように処刑予約されてしまったりすれば、成す術がないからだ。
私は迷わず、次踏むマスへ視点を定めた。他のプレイヤーたちも同様だ。
――ただ、1人を除いて。
黒瀬悠真は06-08で足元へ視線を落とした。錆と油に紛れて転がっていたのは、掌ほどの小さな金属製の牽引フックだった。大きく湾曲した鈍い鉤の根元に、カラビナが1つ付いている。刃物のような鋭さはない。
けれど、黒瀬もまだ動けない。
スマートウォッチの残り時間は40秒台。前半30秒のマグロックが、黒瀬のセーフティブーツを06-08へ縫いつけたままだった。
黒瀬はその場にしゃがみ込み、手の届く位置にあったフックを拾い上げる。腰の後ろ、タクティカルベルトの薄いポーチから3メートルほどの黒いウェビングを引き出し、フック根元のカラビナへ通した。
足は動かない――が、腕まで固定されているわけではない。
「何する気だ、あいつ」
首を傾げたライトが呟くが、黒瀬は答えなかった。フックとウェビングを繋ぎ終えると、残り時間だけを見る。
『00:30』
ガチャン、と造船所中で同時にマグロックが解除された金属音が鳴った。
私も次のマスへ動き出し、黒瀬も同時に行動を開始した。
黒瀬は、赤く表示された06-04だけは踏まなかった。
残り30秒で固定が外れると、06-08から06-07、06-06、06-05へ。いずれも、その時点ではアウトエリアの表示の出ていないプレートだ。
06-05まで来れば、朝倉の死体が残る06-04は隣だ。
黒瀬は境界線の手前で止まり、ウェビングを短く持った。牽引フックだけを06-04へ放る。
1度目。
鈍い鉤は朝倉の脇を滑り、血に濡れた鉄板を鳴らした。
2度目。
湾曲したフックが、朝倉のタクティカルベストの肩ベルトへ噛んで、黒瀬が軽く引く。
外れない。何度か引く動作をして、完全にフックが死体にかかったことを確認した。
「……なるほど」
私が呟く。
「なにが?」
ライトが顔をしかめる。今の動作を見て理解ができなかったのだろうか。アウトエリアと表示されたマスに物を投げ入れてもなにもアクションがない。つまり、人間が入らなくても、物だけならアウトエリアの中に入れられる。
あのウェビングについたフックを使って、物を引き寄せることも可能になるということ。
黒瀬はそのまま一気に引かず、残り時間を見て、朝倉の身体を06-04から06-05へ1枚だけ滑らせる。頭、肩、胴。最後に重心が境界を越える。
ただし、完全停止は待たない。
朝倉の身体がまだ惰性で動いているうちに、黒瀬自身は06-05から06-06へ戻った。
1秒。
朝倉の死体が06-05で止まり、黒瀬は06-06でターンを終えることにしたようだ。
【OBJECT : 44.2kg】
『00:00』
【CURRENT LOAD : 58.0kg】
【RANGE : 50.0kg - 100.0kg】
【SAFE】
死体を引きずる無駄な行動に、気づいていない面々は、その不可解な行動に顔を顰める。
普通の完成なら、死体を弄ぶ行為は死を冒涜する行為に等しい。嫌悪感を感じたりするのは、普通の人間の感情として当然のことだが――。
私は、冷静に、これもひとつの攻略法で、妨害工作なのだと感心した。
…………。
『ターン 5』
表示更新と同時に、06-05の縁が赤く染まった。
【06-05 : OUT AREA】
「……やっぱりな」
朝倉の死体が乗ったエリアの通知を見て黒瀬が笑った。
1度、物体構成を変えたプレートは、次の移動フェーズに移る段階でセーフからアウトになる。
黒瀬は06-06にいて、人間が06-05へ入ってはいない物の、重量自体が初期値から変更されただからだろうか、誰も立ち止まっていない、死体が乗ったエリアはアウトエリアと表示されていた。
ただ、自分が乗れるプレートに乗ればいいと言うわけではない。物を置いたり、計測の時に重量が確定してしまえば、もうそのマスを通ることができないことを意味していた。
黒瀬は、朝倉の死体を使い、またひとつのルールを開示した。
――前半30秒。
マグロックで足を固定されたまま、ウェビングの張りだけを調整する。朝倉の死体は赤い06-05に残っているが、フックと帯は繋がったままだ。
『00:30』
ガチャン。
黒瀬は06-06から07-06へ下り、07-05へ回った。死体もそれに合わせて、下にひっぱられる。
境界の外からウェビングを引き、朝倉の身体が06-05から07-05へ1枚だけ滑る。
黒瀬は07-05に死体が完全停止する前に、隣の07-04へ退いた。
黒瀬は07-04。朝倉の死体は07-05で停止した。
前のターンのマスとは違う、06-06とは別のプレートだ。
【07-05 : OUT AREA】
私たちが経っているプレートの後ろで、踏み入れないマスがまた増えた。
「まだやる気かよ……」
ゲームでたまに見る、教会の人間が遺体が入った棺を墓地まで引きずる絵面と重なって見える。ライトが青い顔で言った。
皆、自分の命を大切にして、限られた時間の中で安全なマスを探す中で、1人だけ異様な光景に、他の参加者も同意するように首を縦に振る。
このゲームは、所謂椅子取りゲームのような側面を持っている。
私たちが進んできた道は、背後が赤のマスだらけ。逃げようにも後ろに下がる術はもうないだろう。
ああやって、死体を引き、アウトエリアを増やすことで、全体の生存率を下げ、逃げ場を失くすのも、ひとつの攻略法だ。
ただ、自分の生存率も下がってしまう。オッズ型ではない今回のゲーム形式ではナンセンスな攻略法だが、黒瀬が生き残れば、ゲームを引っ掻き回す役として観客からの受けはいいのかもしれない。
ただ、ライトを含む初心者たちは、赤色のマスが増えていくことにまだ気づいていないようだった。
口元を押さえ、自分の近くに近寄るなと、本能的な嫌悪感からの拒絶の意思を示すだけだった。
…………。
『ターン 6』
黒瀬は07-04にいた。その隣の死体は07-05。
前半30秒は足を動かさない。ウェビングを弛ませず、死体の肩を境界寄りへ寄せるだけの時間が続く。
30秒が経過し、重量を見ながら黒瀬は08-04へ下り、そのまま08-05へ。
そこでウェビングを引き、朝倉の重心を07-05から08-05へ越え、黒瀬だけ08-06へ抜けたところで移動の時間は終わりを告げる。
【OBJECT : 44.2kg】
00:00。
黒瀬、08-06。
【CURRENT LOAD : 58.0kg】
【RANGE : 40.0kg - 100.0kg】
【SAFE】
朝倉、08-05。
さらに同じターン、
ライトは09-10へ滑り込んだ瞬間、また赤い表示を引いた。赤い液晶を見て、額に脂汗を滲ませながら顔を強張らせる。
【PENALTY SCORE : 3】
「なんで俺ばっかなんだよ!」
皆が慎重に1マスを進む中、ライトは、スキャンもせず、そのマスが安全かどうか乗って確かめていた。また、黒瀬の行動ばかりに目が行ってしまい、注意散漫になっていたのもあるだろう。
私は、自分のスマートウォッチを見ながら、文句を垂れるライトに助言した。
「踏む場所が悪いからでしょ」
「知ってたら踏まねえよ!」
「だからブーツ履いてるんでしょ。スキャンしなよ」
「1枚しか見れねえじゃん!」
ブーツのスキャン機能をもったいぶって使わないライト。1ターンに1回1マス選んでスキャンできるのに、もったいないからと毎回のスキャンを使わない。無駄だと思っているが、私は、そうとは思わない。
お金もそうだ。あるだけではただの紙切れだけれど、売って、買って、物を手に入れることで初めて意味が生まれる。
「1枚見えるだけでも違う」
自分より弱そうに見える女の偉そうな助言に、ライトは舌打ちをした。顔はいいけれど、こういう無礼な態度は夜の人間特有の性格なのかもしれない。――でも、やけくそになってブーツは脱がなかった。
一応はブーツの価値を理解する頭があるのだろう。
私は、らしくないおせっかいをやいて、次のフェーズを待った。
…………。
『ターン 7』
【TURN 6:07-04,07-05,08-01,08-02,08-03,08-04,08-08,08-09,08-10 : OUT AREA】
第10列。全員が無言になった。第5列で、ただの通路ではないと分かっている。1列ほぼ全てになにかしらの行動を封じる罠があったこと、6~8列目までにないということは、恐らく、感覚的に、1列に罠が仕掛けられている列があることに多くの人間は気づいている。
さらに、そのマスを踏むと、ペナルティのポイントが1個加算される。20列あるこのマスで、仮に5マス感覚で進めば、ペナルティポイントはデフォルトで4つ付与される。これがまた別のマスで加算されることを考えると、一定数のポイントを得てしまえば、なにかしら私たちに不都合が起こる。
デスゲームとはそういう設計されているのだと考えた方がいい。
でも、ここで立ち往生もしてられない。2度同じマスを踏むという愚行もできない。後ろに下がることもできない。
狂人が、死体を引きずり、安全なマスを徐々に減らしているのだから、彼に踏み荒らされる前に、安全を確保して、先に進みたい。
黒瀬は今、08-06、08-05は朝倉の死体がある。
【08-05 : OUT AREA】
前半30秒。
黒瀬はアウトエリアへ足を入れず、境界越しにウェビングを張る。
00:30。
拘束解除。
黒瀬は、朝倉の死体を09-05に置き、黒瀬自身は09-04へ。
【CURRENT LOAD : 58.0kg】
【SAFE】
黒瀬の行動に、皆が慣れてきた頃、私を含むプレイヤーは1歩先へ進む。死体を1枚運ぶ度、黒瀬は先頭から遅れていく。
それでもウェビングを切る気も、朝倉の死体を置いていく気配もない。
私は重量を測り、安全地帯だとわかってから09-08から10-08へ。 足元が2秒遅れて鳴った――その時だった。
【DELAY】
――ガチャンッ。
「――ッ!?」
踏み入れて2秒のラグの後にその通知音が鳴り、足元がマグロックされる。計測フェーズの時のように動けなくなるが、10秒後、足の拘束が解除される。
痛くないが、移動時間が減るというのはストレスだ。このマスを踏めば、実質的な移動時間は20秒。しかも、移動フェーズギリギリに踏んだら、そのマスでしか止まれないことも意味をする。
厄介な罠に、拘束系の罠にも十分に気をつけなければならない。
まだ、重量が安全圏だったからよかったものの、ライトのように、スキャンせずに踏んだマスがこういう罠だった場合、強制的に処刑対象になりかねない。
検問帯は慎重に選ばなければならないなと改めて、大切さに実感していると――。
遠くで真壁玲が叫んだ。
「――きゃあッ!?……………うぐッ」
10-03。 彼女の足元に赤い警告が鳴った。雷に打たれたみたいに身体が痙攣する。衝撃で身体が崩れ落ち、まるで粘着シートを踏んだネズミのように地面に固定されてしまう。
タクティカルスーツにも金属が仕込まれているせいで、強力な磁気に張り付いてしまったのだ。
「…………待って! 動かない!」
【IMPACT】
【GATE KEY】
「キー……!」
焦りを見せた真壁だったが、その後に通知されたゲートキーに緊張が緩む。ゲート前までこれたとして、鍵を手に入れなければ脱出すら試みれないのだ。鍵を持っていないプレイヤーは、自分のスマートウォッチを見比べながら、真壁を睨む。
――けれど。
真壁は一瞬、喜んだ表情は、スマートウォッチに表示された重量帯を見て、表情が消える。
【RANGE : 70.0kg - 100.0kg】
【CURRENT LOAD : 53.0kg】
【BAND : H70】
「……え、足りない……?」
真壁の表示に出たH70という略号を見た瞬間、私はターン2のロードスキャンで見たL50を思い出し、最初は「H70なら70kgが上限だったっけ」と考えかけたものの、目の前のレンジは70kgから100kgまでになっているのだから逆で、Hは境界より重い側、Lは境界より軽い側を示しているのだとようやく理解した。つまりH70なら70kg以上、L70なら70kg未満で、同じ数字でも頭の一文字によって安全側が反転する。
これなら、毎回すべてをロードスキャンで確認できなくても、見えている重量帯の記号から明らかに自分と合わないプレートを候補から外し、本当に迷う一枚だけをスキャンへ回せる。ここまで何度も見てきたHやLは飾りではなく、限られた確認回数を補うための情報だったのだと分かったが、その理解が間に合ったところで、53kgしかない真壁がH70に届かない事実だけは変わらなかった。
「真壁!」
誰かが叫ぶ。 本人も分かっていた。 重量は上限だけを気にしていいわけではない。 下限がある。 重すぎてもいけないし、軽すぎても、死ぬ。
「いや、待って、じゃあ何か……何か載せれば……!」
彼女は周囲を見回す。 でも身体がまともに動かなければ物を取りに行くこともできない。唯一期待できるのは、誰かが真壁のところまで安全にフェーズを終えられるまでの重量を確保すること。
そう、今、黒瀬が手にしている死体とか。
「黒瀬さん……ッ!」
真壁は藁にも縋る思いで、死体を引きずる黒瀬に懇願した。しかし、黒瀬は、にたりと薄気味悪く嗤うだけ。
他人を潰すために、死体を引いているのに、他人を助けるなんて、生存枠を1つ減らす愚行なんてしない。
私も、同じ立場ならそうだ。
「お疲れさん」
マスティフは挑発的に呟いた。私も、心の中で「ご愁傷様」と手を合わせた。
――そして、00:00。
【UNDERWEIGHT】
「やだ……」
【GATE KEY : PENDING】
「お願いっ……!」
まだ【GATE KEY : PENDING】の表示が残っているのを見て、真壁の顔に一瞬だけ希望が戻る。――でも、キーの取得はウェイに成功した後でなければ確定しない。
ドンッと鉄塊が落ちた。
真壁のいた10-03が赤く染まる。 鍵のアイコンも消えた。ゲームに慣れてきた思考で出てきたのは、真壁の死を悼む言葉じゃない。白石は、赤く染まったプレートを見て、落胆した。
「……あの女、キーを持ったまま死んだ」
白石雫が、小さく呟いた。 ――そう。 未取得のキーは、そのマスごと失われる。 さらに、隣の10-04では神谷蓮が青ざめていた。危険を煽るようなアラートが鳴り、彼のスマートウォッチは赤く色づいていた。
【EX-1 / RESERVED】
朝倉と同じ通知だった。神谷は顔を真っ青にさせながら、目をひん剥かせる。
「嘘だろ……」
朝倉がどうなったのか。今、隣の真壁がどうなったのか見て来た彼なら、この通知が確定に近い死に近づいたことだと理解できた。神谷は周囲を見渡し、少し先に序盤で取得したハンマーを片手に腕を組んで立っている大男――マスティフを見る。
「なあ! あんた慣れてるんだろ!? どうにかできないのか!」
マスティフは10-06で、自分の表示を確認するだけだった。ただでさえ重く、ハンマーを持ってさらに移動を制限をかけてもここまで生き残るとは。さすがに経験者だ。
その時、マスティフの足元に、見慣れない刻印が浮かんでいることに気づいた。
【CAL-08】
10-06の重量帯だけを見れば、80kgあるマスティフは明らかに条件から外れているはずなのに、本人は慌てて移動しようともせず、足元に最初から置かれていた8kgのスナッチブロックにも触れないまま、その場で計測を待っている。
【CALIBRATION SAFE】
【RANGE CHECK : EXEMPT】
処刑は起きなかった。
何が免除されたのかまでは分からないが、少なくともCALの刻印があるマスでは、通常の重量帯とは違う判定が働くらしい。
マスティフは冷静に言い返す。
「自分の命だ。自分で守るんだな」
「ふざけんな! 次で死ぬんだぞ!」
「だから?」
「……は?」
「お前が死ぬことと、俺が生きることは別問題だ。これが協力して生き残る方が有利ならともかく、メリットのない人間を、危険を冒してまで助ける義理はない」
神谷の顔が引き攣る。 マスティフは冷たい目で周囲の盤面を見る。
「むしろ、予約持ちが1人いる方が次の挙動を見られる。役に立て」
その言葉で、空気が変わった。 黒瀬ですら、一瞬だけ笑みを消した。 ライトが吐き捨てる。
「クソ野郎……」
簡単に切り捨てたマスティフに、ライトは鼻で笑った。
「ここに善人が来てると思ってんのか、ホスト野郎」
…………。
『ターン 8』
表示が切り替わる。
――神谷の処刑予約は消えない。
私は理解していた。 次のターンで、また1人死ぬ。
そして、きっと、誰にも彼の命は助けられない。




