第23話(最終回):未来への大投資と、満期を迎えた幸福
帝都の空は、バルカスの残党が暴走させた大結界によって、不気味な赤黒い光に染まっていた。
中心部へと向かうステラとレオンハルトの前に、魔力を暴走させた最後の魔導人形たちが立ち塞がる。だが、その群れを前にしても、レオンハルトの足が止まることはなかった。
「我が子の、そしてステラの愛する帝都を汚す泥棒どもめ。一シルの価値もない塵へと還してやる!」
レオンハルトが聖剣を振るうたび、圧倒的な漆黒の烈風が走り、襲いかかる人形たちを塵へと変えていく。一人の父親として、そして皇帝としての彼の背中は、どんな絶望をも撥ね退ける絶対的な盾だった。
その背中に守られながら、ステラはヴィンセントから託された黄金の鍵を胸に抱き、結界の核である『大魔導礎』へとたどり着いた。
礎の周囲では、黒い魔力が渦巻き、今にも大爆発(破産)を起こそうと臨界点を迎えている。
「ステラ、今だ! お前の信じる通りに運用しろ! 責任はすべて、この私が取る!」
「ええ、レオンハルト様。お任せくださいな!」
ステラは一歩前へ踏み出し、黄金の鍵を大魔導礎へと差し込んだ。
彼女の体内から、かつてないほどの純白の魔力が爆発的に溢れ出す。
その瞬間、ステラの脳裏に亡き母の優しい笑顔が浮かんだ。
かつて王国で彼女が着せられていた、どんなに虐げられても破れなかった『灰色のドレス』。それは、周囲の悪意からステラを守るための繭であり、この日のために純粋な魔力を極秘裏に貯蓄しておくための『秘匿口座』だったのだ。
「バルカスの残党、そして過去の因習に囚われた者たちへ、最終通告ですわ」
ステラの透き通るような蒼い瞳が、暴走する大結界の数式を完全に捉えた。
「あなたたちの仕掛けた暴走は、あまりにも杜撰な赤字経営。これより、この大陸の全魔力を私の名義で『完全買収』し、健全な市場へと開放いたします!」
ステラが鍵を回すと、黄金の光が赤黒い渦を瞬時に飲み込んでいった。
暴走していた負の魔力は、ステラの圧倒的な資本力によって強引に清算され、純度の高い光の粒子へと変換されていく。
帝都の夜空から、きらきらと輝く純白の光の雨が降り注いだ。
その雨に触れた領民たちの体からは疲労が消え去り、枯れかけていた街の木々が一斉に瑞々しい緑の葉を広げた。
完全なる債務整理。帝都を揺るがした最大の危機は、ステラという天才投資家の手によって、帝国史上最大の『富の分配』へと塗り替えられたのだった。
それから、数年の月日が流れた。
かつての魔法王国は完全に解体され、帝国の『新開拓特区』として生まれ変わっていた。
そこでは、かつて傲慢だったユリウスやバルカスたちが、魔力に頼らない真の労働の喜びを学び、日々土に這いつくばって健全な汗を流している。彼らにとって、それは果てしない贖罪であり、同時に初めて得た『自立』という名の人生の適正価格だった。
そして、陽光が降り注ぐ帝都の皇宮庭園。
「ママ! これ、ルークからの、とうし!」
元気な声を上げて走ってきたのは、少し大きくなった五歳のルークだった。
彼は小さな手で、庭園に咲く一番美しい紅い薔薇の花をステラへと差し出した。
「あら、ルーク。この薔薇の投資に対する、ママからの配当は何かしら?」
ステラが優しく微笑むと、ルークは嬉しそうに胸を張った。
「夜のご飯のとき、ルークをいっぱいギューってして! それが、最高のりそく!」
「ふふっ。素晴らしいリターン計画ですわね。喜んでお支払いいたします」
ステラがルークを抱きしめると、その後ろから、大量の書類を抱えたレオンハルトが血相を変えて走ってきた。
「ステラ! 大変だ! ルークが先ほど、ヴィンセントとカイトを巻き込んで、帝都の歴史ある商業ギルドの株を半分買い占めてしまったらしい! 財務卿が嬉し泣きで気絶している!」
相変わらずの親バカ全開でパニックを起こしている皇帝に、庭園の木陰から姿を現したヴィンセントが、やれやれと首を振った。
「相変わらず器の小さい皇帝殿だな。ルーク様は、ギルドの非効率な流通経路を監査し、適正な価格に修正されただけだ。将来が楽しみな筆頭株主殿だよ」
カイトも影から音もなく現れ、深く頷いた。
「ルーク様の投資眼は、すでに皇后陛下に並びつつあります」
レオンハルトはルークを抱き上げ、頬をすり寄せた。
「さすが我が息子だ! だが、お前がどれだけ偉くなっても、私のステラへの愛の総資産には敵わんからな!」
「レオンハルト様、子供相手に何を競っていらっしゃるのですか」
ステラは呆れつつも、心からの幸福に満ちた笑顔を咲かせた。
かつて地味で無能と蔑まれ、すべてを奪われて国を追われた少女。
しかし彼女は、自らの価値を信じ、最高のパートナーと出会い、世界で最も温かい『家族』という名の資産を手に入れた。
レオンハルトの広い胸に寄り添いながら、ステラはそっと自分のお腹と、ルークの頭に手を当てた。
(私の人生最大の投資は、大成功、そして……永遠に右肩上がりの幸福ですわ)
青く澄み渡る帝都の空に、祝福の鐘の音がどこまでも響き渡る。
最強の投資家皇后と、彼女を溺愛する暴君皇帝が紡ぐ物語は、満期を迎えた最高のハッピーエンドと共に、未来へと続いていくのだった。




