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『魔力貯金』を全額引き出した聖女、婚約破棄してきた王太子を無視して隣国の皇帝に全額投資(溺愛)される  作者: 葉山 乃愛


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第21話:神童の初取引と、過保護の暴走

「カイト、今すぐ帝都中の最高級玩具をすべて買い占めろ。それから、ルークの部屋の床をすべて、衝撃を完全に吸収する特級の魔導クッションに張り替える。予算はいくら使っても構わん!」



帝都ヴァロージアの皇宮。かつて冷酷無比な暴君と恐れられた皇帝レオンハルトは、今や見る影もなく、頭を抱えて執務室を右往左往していた。



彼の視線の先には、ふかふかの絨毯の上で、積み木を真剣な顔で見つめる二歳の男の子がいた。



彼の名はルーク。レオンハルトとステラの間に生まれた、帝国の第一皇太子である。父親譲りの美しい銀髪と、母親譲りの透き通るような蒼い瞳を持つその幼子は、言葉を覚え始めたばかりだった。



「陛下、落ち着いてください。先ほどから同じ命令を十回は聞いております。それに、カイト殿は現在、ルーク様の『お昼寝用の最高級毛布』を南方の商国まで買い付けに行っており、不在です」



新任の財務卿が、もはや諦めの混じった溜息をつきながら書類をめくる。



「黙れ! ルークが先ほど、積み木を積み上げながら何と言ったか聞いたか!? 『コスト、パフォーマンス』だぞ! 二歳にして、この大陸の経済の本質を見抜いている! 天才だ、今すぐルーク専用の国家ファンドを設立する!」



「レオンハルト様。過剰な資金供給(流動性)は、市場を歪めるだけでなく、子供の教育にとっても最大の損失になりますわ」



冷涼で、しかし心地よい声が響き、執務室の空気が一瞬で引き締まった。



現れたのは、皇后ステラだった。彼女は相変わらず優雅な所作で、慌てふためく夫の前に歩み寄り、その熱くなった額に冷たいおしぼりをそっと当てた。



「お、おぅ、ステラ……。だが、ルークの才能は本物だ。私の武力と、お前の投資眼を完璧に引き継いでいる。放っておけば、奴は三歳で帝都の全資産を買い叩いてしまうかもしれん」



「ふふっ。それならそれで、私の良いライバルになりますわ」



ステラはしゃがみ込み、ルークの小さな頭を優しく撫でた。すると、ルークは小さな手で、自分が綺麗に四角く並べた積み木の一つをステラへと差し出した。



「はは、これ、あげる。そのかわり、ママの、きらきら、ちょうだい」



ルークが指差したのは、ステラの胸元で淡く光る、純度の高い魔石のブローチだった。

ただの子供の我が儘ではない。ルークの小さな蒼い瞳は、その魔石が持つ『真の価値』を完全に理解し、自分が差し出した積み木という労働の対価と、どう見合うかを計算しているような、奇妙な鋭さを持っていた。



「あら。二歳にして等価交換の原則ディールを仕掛けてくるなんて、本当に将来が楽しみですわね」



ステラは嬉しそうに微笑み、ブローチを外してルークの小さな手に握らせた。



「ルーク。これはママからの『先行投資』ですわ。あなたがこれをどう運用するか、楽しみに見ていますね」



「うん! ルーク、がんばる!」



ルークは満面の笑みを浮かべ、魔石を大切そうに自分の小さなポケットに仕舞い込んだ。

その様子を、レオンハルトは感動のあまり涙ぐみながら見守っていた。



そこへ、部屋の隅の影が不自然に揺れ、隠密部隊の衣装を纏ったカイトが音もなく姿を現した。彼の腕には、レオンハルトに命じられた最高級の毛布がしっかりと抱えられている。



「……皇后陛下、カイト、ただいま戻りました。毛布の買い付けと同時に、情報局より緊急の報告がございます」



カイトの表情が、一瞬でプロの隠密のそれへと変わる。



「かつて失脚した財務卿ザイードが、失脚直前に帝都の極めて目立たない場所に隠匿したとされる、最後の『裏金庫』の存在を確認しました。……ですが、その金庫には、触れた者の魔力を無限に吸い尽くす、非常に悪質な『即死級の防衛呪術』が施されています」



カイトの報告に、レオンハルトの瞳が冷たく細められた。



「ザイードめ、往期が悪いな。死に損ないの蛇が、まだ帝都の足元で資産を隠していたか。……ステラ、私が今から軍を率いて、その金庫ごと物理的に消滅させてくる」



「お待ちください、レオンハルト様。そんな乱暴なことをすれば、中に眠る貴重な資産まで霧散してしまいますわ」



ステラが顎に手を当て、思考を巡らせようとした、その時だった。



ステラの足元で遊んでいたはずのルークが、トコトコとカイトの元へ歩み寄り、そのズボンの裾を引っ張った。



「カイト、それ、ルークが、あける」



「……えっ? ルーク様、それはあまりにも危険です」



カイトが困惑して膝をつくと、ルークは先ほどステラから手に入れた魔石のブローチを取り出し、カイトが持っていた報告書の地図の上に、正確にコト、と置いた。



その場所は、地図に記された隠し金庫の座標とは、僅かに数センチずれた『何もない路地裏』の場所だった。



「ここ、うそ。本当は、こっち。黒いへびが、泣いてるもん」



ルークの小さな指が指し示した場所から、ステラの魔力眼にも、レオンハルトの直感にも、これまで誰も気づかなかった『真の魔力の歪み』が鮮明に浮かび上がってきた。



ザイードが用意していたのは、偽の金庫を餌にした、帝国中枢を爆破するためのトラップだったのだ。そして本物の資産は、ルークが指差した、全く別の場所に眠っていた。



「……ルーク。あなた、今、何が見えているの?」



ステラが驚きを含んだ声で問いかけると、ルークは無邪気に笑った。



「きらきらがいっぱい! でも、中に、へんな『おじさん』が閉じ込められて、助けてって言ってるよ?」



ルークが放ったその一言に、執務室の全員が息を呑んだ。

ザイードの隠し金庫の中に眠っているのは、金塊や魔石ではない。……『生きた人間』。それも、ルークにしか感知できないほどの、特殊な魔力波形を持つ人物だった。



「……まさか、王国のあの事件の生き残りが、まだそんな場所に……?」



ステラの脳裏に、かつて自分が魔法王国で過ごした日々の、ある『未回収の記憶』が呼び覚まされる。



最高の家族に囲まれた幸せな日常の裏で、帝都の地下に隠された、過去と未来を繋ぐ最後の扉が、いま二歳の神童の手によって開かれようとしていた。

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