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『魔力貯金』を全額引き出した聖女、婚約破棄してきた王太子を無視して隣国の皇帝に全額投資(溺愛)される  作者: 葉山 乃愛


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第17話:皇帝のパニックと、鉄の公爵夫人の介入

「……全軍、待機。いや、解散だ。いや待て、やはり城内のすべての角を丸く削れ。絨毯は今の三倍の厚さにしろ。階段は危険だ、すべてスロープに作り替えろ。急げ!」



帝都ヴァロージアの皇宮。朝の政務会議の場で、皇帝レオンハルトの怒声が響き渡った。



並み居る重臣たちは、開いた口が塞がらない。かつて戦場で「血塗られた暴君」と恐れられた男が、今は今朝届いた『皇后陛下の懐妊』というニュース一つで、正気を失わんばかりに狼狽している。



「陛下、落ち着いてください。城内の角をすべて削るなど、物理的に不可能ですし、ステラ様もそこまでは望んでおられません」



新任の財務卿が必死に宥めるが、レオンハルトの耳には届かない。



「黙れ! 私の『全財産』に万が一のことがあったらどうする! ステラは、私の命そのものなのだぞ。……そうだ、空気だ。帝都の空気を浄化する魔導具をもっと増設しろ。不純物が一粒でもステラの肺に入ることは許さん!」



皇帝のパニックは、もはや帝都の新たな伝説になりつつあった。



そんな喧騒の中、皇后の執務室で穏やかにお茶を飲んでいたステラのもとに、予期せぬ客人が訪れる。



「……相変わらず、この城の男たちは騒がしいわね。特に、あの出来損ないの甥っ子は」



扉を悠然と開けて入ってきたのは、見事な銀髪を高く結い上げ、背筋を真っ直ぐに伸ばした老婦人だった。



彼女の名は、エルフリーデ・フォン・ヴァロージア。レオンハルトの叔母であり、先代皇帝の時代から帝国の外交と儀礼を一手に引き受けてきた「鉄の公爵夫人」である。



「エルフリーデ様。……お久しぶりですわ。北の別荘で静養されていたのでは?」



ステラが礼儀正しく立ち上がると、エルフリーデは鋭い、しかしどこか慈愛の混じった瞳でステラを上から下まで眺めた。



「ステラ、座りなさい。妊婦を立たせておくほど、私は無作法ではないわ。……ふん、あのアホな甥っ子が夢中になるのも分かるわね。あなたは、ただの魔力の器ではない。この帝国を『運用』する知恵を持っている」



エルフリーデはステラの向かいに座ると、テーブルの上に古びた小箱を置いた。



「これは、あなたの母親が、まだ魔法王国にいた頃に私へ託したものです」



「母が……? でも、母は私が幼い頃に亡くなったはずです」



ステラが驚きに目を見開くと、エルフリーデは静かに頷いた。



「あなたの母は、王国の腐敗を予見していた。だからこそ、自分の娘に『無能の呪い』という名の守護をかけたのよ。……ステラ、あなたが着ていたあの『灰色のドレス』の素材を覚えている?」



ステラは記憶を辿った。王国で虐げられていた頃、どんなにボロボロになっても、不思議とそのドレスだけは破れることがなかった。



「あれは、あなたが魔力を完全に開花させるまで、あなたの魂を外部の悪意から隠すための『繭』だったの。……あなたの母は、あなたがいつか真の投資家として、自分自身の価値を正しく評価できる相手に出会うことを信じていた」



箱の中から現れたのは、透明な糸で織られた、目も眩むような美しい産着だった。



「これは、あなたが真の聖女として覚醒した時、その子に受け継がれるべき『祝福』。……ステラ、あなたのポートフォリオには、まだあなたが気づいていない『隠し資産』が眠っているのよ」



エルフリーデの言葉に、ステラの胸の奥で、幼い頃に失った母の温もりが蘇る。



自分が「無能」とされていたのは、虐げられていたからではない。母の深い愛によって、本当の価値を見抜ける「最高のパートナー」に出会うまで、守られていたのだ。



「……ありがとうございます、エルフリーデ様。母の想い、しっかりと受け取りましたわ」



ステラが産着を愛おしそうに抱きしめると、そこへ慌てふためいたレオンハルトが飛び込んできた。



「ステラ! 大丈夫か! 変な老婆に絡まれていないか! ……って、叔母上!? なぜここに!」



「相変わらず失礼な男ね、レオンハルト。……ステラ、この男がパニックを起こして城を解体し始めたら、すぐに私に言いなさい。私がこの杖で、彼の頭のネジを締め直してあげるから」



「な……! ステラ、叔母上の言うことを真に受けるなよ!」



レオンハルトがステラの隣に座り、子供のように彼女の肩に寄り添う。

その姿を見て、エルフリーデは満足そうに微笑み、優雅に立ち去っていった。



「……レオンハルト様。私、この子のために、新しいプロジェクトを立ち上げたいですわ」



「何でも言ってくれ。帝国をもう一つ作るか? それとも海を埋め立てるか?」



「そんな大きなことではありません。……この子が生まれてくる世界を、より『公平な評価』ができる場所にしたいのです。血筋や魔力ではなく、その人の本質を見て、正しく投資ができる世界。……それが、母から受け取った最後の宿題ですもの」



ステラの瞳には、未来を見据える投資家としての輝きと、子を想う母としての優しさが混ざり合っていた。



帝国の「最強の家族」が紡ぐ物語は、血の繋がった絆という新たな資本を得て、さらに強固なものとなっていく。



だが、ステラはまだ気づいていない。

エルフリーデが持ってきた小箱の底に、もう一枚、魔法王国の真の成り立ちに関わる『隠し契約書』が残されていたことに。



それは、ステラとレオンハルトの子供が、ただの皇太子以上の「運命」を背負うことを暗示していた。

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