第29話
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◇
腹がぱんぱんに膨れた子紬たちと一緒に、私は壊れた街のど真ん中で、暗黒盆踊りみたいなものを踊りながら掲示板を眺めていた。
子紬たちは、ぴいぴい鳴きながら小さな手を振り、血まみれの足でくるくる回り、ときどきその場へぺたんと尻もちをついては、また何事もなかったみたいに立ち上がる。
私も私で、満腹で重くなったお腹を抱えつつ、ふらふらと手だけ上げて、意味もなく左右へ揺れていた。
盆踊りというにはあまりにも邪悪で、祝祭というにはあまりにも終わっていて、でも当人たちだけは妙に楽しげ。
我ながら、だいぶ嫌な絵面だわ。
それでも、ほんの少し前までの私は確かに浮かれていた。
街ひとつ食い尽くして、たらふく食べて、称号まで手に入れて、そのうえ配信の向こうでは、怖がられながらも、引かれながらも、ちゃんと見られていたのだから。
暴食さん。
化け物。
終末イベント。
王都来るな。
島流し。
ひどい言われようだとは思う。思うけれど、完全に無視されるよりはずっとマシだ、とどこかで思ってしまっている自分がいるあたり、私も本当に終わっているのよね。
「Part1、なのね」
私は少しだけ笑ってしまった。
まだ続くつもりでいるのだ、あの人たち。
呆れて、怖がって、引いて、笑って、それでも続きを見ようとしている。
……本当に、人間って変な生き物よねぇ。
でも、そんな変な生き物たちの中へ混ざりたいと、私がずっと願ってきたのもまた本当なのだ。
こんな形でも、ちゃんと見られていて。
こんな形でも、ちゃんと反応が返ってきて。
こんな形でも、私はたしかに“社会”へ触れている。
それが嬉しいのか、悲しいのか、自分でもよく分からなかった。
私は壊れた街の真ん中へごろんと寝転がり、掲示板のスクロールを指先でだらだら追っていた。
白梟工房街壊滅。
暴食さん。
子暴食。
王都来るな。
島流し。
親がかわいそう。
食費二百四十万。
……最後のやつ、本当に余計なのよね。
「うぅん……」
喉の奥で、情けない唸り声が漏れた。
褒められているわけじゃない。
受け入れられているとしても、まっとうな意味ではまるでない。
でも、完全に無視されるよりはずっとマシだ、と思ってしまう自分がいるあたり、本当に救いがないわ。
「……勝手にしてちょうだい」
そう呟いたものの、声にはあまり覇気がなかった。
だって、ゲーム内では朔が襲撃するために向かってきている、と掲示板にあったのだもの。
おお、こわ。
「ログアウトしーましょ」
私は半ば反射で、システムメニューへ指を伸ばしかけた。
その瞬間だった。
……あら。
リアルでは、朔がおばあちゃん家の前で出待ちしているのでは。
そう気づいた途端、私の背筋へ氷水みたいなものがするすると流れ落ちた。
そうだったわ。今の私は、自宅じゃなくておばあちゃん家のゲーム機からダイブしているのよね。
つまり、ログアウトした瞬間の帰還先は“安全地帯”ではない。
朔に場所が割れている以上、むしろ袋小路じゃないの。
「…………」
嫌な沈黙が落ちた。
ついさっきまで、配信だの掲示板だの、ちょっとだけ社会へ混ざれた気がして、盆踊りなんて踊っていたのに。
その現実側の出口に、青龍偃月刀とチェンソーを持ったサディスト妹が立っている可能性が急浮上してきたのだから、笑えないにも程があるでしょう。
ゲーム内に残れば、オーガ化した朔に斬られる。
ログアウトすれば、リアル朔に捕まるかもしれない。
つまり、どっちへ転んでも地獄なのよね。
脳裏へ、嫌な記憶がいくつも蘇る。
ペンチで指を砕かれたこと。
火炎瓶を投げ込まれたこと。
軽トラ。
生き埋め。
便器。
イナズマ椅子。
ろくでもない単語ばかり綺麗に並ぶあたり、私の人生、本当にどうなっているのかしら。
……いや、どうなっているも何も、原因のかなり大きな割合は私なのだけれど。
けれど、それを今ここで冷静に認め始めると心が折れるから、一旦そこは棚へ上げておくことにする。
高い棚が必要ね。天井付近まで届くような。
「いやいやいや……落ち着きなさい、紬。まだ確定じゃないでしょう。ネットの書き込みなんて、七割は悪ノリ、二割はデマ、一割が本当に致命的な真実よ」
最後の一割がいちばん駄目じゃない。
自分で言っていて、顔が引きつった。
しかも朔に関しては、その一割へ賭けた時の的中率が妙に高いのよね。
あの女、冗談みたいな脅し文句を、本当に実行へ移すのだもの。
普通は「殺す」と百回送ったところで、実際に行動へ移すのはそのうち零・一回未満でしょうに、朔は平然と期待値を裏切ってくる。悪い方向へ。
おばあちゃん家の前で待ち伏せ。
ない話ではない。
というか、わりと普通にあり得る。
あの女、人前では猫を被るくせに、その気になれば玄関の陰でにこにこ待ちながら、私が出た瞬間に無言で顎を砕いてくるくらいのことはする。
「やめてちょうだいよぉ」
私は思わず、情けない声で呟いた。
「どうしてこう、少し楽しくなってくると、すぐ地獄が追いかけてくるのかしら……」
答えなんて、たぶん最初から決まっている。
私が玉織紬だからだ。
そして、向こうが玉織朔だから。
要するに、世界が悪い。
少なくとも今この瞬間だけは、その結論で押し通させてほしいところだわ。
私はごろんと寝転がったまま、まだ空中へ残っていた掲示板ホログラムをもう一度睨んだ。
そこには、ついさっきまでの白梟工房街スレとは別に、すでに別のスレやコメントが立ち始めていた。
【害獣駆除配信始まった】
【オーガの女来るぞ】
【青龍偃月刀で草】
【いや草じゃない】
【暴食さん逃げて】
【逃げろ(切実)】
【でも見たい】
【それはそう】
「見たい、じゃないのよ……」
私は額へ手を当てた。
他人事だと思って、本当に気楽なのだから。
しかも最悪なことに、次の瞬間、【嗅覚増強】が遠くから漂う獣臭と鉄臭さを拾った。
この街の外縁。
こちらへ一直線に近づいてくる、魔物の匂い。
オーガ。
それも、ただの野良じゃない。
妙に人工的で、妙に鼻につく、見知った“中身”の気配。
「……やだ」
私は乾いた声で呟いた。
そこからは早かった。
遠くで、重いものを引きずるような音。
半壊した建物の梁がびり、と震える。
地面の上へ散っていた皿の欠片が、かすかに跳ねる。
壊れた街路の向こうで、まだ生き残っていた小型モンスターが一斉に逃げ出した。
来る前から、もう来ている。
ああ、もう、本当に嫌だわ。
その時だった。
遠くの通りの向こう。
まだ半壊した建物の隙間を縫って、影が一つ跳ねた。
角。
赤黒い肌。
手には長柄武器。
そして、電脳領域越しにも分かるくらい禍々しい殺気。
ぎり、と。
そのオーガの口が、裂けるみたいに開いた。
「ォ゛ォ゛お゛お゛い゛ッ!! どこだあのゴミクズゥゥゥッ!!」
もはや声になっていない。
怒声というより、呪詛と殺意をミキサーへ突っ込んで無理やり音へ変えたみたいな絶叫だった。
あっ、駄目。
これ本物だわ。
私は跳ね起きた。
「即ログアウト!」
その瞬間、さっきまで私の周りで満腹盆踊りを踊っていた子紬たちも、事態を悟ったらしかった。
ぴゃいっ。
ぴゃ、ぴゃいっ。
ぴぃぃぃぃぃっ!
まず一匹が私の肩へよじ登ろうとして失敗し、そのまま顔面へしがみついてきた。
次の一匹は屋根の残骸の裏へすっ飛び、頭だけ出してこちらを見ている。
もう一匹は完全に腰を抜かしたみたいにその場で尻もちをつき、細い手をばたばたさせていた。
残りはもう、秩序も何もない。
さっきまで【にんげん!】だの【ごはん!】だの言いながら街中を食い散らかしていたくせに、今は全員そろって、ぴゃいぴゃい泣きながら蜘蛛の子を散らすみたいに逃げ回っていた。
……分かるわ。
この恐怖、私由来だもの。
分体のくせに、朔への条件反射まできっちり共有しなくていいのに、そういうところだけ本当に律儀なのよね。
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさい! 分体のくせに私より取り乱さないでちょうだい!」
とは言ったものの、私も相当取り乱していた。
むしろ本体のほうが深刻に終わっていたかもしれないわ。
一匹の子紬が私の脚へしがみついて「やだ」「こわい」「やだ」と繰り返し、別の一匹は樽の中へ頭から突っ込んでお尻だけ出して震えている。
もう一匹は半壊した屋台の下へ潜り込んだまま、尻尾みたいに伸ばした舌だけ外へぴるぴる出していた。
さらに一匹は私の背中へ飛びついたまま首筋へ顔を埋め、「あかいの」「こわいの」「やだ」と、震える声で繰り返している。
可愛い。
可愛いけれど、今はそれどころじゃない。
指が滑る。
メニューを開く。
ログアウトボタンを叩く。
いつもなら一拍置いて出る確認ウィンドウが、この時ばかりは永遠みたいに遅く感じた。
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『――ログアウトしますか?』
==================
「しますしますしますッ!!」
私は半泣きで連打した。
遠くの方で、また朔の怒号が響く。
「隠れてんじゃねえぞ紬ィィィィッ!!」
駄目じゃない。
名前呼んでるじゃない。
ほぼ確定じゃない。
ネットの一割どころか百割の致命的真実でしょう、これ。
子紬たちもそれを聞いた瞬間、いっそうひどくなった。
「ぴゃあああっ!」
「やだ!」
「にげる!」
「はやく!」
「まま!」
「ままじゃない!」
「ごはんじゃない!」
「こわい!」
そのうち二匹はその場でくるくる回りながら泣き、もう一匹は私の背中へ飛びついたまま首筋へ顔を埋め、残りは一斉に森の方角へ向かって走り出し――三歩で戻ってきた。
行き場がないのだ。
分かるわ。
私も無いもの。
ゲーム内に残っても地獄。
ログアウトしても地獄。
おばあちゃん家まで戦場にしないでほしい。
どうして私の避難所って、毎回ちゃんと避難所でいてくれないのかしら。
「いやあああああっ!!」
私はもはや悲鳴を上げながら、光に包まれる視界の中で最後の確認をした。
朔オーガが、こちらへ向けて地面を砕きながら一直線に突っ込んできている。
青龍偃月刀みたいなものを振りかぶっている。
怖い。
嫌。
帰りたくない。
でもゲーム内にいるのも死ぬ。
つまり、どっちへ転んでも地獄なのよね。
ああ、もう、本当に。
「おばあちゃん助けてぇぇぇっ!!」
それを最後に、私の意識は現実へ引き戻された。
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