第28話
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最初は腹ごしらえね。
私は街の中央通りにある、いちばん匂いの良いレストランへ迷いなく入った。
有志百人程度で成り立っているクラフト街だけあって、店の規模そのものはそこまで大きくない。
でも、鍋の火加減も、肉の焼き加減も、パンの発酵具合も、全部がやけに丁寧だった。趣味と善意と手間暇で出来ている味がする。そういうの、食べる側からすると最高なのよね。
扉をくぐった瞬間、鼻腔へ飛び込んできた匂いだけで、もう駄目だった。
胃袋がきゅう、と音を立てて縮み上がり、次の瞬間には、反対に大きく口を開けて世界じゅうを飲み込みたがっているみたいだった。
「…………」
危ない、危ない。
ここで涎を垂らしながら店員へ飛びついたら、さすがに襲撃前から台無しだわ。
私は一応、【偽装経典】で整えた感じのいい笑顔を作り、席へついた。
ついたのだけれど、メニューを開いて三秒で我慢をやめた。
「とりあえず、端から持ってきてくださる? ああ、肉料理は二皿ずつ。パンは籠で。スープは小皿じゃなくて鍋ごとでも大丈夫よ。……ええ、甘いものももちろんお願い」
店員が一瞬だけ固まる。
分かるわ。私も他人がこれを注文していたら、ちょっと引くもの。
でも、引かれても仕方ないじゃない。お腹が空いているのだもの。
店内にいた客は、私ひとり。
昼でも夜でもない半端な時間帯だし、皆それぞれ鍛冶だの調合だの建築だので忙しいのだろう。
おかげで私は、誰にも急かされず、好きなだけ喰って、喰って、喰いまくることができた。
「これもお願い。あっ、それと、今運んでるお皿も追加で三つちょうだい。あとパン籠のおかわり。ああ、スープは大鍋で。えっ、デザートは食後かって? 食前と食中と食後に食べるのよ」
皿が積み上がる。
シチュー皿。ロースト肉の大皿。魚の香草焼き。パン籠。果実酒のボトル。焼き菓子。スープ。また肉。さらに肉。ついでにソーセージの盛り合わせ。煮込み。チーズ。肉。肉。肉。
テーブルの端から端まで皿が埋まり、それでも足りなくて隣の席まで占領し、最終的には皿の山が一メートル近くまでそびえていた。
ちょっとした宴会みたいな光景だけれど、出席者は私ひとり。胃袋だけが団体客なのよね。
まずはスープ。
大鍋から直接、器へ移すのも面倒で、そのまま口をつけて飲み下す。
「っはぁ……うん、偉い。スープって本当に偉い」
次にパン。
千切るのも待てなくて、丸ごと一つ頬張る。ふわふわの白いところを飲み込み、香ばしい皮を噛み砕く。そこへすかさず、バターの溶けた肉の煮込みを流し込む。
全部が柔らかくて、温かくて、優しいくせに、ちゃんと腹へ溜まる。
「ああ、もう……これよ、これなのよぉ……」
私はうっとりと目を細め、今度はロースト肉へナイフを入れた。
――いや、入れようとした。
でも、途中で面倒になって、結局そのまま手で持ってかぶりついた。
じゅわ、と。
噛んだ瞬間、表面の香ばしさの奥から、肉汁がぶわっと溢れて舌へ広がった。
ああ、駄目。駄目だわ、これ。こんなの理性で止められるわけがないじゃない。
「……ああ、幸せ」
私は温かい肉汁の滴る塊肉へかぶりつきながら、うっとりと目を細めた。
これよ、これ。
こういう、人間の文明が丁寧に手間をかけた【ちゃんとしたご飯】を、気兼ねなく好きなだけ食べる。
私は本来、そのためにこのゲームを始めたはずなのだわ。
食べる。
飲む。
齧る。
詰め込む。
また肉へ戻る。
魚の白身をほぐしてパンへ乗せ、今度は果実ソースのかかった肉を挟み込む。甘い。しょっぱい。脂っこい。酸っぱい。最高。
合間に焼き菓子を二つ三つ放り込み、口の中が甘くなったところへ果実酒を流し込み、それからまた肉へ帰る。
無限ループって、こういうことを言うのね。
さっきまで静かだった店内へ、私の咀嚼音と皿の触れ合う音と、「おかわりお願い」の声だけが延々と響いていた。
途中から店員も完全に諦めたのか、無言で皿を補充する機械みたいになっていたわね。ありがたいことだわ。
食べれば食べるほど、【捕食活性】がじんわり積み重なっていくのが分かる。
胃袋へ詰め込んだ栄養が、単なる満腹感で終わらず、きっちり戦闘用のバフへ変換されていく。噛むたび、飲み込むたび、筋肉の繊維が少しずつ張り、骨の芯へ重みが宿る感覚。
ああ、食べることがそのまま強さになるなんて、なんて素晴らしい世界なのかしら。
「うふふっ、最高。ねえ運営ちゃん、こういう方向の革命はもっと推進していいのよ?」
……リアルでも、これくらい好きに食べたかったわね。
でも、もやし生活前に現実で「毎日お腹いっぱい食べさせて」とママへ訴えたところで、
『あんた今月30日で食費いくらかかってると思ってんの? 二百万よ!』
と、紬ちゃんの食文化大革命は秒速で鎮圧されるのは目に見えてる。というか鎮圧された。
まあ、月二百万ちょっとで生存できるなら、思ったより私の餌代は高くないのかもしれないわね。
魚料理の皿を空にし、肉の皿を空にし、パン籠を空にし、焼き菓子を消し飛ばし、とうとう大鍋の底が見えた頃。
私はようやく、ふうっと長い息を吐いた。
「ごちそうさま。……さて」
私は最後のスープを飲み干し、空の皿の山を見上げながら満足げに息を吐いた。
会計を聞きに近づいてきたゴブリンの料理人アバターが、ぺこりと頭を下げる。
「お、お客様、お会計を――」
その瞬間。
私は椅子から立ち上がると、目の前まで来ていたその料理人の首根っこを、まるで猫でもつまむみたいに片手で持ち上げた。
「えっ? お、お客様……!?」 「いただきます」
がぶり。
「ギギャアァァッ!?」
短い悲鳴。
鍋と皿の割れる音。
温かい血と、ついさっきまで料理へ使われていた香草の匂いが混ざり合って、なんとも言えない食欲をそそる香りになる。
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『――ゴブリン料理人完食!』
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「んっ、料理人、なかなか悪くないわね。下味が丁寧だわ」
その瞬間、レストランの警報装置である【電脳領域】が自動起動した。
空間が薄く歪み、街の上空へ半透明のコメント欄と警告表示が展開される。どうやらこれが、そのまま【襲撃者発生】の通報と配信中継を兼ねているらしい。
【警報:中央食堂で戦闘発生】
【襲撃者?】
【イベント?】
【いやこれ暴食さんやんけ】
【草】
【なんか襲撃者来ないかなと思ったらマジで来た】
【よりによって一番来てほしくない奴】
「うふふっ。歓迎されているのか、されていないのか、判断に困るわねぇ」
でも、どちらでもいい。
お腹はいっぱい。
【捕食活性】は十分。
【存在捕食】も積める。
そしてこの街には、まともな歯車として生きているプレイヤーがたっぷりいる。
最初に飛びかかってきたのは、巨大な戦斧を構えたオークのプレイヤーだった。
体格にものを言わせた近接職。気合いだけは十分。けれど、今の私からすれば、よく肥えた豚みたいなものね。
「げっ! 暴食さんかよ! なんでこんなとこに! 止まれぇっ!」 「あら、ごめんなさい。止まる予定、無いのよね」
私は【封式羅刹】を起動し、大振りの斧を紙一重でかわして懐へ潜り込んだ。
そしてその丸太みたいな首へ、真正面から噛みつく。
ばりっ。
ごり、ごり、ごり。
「ぎぃぃぃぃぃぃやぁぁぁっ! 食われる! まじで食われてる!」 「んんんんっ……! 豚うっま! これならいくらでも食えるわ!」
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『――オークプレイヤー完食!』
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【ヤバいヤバいこっち来た!】
【覚悟決めろ!】
【ガチでいくらでも食えそう】
【オークだけど美味しくいただかれました。例の配信者も食われて怖い怖い言ってたけど俺も怖いしログアウトしたらおしっこ漏れてた】
【汚えな◯ね】
そこからは、もう蹂躙だった。
警報を聞きつけた街の連中が、ようやく防衛態勢を取り始める。
建築職や調合職が慌てて道を空け、戦える連中が武器を持って前へ出る。鍛冶場からはハンマーを握ったドワーフたち、見張り台からは弓職、広場の奥からは近接職が駆け込んでくる。
けれど、準備が整うより先に、子紬たちが散った。
一匹は屋台の上を走り、転んだプレイヤーの顔面へ飛びつく。
一匹は死体を引きずって回収する。
一匹は逃げる足首へ噛みつく。
一匹は食料樽を蹴り割って中身を漁る。
残りは血の匂いが濃い方へ、ピラニアみたいにわらわら群がっていく。
「きゅっ」
「ごはん」
「おいしい」
「もっと」
「たりない」
「にんげん!」
「ええ、ええ、落ち着いて順番に――って、全然落ち着いていないわね!」
その凶悪なまでの食欲へ、さすがの私もちょっと引いた。
でも、子紬たちの食欲を全部足しても、たぶん今の私の方がまだ食べているのは内緒だ。
しかも、ただでさえ【存在捕食】と【捕食活性】と通常の【捕食】が重なっているところへ、子紬たちが食べたぶんの回復とバフまで、本体である私へ還元されるのだ。
もはやどうしようもない。
戦場の絵面だけで言えば、ちょっと【屍餐魔導妃】みたいだった。
眷属を使って戦場を食い荒らし、自分へ還元する系の嫌らしい支配者。
……まあ、こっちはもっと直接的で、もっと腹ペコなのだけれど。
混乱する街路に、盾と鎧を分厚く強化したドワーフのプレイヤーが、仲間を庇うように前へ出てきた。
【盾鎧強化】持ち。たぶんこの街では、防衛の要としてかなり頼られていたのだろう。
「おい皆、後ろへ下がれ! ここは俺が通さねえ!」 「そう。じゃあ、いただくわね」
私は【断界歯牙】を起動し、その鉄壁の鎧ごと、ドワーフの肩へ噛みついた。
がりっ、ではない。
ぼふっ、とでも言うべき、手応えのない感触だった。
鉄も、革も、補強された大盾も、まるで豆腐みたいに裂ける。
あとは中身をそのまま飲み込むだけ。
「な、なんだこの歯!? 鎧が、あっ――」 「んむっ……うん、やっぱりこの歯、便利だわ」
むっしゃむっしゃ
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『――ドワーフプレイヤー完食!』
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【鎧ごと食ったぞ今】
【新スキルか?】
【配信ではここまで砕けてなかったよな】
【豆腐みたいに噛み砕くな】
「鎧豆腐。ちょっと流行りそうじゃない?」
次に、グールのプレイヤーが、私の喉元へ飛びかかってきた。
私は首の内側から【身体変性】で口を生やし、そのまま逆に相手の頭を喉の奥へ取り込んだ。
「ば、化け物……!」 「ながら食いって、効率が良くて好きなのよねぇ」
外へ残った足首を掴み、ずるずると引きずり込みながら、空いた手で屋台の煮込み飯を流し込む。
焼き串を齧り、グールの腕を噛み千切り、煮込みの残りを飲む。
何だか食卓がずいぶん賑やかだわ。
【ガチの暴食】
【屋台飯と人肉を同列で食うな】
【セリフの倫理観が無さすぎる】
【こいつリアルでも大食いな感じ?】
私はさらに【濃縮食毒】と【身体変性】を絡めて、新しい技も試してみた。
「試作技、いくわよ――胃液砲!」
口からどろりと放たれた高圧の胃液が、遠くから弓を構えていたエルフのプレイヤーたちへ直撃する。
「きゃあああっ!?」 「ぐぁぁぁっ! 溶ける、体がっ!」
細い身体が一瞬で溶け、街路へ汚い色の煙が立ち上った。
【地獄絵図】
【胃液砲ってなんだよ】
【エルフがドロドロになったぞ】
【もう街襲撃じゃなくて終末だろこれ】
……実際、少し引いていた。
私は伸ばした指先の口で、飛び散った液体をちゅうちゅう吸い戻しながら、「うわぁ」と内心で呟いていたのだ。
いや、広範囲攻撃としての効率は良いのよ。
良いのだけれど、絵面が完全に終わっているのよねぇ。
「ちょっとこれは、もう少し上品な名前に改名した方がいいかもしれないわ」
そのあと、毒毒しいゾンビの巨漢へ取りついて貪っていたところで、身体の内側へ確かな変化が走った。
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『――【捕食抵抗 LV2】』
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「……あ、上がった」
食えば食うほど、耐性が上がっていく。
じわじわと。でも、確実に。
毒持ちも、腐肉も、自前の胃液も、ぜんぶ経験値になる。
これはいいわ。とてもいい。こういう、地味だけれど絶対に裏切らない成長、大好きなのよね。
建物の陰で逃げ惑うホビット化したプレイヤーがいたので、今度は【身体変性】で伸ばした舌をしゅるりと伸ばして絡め取る。
「ひぃっ! 嫌だ、こっちこないでぇっ!」
そのまま引き寄せ、首が裂ける寸前まで大口を開け、一口でぱくり。
見た目の外見バフが一瞬で崩れるから、あまり多用したくはないのだけれど、実用性は高いのよね。
【寄生獣かな?】
【喉の奥が一瞬だけ盛り上がってすぐ凹むの怖すぎ】
【なんでそんな優雅な顔で丸呑みできるんだよ】
「んむっ、はむっ、ごくんっ。ふぅ……」
中には、純粋なタイマン性能だけなら私を上回るプレイヤーも、たぶん何人かはいたのだと思う。
でも、この街の構造と私のビルドは、あまりにも噛み合いすぎていた。
【空爪】で逃げ惑う弱者をまとめて刈る。
倒した弱者は、そのまま私の回復とバフへ変換される。
子紬たちが喰えば、その分まで還元される。
つまり、どれだけ強者が私へ挑んできても、その周囲に弱者がいる限り、私は無限の回復タンクを背負って戦っているのと同じことなのだ。
勝てるわけがない。
そして、この街最強と目されていたプレイヤー――プレイヤー名【レイ】、職業【格闘家】が現れた。
無駄のない立ち姿。
浅い呼吸。
踏み込みの速さ。
掲示板で見たことがあるわね。レベル68防衛戦や決闘でかなり名の通った、ガチ勢のトッププレイヤーだ。
しかも、強い。
こちらへ辿り着くまでに、子紬を二匹、拳だけで叩き潰してきていた。
反応速度も、間合い管理も、ここまでの連中とは別格だわ。
「この辺で止めとけ、化け物」 「ええー、嫌よ」
会話が終わるより先に、彼の拳が私の腹へ突き刺さった。
【轟撃】×【点穴】。
腹の中心で爆発が起きたみたいな、尋常じゃない衝撃。
次の瞬間、私の下半身はほとんどミンチみたいに吹き飛んでいた。
あっ、これ死ぬやつね、と妙に冷静に理解する。
「ごめんなさいぃぃぃぃ!」
反射的に謝罪が飛び出した。
仕方ないでしょう。私は伊達に、玉織紬腹パン部――部員総勢一名、指導係は主に朔――へ長年所属していたわけじゃないのだ。
腹へ拳が入ると、条件反射で謝罪文が出るよう、現実に体へ叩き込まれているのである。
なお、私があまりにも学習も成長もしないため、この部活はとうの昔に廃部になった。
【謝ってて草】
【腹パンだけは素直なの何】
【ここだけ妙に人間味あるの腹立つ】
視界が赤い。
動けない。
しかも、周囲にすぐ齧れるものもない。
レイが、私を仕留めたと判断して、ふうっと息を吐いた。
そして、ほんの一瞬だけ視線を切る。
……ああ、終わったかしら。
そう思った、その時。
遠くで、子紬たちが他のプレイヤーの肉へ群がって食べた。
その瞬間、【捕食】が還元される。
千切れかけていた私の肉が、しゅうしゅうと音を立てて急速に再生を始めた。
「……あら、じゃあ大丈夫ね」
次の瞬間、私はその無防備な喉笛へ噛みついていた。
全身へ生やした口。
【断界歯牙】。
【捕食活性】。
【封式羅刹】。
全部盛りだ。
レイは反応した。確かにした。
肘打ち、胴を払って、喉笛へ拳をねじ込もうとする。
でももう遅い。
封式羅刹で回避し、バフが重なり、再生しながら食う私の方が、わずかに早かった。
彼が骨だけになるまで三十秒もかからなかった。
「なっ……バカな、再生して……ぐぁぁぁぁっ!?」
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『――格闘家完食!』
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「……プレイヤー、うんまい」
私は血まみれの口元を拭いながら、素直な感想を漏らした。
街の中央は、もはや完全な地獄絵図だった。
屋台はひっくり返り、露店は壊れ、鍛冶場は焦げ、逃げ惑うプレイヤーの死体と食べかけの残骸と、子紬の足跡がそこら中へ散っている。
下手人は私だ。
全部、私がやった。
なのに私は、その光景を見て少し引いていた。
「……これ、あとからちゃんと蘇るのよね?」
もし蘇らなかったら、かなり、いや、だいぶまずい。
自分でやっておいて何だけれど、あまりにも終末じみているのだもの。
でもまあ、どうせゲームだし。
プレイヤーもNPCも復活する。
そう、思いたい。そうであってほしい。
私は伊達に、青春のかなりの割合を紙と液晶の向こうへ捧げていない。
この手のゲームなら、かなり強いのだわ。
強いし、悪辣だし、喰うことに関してだけは異様に頭が回る。
この街みたいな環境へ放り込まれれば、こうなるのもまあ当然でしょうね。
結局そのあと、私は子紬たちと一緒に、二時間かけて街中の死体と食料をせっせと回収し、処理した。
子紬が残骸を運ぶ。
私が焼く。
別の子紬が樽を割る。
私が詰め込む。
休む。
また食う。
もう入りきらない。
それでも【存在捕食】で、栄養はしっかり身へ入っていく。
食べたぶんが、ただ満腹になるだけで終わらず、確実に未来の私を強くしてくれるのだ。
この安心感は、なかなかすごいわね。
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『――【捕食抵抗 LV5】』
『――【存在捕食 LV5】』
『――【捕食活性 LV5】』
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「すくすく成長、って感じね……」
私は膨れたお腹をぽんと叩いた。
成長期の紬ちゃん二十六歳。
いよいよ意味の分からない生き物になってきたわ。
「けぷっ」
そこで、最後の通知が浮かんだ。
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『――称号【The Gluttony】を獲得しました』
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「あら。英語表記なのね」
妙に格好ついていて、少し腹が立つ。
でも、内容としてはとても私らしいので、否定もしづらい。
電脳領域のコメントは、最後まで阿鼻叫喚だった。
【街が……街が……】
【これ防衛戦じゃなくて終末イベントだろ】
【暴食さん、ほんとに全部食うじゃん】
【子紬がこわい】
【いや本人が一番こわい】
【The Gluttonyで草】
【草じゃねえよ誰か止めろ】
【でも満腹そうで何より】
【何よりじゃねえ】
【次どこ襲うの?】
【聞くな】
【王都来るな王都来るな王都来るな】
私はそれを眺めて、少しだけ口元を緩めた。
怖がられている。引かれている。呆れられている。
でも、ちゃんとウケてもいる。
それが、なんだか少し嬉しかった。
「うふふっ……」
私はその場でくるりと振り向き、まだ残っていたホログラムコメントの向こう――視聴者たちへ向けて、血まみれで脂ぎった両手のまま、にこにことVサインを作った。
「どうも、暴食さんでした。みんな、ちゃんと楽しめたかしら? 私はとっても楽しかったわよ」
【Vサインすんなwww】
【嬉しそうで草】
【いや草じゃねえけどちょっと可愛いの腹立つ】
【視聴者サービスやめろ】
【暴食さんまた来て】
【来るな】
【来るな】
【来るな】
「ふふっ。賛否が元気でよろしいわね」
直後、配信が切れた。
私は喉の奥で笑ってから、満腹で動きの鈍った身体を子紬たちと並べて、壊れた街の真ん中へごろんと寝転がった。
「でも、王都へは行くわよ。絶対に行くの。だって食べ放題チケットがあるんだもの。あんなの、行かない理由が一つも無いでしょう?」
子紬たちが、私の周りでぴいぴい鳴く。
「ごはん」
「おうと」
「たべほうだい」
「いく」
「はやく」
「ええ、そうね。急ぎたいのは山々だけれど、今はもう一歩も動きたくないわ。お腹いっぱいって幸せだけれど、同時に少し無力よねぇ……」
私は壊れた街の、天井代わりの空をぼんやり見上げて、小さく笑った。
「それはそれとして、この街、食べ応えはなかなか良かったわね」
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