戦闘力 テコ入れイベント
中間地点でボーっと一休みして、喋る相手もいなければ暇つぶしの道具もなくやることがなくて胸中に蘇ったのは地上での生活、その修行だ。
まだ技術を知っている、その程度だがそれでも自分の中に生きていると実感できた。そう、あのくそったれみたいな日々が無意味でなくて良かった。
新宿ダンジョン突入間のことだ。その日はひーこらへーこら学校の勉強とは別に通信関係の資格を勉強させられていた。加えて午後には飛行時に携帯する通信機械の取り扱い、及び故障時の解体修理の練習。スケジュールがみっちり詰まっていた、詰まっていたが進捗はすこぶる悪くて乗り気じゃなかった。集中力もやる気もなくて輪をかけて捗らなかった。学校の勉強以外もしないといけないんだぜ? そりゃあ軍のルームメイトたちは全員通った道とか言うけどさあ、やってらんねえよ。しかもあいつらは学生の癖に通信基地局の設置の補助とか今やっているみたいだからね。もうね、意識が違うね。俺には苦痛のそれだけど彼らは楽しそうにパズルを解く感覚でやっている。一つ一つが自分たちの成長に繋がっていると実感しながらやっているのだ。
明るい日本の未来に敬礼するとともに俺は何度目になるだろうか、意味もなくシャーペンを解体しては組み立てては時計の時刻を確認した。
ああ、めんどくせー。
けどどんなに嫌でも机にしがみついてがりがりとしないといけない。こんな生活を送っていたらきっと30にはストレスで禿げるなと内心虚しくせせら笑った。
問題を解き終わって採点に入る。また合格ラインを越えなかった。
3回連続だ。同じ問題で間違えた。何の成長もしてねえな。思考に蒸気が籠ったように霧がかかって停止寸前だ。ふん、所詮は凡人よ。俺の限界はこの程度さ。
そのことにイラッと来て思わず力んだら持っているシャーペンを摘みつぶしてしまった。
「ああ……チクショウ、やっちまったよ」
二階堂との戦いを経てアニマル系の第二形態になることができてから、通常時でも力が上がっている。少し力んだだけでこのありさまだ。ドラゴンの力がどんどん強くなってきている証拠だ。髪色も少し赤みがある黒色から、ほぼ赤色の若干黒の方に傾倒しだした。それに長くて嫌になるが頑丈で切れていない。だから軍の病院で特別証明書を貰わないと学校での頭髪点検で引っかかる。身長も伸びて180を超え、体重に至っては繊細な年頃の乙女のように体重計を見たくないことになっていた。お蔭で学校の椅子や備品も壊してしまったが、それは前例として像やサイのアニマル能力者がいるからそれに沿って対処された。つまりは俺の能力のことは表向き非公開ながらも国から学校に補助金と寄付金でビンタして沈黙させたのだ。
素晴らしいね、あれこそ本来の力の有効活用だ。世界の真理だよお金で叩くってのは、力の本質を思い知った。
少しくらい俺にも欲しいのに。
「フラットケーブルは女性のように繊細に扱わないと」
「うちの妹なんか携帯ゲームの画面キャプチャするのに器用に改造してたんだがなあ」
一息つくかと伸びをしていたら唐突に後ろから声がした。男女の声だ。
ぞくっとした。
あれ可笑しいな、ここは確か部屋に俺一人しかいなくて、唯一の出入り口の扉は俺の正面にある。つまり誰か来たら絶対わかるはずなのにどうして誰もいない筈の後ろから声が聞こえてくるんだろうか。
わかる、わかるぞこれ。映画とか漫画である相手に気づかれずに背後を取るNINJA的な奴だ。強さを表すのによくある奴。
それを、舐めやがって。よりにもよってこの俺にしやがった。めっさびっくりしただろうが。危うくちびるとこだったじゃねえか。何か落ち着いたらだんだんふつふつと怒りたくなった。
今さ、危うくするところだったじゃんか。
お前等、俺が今から誰もいないことをいいことに、そのあれだ……エッチな本とか取り出して………その、なんつーの? その……いたし始めてたらどうしてたつもりだよ。
そしたらさ、黙って見守るつもりだったのか? スゲー気まずいんじゃないのそれ? 敵対する侵入者なのかなんなのかわからんけどもし味方的ポジションだったらその後に築かれる関係性はそりゃあもう壊滅的になっていると思う。
たぶん声をかけたってことは後ろから気づかれず攻撃してないってことでこちらを害する気はないんだろうけど。
もうね、思春期の男子高校生のそれを覗きやがったら敵味方関係なく俺許さないね。鬼神の如く追いかけて何が何でも殺しちゃう。そんでもってそれを聞いた裁判官が慟哭。涙を流しながら同情して無罪を言い渡すレベル。間違いないよ。
ぐわああああ何じゃ貴様らあああ何時の間にいいいい‼ と叫びたくなりそうなのを鋼の理性で抑え込む。俺じゃないとできないねこの神業。流石哺乳類で最も厳正克知的な俺の所業。
ひっひっふーひっひっふー。落ち着け慌てるんじゃない。深呼吸してすべてを見透かしているように呆れを孕んだ深い溜息をかっこよく、そして儚げに吐く。
あくまで冷静を心掛けて、クールに、寧ろお前らがいることは侵入してきたその瞬間から気づいていました風を装って振り返らずに返事をする。
「身体能力が上がっていてまだそれに慣れていないんだ。嗅覚とかも。お姉さん朝食はチキンサラダにガーリック系のドレッシングかけたでしょ、口臭いよ」
口くさっ。
手と首のしわ酷っ。
顔のえらやばっ。
鈴木太郎チョイスによる女性に対して関係性が修復不可能と言われるほど致命的なダメージを与える金字塔ワード。何で俺という男は女性に甘く語りかけて落とすボキャブラリーは皆無なのにこういう言葉だけは知っているのだろうか。
モテない理由が垣間見えた気がした。
取りあえず匂いについては落ち着くために深呼吸した際に気づいただけなんだけど気づけてよかった。
ヒグッっと女性がショックで息を勢いよく吸った音がした。加えて男がククククッと腹を抱えて笑ったのがわかった。
効果は抜群だね。さすが俺。日本全ての非モテの男の期待と命が俺の肩にかかっているだけはある。
日本の夜明けは近いゾ……‼
そこで威風堂々と椅子を回転して振り返る。
状況と周囲の確認。
予想通り男女の二人。しかし立ち位置というかいる場所がおかしい。天井に……天井に張り付いているのだ。若干後部上方向から声が聞こえるなーとは思っていたけど、そっかあ、天井かあ。そういう気分の時もあるよね。俺にもたまにあるかもしれない。その時は隣人として仲良くしてほしいなあ。
男の方は手のひらを壁について見返り美人みたいに振り返った姿勢で、女の方は何やら糸みたいなものを壁に引っ付けて上下逆、頭を下にしてぶら下がっていた。
格好は軍服。つまりは軍人で俺にとって上司的ポジションか。武器は腰に持っているが抜いていない。
これらのことから敵じゃないっぽい。年齢は俺より年上だが若く、そしてどちらも美形。女性の方と第一印象を悪くしたのを後悔するほどだ。くそう。
「へえ、気づいていたのかなかなかやるねぇ」
「帰りゅ‼ あたしもうおうち帰りゅう‼ 歯磨きして消臭ガム噛んで寝込むぅ‼」
「嘘嘘嘘冗談ですよ‼ いきなりあらわれて帰るって何しに来たってなりますよ。臭くない、ものすごーく嗅覚研ぎ澄ませて、それでやっと気づくくらい‼ あてずっぽレベル‼」
「は? お前マジぶち殺すぞ」
「草」
有無を言わさずアイアンクローをされた。しかもめっさ痛い。見誤ったか。もしかしたらこいつ等本当に俺の命を奪いに来た敵の暗殺者かもしれないってくらい致命傷で痛い。俺の顔面を覆う手は綺麗だったがここで嘘でも金字塔の2番目の手のしわ酷いですねって言おうものなら本当に握りつぶされるんじゃないかってくらいガチ切れだ。
そして糸だ。糸を使って天井にぶら下がっていたのだから当然糸を使うのだろうが、いったいどこから出したのかわからない見事な巧手で拘束された。
俺も手ぐさみ程度に髪の毛で作った糸を獲物として使う身としてはプロの隔絶した技量を感じ取った。
そこから体を倒されるじゃない、手足は地面に吸い寄せられるも体は逆ベクトルに引っ張られる張力を受けて四つん這いの姿勢になる。そして体を土足でなじられるかと思いきや女性特有のやわらかい豊満な感触。見ると女が俺の背中に座っていた。
お尻が、お尻が背中に当たって……ああ‼ 抵抗しようとしたけどダメそうだな‼ 成す術無いな‼ 仕方ないよ俺まだ高校生だもん‼ 難しいことわかんないもん‼
「資料に在った通りホント糞ガキ」
「だな、才能あるけど向いてないかもな」
そういって女の方は慣れた手つきで俺の頭をなでた。
恋人が愛情表現にやるような頭ポンポンでなく、元気な愛犬にわしゃわしゃーとやる感じで。もうそれは存分に。
そして最後にパンっと軽くしばかれた。
そうかわかりました。美人なお姉さん、わたくし貴方の犬になってあげたいかもです‼ しつけが行き届いていて噛まないいい子ですよ。
「そんで……あんたら何?」
「諜報員」
「あたしも諜報員だけどどっちかと言えば戦技研…わかりやすく言えば能力者用の装備とか開発している」
自己紹介、と言っても二人は俺のことを既に調べて知っているみたいで、互いにも知り合いらしい。
それが終わるとすっ、と腕や体に着いていた糸が解かれて漸く俺は立ち上がることができる。
この糸とかがその発明品らしい。
発明品というか、中小企業がよさげなのを開発して特許を取ったら、それを寄越せやー‼ と紳士的に交渉をして拒否すればお前んとこ出入りしている取引に圧力かけたるからなと恋人のようにやさしく囁くとてもクリーンで環境に優しい組織のようだ。
男の方はアニマル系能力者トカゲ。一族代々が諜報員として潜入、情報収集、破壊工作を生業にしている。
女の方は蜘蛛の能力者。トカゲと並ぶ軍の諜報家系。
要は言葉を濁しているがスパイや暗殺の職種だ。
昔住んでいたスラムではヤバい薬を売っていた男が変死して、その時近隣住人が天井を這っていた人間を目撃した。そう言ったきな臭い噂がちょくちょく流れていたがそういうことだったのかと、どうでもいい疑問が自分の中で解けた思いだ。
どうも、先日路地裏で早乙女と戦ったころから俺のことは目を付けていたらしい。
ああ、確かあんとき既に監視がいたからなあ。こいつ等だったのか。
それがなぜ今になって接触を図ってきたのか。それは俺がどんなことができるのか性格はどうとか見るのも含めて様子見をしてたが、静観をやめて踏み切るような事態になったらしい。
「我々は暗殺もするが、その逆の要人警護も当然こなす。君を守りに来たんだ」
「え? 俺? 誰かの恨み買ったっけ…」
早乙女の恥部を露出した痴態写真も仕方なく消してやったし、聖人君子の俺が誰かの要らないうらみを買うだなんて。きっとそいつは恋人いない歴=年齢でクリスマスにカップルの雑多にあふれている街中に独りぼっちで迷い込んでしまい、RPGのラスボスみたいにあーやってらんねこんな世界ぶっこわしたろみたいな感じのノリで無作為に不和をまき散らし、結果として目立つ俺を妬んだ犯行だろう。そうに違いない。
そういう時は仕方がない。聖人である俺が胸を貸す思いで甘んじて右の頬を差し出して……油断を誘って逆にこちらから仕留めてやりましょう。
は? 聖人はどこにいたって? なんで俺がぶたれないといけないんだよ。右の頬をぶたれたら左の頬をとか言うのは初心者がよく陥る失敗だ。俺なら一撃で倒す。これは優しさだ。俺なりの愛なんですよ。
まさしく現代に蘇った聖人。流石俺の座右の銘は一日一善(なお門限として定時上がりを午後5時として定め、未達成な場合は特にペナルティは無いものとし、翌日に繰り越さないものとする)であるだけはあるね。
仏の顔も3時までって言うし、2時間営業が長いこれが如何に慈愛に満ちているか賢い諸君なら理解していただけるだろう。
あ? 仏の顔も3度までじゃないのかって? ああ、いい間違いだって。仏は俺の弟子みたいなもんだから。間違いないよ本人が言っていたから。
「高尾山方面の奪還も喜んでいる人間もいるが、その実君に引っ掻き回されて功績を掻っ攫われて恨んでいる人間もいる。それにアニマル系能力者の勢力図が一変した」
アニマルゆえに弱肉強食。強者と弱者の線引き。持たざる者からしたら能力あるだけうらやましいが、やっと手に入れたら上位互換や支配者がいるだなんて悲惨ものだ。
草食動物が肉食動物に勝てないように。
アメリカでアイルランド系移民が後からやってきたため危険な仕事を割り振られ、警官や軍人などが多いように。能力が合致してその職種をしている者もいれば場合によってはいやいやしている者もいる。
犬の警察機構。トカゲの暗殺集団。ネズミの宝石商。ビーバー建設。
そこから波及した他系統能力者問題。
同じ水を操る能力者でも無から水を作れるのもいれば、源泉がないと操ることができない者もいる。後者は水源地から離れられない。
火の能力者も雨の日は湿気で全く使えない者が半端者と蔑まれ、自分の操った火で火傷をするものもいれば体を火で構成して炎そのものになれる者もいる。
ラジコンで遊んでいたらより強力な電波を出すコントローラーで乗っとられるようなもので特に放出、支配系能力者は同系統の能力者バトルで制御権を相手に奪われればほぼ無能力者に成り果てることもある。
逆にその人一人だけの能力も他と勝手が違って難しいらしい。
「アニマルは鳥系の独立派以外は基本的にライオンのアニマル能力者が統括している」
「え? 鳥だけはぶられてるの?」
「アニマルと言っても人間だから。銃器や爆薬持って空を飛んで上から攻撃するだけで一方的にそれ以外を倒せる」
思えば遠距離攻撃があればそれこそスズメの能力者でも地面を這う畜生共を簡単に屠ることができる。
俺も飛行能力者たちと一緒に訓練していてつくづく思ったが空を飛べるというのは限りないアドバンテージだ。攻撃が最大の防御というが、攻撃が当たらないのも大概だと思う。
彼らは高度順応訓練も受けているのでかなり高いところを飛べる。そうじゃなくても東京タワーくらいの高さ、350メートルも飛べば銃弾ですら狙うのは困難だ。
まず銃弾が音速で飛ぶと過程しても350メートルの高さに到達するまで1秒かかる。1秒もあればそれこそ何十メートルも移動しているからそれを予測して偏差射撃しないといけない。勿論愚直にまっすぐ飛ぶだけでも当てるのは困難だが乱数回避もこちらはするし、風向き弾道落下その全てを計算して撃たないといけない。
調子に乗って地上で戦うか、疲れて降りてこない限りはまさに独壇場だ。まさに戦場の華。
まさか地上を這う虫けら如きに負ける飛行能力者だなんてこの東京にいるわけないだろう。……取りあえず念のため後ろを振り返って、うん誰もいない。よかった。
能力者全体の代表が二階堂で、そのうちのアニマル系能力者のリーダーが百獣の王ライオン一族が務めているらしいのだがその統制が崩れたみたいだ。
確かに最近渋谷第三の工場では第一から引っこ抜いた職人のヘッドハントが話されていたり、貴金属加工の人が来ている。顔出しを求められているその会議で中にちらほらネズミ系の能力者だろうか妙に引っ掛かりを覚える人間が俺の顔を覗き見るようにじーっと見ては会釈して帰っていく。縄張りとか、以前までは鳴かず飛ばずの渋谷第三の空白地帯の取り合いが起きているのか。
「ははーんここで期待の新人ダークホース、ドラゴンこと俺の台頭ね。うわー人気者はつらいねー」
「新たにドラゴンが頂点に立つのではと噂が流布されて情勢が揺らいだ。だから早目に味方をする方が一族に利益になると判断して接触することにした。トカゲとドラゴン、構造上似ているところもあるから教えられることもあるだろう」
「あたしはどっちかつーと戦闘で使ってる糸が気になってね。細くて頑丈で熱に強いドラゴンの体毛。役に立つなら技術交換もありじゃないかって」
要するに彼らは新勢力の俺に早めに恩を売って、将来出世払いで返してもらおうという算段らしい。
ライオンがアニマル天下を取って暫く続いている停滞を打破してくれる兆しに賭けようとしている。
確かにいいと思う。あの声をかけられるまで全くわからなかった忍び込みの技術。
ことダンジョンにおいて戦闘はスポーツマンシップに則ってよーいスタートじゃない。卑劣、狡猾、残虐そんな戦法でも安定してモンスターを倒すことが大事だ。
けれど
「いやー色々と教えようとしてくれるのは嬉しいんですけど俺ってスケジュール押してるんで挟む暇がないんですよ」
そう、平日は軍の訓練及び学校。終わればまた色々と資格勉強だ飛行テストだめちゃくちゃある。土日もそうだ。
そうやんわりと相手の気を損ねないよう断りを入れる。
「睡眠を削ればいい。我々暗部も動くのは基本夜だ」
「迷いなくひでーこというな。ホント冷徹、変温動物のトカゲだけに」
誘いは嬉しかった。飛行とか火を噴くとか能力のことでなく、等身大の一人の人間として自分の技術を伸ばして実力をアップする。それは前々から必要だと思っていた。地道だが今一番俺に足りていないと自覚はあった。
いつか資格取得が終わったらか、それこそ高校を卒業して時間が空いて機会があれば是非その時にやってみたいと考えていた。いいじゃないか、結構かっこいいよな暗殺術。
でもそれは今じゃないんだ。わかってくれ。時期尚早だ。
これ以上俺を追い詰めても何も意味がない。敵以前に自分との戦い。当分の間睡魔とは停戦協定を結んで戦わずに仲良くしようと決めてしまったんだ。
女の方はなら仕方ないか、と残念そうに部屋から出ていこうとする。男の方も何か難しそうな顔をしてそれに続くと思えた。思えただけで違った。
「~僕が先に好きだったのに地味ポチャ眼鏡図書委員長シリーズ~ 体育教師の夏の水着指導」
「え? あんたいきなり何言って「―――ちょっと待って」
この場に全く関係ない、それこそ某掲示板でちくわ大名神くらい前後の会話からおよそ発想も脈絡も何も関係ないワードをぶち込んできた。事実今出ていこうとした女能力者は全く理解出来ないといった顔をしている。
だが。
だがである。
俺には心当たりが在りすぎた。
爆弾発言だ。
こいつ…・え? 嘘だろ? よりにもよってやりやがった。しかもそんなピンポイントで?
それって、それだよなつまり。いやでも待ってPCには16文字のロックをしている。しかも一月毎に変更している徹底ぶり。それだけでない。デスクトップでもピクチャでもない。ドキュメントの中のしかもフォルダー名はルネッサンス時期の航海日誌だぞ? それを? それを見つけんのか?
「暗殺・諜報を覚えるってことは逆にそれに対抗する防衛も出来るようになる。安心して眠りたいなら今すぐ必要だと思うがなあ」
「ざっけんなよお前……‼ それを、それをやったら戦争だろが‼」
「因みにうちの妹はゲーム好きの引きこもり配信者、Dカップだ」
「‼」
これは……これは仕方ないのではないか? そう不可攻略だ。意地悪な大人の何重にも張り巡らせた策略に、未成年では成す術無くあらがえないことは起こりうる。
この誘いを受けてもいいのではないか。もし仮にここでこいつらを追い返したとしても、違う派閥の諜報員が俺を監視に来る。それに卒業まで待つと考えたが、魅力的なことで定評のある俺はそれまでに恋人の一人や二人できるだろう。いやそれ以上の事態、年上のお姉さんから小さな女性と色とりどりが入れ代わり立ち代わりやってきて挙句にとっかえひっかえ、責任を取って全員を幸せにするべく皆をお嫁さんにしているかもしれない。
ああ、あり得る。自分のこのたのし……恐ろしい想像が、そう難しくない容易に起こり得るだろう事態だと思うと我が身を襲うこの忌まわしき不幸の呪いが恨めしい。
このままでいいのか? その恋人まで危険に晒されるのだ。
俺と恋人たちは痴態を目撃されていないのかとびくびくしながらこの後の人生をみじめったらしく送るのか。否、断じて否である。
だが安易に返答して
「諜報員は敵地に忍び込むために異性を口説くノウハウも確立済みだ」
「兄貴‼ いや師匠‼ 一生ついていきます‼ まさか、俺にモテ期がこんな形に来るとは」
予期せぬ事態だ。さっきはそっちの女性に対して失礼なことしか思いつかなかったボキャブラリーに新しい新パッチが当てられるのだ。
やばいこれ無敵じゃね? 我無敵じゃね? 鬼に金棒、龍に甘い言葉。
もう負ける気がしない。
俺の時代来ましたねえ。
「確かに諜報員は異性口説けないとできること大分減るからねえ。それに美形の方が圧倒的に有利。でも絶対じゃない。顔は平均を超えると後は相手の好みによるから」
女性の方が何か心当たりが在るのだろうか、うんうん頷きながらそうつぶやいた。
「でも平均超えていたら及第点はあるんだろ? 女は星の数ほどいるんだ。なら俺のことが好みの女性がたくさんいる可能性がある‼」
「ああ、いやさっきのはそういう意味で言ったんじゃなくて君は平均行ってないからそもそもモテないよ」
「は? お前こそ顔のえらヤバくね? それに首と手に年齢が出てきてるね皺だらけだよ」
「……」
「……」
スッと二人して互いに獲物を手に取った。無言で向き合って静止する。
二人の間に火花が散って鬼気迫る闘志が渦巻いた。
唯一トカゲの諜報員だけが疲れたような顔をして溜息をついたのが部屋に大きく響いた。
「ここでぶち殺したる‼ このクソガキィ‼」
「返り討ちだ糞ババア‼」
ドカ‼ バキ‼ ボン‼ ウッ‼ ガン‼ ビシッ‼ アハーン‼ グアッ‼ ドン‼ なんのこれしき‼ ズンッ‼ ヒュッ‼
「いい加減にしろ‼ 近所迷惑だろ‼」
トカゲは熱くなりやすく、怒りっぽかった。




