第29話 「兵站を叩く」
明後日が来た。
夜明け前、源蔵は三名を連れて東の山道に向かった。
荒木は二十名を率いて、霧ノ峠の手前の林に散った。
三郎は城に残った。
左近が隣で腕を組んでいた。
「三郎様、今回は出ないのですか」
「今回は二手に分かれている。俺がどちらかに入ると、もう一方の指揮が崩れる可能性がある」
「城で待つのは、三郎様にはきつくはございませんか」
「きつい」
左近が少し目を見開いた。
「正直に言われますか」
「聞かれたから答えた」
「それならば……少しばかり安心いたしました」
「なぜ」
「三郎様はいつも計算通りに見えます。きつい、と仰るのが人らしくてよかった」
三郎は答えなかった。
◆
東の山道。
源蔵は岩場の陰から道を見下ろしていた。
荷駄の列が来ていた。
馬三頭、荷持ち六名、護衛二十名。道空が言った通り、護衛が増えていた。
源蔵の横に二名がいた。どちらも音を立てなかった。
護衛の列が通り過ぎた。
荷持ちが続いた。
源蔵は岩場から降りた。音を消して道に出た。
荷の最後尾に近づいた。
護衛の視線が前を向いている隙に、荷の布に油を垂らした。
一名が荷の一つを開けた。中に干し飯が詰まっていた。そこにも油を垂らした。
源蔵が離れた。
二十間ほど離れたところで振り返り、矢に火をつけて射た。
荷が燃えた。
護衛が気づいたのは、燃え上がってからだった。
「火だ、火が!」
混乱が起きた。
源蔵は山道を駆け上がった。
後ろで怒鳴り声が続いた。追ってくる気配はなかった。
「行くぞ」
三名で山道を戻った。
◆
同じ時刻、霧ノ峠の手前。
荒木は林の中で報告を受けた。
「峠の守りに出ている人数が、いつもより少ないです。十名ほど減っています」
「東に引っ張られたか」
「おそらく」
「行くぞ」
荒木は二十名を率いて、林を出た。
霧ノ峠の入り口に向かって走った。
守りの兵が気づいた。
「敵だ!」
矢が飛んだ。荒木の隣の兵が腕を押さえた。軽傷だった。
荒木は止まらなかった。
峠の入り口を突破した。峠道に入った。
道は細かった。二列が限界だった。
それでも押した。
守りの兵が後退した。
峠を越えた先に平地があった。荒木はそこに出た。
北側に赤松の陣地が見えた。天幕が並んでいた。炊煙が上がっていた。
「兵站だ。燃やせ」
荒木が叫んだ。
二十名が走った。
天幕に火が放たれた。食料の荷に火がついた。
赤松の陣から警戒の声が上がった。
守備に残っていた兵が集まってきた。
「引け!」
荒木は叫んで、来た道を戻った。
峠道を駆け抜けた。
追ってきた兵を、峠の出口の林から弓衆が射かけて止めた。
全員が峠を越えて戻った。
損害は軽傷三名だった。
◆
夕方、城に二つの報告が届いた。
三郎は広間で両方を聞いた。
「東の山道の荷を燃やした。源蔵側の損害なし」
「霧ノ峠を突破し、兵站の天幕を複数燃やした。荒木側の軽傷三名」
三郎は頷いた。
「荒木に伝えてくれ。よくやった」
「はい。それと……荒木から伝言がありまして」
「なんだ」
「『三郎様も来ればよかった。峠の向こうは初めて見た。なかなかの眺めでした』と」
左近が横で少し噴き出した。
三郎は顔に出さなかった。
「そうか」
「以上です」
「源蔵は」
「東の山道から直接陣地の確認に回るそうです。夕刻には戻ります」
「分かった」
三郎は立ち上がった。
「今日動いた全員に日当を出す。雪乃に計算させろ」
「御意」
左近が続けた。
「三郎様、今日の一手で赤松はどう動くと思われますか」
「東の補給路を強化する。あるいは捨てて、別の道を探す。霧ノ峠の兵站が燃えたことで、継続戦の限界が見えてくる」
「限界が見えた赤松は」
「交渉に来るか、全力でぶつかってくるか、どちらかだ」
「全力でぶつかってきた場合は」
「連弩が揃っている。峠の固定台も完成した。迎え撃てる」
左近がゆっくりと息を吐いた。
「……三郎様は、どちらになると思われますか」
「交渉だ」
「その根拠は」
「道空という男は、勝てない戦を続ける男ではない。今日の損失で、継続が難しくなったと判断すれば動く」
「交渉してきた場合、どう応じますか」
「それは道空が何を持ってくるかによる」
三郎は廊下に出た。
夕日が城壁を赤く染めていた。
今日の二手が、赤松の判断を迫る一手になった。
(次は道空が動く番だ)
三郎はそれだけ考えて、自室に向かった。
第29話 了
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