第30話 「道空の書状」
翌日の昼過ぎ、東の山道を監視していた源蔵の配下から報告が来た。
「赤松の荷駄が東の道を通ってきました。ただし荷持ちではなく、使者一名だけです。白旗を持っています」
三郎は城の門で使者を待った。
現れたのは若い兵だった。二十歳前後。緊張で顔が白かった。
「大内三郎様に、道空様よりの書状をお届けに参りました」
「渡せ」
受け取った。
書状の封は赤松家の家紋だった。ただし今回は、梶原の筆跡ではなかった。
太く、力強い文字だった。
広間で開いた。左近と雪乃が横にいた。
読んだ。
左近が待ちかねたように言った。
「内容は」
三郎は書状を机に置いた。
「『大内三郎よ。そなたと一度、正面から話をしたい。場所と日時はそなたが決めろ。儂は一人で行く。赤松道空』」
広間が静まった。
左近が口を開いた。
「……赤松が、一人で来ると」
「そう書いてある」
「これは罠では」
「罠に使うには、回りくどすぎる」
「しかし赤松が直接交渉に来るとは……戦が終わるということですか」
「まだ分からない」
雪乃が帳面に書きながら言った。
「三郎様は会いますか」
「会う」
「どこで」
「城の中だ。城外で会うと、護衛をつけないわけにいかない。城の中なら、一対一で話せる」
「赤松が城に来るのですか」
「来るかどうかは道空が決める。俺は城で待つと返事をする」
左近が心配そうな顔をした。
「三郎様、赤松は武の方です。万が一城内で」
「城内で暴れれば道空に得はない。交渉に来るなら話をしに来る」
「それは分かります。ただ」
「心配なら左近が外で待っていてくれ。部屋の外に立っていれば十分だ」
左近が深く頷いた。
「……承知いたしました」
◆
赤松の陣。
道空は書状を送った後、天幕の中で一人でいた。
梶原に「おかしい」と言われた。将が自ら敵城に出向くことはしない、と。
道空は聞かなかった。
理由を言葉で説明できなかった。
強いて言えば、あの夜城壁の上に見た目が引っかかっていた。
感情のない目。怒りも、恐怖も、高揚もない。ただ、見ていた。
道空は六十近くまで戦い続けてきた。多くの武将と渡り合った。その中で、あの目を持つ男はいなかった。
(あの目は、何を見ているのか)
梶原が入ってきた。
「道空様、大内から返書が参りました」
「読め」
「『道空殿の申し出、承った。場所は大内城の広間とする。日時はそちらに一任する。一人で来るならば、こちらも一人で待つ。大内三郎』」
道空は少し間を置いた。
「一人で待つ、か」
「……道空様、本当に行かれますか」
「行く」
「護衛なしで敵の城に入るのは」
「三郎も一人だと言っている」
「それを信じるのですか」
「信じる」
梶原が何か言おうとした。
「梶原。儂がこの男を信じるのは初めてだ」
「初めて、ですか」
「今まで、敵を信じたことはなかった。初めて、信じてみたいと思った」
梶原は黙った。
しばらくして、静かに言った。
「……いつ行かれますか」
「明後日。昼前に着く時刻に出る」
「御意」
梶原が出ていった。
道空は一人になった。
書状の返事をもう一度、頭の中で反芻した。
「一人で来るならば、こちらも一人で待つ」
脅しではない。確認だった。
(面白い男だ)
道空は、初めてそう思った。
◆
大内城の夜。
三郎は雪乃と二人で話していた。
「道空が来た場合、何を話しますか」
「向こうが話したいことを先に聞く」
「こちらから何も切り出さないのですか」
「向こうが何を持ってくるかで、こちらの条件も変わる。先に出すと、得をしない」
「では三郎様は、交渉の場でも待つのですか」
「待つのが一番強い」
雪乃が少し考えた。
「……赤松は、なぜ三郎様と直接会いたいのでしょうか。交渉なら使者を立てればいいのに」
「会いたいんだろう」
「それだけですか」
「それだけだ」
「三郎様は会いたくないのですか」
三郎はしばらく考えた。
「会いたい」
「なぜですか」
「道空という男が何を考えているか、直接聞きたい」
「それは……交渉とは別の話ですね」
「別かもしれない」
雪乃が帳面を閉じた。
「三郎様が、交渉以外のことで誰かに会いたいと仰るのは初めて聞きました」
「そうか」
「……初めてです」
雪乃はそれだけ言って、立ち上がった。
「明後日の準備をしておきます。広間の片付けと、茶の手配を」
「頼む」
「赤松がお好みの茶は分かりますか」
「知らない」
「では普通の茶を用意します」
「それでいい」
雪乃が障子を開けた。
外は静かだった。
「三郎様」
「なんだ」
「明後日、うまくいくといいですね」
三郎は小さく頷いただけで、言葉にはしなかった。
雪乃は障子を閉めた。
廊下の足音が遠ざかった。
三郎は机の上の書状を見た。
太い文字が、火の光の中で揺れていた。
赤松道空。
権藤から聞き出した話では、齢四十八だという。初めて会ったときは五十がらみに見えたが、実際はそれより若い。苦労が顔に出る質の男らしい。
儂は一人で行く、と書いた男。
三郎は書状を畳んだ。
明後日まで、あと二日あった。
第30話 了
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