第28話 「赤松、一手」
法円寺との会談から二日後。
赤松の陣に動きがあった。
源蔵からの報告は昼前に来た。
「赤松の本隊が二手に分かれた。半数が霧ノ峠方向、残り半数が東の山道方向に動いている」
三郎は地図を広げた。
「東の山道か」
「以前、偽情報に使った熊野越えの近くだ。ただし別の道だ。道幅は霧ノ峠より広い。荷駄が通れる」
「なぜ今まで使わなかった」
「遠回りになる。大内城まで倍の時間がかかる。ただし補給路としては使える」
三郎は地図を見た。
東の山道を補給路にする。同時に霧ノ峠から正面圧力をかけ続ける。二方向を同時に動かすことで、こちらの対応を分散させる。
「道空が考えた」
「そう思う。これは梶原の策じゃない」
「東の山道を止める方法は」
源蔵が少し考えた。
「霧ノ峠と同じやり方は使えない。向こうも学んでいる。倒木で塞ごうとすれば、今度は片付ける人員を最初から連れてくる」
「では」
「道を使えなくするのではなく、使っても意味がないようにする」
源蔵が少し目を細めた。
「荷を狙う、か」
「東の山道で運んでいる荷を途中で取る。中身を奪うのではなく、荷を燃やす。何度かやれば、道そのものより運ぶ手間と損失の方が大きくなる」
「少人数で動けるか」
「三名で十分だ。荷駄の護衛を叩くのではなく、護衛が通り過ぎた後の荷に火をつける」
源蔵が古傷を引っ張らせて笑った。
「そいつは手間がかかるが面白い。俺が行く」
「気をつけろ。道空は学ぶ男だ。一度やれば対策を打ってくる」
「一度で終わらせる」
「どういう意味だ」
「荷を一回燃やすだけでは意味がない。ただし同じ日に、別の場所でも騒ぎを起こせば、赤松は東の道の警備に人員を割く。そうなれば霧ノ峠の守りが薄くなる」
「霧ノ峠の守りが薄くなれば」
「こちらが峠を越えられる」
三郎は少し考えた。
「霧ノ峠を越えて、何をする」
「赤松の兵站基地は峠の北側二里にある。そこを叩けば、道空は本隊を引かざるを得ない」
三郎は地図を見た。
兵站基地を叩く。それが決まれば、赤松は退くか全力で守るかの二択になる。
「その作戦、荒木に相談してくれ。兵の配置は荒木に任せる。源蔵は東の山道の役を担ってくれ」
「分かった」
「人数は必要最小限にしろ。動かす兵が増えるほど、向こうに気づかれやすくなる」
「俺は三名でやる。荒木には何名出させる」
「二十名。それ以上は出せない。残りは城の守りに置く」
源蔵が立ち上がった。
「いつ動く」
「明後日。東と峠を同じ日に動かす。時刻は源蔵が決めろ。ただし夕刻前には終わらせる」
「了解だ」
源蔵が出ていった。
◆
赤松の陣では、道空が天幕の中で梶原の報告を聞いていた。
「東の山道の偵察が戻りました。道は問題なく使えます。荷駄で三日に一度、補給を継続できます」
「護衛の人数は」
「十名を付けます」
「二十名にしろ」
「は……二十名では、荷持ちが減ります」
「荷を守れなければ意味がない。二十名だ」
「御意」
道空は腕を組んだ。
「霧ノ峠への圧力は続けるか」
「はい。半数を峠前に置いています。正面から攻めるためではなく、大内の注意を引き付けるために」
「三郎はそれを分かっている」
「……と思われますか」
「あの男は全部分かっている。分かった上でどう動くかが問題だ」
梶原が少し困った顔をした。
「では、この作戦は意味がないということでしょうか」
「意味はある。分かっていても、二方向を同時に対処するのは難しい。どちらかに人員が偏れば、もう一方が手薄になる。手薄な方を突く」
「どちらが手薄になると思われますか」
「分からない。だから両方を同時に動かす」
梶原が頷いた。
「もう一つよろしいですか」
「なんだ」
「法円寺から連絡がありません。前に道空様が報告を止めると仰いましたが、向こうからも何もなく」
「道乗が考えている」
「何を」
「儂に続けるべきか、あるいは別の手を打つべきかを」
「別の手、とは」
「大内と直接話をする可能性がある」
梶原の顔が青くなった。
「それは……道空様を裏切って」
「裏切りではない。道乗は始めから儂を使っていただけだ。使えなくなれば別の手を選ぶ」
「道空様はそれを」
「知っていて借りた、と言っただろう」
梶原は何も言えなかった。
道空は立ち上がった。
「梶原、一つ頼む」
「はい」
「東の山道の補給が始まったら、荷の中に一つ、特別なものを入れておいてくれ」
「特別なもの、とは」
「書状だ。宛先は大内三郎。儂が書く」
梶原が目を見開いた。
「み、道空様自ら……何を書かれるのですか」
「決まっていない。今夜考える」
「三郎殿に書状を、とはどういう」
「会ってみたい。正面から」
梶原はしばらく黙った。
「……武将として、ということでしょうか」
「それ以外に何がある」
道空は天幕を出た。
夕日が山の向こうに沈もうとしていた。
峠の稜線が赤く染まっていた。
あの稜線の向こうに、三郎がいる。
道空は少しの間それを見て、天幕に戻った。
◆
大内城の夜。
三郎は机の上に地図を広げたまま、眠ってしまっていた。
雪乃が帳面を持って部屋を覗いたとき、三郎は地図の上に顎を乗せるようにして座ったまま目を閉じていた。
雪乃は少し迷った。
起こすべきか。
起こさなかった。
そっと障子を閉めた。
廊下を歩きながら、帳面に一行だけ書いた。
「三郎様、就寝」
それだけ書いて、筆を置いた。
外は静かだった。
南の山も、北の峠も、今夜は音がなかった。
第28話 了
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