第27話 「道乗、登場」
妙善寺に着いたのは、朝の勤めが終わった直後だった。
境内は前回より人が多かった。浄阿上人の他に、見慣れない黒衣の者が三名いた。護衛か、あるいは記録係か。
三郎、雪乃、源蔵の三人が山門をくぐると、浄阿上人が出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。道乗様はすでにお待ちです」
三郎は境内を見た。
堂の前に一人の僧が立っていた。
六十近い年齢だろう。小柄だが、姿勢が良かった。頭は完全に剃られていた。目が細く、唇が薄かった。笑っているのか無表情なのか、少し分かりにくい顔だった。
道乗だった。
三郎と道乗は、五間ほどの距離を挟んで向かい合った。
道乗が先に口を開いた。
「大内三郎殿とお見受けします。道乗にございます」
「大内三郎です。お時間をいただき、ありがとうございます」
道乗が少し目を細めた。
「若いですな」
「十八です」
「十八で、これだけのことをお考えとは」
「浄阿上人に買いかぶっていただいたようで」
「浄阿はあまり人を誉めない男です。誉めたとすれば、本心でしょう」
道乗が堂の方へ手を向けた。
「中でお話しましょう」
◆
堂の中は広かった。
前回、浄阿上人と話した部屋よりずっと大きな座敷に案内された。道乗の護衛と思しき者が戸口に立った。源蔵が三郎の後ろに控えた。雪乃は三郎の斜め後ろに座り、帳面を出そうとして三郎の目線を受けて止めた。
道乗と三郎が向かい合って座った。
茶が運ばれた。
道乗は茶を一口飲んでから言った。
「単刀直入に話しましょう。私は遠回りが好きではない」
「こちらも同じです」
「街道の話を持っておいでと聞きました」
「はい。大内領の南を走る街道について、法円寺にご提案があります」
「聞きましょう」
三郎は言った。
「街道の通行料の一部を、年に三十貫を上限として法円寺にお渡しします。荷の量に応じた割合とします。代わりに、街道の管理は引き続き大内が行います」
道乗は表情を変えなかった。
「三十貫は、予想より少ない数字ですな」
「最初から多く出すのは誠実ではないと思いました」
「誠実、ですか」
「上限を三十貫と申しましたが、荷の量が増えれば実額も増えます。法円寺が商人との関係を活かして荷を増やしていただければ、双方に利があります」
道乗が少し考えた。
「街道の管理を大内が持ったまま、とのことですが」
「はい」
「管理を手放す気はない」
「今は、ありません」
「今は、と申されますか」
「将来のことは分かりません。ただ今の時点では、管理は大内が持つことが条件です」
道乗は茶碗を膝に置いた。
「一つ聞いてよろしいですか」
「はい」
「赤松様との戦についてですが、大内殿はどうなさるおつもりですか」
三郎は道乗を見た。
「播磨の安定のために、戦は早く終わった方がよいと思っています」
道乗の目が、わずかに動いた。
「播磨の安定、ですか」
「道が安定すれば荷が増えます。荷が増えれば銭が動きます。戦が続けば道が乱れ、荷が動かなくなります」
「……なるほど」
「法円寺も同じお考えではないかと思いますが、いかがでしょうか」
道乗はしばらく黙っていた。
その沈黙は長かった。
源蔵が後ろで少し身じろいだのが分かった。三郎は動かなかった。
道乗が言った。
「三郎殿、あなたは赤松様の後ろに法円寺がいることを知っていますか」
「噂には聞いています」
「噂、ですか」
「確かなことは申せません」
道乗が薄く笑った。
「正直な方ですな」
「できるだけ」
「仮に噂が本当だったとして、大内殿はそれについて何もおっしゃらないのですか」
「それについて申し上げる立場ではありません。今日は街道の話をしに参りました」
道乗はしばらく三郎を見た。
「……面白い」
道乗が初めて、はっきりと表情を動かした。
「条件についてはもう少し考えさせてください。ただし話し合いの余地はあります」
「ありがとうございます」
「一つ条件を付けてよいですか」
「聞かせてください」
「次の会談は、法円寺で行いましょう。こちらに来ていただく形で」
三郎は少し考えた。
「承知いたしました」
「日取りは追って浄阿を通じてお伝えします」
「はい」
道乗が立ち上がった。
「三郎殿、一つだけ申し上げます」
「はい」
「あなたは十八には見えない目をしておられます。それが良いことかどうかは、私には分かりません」
三郎は道乗を見た。
「道乗上人も、六十には見えない目をしておられます」
道乗が、また薄く笑った。
それ以上は何も言わずに、堂の奥へ戻っていった。
◆
妙善寺の山門を出たところで、源蔵が言った。
「道乗という男、食えないな」
「食えない」
「赤松への資金を止めるとも、止めないとも言わなかった」
「言わなかった。ただし次の会談に来いと言った」
「それは良い方に取っていいのか」
「悪い返事なら次はない」
源蔵が少し考えた。
「……なるほど」
雪乃が後ろから口を開いた。
「三郎様、道乗様が法円寺でと言ったのは、こちらを格下と見ているからですか」
「半分はそうだ。もう半分は、本拠で話すことで情報を漏らしたくないからだ」
「情報を漏らさないために自分の土地で会う、というのは逆のような気がします」
「道乗の情報は道乗の周辺にある。こちらが出向けば、周辺の様子が見える。出向くことで情報が取れる場合がある」
「では三郎様は、法円寺に行くことで何かを見るつもりですか」
「行ってから決める」
雪乃がため息をついた。
「また行ってから、ですか」
「読みすぎると動けなくなる、と言っただろう」
「はい、仰っていました。ただし帳面に書きながら聞いていると、先が気になります」
源蔵が前を向いたまま言った。
「大将、雪乃の心配はもっともだ」
「お前まで」
「俺は心配じゃない。ただ賛成した」
三郎は肩をすくめて、それ以上は取り合わなかった。
山道を下りながら、道乗の目を思い返していた。
計算をしている目だった。
道空の目とは違った。
(道空は武人の目。道乗は商人の目)
どちらも本物だった。
三郎はそれを確認して、足元に視線を落とした。
下り道が続いた。
第27話 了
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