↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うつけと呼ばれた国人三男、弓と算術で室町を制す  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/30

第26話 「法円寺の返答」

翌日の昼前に、妙善寺から使者が来た。



年老いた門徒の男だった。浄阿上人の書状を携えていた。



三郎は広間で受け取った。



開いた。

読んだ。



「『道乗様よりご返答あり。大内三郎殿と直接お会いしたいとのことです。場所と日時はこちらに一任するとのことです』」



左近が横で息を呑んだ。



「……道乗上人が直接会うと」



「思ったより早かった」



「三郎様は予想されていたのですか」



「予想はしていた。ただし断ってくる可能性も半分あった」



「会う場所はどこにしますか」



三郎はしばらく考えた。



「妙善寺だ。中立の場がいい。道乗に城まで来させると、格が問題になる。こちらが出向きすぎると弱みに見える。妙善寺が丁度いい」



「日時は」



「五日後。道乗が準備する時間を与える。急がせると警戒される」



左近が頷いた。



「人数は」



「三郎、雪乃、源蔵の三人だ。前回と同じだ」



「護衛を増やしては」



「道乗は商人の顔を持っている。多人数で行くと交渉の席にならない」



「しかし道乗という男は、信用できると思いますか」



「信用する必要はない。何が欲しいかを把握すればいい」



左近が、大きく息を吐いた。



「ああ、よかった……三郎様が『信用する』などと仰ったら、この左近、卒倒するところでした」



「大袈裟だ」



「大袈裟なものですか。三郎様が人を信じて裏切られる図など、前代未聞にござる。この左近、想像しただけで目頭が」



「泣くな」



「泣いておりません」



左近は目元を指で拭ってから、咳払いをした。



「……それはもう結構です、と自分で言ってから、また同じことを口走っております。困ったものです」



「しない」



「それなら結構です」



三郎は書状を畳んだ。



「もう一つ」



「はい」



「昨夜の道空の一件、捕虜の権藤に伝えろ」



左近が少し驚いた顔をした。



「……権藤に、ですか。なぜ」



「道空が南の山道を使ったことは、やがて赤松の陣に知れる。権藤に先に教えておけば、権藤が赤松の動きを読む上での情報になる。権藤は今後も使える男だ」



「権藤を……情報の中継点にするおつもりですか」



「まだそこまでは決めていない。ただ、関係を維持しておく価値がある」



左近は少し考えてから頷いた。



「承知いたしました」






◆






赤松の陣に、昨夜の報告が届いたのは昼過ぎだった。



道空は怪我をしていなかった。落下の衝撃で左膝を打ったが、歩くのに支障はなかった。



天幕の中で、梶原が昨夜の経緯を報告した。



「南の山道には罠が仕掛けてありました。竹を踏む罠と縄の罠です。気づいてからは慎重に進みましたが……城壁下にも仕掛けがございました。縄梯子に火矢が当たり」



「分かっている。俺が見た」



梶原が口を閉じた。



「城壁の上に三郎がいたか」



「はい。弓を持った細身の男が一人、最初に現れました。おそらく」



「三郎だ」



道空は椅子に座ったまま、前を見た。



「奴は待っていた」



「はい。待ち伏せでした。南の道を知っていたのか、あるいは読んでいたのか」



「読んでいた」



梶原が黙った。



「地図を見れば南の道は分かる。儂が地図を調べたように、三郎も地図を見た。そして儂が三日後に動くと読んだ」



「……どうしてそこまで」



「法円寺が手を引きかけている。正面は通れない。時間がない。そう追い詰めたのは三郎自身だ。追い詰めた上で、こちらの選択肢を数えた。残ったのが南の道だ」



梶原が蒼白な顔で聞いていた。



「道空様は……大内三郎をどうご覧になりますか」



道空はしばらく黙っていた。



「十八か」



「はい」



「……厄介な小僧だ」



それだけ言って、道空は立ち上がった。



「梶原、今日から法円寺への報告を一切止めろ」



「法円寺への報告を……しかし道乗様が」



「道乗は儂の事情を道空に有利に使っている様子がない。むしろ焦れて手を引きかけている。道乗に情報を渡すと、どこかへ流れる可能性がある」



「では戦費は」



「今あるもので動く。道乗に頼るのをやめる」



梶原が目を見開いた。



「それは……道空様、それでは継続が」



「長引かせると負ける。一か八か、奇策で動く」



「どのような」



「考える。今日中に案を出す」



梶原が出ていった。



道空は一人になった。



昨夜、城壁の上に見た目が頭の中に残っていた。



感情のない目だった。

怒っていなかった。恐れてもいなかった。



ただ、見ていた。



(あれが三郎だ)



道空は、初めて正面から戦いたいと思った。刀でも弓でもなく、別の形で。



腕を組んだ。



頭の中で、残っている手を数えた。






◆






夕方、三郎は雪乃を呼んだ。



「法円寺との会談に向けて、持っていく条件を整理したい」



雪乃が帳面を開いた。



「何を提示しますか」



「街道の通行料の一部を法円寺に渡す。具体的には年に三十貫を上限として、荷の量に応じた割合で」



「三十貫……法円寺が期待している額より少ないかもしれません」



「少ない方がいい。最初に大きな数字を出すと、後から下げられなくなる」



「こちらから引き上げる余地を残しておく、ということですか」



「そうだ。それと、もう一つ条件がある」



「何ですか」



「赤松への資金援助を止めること。これを表向きに言わず、暗黙の前提として道乗に理解させる」



雪乃が書いた。



「暗黙の前提、というのはどうやって伝えますか」



「直接言わない。街道の利を渡す条件として『播磨の安定』を挙げる。安定のためには戦が続いてはならない、という話の流れにする」



「道乗様が賢ければ、そこで察しますね」



「察せない男なら会う必要がない」



雪乃が少し笑った。

すぐに帳面に視線を落とした。



「三郎様、一つ聞いていいですか」



「なんだ」



「道乗様が条件を飲まなかった場合、どうしますか」



「飲まなければ、別の手を考える」



「別の手、というのは」



「まだ考えていない」



雪乃が顔を上げた。



「……まだ考えていない、のですか」



「飲まなかった後で考える。今考えても無駄だ」



「それは……三郎様らしくない気がします。いつも先まで読んでいるのに」



「読みすぎると、読んだ通りに動こうとする。それが間違いの元になる」



雪乃は少し考えた。



「……分かったような、分からないような」



「そういうことは多い」



三郎は立ち上がった。



「五日後の会談の準備を頼む。浄阿上人への返事も書いてくれ」



「はい」



雪乃が帳面を閉じようとして、止まった。



「三郎様、昨夜、赤松と目が合ったと聞きました」



「合った」



「どんな目でしたか」



三郎は少し考えた。



「本物の目だった」



「本物、とは」



「飾りがない目だ」



雪乃はしばらく三郎を見た。

何かを言いかけて、帳面を閉じた。



廊下に出ていった。



三郎は一人残って、机の上の地図を見た。



道空と法円寺と、二つが同時に動いている。



どちらが先に決着するか。



あるいは、まったく別の方向から何かが来るか。



(まだ見えていないものがある)



三郎はそれだけ感じて、地図を閉じた。



第26話 了


励みになりますので、高評価ブックマークをよろしくお願いします。


毎日20:30に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。