第24話 「南の山道」
翌朝、地図を広げた。
雪乃が書庫から引っ張り出してきた古い測量図だった。城の南側が描かれていた。山の等高線が細かく入っていた。
三郎は地図を見た。
南の山は急峻だった。普通の道はない。ただし一か所、谷筋に沿って細い線が引かれていた。
「これは何だ」
雪乃が覗き込んだ。
「炭焼きの道、と書いてあります。昔、この山で炭を焼いていたときに使っていた道かと」
「幅は」
「地図からは……一人通れる程度ではないでしょうか」
「人は通れる。馬は無理だ」
「大軍では動けませんね」
「大軍は無理だ。ただし少人数の奇襲なら」
雪乃の顔が少し青くなった。
「……赤松が、その道を知っていたとしたら」
「知っているかどうか分からない。ただし、知ろうとする可能性はある」
「どうすればいいですか」
三郎は地図から顔を上げた。
「源蔵を呼んでくれ」
◆
源蔵は地図を一目見て、顎に手をやった。
「炭焼きの道か。知ってるぞ」
「入ったことがあるか」
「一度だけ。細い。荷は持てない。暗い。ただし城の南に出られる」
「出口はどこだ」
「城から二十間ほど南の崖下だ。そこから城壁まで、遮蔽物がない」
「二十間か」
「奇襲するには距離がある。ただし夜に動けば、見張りに気づかれる前に近づける」
三郎は地図を指で叩いた。
「この道に罠を仕掛けられるか」
「罠、というのは」
「通った者が自分で気づかずに引っかかるものだ。落とし穴でも、縄でも、音が出るものでもいい」
源蔵が少し考えた。
「音が出るものが一番いいな。気づかれる前に倒したいなら落とし穴だが、傷つけすぎると捕虜として使えなくなる。音が出れば、こちらが先に気づける」
「竹を並べてもいい。踏めば音が出る」
「それは藤吉の仕事だな」
「頼む。今日中に仕掛けてくれ」
「分かった」
源蔵が出ていった。
雪乃が三郎の横で帳面に書いていた。
「三郎様、南の道に罠を仕掛けることで、赤松が来てくれることを期待していますか」
「来るとは限らない。ただし来た場合の準備をしておく」
「来なかった場合は」
「損はない」
「来た場合は」
「捕まえる」
雪乃が筆を止めた。
「……赤松本人を、ですか」
「捕まえられれば、交渉の材料が増える。捕まえられなくても、迎撃できれば南からの脅威が消える」
「赤松が捕虜になれば、赤松の軍は」
「動けなくなる。指揮官のいない軍は崩れる」
雪乃は帳面を見たまま、しばらく何も書かなかった。
「三郎様は……最初からそこまで見えていたのですか」
「見えていたわけではない。南の道に気づいたのは昨日だ」
「昨日気づいて、今日には罠の手配まで」
「気づいたら動く。それだけだ」
雪乃が帳面を閉じた。
◆
その日の午後、赤松の陣では梶原が南の地図を広げていた。
道空が横から覗き込んでいた。
「炭焼きの道があります。細いですが、城の南に出られます」
「何人通れる」
「一列で通れば、五十名は」
「馬は」
「無理です。歩きのみです」
道空は地図を見た。
攻め口として使えるかどうか。問題は城についてからだった。城壁まで二十間の開けた場所を、見張りに気づかれずに突っ切れるかどうか。
「夜に動けば」
「夜は月があります。雲が出なければ、それなりに明るい」
「雲待ちか」
「三日後に月が陰ると聞いています」
道空は腕を組んだ。
(三日後、南の山を五十名で抜けて、城の南壁を一気に登る)
正面からは来られない。法円寺が手を引きかけている。時間がない。
だが一か所だけ穴があれば、それで十分だった。
「三日後、夜に動く。炭焼きの道の入り口で合流する。誰にも話すな」
「御意」
梶原が地図を畳んだ。
道空は天幕の外を見た。
南の山の稜線が、遠くに黒く見えた。
(小僧よ、北ばかり見ていろ)
◆
大内城、同じ夕刻。
藤吉が南の山道から戻ってきた。
「三郎様、仕掛けてきました。道の三か所に竹を並べました。踏めば音が出ます。それと、道の真ん中に細い縄を張りました。足に引っかかれば気づきます」
「出口の崖下はどうだ」
「崖下も竹を一列。暗くて見えにくいところに置いてきました」
「見張りを一名、崖の上に置けるか。音がしたら知らせる役だ」
「できます。ただし夜通しは辛い」
「交代で二名出してくれ」
「分かりました」
藤吉が出た。
三郎は左近に向き直った。
「三日以内に南から動きがある可能性がある。見張りを増やした上で、すぐに動ける者を二十名、南の内壁に待機させろ」
「南の内壁に……三郎様、赤松自身が動くとお考えですか」
「動くとしたら道空だ。梶原のような男は奇策を取らない」
「赤松は、大将自ら夜に山道を歩くような方ですか」
「追い詰められた武将は自分で動く。道空は逃げる男ではない」
左近がしばらく三郎を見た。
「……もし赤松を捕らえられれば、この戦は終わりますか」
「終わる可能性が高い。ただし法円寺が別の手を打ってくる可能性もある」
「法円寺は」
「道乗から返事が来るのが先か、道空が動くのが先か。どちらになるかで次が変わる」
左近は深く息を吸った。
「三郎様は……すべてを同時に動かしておられますね」
「動かしているのではない。動いているものを見ているだけだ」
左近は何か言いかけて、やめた。
三郎は窓の外を見た。
南の山は、今日も暗く静かだった。
三日後の夜まで、あと三日ある。
第24話 了
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