第19話 「法円寺への使者」
孫七からの報告が来たのは、訓練を始めて三日目の朝だった。
「連弩、五挺完成。あと五挺は、五日以内に仕上がります」
三郎は報告を聞いて、一度計算した。
「孫七に伝えてくれ。仕上がり次第、又三郎のところに持っていくように」
「はい」
左近が続けた。
「三郎様、一つよろしいですか」
「なんだ」
「赤松からの返書がまだ来ていません。こちらの返書を送ってから五日が経ちます」
「分かっている」
「このまま待ち続けるのですか」
「もう三日待つ。それでも来なければ、別の手を打つ」
「別の手、とは」
三郎は少し間を置いた。
「法円寺に直接使者を出す」
広間が静かになった。
荒木が口を開いた。
「……法円寺にですか。赤松を飛び越えて」
「赤松と法円寺の目的はずれている。それを利用する」
「しかし法円寺がそう簡単に応じますか。赤松の手前、表立って大内と話はできないはずです」
「だから表立ってやらない」
左近が眉を上げた。
「……どういうことですか」
「僧侶を通じて連絡を取る。法円寺は末寺を持っている。その末寺が近くにあれば、そこ経由で話が通せる」
「播磨国内に法円寺の末寺は」
「源蔵に調べさせている。今日中に分かる」
左近がしばらく三郎を見た。
「三郎様……いつそのような」
「権藤の話を聞いた夜から考えていた」
荒木が唸った。
「……先を読みすぎて、こちらがついていけません」
「ついてこなくていい。動くときに言う」
三郎は立ち上がった。
「左近、訓練の進捗を午後に確認したい。又三郎を呼んでくれ」
「承知いたしました」
◆
源蔵が戻ったのは夕方だった。
珍しく顔に泥がついていた。
「北の山の向こうに小さな寺がある。妙善寺という。法円寺の末寺だ」
「住職は」
「老いた坊主が一人。門徒が十数名いるだけの小さなところだ。道乗とは面識があるらしい」
「直接会えるか」
「俺が顔を出すと面倒になる。坊主は俺みたいな顔が嫌いだ」
三郎は少し考えた。
「雪乃を連れていく」
「大将が直接行くのか」
源蔵が片眉を上げた。
「俺が行かないと話にならない」
「護衛は」
「源蔵一人でいい。目立つ人数で動くな」
源蔵が顔の泥を手で拭った。
「……まあいい。いつ行く」
「明後日。妙善寺の住職が朝の勤めを終えた後に訪ねる。午前中だ」
「なぜ雪乃を連れていく」
「僧侶は女性に警戒心を解く傾向がある。それと、帰ってから話の内容を正確に記録してほしい」
「大将らしい理由だな」
源蔵が立ち上がった。
「道順は俺が決める。寄り道はなしだ」
「分かった」
源蔵が出て行った。
三郎は机の上の地図で妙善寺の位置を確認した。
城から北へ一里半。山道を抜けた先にある。
法円寺の道乗が何者かは、まだ分からなかった。
ただ、銭を動かし情報を集める人間は、必ず何かを恐れている。
(何を恐れているかが分かれば、話が通じる)
三郎はそこまで考えて、地図を閉じた。
◆
その夜、雪乃に話を通した。
雪乃は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに帳面を取り出した。
「妙善寺に行くのですね。何を話すつもりですか」
「探りを入れる。法円寺が大内から何を望んでいるかを確かめる」
「こちらから何かを提示しますか」
「状況次第だ。ただ、一つだけ持っていくものがある」
「何ですか」
「街道の通行についての話だ。大内が管理している南の街道、法円寺が欲しいのはそこだ」
「それを……渡すおつもりですか」
「渡すとは言わない。条件次第では話し合える、という程度のことを示す」
雪乃が帳面に書いた。
「……法円寺が街道を欲しがっているなら、赤松を使って大内を潰す必要はなくなりますね。直接交渉できるなら」
「そうだ。赤松が法円寺にとって必要なくなれば、資金が止まる」
「資金が止まれば、赤松は動けなくなる」
「それが目的だ」
雪乃はしばらく帳面を見ていた。
「……三郎様は、赤松を戦わずに止めようとしているのですね」
「首を取ることに意味はない。道空がいなくなれば別の誰かが来る」
「ならば」
「金の流れを変えれば、動く理由がなくなる。それだけだ」
雪乃が筆を置いた。
「分かりました。明後日、参ります」
「着ていく物は地味なものにしてくれ。目立つな」
「はい。……三郎様も、月代は剃りますか」
「剃らない」
「目立ちます」
「手拭いで顔を覆えばいい」
雪乃が小さく溜息をついた。
「三郎様、また無茶を仰って……分かりました。手拭いも用意しておきます」
それ以上は言わなかった。
第19話 了
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