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うつけと呼ばれた国人三男、弓と算術で室町を制す  作者: みぎみみ


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第20話 「妙善寺の老僧」

朝靄の中を三人で歩いた。



三郎、雪乃、源蔵。



源蔵が先を行き、三郎が真ん中、雪乃が後ろについた。



山道に入ると道が細くなった。



杉の木が両側から覆いかぶさり、空が見えなくなった。



雪乃が小声で言った。



「三郎様、この道は地図に載っていませんでしたね」



「獣道だ。地図には載らない」



「源蔵殿はよくご存知で」



「あいつは暗い道ほど詳しい」



先を歩く源蔵が振り返らずに言った。



「聞こえてるぞ」



三郎は歩幅を変えず、返事もしなかった。



一里ほど歩いたところで、木の間から屋根が見えた。



小さな堂と、その隣に住まいらしい建物。石垣も塀もなかった。



妙善寺だった。



源蔵が足を止めた。



「俺はここで待つ。中まで行くと坊主が怖がる」



「分かった」



三郎と雪乃は寺の入口に向かった。



板戸を叩いた。



しばらくして、老いた男が出てきた。年は七十に近いだろう。頭を剃っていたが、眉毛が白く長かった。



「はて……どちら様で」



「大内三郎と申します。少しお話を聞かせていただきたい」



老僧が三郎を見た。



雪乃を見た。



また三郎を見た。



「大内……笠野郡の大内様ですか」



「はい」



老僧がしばらく黙った。



「……どうぞ、中へ」






◆






堂の中は暗く、線香の匂いがした。



老僧は三郎と雪乃を小さな部屋に通した。



茶を出した。薄い茶だった。



「妙善寺の住職、浄阿と申します。粗末なところですが、何かご入り用でしょうか」



「単刀直入に申します」



三郎は言った。



「法円寺の道乗上人に伝えていただきたいことがあります」



浄阿の顔が少し動いた。



「……法円寺は、当寺の本寺ではございますが、私のような者が道乗様にお伝えする立場では」



「道乗上人は、播磨南の街道に関心をお持ちのはずです」



浄阿が黙った。



「大内領の南を走る街道です。現在は大内が管理しています。その街道について、直接お話しする用意があると、伝えていただきたい」



「……それは、どういう意味合いの話で」



「意味合いは道乗上人が考えてくださればいい。こちらは話し合いの席を求めているだけです」



浄阿は茶碗を両手で持ったまま、三郎を見た。



老いた目だったが、鋭いものがあった。



「三郎様は……おいくつですか」



「十八です」



「……十八で、そのようなことをお考えとは」



三郎は目を伏せただけで、何も言わなかった。



浄阿が続けた。



「道乗様はお人が悪い。話を聞くのが上手く、気づいたときには相手が不利な約束をしているということがよくある」



「忠告、ですか」



「老婆心です」



「肝に銘じます」



浄阿が少し目を細めた。



笑ったのかもしれなかった。



「伝えるだけは伝えます。ただし返事がいつになるかは保証できません」



「それで十分です」



「一つだけ聞いてよろしいですか」



「はい」



「赤松様との戦は、どのようにお考えですか」



三郎はしばらく考えた。



「無駄な争いだと思っています」



「無駄、と」



「双方に損が出て、誰も得をしない。領民が一番損をする」



浄阿がゆっくりと頷いた。



「……なるほど」



それだけ言って、浄阿は茶を一口飲んだ。



雪乃が傍らで帳面を出そうとして、三郎の視線を感じて止めた。



正しい判断だった。今ここで書き取りを始めると、浄阿が警戒する。



三郎は立ち上がった。



「お時間をいただきありがとうございました」



「遠いところを。道中お気をつけて」



浄阿が見送りに出た。



門を出るとき、浄阿が後ろから声をかけた。



「三郎様」



三郎は振り返った。



「道乗様は、無駄な争いはお嫌いです。同じ言葉を持っていかれるとよいでしょう」



三郎は一礼した。



浄阿は板戸を閉めた。






◆






帰り道、源蔵が三郎の隣を歩きながら言った。



「うまくいったか」



「悪くはなかった」



「あの老僧、只者じゃないな」



「道乗の人柄まで教えてくれた。向こうも何かを探っていた」



「こちらが若いのを見て、油断したか」



「いや、試した」



源蔵が少し考えた。



「十八で来たのは計算か」



「若いと見せた方が相手が本音を出す」



「大将は全部計算するな」



「しない部分もある」



「どこだ」



三郎は少し間を置いた。



「今は思い出せない」



源蔵が古傷を引きつらせて笑った。



雪乃が後ろから小走りで追いついた。



「三郎様、帰ってから浄阿上人の言葉を全部書き留めます。記憶のうちに」



「頼む」



「道乗上人が無駄な争いを嫌うという話、本当でしょうか」



「嫌うかどうかは分からない。ただ、浄阿上人は信じているようだった」



「それで十分ですか」



「今は十分だ」



雪乃が頷いた。



帳面を胸に抱えて、また後ろについた。



三郎は前を向いて歩き続けた。



山道が続いた。



杉の間から、薄く日が差していた。



返事がいつ来るかは分からなかった。



道乗が動くかどうかも、まだ分からなかった。



ただ、一手は打った。



(次は赤松からの返書を待ちながら、連弩の訓練を続ける)



二つのことを同時に進める。



どちらかが先に動けば、もう一方もそれに合わせて変わる。



三郎は歩きながら、場合分けを指折り数えるように整理した。



法円寺が動く場合。



赤松が先に動く場合。



両方が同時に動く場合。



最悪の場合の想定が一番長くなった。



それでも手は残っていた。



城が見えてきた頃、源蔵が言った。



「大将、腹が減った」



「帰ってから食え」



「分かってる。ただ言っただけだ」



雪乃が後ろで小さく笑った。



三郎は聞こえなかった振りをして、歩幅を少し速めた。



門をくぐった。



第20話 了


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