第18話 「十名の訓練と怪我人の帰還」
怪我人十名を返したのは、返書を送った翌々日だった。
城の南門から出した。
縄を解き、持ち物を返し、道空への口頭伝言を持たせた。
伝言の内容は三郎が決めた。
「残る七十九名は全員無事。食事は一日二回。怪我の手当は大内の医術者が行っている。身代金交渉の返答を待つ」
それだけだった。
左近が門の傍らで見送りながら、小声で三郎に言った。
「……返していいのでしょうか。戦力として使えたかもしれません」
「怪我人は戦力にならない。食料だけ消費する」
「それはそうですが」
「帰った者が伝える。それが目的だ」
左近は黙った。
十名が南の道を歩いていった。
最後の一人が振り返った。
三郎を見た。
何か言おうとして、何も言わずに前を向いた。
門が閉まった。
◆
同じ日の午後、連弩の訓練が始まった。
城の北側の空き地に、左近が選んだ若衆が十名集まった。
年は十六から二十三まで。農家の出身が七名、城下の職人の倅が三名だった。
雪乃が端に座り、膝の上に帳面を広げた。
三郎は連弩を一挺持って、若衆の前に立った。
「今日は使い方を教える。難しくはない。これが溝で、ここに矢を乗せる。引き金はここだ」
三郎は実際に矢をつがえて見せた。
「狙い方は、溝の先と的を一直線に結ぶ。弓と同じだ。引き金を引けば飛ぶ」
若衆が互いに顔を見合わせていた。
一番前にいた、体の大きな若者が手を上げた。名を又三郎といった。
「三郎様、本当にこれで人が倒れますか」
「三十間以内なら鎧を通す。五十間では難しくなる」
「弓より弱いんですか」
「弓より弱い。ただし弓は引けるようになるまで何年もかかる。これは三日で使えるようになる」
又三郎が少し考えた顔をした。
「……それでもいいんですか」
「数が揃えば十分だ。一人が十射すれば、十人の弓取りと同じだ」
又三郎が頷いた。
三郎は連弩を又三郎に渡した。
「まず構えてみろ」
又三郎は言われた通りに構えた。
溝に矢を乗せた。
的に向けた。
「引き金を引け」
乾いた音がした。
矢は的から大きく外れて地面に刺さった。
又三郎が苦い顔をした。
「もう一度」
二射目は的に当たった。端の方だったが、板に刺さった。
又三郎の顔が変わった。
「……当たった」
「そこ、突っ立って見てないで場所空けて」
雪乃が帳面から顔を上げずに言った。後ろで見ていた若衆が慌てて列を詰めた。
「次は中央を狙え。狙い方を変えるな。体の向きを変えろ」
三射目は中央に近かった。
後ろで見ていた若衆がざわめいた。
雪乃が帳面に書いた。「又三郎。三射目で中央付近。習得早い」
三郎は次の者を呼んだ。
◆
訓練は夕方まで続いた。
十名のうち、三日で使えるようになりそうな者が七名。残り三名は手の力が足りないか、狙いの感覚が掴めていなかった。
雪乃が訓練の終わりに数字をまとめた。
「七名は三日以内に実戦水準に達します。残り三名は五日から七日かかる見込みです。又三郎は今日一日で、すでに三十間の的に七割方当てています」
「又三郎は連弩の扱いを他の者に教えられるか」
「向いていると思います。教え方も分かりやすかったですし」
「明日から又三郎を副教官にする。左近にも伝えてくれ」
「わかりました」
雪乃が帳面を閉じた。
それから少し迷った顔をして言った。
「三郎様、一つ確認してもよいですか」
「なんだ」
「連弩を量産して、使える者を増やすとして、次の戦はいつ頃だと思っておいでですか」
「赤松が動くのは、交渉が決裂してからだ。早くて二十日、遅くて一月だろう」
「では量産が間に合うかどうかは」
「孫七に聞いてくれ。現状の進捗を今日中に教えてもらえれば、計算できる」
「はい」
雪乃が立ち上がった。
「雪乃」
「はい」
「今日の記録は残しておけ。個人差の控えは後で使う」
「はい。誰が、どの段階でどこまで伸びたか、ということですね」
「そうだ」
「三郎様は、何でもそうやって数字にしてしまいますね」
雪乃が筆の尻で軽く頬を突いた。考えごとをするときの癖だった。
「……悪いこととは思いませんけれど、たまに人まで帳面の中の数字に見えているのではないかと、心配になります」
三郎は一瞬、雪乃を見た。
「……そんなつもりはない」
「そうですか」
雪乃は小さく笑って、帳面を抱えて歩いていった。
三郎はその後ろ姿を一瞬見た。
それから視線を空き地の的に戻した。
矢が刺さったままの板が、夕日を受けて赤く見えた。
第18話 了
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