第17話 「赤松の返書」
使者が戻ったのは、三日後の昼だった。
若い兵は白旗を畳んで脇に抱え、城の門を小走りで入ってきた。息が上がっていた。
「三郎様、返書を持ち帰りました」
三郎は広間で受け取った。
封は丁寧にされていた。赤松家の家紋が押されていた。
三郎は開いた。
読んだ。
左近が横で固唾を呑んでいた。
三郎は書状を机に置いた。
「予想通りだ」
「内容は」
「身代金の交渉に応じる。ただし、総額を百五十貫に値切ってきた。それと、捕虜の解放を一括ではなく分割で行えと言っている」
左近が眉を寄せた。
「百五十貫……半額以下ではございませんか」
「赤松には三百貫は出せない。これも予想の範囲だ」
「分割というのは」
「三十名ずつ解放しろということだ。おそらく最初の三十名を受け取った後、残りの身代金を踏み倒そうとしている」
左近の顔が険しくなった。
「……ならば応じてはなりません」
「応じない。ただし断りもしない」
「と、申しますと」
三郎は書状を手に取った。
「返書を書く。条件は変えない。ただし、こちらから一つ譲歩を見せる」
「譲歩、ですか」
「捕虜の中から、怪我をしている者を十名、無条件で返す。身代金は要らない。怪我人を抱えておくと食料と手当が余計にかかる、という理由でな」
左近がしばらく三郎を見た。
「……それは本当に食料の問題ですか」
「半分はそうだ。もう半分は、怪我人が帰ることで赤松軍の兵が動揺するのを期待している」
「動揺、とは」
「捕虜が丁重に扱われ、怪我人まで返ってきた。それを見た兵は何を思う」
左近がゆっくりと息を吐いた。
「……戦う意味を、考え始める」
「考えるかどうかは分からない。ただ、可能性はある」
荒木が口を開いた。
「三郎様。赤松が身代金の交渉に乗ってきたということは、今すぐ攻めてくる気はないということですか」
「今すぐではない。ただし交渉が決裂すれば動く。それまでの時間が問題だ」
「時間で何をするおつもりですか」
「連弩の量産と、訓練だ」
三郎は立ち上がった。
「雪乃に返書の下書きを頼む。内容は『怪我人十名を無条件返還する。身代金の条件は変えない。追って協議されたし』。それだけでいい」
「承知いたしました」
三郎は広間を出た。
廊下を歩きながら、赤松の書状の文面を頭の中で反芻した。
文章は道空自身が書いたものではないだろう。筆跡が細かすぎた。側近の誰かが代筆している。
(道空は今、何を考えている)
兵を動かせない。補給が細い。捕虜を抱えて身代金交渉をしている。
それでも退かない理由が、法円寺にある。
(道空にとって、法円寺は後ろ盾であり、同時に枷でもある)
三郎はそこまで考えて、考えるのをやめた。
今は連弩が先だった。
◆
その夜、雪乃が下書きを持ってきた。
三郎は文面を確認した。
必要なことだけが書かれており、余計な言葉がなかった。
「いい」
「ありがとうございます」
雪乃は下書きを受け取って、清書のために立ち上がりかけた。
「雪乃」
「はい」
「連弩の訓練、手伝えるか」
雪乃が少し驚いた顔をした。
「私がですか」
「訓練の進捗を数字で記録してほしい。何日で何射当たるようになったか。個人差がどのくらいあるか。数字があれば、次の手が打てる」
「……それでしたら、できます」
「明後日から始める。左近が選んだ若衆が十名来る」
「わかりました」
雪乃はもう一度立ち上がりかけた。
また止まった。
「三郎様」
「なんだ」
「身代金の交渉ですが、赤松が百五十貫を出せるとして、法円寺の資金はどのくらいあると思われますか」
三郎は少し考えた。
「千貫以上はあるだろう。寺の銭蔵は武家より深い」
「……ということは、赤松が百五十貫しか出せないのは、法円寺が出し渋っているということですか」
三郎は雪乃を見た。
「なぜそう思う」
「道空様が法円寺に頭が上がらないなら、使える銭は法円寺が決める。つまり百五十貫という数字は、道空様が決めたのではなく」
「法円寺が上限を決めた、か」
雪乃が頷いた。
「捕虜に金を使いすぎるな、ということかもしれません」
三郎はしばらく雪乃を見ていた。
「……鋭い」
雪乃の頬が少し赤くなった。
「い、いえ。数字を見ていると、そういう読み方になりまして」
「その読みが正しければ、法円寺は赤松の戦費を絞っている。戦を長引かせたくない」
「早く決着をつけさせたい、ということでしょうか」
「法円寺にとって、長い戦は銭の垂れ流しだ。早く大内を潰して街道を手に入れたい」
三郎は机の上の地図を見た。
「面白くなってきた」
「どういう意味ですか」
「赤松と法円寺の間に、時間という楔が打てる。交渉を引き延ばせば引き延ばすほど、法円寺が焦る」
雪乃が帳面に何かを書いた。
「……交渉を長引かせるのも、戦略のうちということですね」
「そうだ」
雪乃は立ち上がった。
今度は本当に部屋を出ていった。
廊下を歩く足音が遠ざかった。
三郎は地図を見たまま、雪乃の読みを頭の中で検証した。
数字から本質を読む。
雪乃はそれが自然にできる。
(使える)
三郎はそれだけ考えた。
第17話 了
励みになりますので、高評価ブックマークをよろしくお願いします。




