第16話 「捕虜五十七名の使い道」
捕虜が増えた。
第14話の峠での攻防で三十二名が加わり、合計八十九名になった。
雪乃が帳面を持って三郎の部屋に来た。
「食料の計算をまとめました」
「話せ」
「現状の備蓄で、大内側百五十名が四十日、捕虜八十九名を加えると二十四日になります。ただし山中に避難した村人への補給分を入れると、十八日が限界です」
三郎は雪乃の帳面を受け取った。
数字を確認した。
「備蓄を増やす手は」
「山中の避難民が食料の一部を自給しています。木の実と山菜ですが、量は少ない。増やすとすれば、捕虜を働かせるしかありません」
「働かせる」
「はい。捕虜の食料消費を働きで補わせる。薪割り、水汲み、畑の作業。監視が必要ですが、遊ばせておくより数字が改善します」
三郎は帳面を返した。
「やれ。監視の人数は荒木と相談して決めろ」
「はい。それと」
雪乃が続けた。
「身代金交渉ですが、三郎様が十日後と仰っていました。今日で丁度十日です」
三郎は少し考えた。
「権藤を呼べ」
◆
権藤が来た。
今日は縄を解いていた。部屋の外に見張りを一人置いただけだった。
権藤は部屋に入り、正座した。
三郎の向かいに座った雪乃が、帳面を膝に置いて筆を持っていた。
「交渉の話をする」
三郎が言った。
「赤松への使者を出す。お前の身代金の話を乗せる」
「はい」
「ただし、条件がある」
権藤が背筋を伸ばした。
「お前が仲介に動け。使者を出すだけでは赤松は応じない可能性がある。お前の名前と、お前の筆跡で書いた文を一緒に送る」
「……それは、道空様に私が裏切ったと思われるのでは」
「身代金交渉で主君に手紙を書くのは裏切りではない。捕虜として生き延びるための普通の行動だ」
権藤がしばらく黙った。
「……文の内容は」
「『身は無事。交渉を願う。大内の扱いは丁寧なり』それだけでいい。余計なことは書くな」
「余計なこと、と申しますと」
「軍の配置や、こちらの兵力についての情報は書くな。書けば俺が困る」
権藤が三郎を見た。
正直な顔だった、と三郎は思った。
「……わかりました」
「もう一つ」
「はい」
「他の捕虜についても同様に交渉する。お前と同じ条件で、全員の身代金を赤松に要求する。お前の手紙はその証拠になる。生きている者がいると示す必要がある」
権藤が目を細めた。
「……三郎様は、八十九名全員の身代金を要求するおつもりですか」
「相場で計算しろ。足軽一名で三貫から五貫。足軽頭のお前は十貫。合計で三百貫前後になる」
雪乃の筆が動いた。
素早く計算した。
「三百二十七貫、算段が合います」
権藤の顔が変わった。
金額の大きさに、それだけ捕まえられた人数の多さを改めて実感した顔だった。
「……道空様が、そんな大金を」
「払えるかどうかは赤松が決める。払わないなら払わないで、別の交渉をする」
「別の交渉、とは」
「払えないなら、捕虜を全員こちらで雇う。元の主に戻れない者は、大内に仕えてもいい」
権藤の目が少し動いた。
「……捕虜を、大内の兵に」
「銭と腕があれば、どこから来たかは関係ない」
三郎はそう言った。
権藤はしばらくその言葉の意味を考えていた。
雪乃が口を開いた。
「権藤殿。文を書いていただけますか。今すぐここで」
権藤は頷いた。
雪乃が筆と紙を差し出した。
権藤は筆を持ち、少し考えてから書き始めた。
短い文だった。三郎が指定した通りの内容だった。
書き終えて、権藤は筆を置いた。
「……これでよろしいですか」
三郎は文を見た。
余計な情報はなかった。
「いい」
◆
使者を出したのは翌朝だった。
若い兵に白旗を持たせ、赤松の陣まで送り届けた。
左近が見送りながら三郎に言った。
「三郎様。赤松が応じなかった場合、どうしますか」
「応じなければ、一週間後にもう一度送る」
「それでも」
「三度目に、捕虜の中から足軽を三名選んで解放する。ただし解放する前に、こちらの捕虜の待遇と、身代金の条件を口頭で伝えさせる」
左近が眉を動かした。
「解放した者が帰れば、残りの捕虜も生きていると赤松に分かる。身代金を払えば全員戻ってくるとも分かる。赤松の兵の士気に影響が出る」
「……つまり、赤松軍の内側から揺さぶると」
「直接揺さぶるつもりはない。ただ、兵は生きて帰れる可能性があると知れば、戦い方が変わる」
左近はしばらく考えていた。
「三郎様は、赤松の兵を憎んでいないのですね」
三郎は答えなかった。
「……敵の兵であっても、民は民、ということでしょうか」
「戦が終わった後のことを考えている。殺した者は戻ってこない。帰した者は覚えている」
左近が頭を下げた。
深い一礼だった。
「……承知いたしました」
三郎は城の外を見た。
使者の姿はもう見えなくなっていた。
白旗が、遠くの曲がり角に消えた。
返事が来るまで、三日はかかるだろう。
その三日の間に、もう一つ動かなければならないことがあった。
「左近」
「はい」
「連弩の量産を急がせる。藤吉に今日中に話を通しておいてくれ」
「御意」
「それと、山中の避難民から若い者を十名選んでくれ。連弩の訓練に使う」
「若い者、と申しますと」
「十五から二十五くらいまで。腕の力がある者が望ましい。ただし選ぶのは左近に任せる」
左近が頷いた。
「……三郎様は、次の戦に備えているのですか」
「赤松が返事をしてこなかった場合の話だ」
「返事が来ると、思っておいでですか」
三郎は少し考えた。
「来る。ただし、条件を吊り上げてくる」
「なぜそう思われますか」
「三百貫は赤松には出せない。ただし捕虜を放置して士気を落とすのも困る。落としどころを探してくる」
「落としどころ、というのは」
「それを聞くのが交渉だ」
三郎は廊下を歩き始めた。
背後から左近の声が来た。
「三郎様は、交渉も算術と同じようにお考えなのですね」
三郎は振り返らなかった。
「算術の方が簡単だ」
左近が、廊下の向こうで少し笑う気配がした。
三郎はそれを聞かなかったふりをして、自室に向かった。
今夜中に、連弩の訓練計画を紙に落としておく必要があった。
第16話 了
励みになりますので、高評価ブックマークをよろしくお願いします。




