第15話 「連弩、はじめて鳴る」
城に戻ったその日の午後、三郎は鍛冶場に向かった。
城の裏手、石垣に沿った細い道を行った先に、孫七の作業場があった。
戸を開けると、煙と鉄の匂いが来た。
孫七は炉の前にいた。六十に近い年齢だが、腕は太く、背は曲がっていなかった。三郎の顔を見て、顎だけで挨拶した。
「来ましたか」
「できているか」
「まあ、見てください」
孫七は炉から離れ、作業台の端に布をかぶせた物を持ってきた。
布を取った。
木と鉄を組み合わせた、奇妙な形の道具があった。
和弓とは似ても似つかない。横に張られた弓弦。その上を矢が走る溝。引き金のような突起。
三郎はそれを持ち上げた。
重さを確かめた。手に馴染む重さだった。
「弦の張りは」
「三度やり直しました。最初の二つは引いたとき折れた。今のは一寸厚い板材を使っています」
「射程は」
「三十間は確実です。五十間は……狙いが難しくなる」
「和弓の半分か」
「仕方ない。威力も和弓の七割ほどです。ただ」
孫七が続けた。
「これなら百姓でも三日で使えるようになります。引き金を引くだけだ。狙いの付け方を教えるのに一日、あとは慣れるだけです」
三郎は連弩を構えた。
引き金に指をかけた。
引かなかった。
「量産できるか」
「材料があれば。木は選ばんといけないが、鉄は少なくていい。一挺、今より五日あれば仕上げられます」
「十挺、作れるか」
孫七が少し間を置いた。
「五十日かかります。私一人では」
「藤吉の工兵を使え。木の加工は藤吉に任せる。鉄の部分だけ孫七が仕上げればいい」
「……それなら二十日で十挺、いけるかもしれない」
「頼む」
三郎は連弩を作業台に戻した。
孫七が三郎の横顔を見た。
「三郎様。これを何に使うつもりで」
「次の正面戦だ。弓衆が少ない。訓練なしで使える武器が要る」
「……なるほど」
孫七は少し考えてから言った。
「一挺、今すぐ使えます。試してみますか」
「いい」
◆
城の北側の空き地で、孫七が的を立てた。
三十間先に板を立て、その中央に布を張った。
見ていたのは三郎と、たまたま居合わせた荒木と左近だった。
三郎は連弩を構えた。
溝に矢を一本乗せた。
狙いをつけた。
引き金を引いた。
乾いた音がした。
矢は板に刺さった。
中央からやや右にずれていた。
荒木が声を出した。
「……なんと、これは」
三郎は二射目の矢を溝に乗せた。
一射目より早かった。
引いた。
今度は中央に近かった。
三郎は連弩を荒木に渡した。
「持ってみろ」
荒木は戸惑いながら受け取った。
構えた。狙いをつけた。どこに合わせればいいか分からない顔をしていた。
「溝の先と的を線で結べ。弓と同じだ」
荒木がやり直した。
引き金を引いた。
矢は板の端に刺さった。
荒木の顔が変わった。
「……三郎様、これは」
「三日あれば使えるようになる。農民でも、老人でも」
左近が傍らで腕を組んでいた。
静かな顔だった。
「三郎様。これを赤松の者どもが見たとき、何と思いますか」
「見たことのない武器だ。初めて見るものは、得体が知れない分だけ怖い」
「つまり、威力以上に相手を怯ませる効果が」
「狙い通りに当たらなくても、射る速さで補える。一人が十連射すれば、百人の弓衆に見える」
左近が深く息を吸った。
「……前代未聞にございます」
「明国の書物に図面があった」
「それはもう結構です、三郎様」
左近が珍しく疲れた声で言った。
孫七が横で黙って三人のやり取りを見ていた。
その顔に、かすかな満足の色があった。
◆
夕方、源蔵が戻ってきた。
今日は珍しく埃だらけだった。遠くまで動いてきた様子だった。
「法円寺の話、少し分かった」
三郎は部屋に源蔵を呼んだ。
「道乗という住職は、銭貸しだけじゃない。情報屋だ。播磨から摂津にかけて、寺の末寺を中継にして情報を流している。商人とも繋がりがある」
「赤松との関係は」
「三年前から金を貸している。道空は法円寺に頭が上がらない」
三郎は黙って聞いた。
「道乗が赤松を動かした目的は、まだ分からん。ただ、大内を潰した後で何かを狙っている可能性はある」
「この辺りで法円寺が欲しいものは何だ」
「土地か、街道か、あるいは両方か」
源蔵が地図を指した。
「大内領の南側を通る街道は、播磨から摂津への荷の道になっている。今は大内が管理しているが、大内が潰れれば誰のものにでもなる」
(街道か)
三郎は地図を見た。
大内領の南を走る道が、播磨と摂津をつないでいた。荷を運ぶ商人が通り、銭が動く道だった。
「法円寺はその街道を抑えたい」
「たぶんな。街道を押さえれば、通行料が入る。商人への影響力も増す」
三郎は地図から顔を上げた。
「面白いな」
「どこが面白い」
「赤松と法円寺は、目的が違う。赤松は大内領が欲しい。法円寺は街道が欲しい。二つの目的が重なっているようで、実は微妙にずれている」
源蔵が少し考えた顔をした。
「……そのずれを突くか」
「まだ早い。ただ、知っておく価値はある」
源蔵が腕を組んだ。
「大将、一つ聞いていいか」
「なんだ」
「今日の峠の話、聞いた。三郎自身が弓を持って出たそうだな」
「そうだ」
「左近が青い顔をしていた」
「見た」
源蔵は少し間を置いた。
「大将が前に出ると、皆が死ぬほど焦る。それは分かってるか」
「分かっている」
「分かってて出たのか」
「弓衆が足りなかった。計算の上だ」
源蔵は何か言いかけた。
やめた。
「……まあいい」
源蔵が立ち上がった。
「次に出るときは一言くれ。俺も一緒に行く」
「お前は別の仕事をしてくれている方が助かる」
「それは分かってる。一言くれと言ってるだけだ」
源蔵が部屋を出た。
三郎は地図に視線を戻した。
街道を指でなぞった。
(法円寺と赤松の間に楔を打てるとすれば、どこだ)
答えはまだ出なかった。
ただ、材料は揃いつつあった。
第15話 了
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