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うつけと呼ばれた国人三男、弓と算術で室町を制す  作者: みぎみみ


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第14話 「峠の出口で待つ者」

霧ノ峠の倒木が片付いたのは、四日目の夕刻だった。


荒木が息を切らせて城に戻ってきた。


「三郎様。峠の向こうで松明の灯りが見えます。赤松の先鋒が、夜明けに動く気配です」


三郎は地図から目を上げた。


「何人見えた」


「三十から四十といったところです。ただ、後続がいる可能性が」


「ある。先鋒の後ろに本隊がついてくる前提で動く」


荒木が頷いた。


「配置はどうしますか」


三郎は地図を指で叩いた。


「峠の出口は左右が崖だ。幅は馬が二頭並べる程度しかない。そこを抜けた先の平地で止める」


「正面から当たりますか」


「正面はいい。ただし弓を先に使う。峠を出てきた瞬間に射かける。まだ隊列が整わないうちに崩す」


荒木の目が動いた。


「弓衆は何人出せますか」


「十二。藤吉の工兵五名を後ろに置いて、退路を塞ぐ柵を立てさせる。峠に押し戻せれば十分だ」


「押し戻す、というのは」


「峠の向こうに戻った先鋒は、後続の本隊と鉢合わせする。道が狭い。自分たちで詰まる」


荒木がしばらく三郎を見た。


それから短く息を吐いた。


「承知いたしました。今夜のうちに弓衆を揃えます」


「夜明けの一刻前に出る。篝火を持つな。月明かりだけで動け」


「はい」


荒木が出て行った。


三郎は左近に向き直った。


「左近。俺も出る」


左近の顔が変わった。


「三郎様自らが」


「弓衆が足りない。俺が入れば十三になる」


「しかし三郎様、万が一のことがあれば」


「万が一のことを考えるなら、全部の戦に出られなくなる」


左近が口を開きかけた。


三郎が先に言った。


「俺が出ることで、弓衆の精度が上がる。計算の上だ」


左近は黙った。


しばらくして、深く頭を下げた。


「……御武運を」



◆



夜明けの前、峠の出口から五十間ほど手前の林の中に、三郎たちは静かに散った。


月はまだ高かった。草が夜露で光っていた。


三郎は一番右の端に位置を取った。


弓を持ち、矢を一本つがえた。


呼吸を落ち着けた。


隣に荒木がいた。荒木は声を出さずに、三郎の手元を見た。


弦の張り方が、自分たちとは違った。


三郎の弓は和弓の標準より一回り長かった。矢も、重い。


荒木は何も言わなかった。


峠の出口が、ほのかに白み始めた。


最初に見えたのは、槍の穂先だった。


それから人の輪郭。一人、二人、五人と出てきた。


三郎は動かなかった。


十人になった。


隊列はまだ整っていなかった。峠道を一列で下りてきた兵が、出口で横に広がろうとしている途中だった。


三郎は弓を引いた。


音はなかった。


矢が夜明けの空気を切った。


先頭の兵の肩に刺さった。


倒れた。


それが合図だった。


両側の林から一斉に矢が飛んだ。


峠の出口で隊列を整えようとしていた兵たちが、突然の射撃に崩れた。


「退け、退けぇ!」


誰かが叫んだ。


先頭が峠へ押し戻された。後続と鉢合わせして、出口の前で人が詰まった。


三郎は二の矢をつがえた。


動いている者を狙わなかった。


倒れた者の近くで立ち止まっている者を選んで射た。


三矢目を放ったとき、峠の向こうから怒号が聞こえた。後続の本隊が何事かと押し出してきて、退こうとする先鋒とぶつかっている音だった。


「藤吉」


三郎が低い声で言った。


林の後ろから藤吉の声が返った。


「へい、今です、皆、立てろ!」


音がした。


柵ではなかった。丸太を横に並べて縄で縛っただけの簡単な壁だった。峠の出口から先を塞ぐように、左右の岩場の間に渡した。


これで退路も消えた。


峠の出口に詰まった兵たちが、前にも後ろにも動けなくなった。


三郎は弓を下ろした。


「止めろ」


射撃が止んだ。


峠の出口に向かって、三郎は声を上げた。


「武器を置け。降伏した者は殺さない。置かない者は射る」


静寂が続いた。


最初に一人が槍を地面に置いた。


続いて二人、三人。


全員が武器を置くまで、半刻かからなかった。



◆



捕虜が増えた。


三十二名。荒木が数を確認して戻ってきた。


「三郎様、怪我人が十四名おります。うち重傷は三名。」


「医術の心得がある者を呼べ。重傷の三名を先に診させろ」


「こちらの損害は」


「一名が足に矢を受けた。他は無事だ」


荒木が少し安堵した顔をした。


「……見事でした、三郎様の弓は」


三郎は答えなかった。


藤吉が横から声をかけてきた。


「三郎様、柵の具合はいかがでしたか。もう少し高くした方がよかったですかね」


「十分だった。ただ、次に使うなら左右の固定を強くしろ。引き抜こうとする者が出たとき、外れる可能性がある」


「なるほど。縄じゃなくて、杭で留めますか」


「それでいい」


藤吉が嬉しそうに頷いた。


三郎は峠の出口を振り返った。


朝の光が差してきていた。


霧ノ峠の先、赤松の本陣まで二里もない。


今日の一撃で、赤松が次にどう動くかが決まる。


(正面から来るか、兵を引くか)


どちらでも対応はある。


ただ、正面から来られた場合の準備が、まだ足りていなかった。


三郎は城に向かって歩き始めた。


今日中にもう一つ、手を打たなければならなかった。



第14話 了


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