第8話 「必要だったもの」
しばらくするとミストは木箱を手にし戻ってくる。
「お待たせー。」
机の上に乗せられた木箱には中身は空だが確かに薬瓶が入っている。
「これが今回使用するものですか?」
「そうだねえ。これにそれぞれ別の薬品を入れて三本にする。それを配達してほしいんだ。」
「手に取っても?」
「もちろん、どうぞー。」
ミストが頷いたところで、俺はその木箱の中から瓶を取り出す。
「……脆そうだな。」
確かに厚みはあるがやはり俺が知っている薬瓶よりも、できが悪いのは素人から見てもわかる代物であった。
「そうは言うけどね、これでも錬金術ギルドの厳しい試験をクリアした瓶なんだよ?少なくとも私はこれ以上の品質の瓶は見たことないけどね。」
「……失礼しました。何も貶そうという意図があったわけではないんです。配達をするうえでの感想です。」
「それならばよろしい。」
俺は透かしたり、振ってみたり、指で弾いてみたりする。
やはり通常の配達ではかなりの危険を伴うことが理解できた。
「それで?どうかな?どうかな?」
「普段はどのようにして運んでいるんですか?」
「慎重に運んでるかな?」
「……。そのもっとこう……何か『緩衝材』のような物は使わないんですか?」
「『緩衝材』とは?」
俺の言葉に頭に疑問符を浮かべ、脳内で検索しているようだがその様子だとそういった概念が無いのだろう。
「これってお借りしてもいいですか?それと、色々試したいのですが。」
「ええ?そうだなあ……。」
「では仮にこれを購入するとしたらいくらになりますか?」
「ええっと……、確か銀貨五枚くらいだったかな。」
「一瓶でですか!?」
俺は予想してなかった高額な値段に驚きを隠せなかった。
だが確かにガラス製品は非常に高価だ。
ましてやこの位の小ささにするのであれば手間を考えれば値段は上がるのかも知れない。
「ああ、ちょっと待ってて!」
俺が考えているとミストは何かを思い出したかのように再び奥に走っていったかと思うとすぐに戻ってくる。
「はぁ……、はぁ……。」
「大丈夫ですか?」
「日頃の運動不足ってやつだね……。」
そう言いつつも、ミストは少し大きめの箱を机の上に置く。
「これは?」
「すでに割れてしまって使い物にならなくなっちゃった瓶だよ。物は同じ。」
「ではこちらの既に割れてしまっているものをお借りしても?」
「最終的に返却してくれるなら貸すよ!持ち逃げしたら冒険者ギルドに請求します!」
「しませんよ!でも助かります。なるべく早く返却しますね。」
俺はそう言いながら比較的状態の良い物を選び、ミストに見せ許可をもらう。
「うむ、頼んだぞ。若者よ。」
「はぁ……。」
借りた瓶を手に錬金術ギルドから出ると、匂いが遠ざかったためかグラミが起き上がってきた。
「うう……。鼻が……。」
「まあ、確かにすごかったな。だがこれで実験ができる。」
「じっけん……?」
「ああ、まずはそうだな。木工ギルドに行こうか。」
俺は最初に考えついた緩衝材を手に入れるため木工ギルドに向かう。
近づくたびに木を打ち、削る音が聞こえ、木材独特の香りも漂い始める。
「こんにちは。」
俺は作業中のガタイの良い男性に声をかける。
手にはノコギリを持ち木材の切断の最中であった。
「うん?なんだい、嬢ちゃん?」
「俺は男です!」
俺が久しぶりに聞いたその言葉に思わず返してしまった。
いかんいかん……。
「あ、失礼しました……。」
「ああ、いや……。俺の方こそ、すまなかったな。でなにか用事か?」
「はい。実は『おが屑』を譲っていただけないかと思いまして。」
「『おが屑』って、これのことか?」
木をノコギリで引いていた男の足元にはそのおが屑が広がっている。
「はい。頂けませんか?」
「うーん。まあ構わんよ。さっきは失礼なことを言っちまったしな。」
「本当ですか!助かります!」
俺は欠けた薬瓶とともに借りてきた箱の中に可能な限りおが屑を入れる。
「これくらい頂いても大丈夫ですか?」
「何に使うのか知らねえが、大丈夫だ。ここには文字通り売るには困らないくらいの物があるしな。その程度なら問題あるまい。」
「助かります!」
俺がそう言い頭を下げるとグラミが「ありがとー。」と言いながら感謝を伝えていた。
その様子に驚いた男はぽかーんと口を開けていた。
場所を移し、箱の中いっぱいに入れてきたおが屑の中に薬瓶を中心に入れ、蓋を閉じ軽く揺すってみる。
すると「カチャ、カチャ」と軽く瓶が箱に当たっている音がした。
つまりこれだけでは不十分だということだ。
高級な酒などは良く木で作った緩衝材で保護されている印象があったため、これで行けるかと思ったがまだ一工夫が必要らしい。
俺は頭をひねる。
俺の知っている緩衝材は主にプラスチック製品だ。
だがそんなものは当然存在しない。
「柔らかいものか……。そうか!」
俺は思いついたものがあったので小走りで街の外まで移動し、そして水辺を目指した。
水辺付近で取れて柔らかいもの。
すなわち『粘土』だ。
俺が水辺まで来るとグラミはひょいっと頭から降り、水を飲み始める。
俺はと言うと鞄の中から木製のシャベル(自家製)を取り出しザックザックと土を掘り出し粘土層まで掘り進める。
「あった、あった。」
当然そのまま使用しては汚れてしまうので、以前使用した風呂敷と同じ素材で出来たハンカチ程度の大きさの布を同じく鞄から取り出し粘土を布で包む。
そうしてそれを木箱の一番外側に近い場所に設置し、その中をおが屑で敷き詰め、最後に瓶を置く。
箱を閉じ、振ってみる。
すると先ほど小さく鳴っていた音が消える。
「おお?」
俺は若干驚きながら蓋を開け確認すると、上手いこと布が粘土の汚れを包みこんでくれており、瓶にダメージは無い状態で取り出すことができた。
「これで行けるのでは!?」
内心、会心のできに嬉しくなり声が出るがふと先ほど掘っていた土の層が目に入る。
そこには『湿った粘土』と『乾いた粘土』があることに気がつく。
「そうか、水分か……。」
短距離ならば問題はないだろうが、数日間の移動となれば話は変わる。
「うーん……。」
俺はまたしてもぶつかった障害に思わずゴロンとその場で寝転がってしまった。
すると楽しそうにスライムと遊んでいるグラミの姿が目に入る。
俺は、起き上がり「こらー。」と言いながらグラミを抱き上げる。
「えー?」とグラミは言っているが俺はそのスライムから目が離せなくなった。
スライムはこの世界ではありふれた生き物で体内のほぼ全てが水分でできている。
信じられないが、この世界ではスライムの死骸を加工した保水液なんてのもあるくらいスライムは日常の色々なものに利用されている。
母さんが初めてその話をしてくれた時は顎が外れそうになったくらい驚いたものだ。
俺はそんな事を思いながらスライムに「ごめんな。」と謝罪し少しそのスライムの身体を引きちぎった。
これも不思議なことだが、スライムは体の中心にある核さえ壊れなければ再び水分を補充し身体が再生されるのだという。
俺はその引きちぎったスライムの身体を粘土に練り込んでみる。
すると先ほどの粘土単体よりも明らかに柔らかく、それでいてスライム単体では出ない硬さも出る。
感覚としては大福のそれに近い気がした。
「これだーー!」
俺は思わず叫んでしまう。
グラミはそんな俺の声を聞きビクッ!としていた。




