第7話 「確認」
「は?」
急に言葉を発し始めたグラミを見て一瞬動揺してしまうが、きっとそういうものなんだと思い、ケリーの顔を見ると俺以上に口を開けている様子だった。
「いや、なんで急に話し始めた?」
「俺に聞かれても……。そういうものじゃないんですか?」
「そうだったらこの世界は人語を話す魔物でいっぱいになるわけだが。」
「なるほど、確かに。」
この反応を見るに、グラミが人語を話すというのは異端中の異端らしい。
「グ……ラミ……。」
徐々に発音が良くなってきている気がする。
それに『従魔契約』をした影響か、グラミの気持ちがなんとなく伝わってくる。
それは話したくて話したくて仕方ないというおしゃべりな気持ちであった。
「ケリーさん……。残念ですがグラミのやつ、そのうちおしゃべりになりますよ?」
俺がそう言うとケリーはますますめんどくさそうな顔になる。
「はぁー……。こっから先はもう知らん。私の管轄外だ。」
ぴしゃっとシャットアウトされてしまった。
俺はその反応に思わず手を顔に当て、呆れる。
その間もグラミは自分の名前の反復練習をしていた。
「ああ、それと重要なことを言い忘れていた。」
ケリーが補足として『従魔』について話をする。
「『従魔契約』が済んだ魔物は証として何かしらを身に付けさせる。もっぱら首飾りが多いようだが。」
「なるほど。確かにそれがなければ魔物か従魔か認識できませんからね。何でもいいんですか?」
「ああ。お前が用意するものならば何でも構わん。以上だ。」
ケリーも部屋から退席し、俺もグラミのことを考えても、なるようにしかならないと頭を整理し、グラミをむんずと捕まえ抱き上げる。
「グラ……ミ……。」
「俺はラインだ。」
「ライ……ン。」
俺の気持ちも知らず嬉しそうにしている。
とりあえずは今回の緊急配達依頼の完了手続きをしてもらい報酬を受け取ることにする。
「あ、ラインさん。お待ちしておりました。こちらが今回の報酬になります。あら?」
受付嬢はグラミの姿を見ていつも以上に笑顔が深くなっている。
「随分と可愛いお友だちができたんですね。」
「はあ……。」
俺は報酬を受け取り、しっかりと財布に入れる。
ああ、そうか。
今後はグラミの食費も考えなきゃなあ。
日本で暮らしていた頃は孤独を癒すために犬を飼っていたことがある。
なのである程度の動物の飼育料は理解しているつもりだが、何しろグラミの親は山の主であり将来あれだけ大きくなる可能性があるのだ。
日本の犬と同じように考えていると痛い目を見る可能性がある。
今後は今まで片手間でやっていた採取の仕事も配達と並行して本腰を入れる必要があるかもしれない。
「そう言えば『従魔』に対する税金ってどうなってるんですか?」
俺が受付嬢に質問すると答えてくれる。
「はい。『従魔』に対する税金は種族に関係なく一律で計算されます。人頭税と同じように税を納めるときに一緒に『従魔』の数だけ追加で納める形になりますね。」
「なるほど……。」
その後はダバンと狩人も情報の提供が終わり、対策も練れたということで急いで村に帰り、村としても今後のことを話し合うという。
「本当に世話になった!」
「いえ、結果としてはあのような形になりましたが無事に終えることができて何よりでした。」
「また何かあった時は頼む。」
「はい。」
こうしてダバン達は村に帰っていく。
俺は帰り道、露天で売っていたシンプルな赤色に染めた革のチョーカーを購入しそれをグラミの首に通す。
グラミは不思議そうにそのチョーカーを触ろうとしている。
「こら、触るんじゃない。これは俺とお前の大切な証なんだからな。」
「たい……せつ……?」
とりあえず今日はもう疲れた。
宿屋で食事をして寝ることにしよう……。
翌朝
「ライン、おきろ。ライン。」
そう言いながら俺の顔を全力で踏んでくるグラミ。
「うぅーん……。おはよう、グラミ。」
「ラインおきた!」
一晩の間に随分と会話ができるようになっていることに驚く。
「随分と話せるようになったなあ。」
「ごはん!」
「……。」
俺は宿屋に併設されている食堂でグラミでも食べられるよう、特別に用意してもらった食事をグラミに渡す。
それをグラミはガツガツと食べ始める。
全く、最初はあれだけ瀕死だったというのにもうこんなにも元気になっている。
もしかしたら『従魔契約』の際に起きたマナの移動も影響しているのかもしれない。
『従魔契約』はこの世界ではどうやら一般的のようだが俺とグラミの関係は今後も観察する必要がありそうだ。
食事を済ませ、いつものように仕事を探しにギルドに向かい依頼票とにらめっこをしている時に一枚の依頼が目に止まる。
「ライン、何?」
グラミは俺の頭に乗っているが前のめりになって聞いてくる。
「うん、いやこの依頼なんだけど微妙なところだなと思って。」
「びみょー……?」
それは錬金術ギルドからの依頼であったのだが内容はこうだった。
依頼主
錬金術ギルド
依頼内容
三本の薬瓶の配達
配送先
ヒダ村薬師テ・チョ
報酬
銀貨四枚
条件
割れや欠損等無く必ず三本を完全な状態で配送すること。
以上のような内容であった。
問題は届け先と条件だった。
ヒダ村までは正直そんなに遠くはないが道中足場がかなり悪くなる。
そのため当然、割れることなく運ぶのであれば揺れの強い馬車は使用できず徒歩に限られる。
だが今回は配達物が割れやすい薬瓶であるため非常に相性が悪い。
俺は少し悩んだが、悩むくらいならばと受付嬢に話をする。
「あの、この依頼なんですけど。」
「はい?ああ、それですね。全く、錬金術ギルドの方々も無理を言いますよね。ただでさえ割れやすい薬瓶をそんな完璧な状態でなんて。……まさか?」
「いえ、まだ受けると決めたわけではありません。ただ、対策が打てれば可能なのかなと思いまして。依頼人に会ってどのようなものを運ぶのかだけ確認することは問題ありませんか?」
「ええ!そういうことでしたら問題はないですよ。」
「そうですか。では早速錬金術ギルドまで行ってきます。」
俺はグラミを頭に乗せたまま錬金術ギルドに向かう。
道中やたらと人の目があった気がしたが、気にしたら負けなような気がしたので気にしないことにした。
「錬金術ギルド……。ここか。実際に入るのは初めてだな。」
錬金術ギルドのドアを開けた瞬間、今まで嗅いだことのない匂いが溢れてきた。
いや、正確に言えばこの世界で、と言ったところか。
『理科室』のような匂いで充満している。
グラミは初めて嗅ぐその匂いに鼻をやられたようで悶絶しているが、静かになったのでこのままにしておくことにした。
「こんにちは。あら、珍しいお客様。」
出迎えてくれたのはいかにも科学者といった白衣を纏った女性だった。
「初めまして。冒険者ギルドから来た者です。実はこの依頼についてお話を聞きに来たんですが、担当の方はいますか?」
俺がぺらりと手にした依頼書を見せると女性は「んーーー?」と近づいて内容を確認する。
近眼なのかな?
まあ、眼鏡は高級品だしな。
「ああ、それ!依頼したのは私ですよ。」
なんと対応してくれている女性その人が依頼人であった。
「私はミストと言います!もしかして受けてくれるの!?」
ミストと名乗った女性は俺の手を依頼書ごと握る。
急に女性に手を握られたので俺は顔が熱くなるのを感じながら、否定する。
精神年齢は実年齢よりも遥かに上だが、実は異性と付き合ったことはないのだ。
「ち、違います!」
「へ?」
「あ、いや違わないのですが……。少し説明しても?」
俺は握られている手を見るとミストは「ごめん、ごめん。」と言いながら離してくれる。
「それで、話って?」
「確かにこの配達業務には興味がありましたが内容がシビアだったので、実際に運ぶ物を確認したかったのです。」
「ふむ?」
「運ぶものが可能と判断した場合は受けさせていただきますが、無理だと判断した場合は辞退するつもりです。」
それを聞いたミストは腑に落ちたのかポン!と手を叩く。
「確かに。条件は厳しめだからね。君、やるねえ。」
「俺はラインと言います。この俺の頭で悶絶してるのはグラミです。」
「あはは。すごい匂いだよねここ。慣れたからもう何も感じないんだけどさ。」
「まあ薬剤を扱う場所はこんなもんじゃないんです?」
俺はさらっと返答するとミストは驚いた表情を浮かべる。
「それよりも、運ぶ薬瓶だけでいいので、見せてもらえますか? 」
「ああ、そうだった。ちょっと待っててね。」
そう言い残しミストは奥に消えていく。




