第6話 「相棒」
「……ニャー。」
「え!?」
俺は死んでいるはずの山の主の辺りから猫の鳴き声が聞こえたことにより一気にその場から後ずさり、警戒する。
「……聞き間違いか?」
「ニャー。」
やはり聞き間違いではなかった。
しかも山の主の亡骸に隠れていたその声の主が現れる。
それはとても小さな黒い子猫でその背にはとても小さな羽が生えていた。
子猫はよたよたと歩きながら俺の置いた供物の匂いをかぎ、食べ始めた。
「どう見ても、山の主の子……だよな?」
山の主の子と思われる小さな子猫は必死に食べている。
だが、戦いの後、時間が経ちすぎていたのであろう。
子猫は自分ではうまく食事を取れない様子だ。
俺はその姿にいても立ってもいられず、ベルトに下げた水筒を手に取り、その子猫に水を飲ませる。
手に移した水を勢いよく飲む子猫。
喉が潤えば次は食事だ。
俺は腰に下げたナイフで食べ物を小さく切り分け、子猫でも食べられる程度にして渡す。
しばらくの間、子猫は夢中で生きるために食べ、飲んだ。
満足したのか子猫は「けふっ」と小さく喉を鳴らしたかと思うと今度は俺の腕を登りはじめる。
「えええ……?」
俺はあまりの予想外の行動に困惑し考える。
この姿からして十中八九、山の主の子だろう。
だが、生まれて間もない小さな存在だ。
満足に自分で食事も取れないようなものにこの険しい山での生活は厳しいものがあるだろう。
このまま自然に身を任せれば数日中に他の魔物か獣に食われて終わるのが容易に想像できた。
だが、山の主の子であれば正体は『魔獣』だ。
それも成獣になれば山の主のような巨体になり、人にとって脅威になる存在になる可能性がある。
あくまで今までの山の主はたまたま人と魔獣、そして獣との間に境界線を持つ知能や考えがあったから関係が続いていたのであり、この子が同じような知性を持つとは限らない。
「人の気も知らないで……。呑気に寝始めやがった。」
今回の主目的は達成した。
それにこれらのことは村へ報告したほうが良いだろう。
山の主が死亡したことにより、この山のパワーバランスがどうなるかが不明になるからだ。
そのうえでこの子猫のことも聞いてみよう。
「それしかないよなあ……。はぁ……。」
俺はいつもの気持ちを取り戻し、下山の支度を整える。
本来であれば単身で下山する予定だったが、守るべき対象が生まれてしまった。
そのため、安全策を取ることにし山の主の毛を少し拝借し、また血の染み付いた土も持ち帰ることにする。
毛は山の主の遺体があることの証明になる。
それに、山の主ほどの体臭や血の匂いがあれば鼻の利く魔獣や獣は早々に寄ってはこないだろうと考えたためだ。
まだ明るいうちに行きの道である程度のセーフティゾーンを確認してきているのでそこまで移動し、夜を明かすことにした。
夜の間は子猫の様子が気になりろくに休むこともままならなかったが致し方ない。
とにかく、安全に下山することだけに集中し辺りが明るくなってきたと同時に下山を開始する。
帰り道に生えていた果実をとり、味に異常がないことを確認した後、子猫にも食べさせる。
子猫は「腹が減った。さっさと食わせろ。」と言わんばかりの勢いで俺が渡した果物を食べる。
帰り道は足元に気を付けさえすれば、俺の予想通り、獣の気配は一切なく下山することができた。
山の入口付近まで行くと村人数名と狩人が待っていた。
「おお!戻られたぞ!!」
俺の姿を見て声を上げる村人たち。
だが、すぐにでも相談しなければならないことが重なっていた俺は真剣な表情で村長のダバンを呼ぶよう伝える。
俺の表情を見て察するものがあったのか、村人の一人は走ってダバンを呼びに行く。
「問題でもありましたか?」
狩人が心配そうな表情を浮かべる。
「……。そうですね。ですが、まずはダバンさんと貴方に詳しくお話しします。」
俺がそう言い伝えると狩人は一層心配そうな顔を浮かべる。
早々にダバンがやってきたが、俺達は内々の話をするため、部屋に案内してもらう。
「こちらへ。」
「ありがとうございます。」
通された部屋に入り、室内は俺、村長ダバン、狩人のみとなったことを確認してから話を始める。
「問題とは?」
狩人が居ても立っても居られないという表情で俺に話を振る。
「まずはこれを。」
俺はそう言いながら、上着の中ですやすやと気持ちよさそうに寝ている子猫を取り出す。
「そ、その子猫は?まさか……!」
ダバンはすぐに気がついたようで驚いた顔をしている。
「ええ、恐らくそのまさかで間違いないと思います。」
俺は道中であった戦闘の痕跡、最終的にあった二頭の亡骸、そしてその一つが山の主であろうこと、そしてその亡骸から這い出てきた子猫のことを話す。
「そ、そんなことが……。」
ダバンは青ざめ、狩人は絶句している。
無理もないだろう。
今まで自分たちの守護神のように崇めてきていた存在が死亡していたのだ。
今後のことを考えれば気持ちは十分理解できる。
俺は山の主の証拠として切り取ってきた体毛と血で湿った土を包んだ布を取り出す。
「この毛並みは確かに山の主様の……。」
「残念です。ですが早急に確認しなければいけないのはこの子猫の処遇です。」
「それはそうでしょうが……。」
ダバンと狩人は顔を見合わせているがどうも顔色が悪い。
「正直にお話しすれば、我々もどうしたら良いかわからんのです……。」
「そうですか……。」
内心俺は、この規模の話を、一つの村だけの判断でどうにかできるとは考えていなかった。
それがこの二人の顔や反応を見て確信に変わる。
「俺はこの後、依頼のあった『配達そのもの』は無事に完了したとギルドに報告をしなければいけません。」
「それはそうですな……。」
「ですので村で判断できないのでしたらば、今後のこともあるでしょうし一緒にギルドに来てもらい、ギルドに判断を委ねるというのはいかがですか?」
俺の提案はすぐに意図を理解してもらえたようで、ダバンと狩人は「そうしましょう!」と即答の返事を寄越した。
話が決まれば行動は早いほうが良い。
それと今回は話が話だけに、怪我をしている狩人にも同行してもらうことになる。
その方が今後の村の立ち位置が明確に理解されるはずと考えた。
「ラインさんはゆっくりしててください。ここからは私たちの出番ですから!ああ、それとこちらは大切にお預かりしていた鞄になります。」
そう言ってダバンは俺に鞄の返却をした後足早に出ていき、馬車や荷の支度を始める。
この村の住民たちは非常に優秀でこうした荷の集めや支度などはあっという間に終わる。
「詳細は街から戻り次第話をする。その間は勝手に憶測を立てたり、森に入らないように。」と村長命令が出たことで重要な事案が発生したと認識したようだ。
だが、心配の声は上がらず、ダバンに任せておけば大丈夫だろうという信頼関係も見て取れた。
「では行きましょうか。」
「はい。」
俺たち一同は馬車に乗り込み三日掛けて冒険者ギルドに向かう。
ギルドに向かうまでの間に必要なことをお互いに確認しておいたほうが良いと思ったので説明をしておいた。
まず第一に山の主が死亡したということ。
そしてその子の存在と扱い。
山の主が死亡したことにより今後想定される魔獣の活性化。
それによって付随する魔獣に対する冒険者ギルドからの派遣等。
これらが主に考えられた。
予定通りの日程で冒険者ギルドまで戻ってこれたので俺は受付嬢に対し、戻ったことと非常に重要な報告があるということを告げる。
「おかえりなさい、ラインさん。それにしても重要なことですか?」
「はい。とても俺達だけでは対応できないのでそれなりの役職の方とお話できればと思ったのですが……。可能でしょうか?」
それを聞き、横で控えていた依頼人でもあるダバンたちからの表情を読み取った受付嬢は決して無下にすることなく対応にあたってくれる。
さらに別室の待合室で話をするということで通される。
「お待たせ致しました。」
受付嬢が部屋に入ってきて、その後ろに一人の女性を伴っていた。
受付嬢が退出するとその女性から挨拶がある。
「副ギルドマスターのケリーだ。今回、重要な案件があるということでクソ忙しいが対応することになった。」
かなり美人な割に口が悪く目も非常に怖い。
それと同時にここに来るまでに話の内容を決めておいてよかったと安堵した。
「ふむ。お前が最近噂の『配達人』か。」
前言撤回!この人はいい人だ!
俺はケリーの評価を書き換える。
今回ケリーを呼ぶことになった経緯を緊急で発生した配達の依頼から順番に話していく。
黙々と聞いていたケリーだが、やはり副ギルドマスターなことだけあって口は悪いが頭の回転は早い。
俺たちがここまでに来る間に考えていた問題点について即断即決で返答していく。
更に追加で職員達が呼ばれダバンと狩人は各々から必要な情報を聞くことになったようだ。
村長であるダバンは山の主についての歴史や今までの対応、その他知っていることを。
狩人からは魔獣や獣たちの動向や今後起きることが予測される事態や生態系を。
そして俺はと言うと子猫についての話をケリーと直接話し合うことになった。
「さて、その子猫だがどうしたものか。先程の話の内容であるならば拾ったお前、道中を共にした村長、狩人共に現状は無害であるということだな。」
「はい。」
当の本人の子猫は机の上で無邪気に遊んでいる。
その珍妙な姿をケリーが眺める。
「ふーむ……。」
「……。」
「まあ、間違いなくこれが上層に知られれば殺処分だろうな。」
「なっ!?」
あまりにも淡々とケリーがそう言ったものだから俺は驚きの声が思わず漏れてしまった。
だがケリーはその反応を待っていたようだ。
「ふむ。嫌か?なら『縛る』しかあるまい。」
「『縛る』……ですか?」
俺は初めての単語に質問を投げかけた。
「そうだ。『魂を縛る』。つまりは『従魔契約』を行い完全に無害化させる。」
俺は過去に見た書物の中に魔物と契約をしそれを力とする方法があるとは読んだことがあった。
だがそんな簡単にできるものなのだろうか。
「『従魔契約』は魂と魂の契約。これは死ぬまで続く契約だ。そして強制することはできず、必ず両者の同意のもとで行われる。」
「そんな大それた事……可能なんですか?」
「ああ。冒険者ギルドは『従魔契約』も行っているからな。」
初めて知った。
「ただし、もちろん金は貰う。」
「うっ!」
俺は万年金欠で従魔契約の費用は捻出できない!
そんな顔を見てケリーがにやりと笑う。
「だが、今回は特別に無料にしてやって良い。」
「えっ!?」
「条件はお前が『配達人』を続けることだ。」
「そんなことでいいんですか!?」
俺はあまりの好条件に驚き馬鹿みたいな顔をしてしまう。
だがケリーは逆に嫌そうな顔をしている。
「……。お前な。良いのか?本当に?」
「逆に断る要素がどこにあるんですか?」
質問に質問で返すようだが、俺は今後も『配達人』として生きていくつもりだったので何の問題もない。
「はあ……。本当にお前は噂通りの変わり者だったらしい。まあ良い。準備だ。」
そう言ってケリーは控えていた人間に指示を出し『従魔契約』の支度をさせる。
しばらくすると、一枚の魔法陣が書かれた巻物 が用意される。
「これが『従魔契約』の巻物 ですか?」
「そうだ。おい、ここにそのチビスケを乗っけろ。」
俺は言われるままに子猫を乗せる。
「お前はここに血判を押せ。そうすればあとは必要なことは『魂』が教えてくれる。」
俺はケリーの抽象的な説明に疑問を浮かべたが言われるままに親指を少し切り血判を押すと意味がわかった。
この子猫の考えがわかる。
子猫は俺の顔を見ながら心の中で話しかけてきた。
(名前を頂戴!)
どうやらこの感じでは拒否されている様子はない。
なので俺はしばらく考えた後、こう名付けた。
(お前の名前は『グラミ』だ。)
その瞬間、かっ!と強い光が巻物から溢れ、若干だが俺のマナが吸われる感覚がした。
そしてそのマナはグラミに流れ込み光が収まった頃にはグラミは生まれたての子猫よりも若干成長していた。
とはいってもやはりちょっと大きくなった羽を持つ黒い子猫のままだが。
カチッ
「……グ……ラミ……。ライ……ン……。」
なんと言葉を発した。
俺は思わずケリーの顔を見たが、ケリーもまた驚いた顔をしている。
これはまた困ったことになりそうだ。




