第5話 「山の主」
「おーい、今帰ったぞ。」
村の中心で集まっていた人たちに向かいダバンが手を上げ呼びかける。
それを見た人々は嬉しそうな表情で手を上げ答える。
「村長が帰ってきたぞ!」
「配達人を連れてきてくれたんだ!」
どうやらダバンは、この村の村長だったらしい。
村長自ら依頼に来るとはやはりそれほどの重要なことであったということがわかる。
そしてその人だかりの中には片足を怪我し松葉杖をついている中年男性の姿がある。
どうやらその男性が先ほど話に出ていた狩人のようだ。
「村長、本当にすまねえ!俺がへましたばかりに!」
男性は頭を下げるが村長ダバンがそれを静止する。
「よせ。もうそれは過ぎたこと。それにこうして代わりの配達人が見つかったのだ。」
俺は配達人と言われ耳が熱くなるのを感じたが、顔に出すことを必死に止めた。
「ん!んん!」
咳払いし、なんとか誤魔化す。
「ああ、すまない。紹介しよう。冒険者のライン君だ。非常に若いがとても物知りで配達に関しては優秀だとギルドからお墨付きも得ている。無礼のないように。」
「冒険者ギルド所属、鉄級冒険者のラインです。」
俺はペコリと頭を下げる。
「ダバンさん、早速ですがお疲れでしょうが諸々の確認をしても?」
「ああ、もちろんだ。」
確認作業には怪我をした狩人も加わることになる。
荷物に関しては村長がいつ帰ってくるかわからなかったという理由からまだ積み込みがされていない様子であった。
だが、ダバンが帰ってきたことにより一斉に村の人々は散り散りになり、配達すべき食料を集め始める。
その間に俺は更に詳しい情報を村長、狩人から聞く。
「荷物はあの籠のようなものに目一杯積む予定ですか?」
「ああ。肉なども多く積むので重量はかなりになるが大丈夫か?」
狩人は心配そうに俺のことを見るが、あの程度であれば問題はなさそうだ。
「大丈夫です。道については?山道ですので目的地までは?」
「毎年使用するので目的地までは、人一人が通れる程度に道を開けてあるので迷うことはない。」
「距離については?」
「約半日と言ったところか。」
「なるほど。」
俺は鞄から水筒を取り出し、水を入れてもらいベルトに下げることにした。
「山の主についてお聞きします。人前に出てくることは?」
「基本無い。山の主様は非常に賢く人を怖がらせまいとしている。」
ダバンが説明してくれる。
「だが稀に人前に現れることはある。」
「ではどのような姿なのかは分かるんですね?」
「うむ。それは非常に大きな黒き猫で背には羽が生え毛並みが整い、それはもう神々しい見た目をしておる。」
「へえ……。」
魔獣図鑑なども見たことはあるがそのような魔獣は載っていなかった。
よほど希少な魔獣なのかも知れない。
「礼節や気をつけるべき点は?」
仮にも山の主である。
礼節を欠き、俺が原因で村と山の主が対立しては元も子もない。
「仮にお姿を見せたとしても話しかけず、近寄らず。その場に供物を置き、感謝を伝えるだけで良い。」
「なるほど。」
ちょうどそこまで話を聞いたときだった。
荷物を積み込み始めようとしている村人の姿が見えたので、配達の責任者としてその積み込みの様子を見ることに。
積み込まれるものは主に肉、果物、野菜、それに革袋に入った果実水等だった。
肉の量が多い。山の主は肉を好むのだろう。
最終的に籠の中は食料で満タンとなる。
俺は確認のためにそれを背負う。
確かにズシッと重い。
それに様々なものが積まれているせいで重心も悪い。
俺は一度、籠を下ろし自分の鞄から紐を取り出す。
そうして器用に籠の中身を傷めないように紐を通し、最終的に背負ってからその紐を俺の身体で結び固定する。
すると重心が安定し荷崩れを起こすようなことは防げると確認する。
それを見ていた村長や狩人、村人たちは驚きの声を上げた。
「なんと。紐一つでそこまで変わるものか。」
「ええ、良かったら皆さんも参考にしてみてください。」
俺はニコリと笑って答える。
出発の前に一番大切なお願いを村長であるダバンにする。
「ダバンさん、お願いがあります。」
「ん?何かね?」
「俺のその鞄預かっていただけませんか?俺にとっては命と同じくらい大事なものなので。」
「勿論だ。責任を持って預かろう。」
俺はその言葉を聞き、頷く。
「よろしくお願いしますね。では早速行ってきます。」
「よろしく頼む!」
俺は村長ダバンをはじめ村々の人たちから歓声を受け出発する。
今回は一人が通れる程度の道が開けているとはいえ、山道だ。
特に足元に注意し転倒しないよう細心の注意を払う。
そして何より、前情報では魔獣は間引かれているとのことだったが通常の獣は当然出る。
なので特に攻撃性が高い獣に気を付けねばいけない。
2時間程度を水分補給しながら進んだときだった。
ガサッ!
前方から強い草木の揺れる音がする。
俺はすぐに近くに身を伏せて隠れる。
呼吸を落とし身体を動かさず音を立てない。
どうやら前方付近で音を鳴らしたのは比較的大きな猪だった。
……猪か。他は……いないようだ。
俺は猪が姿を消すまでひたすら隠れることに徹する。
俺は冒険者ではあるが配達人 だ。
目的は討伐ではなく、『無事に荷物を目的地まで運ぶこと』である。
避けられる戦闘は極力避け、逃げられる戦闘は逃げる。
これが配達人ラインとしてのスタイルであった。
しばらくして、完全に気配が消えたのを確認する。
「ふー……。」
俺は軽く荷物に異常がないことを確認してから背負い直し歩を進めた。
その後も数回、このように獣の気配を感じ隠れることがあったが未だ接敵はしていない。
さらに足を進めたときだった。
今までとは明らかに違う異変を感じた。
血の匂い!?
俺は先ほどまで以上に警戒し、さらに嗅覚へ身体強化を施し、その方向を確認する 。
非常にまずい。
どうやら匂いの方向は俺が通るべきルートの上にある様子だった。
しかもその匂いから察するにかなりの量の血が流れているのがわかった。
だがどうする?
このまま引き返すべきか?
身体強化を施して血の匂いがわかっても、その血は何から流れたものかまではわからない。
人なのか、獣なのか、魔獣なのか。
経験上、血の匂いは等しく血であるのだ。
俺は意を決し荷物だけは死守する形で歩を進めることを決める。
進む速度は明らかに落ちるが確実性を取る。
そしてその匂いの元となる多量の血が地面一面に飛び散っている場所までたどり着く。
周りを観察すると、草木は折れたり剥がれたりしており、大きな爪で付いたと思われる傷もある。
それに地面の足跡を見るに、猫科のような足跡と猪のような蹄跡であることがわかる。
だが問題はその大きさだ。
とてもではないが普通の猫と猪のそれではない。
となれば考えられるのは、魔獣同士。
しかも猫科の方は山の主の可能性が高いことが伺えた。
一つの安心材料がある。
それは静けさだ。
この場で耳を澄ませても戦闘をしているような気配を感じさせる音が聞こえない。
それは乾きつつある血を見てもそのことが理解できる。
つまり戦闘はあったがそれは終結している可能性が高い。
そうであるならば、俺のやることは一つ。
警戒を高めつつ目的地まで到達し、そして供物を届けきった後に離脱。
やるべきことは決まった。
俺はすぐに行動へ移した。
幸いなことにこの匂いのおかげか、弱き魔獣や獣たちはこの付近に近寄ろうともしない。
それはそうだろう。
こんな大きな魔獣同士の戦闘に巻き込まれたらひとたまりもない。
人間以上に敏感な者たちは近寄ろうとはしないだろう。
俺はそれでも警戒は解かずに歩を進める。
奥に進むほど戦闘の痕跡は強くなる。
足跡、草木、爪痕、そして流血。
それがいかに激しい戦闘であったかを想像できてしまうような痕跡であった。
やがて草木が途切れ、光が強く指している開けた場所に出る。
直感的に今回の目的地であることを理解した。
だが、そこには想像していなかったものもあった。
それは今まで見たこともないような2体の魔獣の姿。
一頭は黒い毛並みの翼の生えた豹。
一頭は先程見た猪よりも立派な牙を蓄えた、大きさも比較にならないくらいの猪。
その姿を見た瞬間にブワッと冷や汗が流れるのを感じる。
これは人が戦うような生き物ではない。
本能的に危険信号が灯るそんな存在たちの姿であった。
俺はしばらく隠れながら様子を見るもどうやらその二頭の魔獣から生命の気配は感じない。
きっとこの豹のような魔獣が山の主であり山の主の役割として大きな猪の魔獣と相対し、結果相打ちという形で決着したのだろうと思った。
俺はゆっくりと近づき様子をうかがう。
やはりその二頭の魔獣は事切れており、時間も若干経過している様子であった。
それでも俺は、俺のやるべきことをする。
最後まで山の主としての役を果たしてくれたものへ、敬意を込めて感謝の供物を捧げる。
「山の主様。今までありがとうございました。どうか安らかに。」
俺は誰に聞こえるでもないその感謝の祈りを言葉にしたときだった。
それは聞こえた。
「……ニャー。」




