第9話 「僕の名は」
薬瓶を輸送させるための緩衝材を作成してから三日が経過した。
「……良し!」
三日経ってもスライムと粘土の混合物が柔らかさを保っていることを確認した。
これなら問題ない。
「これなら配達に耐えられそうだ。」
そうと決まれば話は早い。
俺はまず冒険者ギルドに寄り、正式に依頼を受けることを伝え、その足で錬金術ギルドのミストに会いに行く。
「おはようございます。配達の依頼、正式に受けることにしました。」
開口一番にミストにそれを伝えると依頼人であるミストが一番驚いていた。
「ええええ!?本当かい?」
「はい。それに際してまず見てもらいたい物があるんです。」
そう言いながら準備してきた緩衝材を詰めた箱を見せる。
研究者としての血が騒ぐのか少し興奮気味にミストが聞いてくる。
「これは?」
「以前お話した緩衝材を自分で考えました。」
「これを……、君が?」
俺は笑顔で返す。
「触ってもいいかな?」
「ええ、もちろんです。どうぞ。」
ミストは当然、おが屑よりもスライムと粘土の混合物に興味を惹かれ、ぷにぷにとずっと独り言を言いながら突いている。
「おお!こ、これは……!!」
しばらくすると詳細を求めてきたので粘土とスライムでできていることを伝えると更に衝撃を受けたようだ。
「こ、これがあのスライムだっていうのかい!?」
「ええ、スライムはご存じの通り身体のほぼ全てが水分ですし、保水液として使われているくらいの代物です。なので使用できるのではと実験した結果がこれです。」
「そ、そうだったのか……!」
「ご存じなかったんですか? 」
「……。いやー、私は作る側の人間であって使う側の人間じゃあないからね、あ、あはは!」
そう言ってミストは目線をそらした。
「それで、これに三本入れるのだね?」
「いえ、一本ずつ入れ、三箱に分けます。」
そこでまたミストは頭を捻る。
「うん?」
「単純な話、一つの箱にまとめてしまうとその箱の中で瓶同士が接触し、それが破損の原因になるからです。なので一本ずつとします。」
「なるほど。よく考えてるなあ……。」
「それが俺の仕事なので。」
俺がそう言い胸を張るとミストは笑い、グラミが頭を捻っている様子だった。
説明が終わると、依頼主としても納得したようで箱が三つ用意されたため、俺は事前に用意してきた材料を各箱に敷き詰める。
「では、この箱の中心に配達する薬瓶を入れてもらってもよろしいですか?」
「わかった。」
俺は依頼人であるミストに直接配達物を置いてもらい、それを確認したうえで梱包作業を行う。
軽くゆすり、ガラスの接触音がしないことを確認したのち、箱の上からも厳重に汚れ対策で風呂敷に包み鞄に収め固定させる。
「……これでよし。では早速ですが俺たちは依頼先に向かいます。」
「わかった。気を付けてね。良い報告を待っているよ。」
「はい。行こう、グラミ。」
未だに若干匂いで、不機嫌になっているグラミに声を掛け出発する。
出発してからグラミは何か思うところがあるようで、自分の足で歩き、俺の少し後ろにいた。
俺は配達業の邪魔にはなっていなかったので、特に気にすることはなかった。
しばらく歩き、休憩をしているときだった。
グラミが俺の顔を見ながら話しかけてきた。
「ラインは『ぼーけんしゃ』?『ぽすとまん?』」
どうやらグラミがしばらく考えていたこととは俺の仕事についてのようだった。
たしかに俺は今まで自己紹介では『冒険者』として挨拶はしていたが、仕事の際は『配達』という言葉を使用していた。
そのことで混乱を招いていたのかも知れない。
「そうだな。俺は冒険者だが、本当にやりたいことが配達人 なんだよ。」
「なんで?」
「なんで、か……。」
俺は改めてそう聞かれ考えるが答えが浮かばなかった。
「そうだな。グラミも今回の『配達』が成功すれば意味がわかるかもな。」
グラミにそう言うと、グラミは「ううーーー。」と言いながら悩んでいる。
そう、俺にとっては『配達』とは言葉では言い表せないものなのだ。
ある程度進んだところで道模様が変わり一気に険しくなる。
「さて、ここからだな。」
俺は気合を入れ直し、今まで以上にバランスに注意をし、身体強化も速度より、バランスに集中させる。
グラミも歩きにくいと思ったのか自然と俺の頭の上に移動した。
中腹まで来たあたりだった。
若干開けたところに出たことで、俺はグラミに「休憩しようか。」と声を掛けたときだった。
重心をかけた片足がすくわれる感覚を覚える。
どうやら足場が見た目よりも遥かに脆くなっていたようで沈む。
「まずい!!」
その時には俺は鞄を肩から降ろし手で持っている状態だった。
その状況で片足が取られたものだから、一気に鞄が地面に近づく。
俺は咄嗟に身体強化を施し鞄だけでも死守しようとしたがあまりにも時間がない。
「ぐぅ!!」
思わず声が漏れる。
ここまでか……!?
そう思った瞬間だった。
「にゃー!!」
なんと地面と鞄の間にグラミが潜り込みグラミが身を挺して緩衝材の役割をしてくれる。
「グラミ!!大丈夫か!?」
「だ、だいじょーぶ……。ライン、はいたつは……?」
俺ははっとし、鞄の中を開け荷物を確認する。
どうやら緩衝材もあったことが功を奏したようで無事に一本も破損することはなく難を切り抜けることができた。
その事実に、俺は思わず腰が抜ける思いをした。
俺は久しぶりの衝撃を受けたし、グラミも怪我はなかったがかなり無茶をしてくれた。
様子を見る必要もあったので今日はここまでとして休息を取ることにした。
火を起こし、食事をしているとき、グラミの身体が先程の件で土埃で汚れているのが見えたので俺はグラミを優しく撫でながら汚れを落としていく。
「ありがとう、グラミ。助かった。頑張ったな。」
「えへへ……。」
グラミはむず痒そうな顔をしながらも俺の撫でる手を受け入れる。
翌朝、俺は再度出発前に荷物を見て、問題がないことを確認する。
「よし!」
一度失敗したことは二度はしない。
俺は身体強化を更にバランスに重点を置くことにし、二度とあのようなことが起きないようにする。
時間は掛けたが無事になんとか今回のルートで最も難所であった場所を抜けられ俺は安堵する。
グラミも俺の頭から降りてきたが、ここから先の道は俺の後ろではなく横を歩くようだ。
俺はそれを微笑ましく見る。
その後は特に問題も起きること無く、目的地であるヒダ村に到着した。
「よ、ようやく着いた……。」
精神面で見れば過去一番に疲れた配達だったかもしれない。
だが俺は最後に依頼人に渡すまでは気を抜かず届け先である薬師を探す。
村人に聞くと案内される。
そこはどうやら入院もできる施設のようだった。
そこに一人の中年女性がいる。
年季の入った白衣を着ておりこの人が目的の薬師テ・チョであることが容易に想像できた。
「こんにちは。薬師テ・チョさんですよね?」
「いかにも。私がテ・チョだが、そちらは?」
「お届け物です。依頼主は錬金術ギルドのミストさんからになります。」
俺がそう言うとテ・チョは驚いた顔をする。
「という事は、例の薬かい!?」
「例のかどうかはわかりませんが、薬瓶を三本、お届けに来ました。確認してください。」
「おおお……!相わかった!」
そう言いテ・チョは俺に荷物を置く机を示してくれ、その上に丁重に今回の荷である木箱を三つ取り出す。
そうしてゆっくりと蓋を開けると、そこには無事、無傷な状態の薬瓶が三本現れる。
「素晴らしい。確かにこれであれば問題ない……。」
テ・チョは思わずその薬瓶を眺め涙を流した。
俺はあまり深入りするものではないと席を外そうとするがそれをテ・チョが静止した。
「配達人 さんよ。良ければ今回の『結果』を見届けていかないか?」
「え?いやしかし……。」
俺は医療という患者が存在し得るであろうプライベートなことに干渉して良いのかと考えているとテ・チョが是非にというのでお邪魔させていただくことにした。
テ・チョの後についていくとそこには一人の少年、年にして十歳くらいの少年が顔から右腕までが真っ赤に腫れ上がり苦しそうに「ぜい、ぜい……。」と荒い呼吸をしている。
テ・チョは手慣れた手つきでまず一本目の薬瓶を取り出し、それを少年に飲ませる。
すると不思議なことに少年の身体に現れていた腫れは短時間のうちに引いていく。
だがそれと同時に少年は胸を押さえ、苦しみだした。
「さあ、次だ。」
テ・チョは二本目の薬瓶を取り出しそれを飲ませると苦しそうに抑えていた胸の痛みは取れたのか胸を押さえることはなくなるが汗をかきはじめうなされ出した。
どうやら高熱が発症し悪夢にうなされているようだ。
「最後に……。」
テ・チョは三本目の薬を取り出しそれを飲ませる。
すると少年は嘘のように安静を取り戻し呼吸も正常になり安定している様子を見せる。
「はぁ……。良かった……。」
一番緊張していたのか薬師のテ・チョはストンと椅子に腰を掛ける。
「配達人 さんは『連鎖投薬』と言う言葉は知っているか?」
唐突にテ・チョから話を振られる。
「ええと、主訴の疾病に対して使う薬剤に対する副作用を抑えるための薬剤投与でしたっけ?」
「ほう、その通りだ。薬学の知識が?」
「いえ、たまたま知る環境があっただけのことです。」
「そうか。まさに今見てもらった少年のような状況だな。」
「……。」
「本来であれば『連鎖投薬』は錬金術ギルドを始め薬師の間でもなるべく避けるべき行為としているのは知っているか?」
「いえ……。それは初耳でした。良ければ理由を後学のために教えていただいても?」
「患者への身体的な負担が大きく、また投与する薬剤が揃わなかったり、一般の治療よりも高くつく可能性があるからだ。」
「なるほど……。」
「本当であれば一本の薬剤で治療が完了できればそれほど望ましいことはない。だが我々もまだ知識不足。現状で対抗できる武器をもってして挑まざるを得ない状況ということが多々ある。」
「『連鎖投与』もそのうちの一つ、と。」
「そうだ。」
落ち着いたテ・チョは部屋を移動する。
俺はそれに続き部屋を出るがグラミは最後まで安らかに眠っている少年の姿をじっと見つめていた。
「それにしてもミストの奴め。良い仕事をしてくれた。あんな馬鹿弟子でもたまには役に立つ。」
「え?ということはテ・チョさんはミストさんの御師様で?」
「ああそうだ。元々ミストはこの村の出身でな。」
「そうだったのですね。」
「依頼書、預かろうか。」
「そうですね。お願いします。」
俺は配達完了報告を書いてもらうために依頼書をテ・チョに渡す。
途中でグラミが部屋に入ってきて俺に語りかけた。
「あのこ、よかったね。」
「そうだな。お前のお陰だ。」
俺が自然とグラミと会話していることにテ・チョは一瞬驚くがテ・チョがグラミに問いかけた。
「そうか、おチビも今回配達してくれたのか。感謝する。」
その言葉にグラミは照れている様子だ。
「それで、小さな配達人さんよ。お主の名前は?」
「……。」
グラミはそう聞かれ目をパチパチさせている。
カチッ
そうして何を聞かれたのか、その意味を理解しこう答えた。
「僕の名前は『グラミ』。」




