第3話 「初めての贈り物」
俺は早速、初めての依頼主となる服飾店の店主であるルードに会いに、先ほど通ってきた道を戻ることにした。
まさか本当にこの世界でも再び配達の仕事に就けるとは思ってもいなかったので、それだけで目の前が明るくなるのを感じていた。
店に到着し再び入ると先ほど会ったばかりの恰幅の良い店主、ルードは店の清掃をしているところだった。
「先程はありがとうございました。ルードさん。」
そう声をかけるとルードは顔を上げ若干驚いた表情を浮かべる。
「おや?先ほどの?どうされました?まさか道がわからなかったとか……?」
「いえ、おかげさまで。」
俺はそう言いつつ、できたばかりの鉄級冒険者証を取り出し、ルードに見せた。
「おや、まあ。冒険者ギルドと言っていたのは依頼ではなく冒険者登録のためだったんですか。」
ルードは意外だったと言わんばかりの表情をしている。
「ええ、まあ。それで早速なんですが依頼を受けましたので、依頼品を受領したいと思いまして。」
俺がそう言い、鞄から正式に受領された依頼書を取り出すと更にルードは驚いた顔を見せる。
「なんと!もうその依頼は受領されないものとばかり思い込んでいました。」
「あはは。まあ偶然にもミーギ村までの道もわかりますし、配送内容も問題はありませんでしたので。」
仮にも俺は公爵家の人間だった。
将来的に軍属になる予定だった者の教育として近隣の地理関係は叩き込まれているので問題はない。
「そうでしたか。ではこちらへ!仕事の詳細をお話ししましょうか。」
「ええ。」
俺は案内された客間に座り待っていると、今回の依頼品と思われる物を手にしたルードが入ってくる。
「届けていただきたいものはこちらです。」
「内容物は?」
「手紙が一通、そしてこちらの衣類になります。」
衣類と言われたそれは、毛皮で作られたコートのようだった。
「ただし、依頼書にも注意事項を書きましたが本当に大丈夫でしょうか?」
「ええ、それについても確認しています。注意事項は傷、破損、汚れ等ない状態での配達を絶対条件としてのご希望でしたよね?」
「……はい。お陰で今まで見向きもされなかったようですが。」
「問題はありませんよ。」
配達する上でそれらの注意事項は当然のことだからだ。
だが、俺が涼しい顔をして答えたことに依頼主のルードは訝しんだ。
「本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ええ。ちょっとお待ちくださいね。」
俺はそう言い鞄の中から、一枚の大きな布を取り出した。
いわゆる『風呂敷』だ。
それは薄いながらもしっかりとした作りの布で、水を多少弾く加工が施されている。
俺は配達業を行うための道具として家を出る際、配達に使えそうな道具をいくつか鞄に詰め込んでおいた。
俺は風呂敷を広げてからルードに指示を出した。
「この布で包む前にまずそちらで状態が問題ないかを確認してください。問題がなければお預かりいたします。」
「あ、ああ……。」
そう言いながらルードは配達するコートを広げ確認をする。
「一応俺も届ける品がどんな状態かを確認しますね。」
俺とルードは毛皮のコートの現状確認を一緒に行い、終わったら依頼主自身に畳んでもらう。
「ではお預かりしますね。」
俺はそう言い、預かったコートを風呂敷の真ん中に置き、それを丁寧に包んでいく。
「その大きな布は一体……?」
「ああ、これは配達品に傷や汚れなどが付かないようにするための予防ですね。」
俺がさらっと説明するとルードは信じられないものを見たと言わんばかりの表情をしている。
逆に俺はその表情に驚く。
「えっと……。何か……?」
「いやいや……!今までこのような形で配達するものを包んだりするということが無かったものでね!」
「はあ……。そうなんですね……?」
俺は逆に今までどの様な形で配達されていたのかが不思議になった。
テキパキと包み込み、そうして一つの梱包品が完成した。
「手紙はこちらでお預かりしますね。」
そう言い、鞄の中から革製のファイルのようなものを取り出す。
もちろんこれは、防水で折れなどを防ぐための道具である。
「……。手紙までそのようなもので……。」
「『大切な手紙』だからこそです。」
そう言い切るとルードは唖然としていた。
「では確かに、配達依頼品お預かりしました。」
俺は会釈をする。
するとルードは緊張していたのだろうか、緊張がほどけたような表情で返事をしてくれる。
「よろしくお願いします。」
店から出るも、まだまだ日は高い。
ミーギ村までは徒歩でも片道丸二日程度の距離になるだろう。
外門から出ると、広い街道が伸びていた。
今までこういった外出は馬車のみだっただけに非常に新鮮だ。
だが、同時に初めての配達の依頼だ。
俺はパンッ!と両頬を叩き気合を入れ直す。
「よし!」
俺の足は軽かった。
それは新しい人生が始まったという意味もあったが、何より、本当に身体が軽い。
というのも俺は幼少期の鍛錬の際に教わる『無属性』でも使える基礎魔法『身体強化』を使用している。
それもかなり変則的な使い方で、一部を強力に強化するのではなく長距離を歩くために負担が無いようにと補助的に使っている。
体幹も強化しているのでバランス良く、転びにくくなる。
もちろん身体そのものが強力に強くなったわけではない。
重い荷物を軽々と持てるわけでもなければ、走る速度が劇的に上がるわけでもない。
要は安全に旅をするための策として、身体強化を使用しているのだ。
以前そのような使い方をしていると指南役に話をした時、そのような使用が出来るのは俺だけだなどと言われたが、「そんな大げさな」と笑い飛ばした。
道中の旅は安全だった。
この世界には魔物や盗賊など人間にとって脅威となる存在はいるが、ここはまだ街から少し離れた程度だ。
そのような危険なものは時折巡回している兵や戦闘を生業としている冒険者達により討伐されている。
俺は前世でも味わうことができなかった自然や風景を堪能しながら軽やかに目的地へと進む。
道中日が暮れ始めたときのこと、そろそろ夜を安全に過ごせる場所でも探そうかと思った時、ふとした事に気がついた。
それは匂いだった。
「うん?」
俺は一瞬の匂いに気が付き、身体強化を鼻へ集中させる 。
すると思った通りの匂いがした。
雨だ。
雨が降る前の匂いがした。
荷物が濡れてしまうと危険を察知し、慌てて雨宿りできそうな場所を探す。
ありがたいことに近場に橋が架かっているのが見えたためその下で雨宿りするついでに夜を明かすことにした。
橋の下に着き、火起こしの準備をする。
これも軍属になるうえでは必須の技術であったため手早く準備し、火を起こすことができた。
その時、ぽつぽつと雨が降り始めた。
「いやあ、どこでどんな技術や知識が役に立つかわからないものだな。まあでも感謝だな。」
火を囲みながら、俺は物思いにふける。
今まで自分の境遇を恨んだことはなかった。
必ずどこかで道が続いていたからだ。
足を止めなければ終わりではない。
それを過去の自分でも理解していたので、今現在『ライン』として歩んでいる道も苦ではなかった。
そんな事を思っているといつの間にやら眠ってしまったようだった。
「ふぁーあ……。」
俺は目を覚ますなり荷物の確認をする。
「よしよし、濡れたりしてないな。」
手慣れた手つきで火の始末などを終え、早々に目的地に向かう。
本来であれば徒歩で丸二日程度は掛かる距離であったが、身体強化のお陰もあり、二日目の夕方には目的地のミーギ村が見えてきた。
「こんにちは。」
俺は村の入り口付近にいた老女に挨拶をする。
「おや?見たことない顔だね?旅人かい?」
「いえ、配達の仕事で。ハイツさんを探しているのですが、ご存じないですか?」
俺の言葉に老女は少し驚いた顔をした。
「ハイツだって?なら一人しかいないよ。この村の長だ。村の中にある一番大きな家を目指すと良い。」
なんと、受取人であるハイツはこの村の村長だったようだ。
「わかりました。ありがとうございます。」
俺はそう老女に礼を述べ頭を下げる。
老女の案内は的確だった。
村で一番大きな家と言われすぐにわかった。
その家の前で一服、煙管を吸っている老紳士がいたので声をかける。
「こんにちは。ハイツさんのお宅はこちらでしょうか?」
「うん?何じゃ?ハイツは儂だが。」
「ああ、良かった。配達です。」
俺がにこやかにそう言うとハイツは顔をしかめる。
「配達?どうして商人の奴らが届けに来ない。何かあったのか?」
なるほど。
どうやらこの村というか世間一般では配達をする人間=商人の人間ということで認識が固まっているようだ。
確かにそう言われれば俺の身なりはどう見ても商人ではなくどちらかと言うと旅人に近い。
俺は怪しまれないように首元から鉄級の冒険者証を取り出し自己紹介した。
「初めまして。俺は鉄級冒険者のラインと言います。冒険者ギルドの依頼として配達をしに来ました。」
「冒険者だと?依頼主は誰だ?」
「服飾店店主のルードさんです。」
その答えを聞き、明らかにハイツの表情が変わった。
煙管の火を消し「そうか。」とだけ返事がある。
「良ければ茶でも飲んでいけ。冒険者ギルドの依頼ならば受領証も書かねばいかんしな。」
「……そうですね。頂いていきます。」
招待された部屋に入ると「適当に掛けてくれ。」と言われたので座り準備を始める。
俺は収納鞄より、今回の依頼品である風呂敷に包まれたコート、手紙、そして依頼書を卓上に並べる。
お茶を入れてきてくれたハイツはその様子を見てギョッとしていた。
「……。それが儂宛に?」
「はい。一緒にご確認ください。」
そうして俺は風呂敷を解き、中から毛皮のコートを取り出す。
「どうぞ。」
「あ、ああ。すまねえな。」
ずしりと重みを感じるしっかりとしたコートをハイツは手にし確認をする。
「こいつは……。」
「それとこちら、お手紙になります。」
俺はレターケースより手紙を取り出し、手渡す。
ハイツは手紙を受け取ると代わりに俺にお茶を差し出した。
「ありがとうございます。いただきます。」
ハイツはコートよりも手紙の方に興味があるようで俺がお茶を飲み始めると手紙を開け読み始めた。
しばらくの沈黙の後、読み終えたハイツがポツリと口を開く。
「こいつは儂の独り言だ。」
俺は沈黙で答える。
「儂には一人息子がいた。」
「……。」
「そいつは頭も良く、算術も得意で話術も得意じゃった。それは儂は次代の村長になったら安泰だろうと思っていた。」
「……。」
「だが、突然あいつは商人になるんだ、と村を飛び出していきおった。もう何十年も前の事か……。」
そんな事を言いながらどこかハイツは遠くを見つめている。
「それからそいつとは音信不通になってな。ただ風の噂で商売に成功し自分の店を持ったらしいという噂だけは聞いていた。」
カチャ
俺は静かにカップを置く。
「……。バカ息子が。今は夏になろうかと言うのにこんな大層な毛皮のコートなんぞ寄越しよって。」
そう言いながらもハイツの口は若干の笑みを浮かべているのがわかった。
その時俺はハッとした。
周りよりも若干汚れ、放置されていた時間が長かった依頼書。
依頼主であるルードが言っていた「もう受領されないのではないかと思った。」という言葉。
そして季節外れのコート。
俺は卓上に置いた依頼書をそっと開き、依頼日を確認する。
なるほどな……。
「独り言が過ぎたようだな。すまない。受領証明だったな。」
「いえ、こちらになりますので問題がなければお願いします。」
さらりと受領証明にハイツがサインする音が聞こえる。
「確かに。」
俺は受領証明を受け取ると席を立つ。
それを見て、ハイツが慌てた様子で声をかける。
「ん?もう行くのかい。」
「はい。受領証明も頂きましたので。ギルドに戻って完了手続きをします。」
「……。」
ハイツはなにか言いたそうな雰囲気を醸し出している。
俺はそれを見届け、声を掛けた。
「これは俺の独り言です。」
そう言い、言葉を続けた。
「完了手続きが終われば依頼主にもギルドより案内が届くはずです。依頼主もそれで安心できるのではないでしょうか?」
そしてニコッと笑いハイツの顔を見る。
「ああ、そうだな……。ありがとう。若き配達人さん。」
「いえ、では失礼しますね。ご馳走様でした。」
俺は荷物を片付け、家から出る。
ハイツは俺が見えなくなるまで無言で見送ってくれた。
カチッ
その時、鞄の中からどこかで聞いたことがある音が聞こえた気がした。
「うん?なんの音だろう?まあ、いいや。」
俺は無事にラインとしての初めての配達に満足し帰路につく。
心なしか帰り道の方が勾配が厳しいはずなのにも関わらず行きよりも身体が軽かったのは気持ちの問題だろう。
無事に冒険者ギルドに到着し、受領証明を受付嬢に提出する。
「おかえりなさい。初の依頼達成おめでとうございます。」
そうして窓口からは報酬金である銀貨三枚が手渡される。
この世界で初めて自分で稼いだ給料だ。
重さが違う。
さて、次の依頼はどれが良いかな?
俺は感慨深さを噛み締めながら次の依頼書に目を通し始める。




