第2話 「これから」
「はぁ……。これからどうしよ……。」
俺は十三年過ごしてきたアイゼンバッハ家から出ていくことになり、貴族でもなくなってしまった。
手切れ金を渡されたわけでもなく、必要最低限を自分で用意し、出てきたような状態だ。
「まあ、なるようにしかならないか。」
起きてしまったことはもうどうしようもないので、気持ちを切り替え前を向くことにする。
恐らく貴族社会しか知らない十三歳の少年であれば絶望の淵で嘆き続けたのかも知れないが、俺にはラインとして生まれる前の三十年近い人生経験がある。
前世でも両親は早くに亡くなり、施設で育った。
高校を卒業してからは、郵便局で働いていた。
「そういえば、改めて考えればこうして供を連れずに街に出て自由に歩くのは初めてかも知れない。」
アイゼンバッハの名を名乗っていた頃は腐っても公爵家の子供。
誘拐などを恐れてどこに行くにも必ず護衛が居た。
「んーーーー!」
俺は背伸びをし気持ちを切り替える。
「とりあえずは生活費をなんとかしなくちゃだな。」
俺はとりあえず一番丈夫で大きめの収納鞄に貴族時代に着ていた服を一着だけ入れてきた。
手切れ金のようなものも渡されなかったので、一番現金になりそうなものを持ってきたのであった。
しばらく歩き、俺は市場を目指す。
はっきり言って俺はこの市民の生活をほとんど知らない。
市場はそういった意味では最高の教材だ。
自身が稼ぐべき収入や情報が手に入る。
市場は活気に満ちており、様々な物が売買されていた。
「安いよ!安いよ!今朝収穫したての野菜だよ!」
「今夜は豪華に鹿肉なんてどうだい!」
様々な声が聞こえてくる。
俺は売られている商品の金額を横目で見る。
「……思ったより高くはない……か?」
ぐうーー
盛大にお腹がなる。
「そう言えば今日はまだ何も食べてなかった。」
丁度、その時いい匂いが漂ってきたのでこれを頼りに串肉屋にたどり着く。
店前につくと勢いの良いおっちゃんが声をかける。
「いらっしゃい!」
俺は空ではないが中身が寂しい財布の中身を確認する。
「うっ、うーん……。とりあえず一本だけ貰おうかな。」
「あいよ!」
手慣れた様子で串肉を準備してくれたおっちゃんに金を払う。
「ありがとう。ところでここら辺で服を売れる場所はあるかな?」
「服?ああ、それならあそこの角の店が買い取ってくれるよ。」
俺はペコリと頭を下げ礼を言う。
俺は買ったばかりの串肉を食べ歩きする。
「ん!うまいな!」
貴族時代に食べていた食事は毒見があるので基本冷めた食事が主だったが、やはり食事は温かい方が旨いに決まっている。
俺は久しぶりの当たり前の事に感動を覚えながら、教えてもらった店に入る。
店では恰幅と人当たりの良いおじさんが対応してくれる。
「これを路銀にしようと思ったんだけど、買取は可能ですか?」
「どれどれ、失礼しますね。……ほお。」
流石に一市民が貴族様が着る服を売りに来るのは若干の違和感があるのだろう。
そこで俺は交渉する。
「この品について特に詮索しないでくれるのなら多少安くても問題はないよ。」
「ふむ……。盗品ということでもなさそうですし良いでしょう。わかりました。」
そう言い店主は金の準備をしだす。
「ところで店主。冒険者ギルドはここから近いのかな?」
ごそごそと準備をしていた店主が俺の声に反応し、顔を上げた。
「冒険者ギルドですか?それでしたら大通りに出れば直ぐにわかりますよ。」
「そうか、ありがとう。」
「ではこちらが、買い取らせていただいたお品代金になります。」
「感謝する。」
確かに中古とは言え貴族服としては若干安い気もしたが、背に腹は代えられない。
買い取ってもらえただけでもありがたい。
受け取った金で多少膨れた財布を盗まれないようにしっかりと準備をする。
ペコリと会釈をし俺は店を後にする。
家を出ることを命じられてから、どうやって生活をしようかと考えていた。
上級貴族の子であったため当然読み書き算術は家庭教師から教わっていた。
なので商家に住み込みで、というのも一時は考えたが……。
「……配達、か。」
ある時ふと母さんとの話を思い出した。
「ええっ!?母さんって元々は平民の配達人だったの!?」
「あはは。豪快に驚くね。」
「それはそうでしょう。だって今は公爵家の人間じゃない?」
「まあ、それも縁あってのことよ。」
「そっかー。母さん『も』配達人だったのか……。」
俺のその言葉に母さんは一瞬頭をかしげた。
「んー?」
「ああ、なんでもない!気にしないで!!」
そんな事を思い出し俺はどうせなら前世でも非常に好きであった仕事の配達人になろうと決心していた。
だがどうやって配達の仕事を受けられるのであろうか?
「もしかして、冒険者なら配達の仕事がある……?」
そのような考えをしていたため、次の目的地が『冒険者ギルド』となったのだった。
店主に教えてもらった通り、大通りに出ると冒険者ギルドはすぐに分かる。
人の出入りがかなりあり、しかも大半の人物たちはいかにもな装備品類を身にまとっているためだ。
俺は居ても立ってもいられない気持ちになり若干小走り気味に冒険者ギルドの中に入る。
中に入れば当然、屈強な冒険者達の視線が刺さる。
だがすぐにそれは無くなったことに気がついた。
「うん?」
不思議な気持ちになったが、受付嬢に話しかけたことでその意味はすぐに理解できた。
「あら?こんにちは。こちらは冒険者ギルドの受付です。依頼でしたらこちらで承りますよ。」
その第一声に俺は不満を覚える。
「依頼ではなく冒険者になりたいんですが?」
「え?失礼ですがお年をお聞きしても?それに女の子ですよね?」
「俺は13歳の『男』です!」
「ええ!?」
俺の反発した返事に受付嬢が困惑した表情を浮かべ、周りの冒険者連中もギョッとした表情をしている。
なるほど、先程の違和感はそういうことか……。
「し、失礼致しました!ですが冒険者は危険な仕事になります。」
「そのことなんですが、仕事の内容に『配達』はありますか?」
俺が受付嬢に質問を返すと受付嬢はポカーンとした表情を浮かべ、やり取りを見ていた冒険者たちは一斉に笑い出す。
「だーっはっはっは!」
「よりにもよって『配達』かよ!!」
俺はその言葉にムッとした表情を向ける。
「た、確かに『配達』の仕事は冒険者にも依頼されます。」
受付嬢は慌てて補足する。
「ですが、冒険者に要求される配達は、一般の『手紙の配送』や商業ギルドで取り扱えないような内容が主な物となります。」
ああ、それだ。
俺はその言葉を聞いた時に、心の中で何かが納得した。
「是非、その仕事を受けさせてください。そのために俺は冒険者になります。」
「わかりました。こちらの用紙に必要な情報をお書きください。必要があれば、代筆等も行っておりますのでお声掛けを。」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
そうして受け取った紙を見ながら、必要な情報を書いていく。
「名前か……。」
俺は『ライン』とだけ書き、ここで改めて俺が平民になったのだと認識することとなる。
その後、用紙に書かれたギルドに関する規約に目を通していると、受付嬢がふふっと笑う。
「何かおかしな事が?」
「いえ、私もこの席について長いですがその規約を読む方に初めてお会いしたもので。」
「えっ?」
こんなに重要な事柄が書いてあるのに読んだり確認したりしないのか……。
特に『配達』の業務をする上ではなかなか重要なことが書いてあったが。
一通り目を通し終わり、内容を理解した後書類を提出する。
「はい、確かに。ではこれから冒険者証を発行するまで少々お時間をいただきます。」
「ではその間に、どういった依頼があるのか見たいのですが。」
「依頼票はあちらに貼り出されております。それと配達の依頼は一部に固まっておりますのでご確認ください。」
受付嬢の指し示した方には諸々の用紙があることに気がつく。
会釈をし、依頼票の確認を行う。
依頼票の内容は様々だ。
討伐、採取、護衛、中には指名手配犯の捕縛もしくは殺害などという物騒なものまで貼られていた。
そして俺の目当てである『配達』依頼は端の方に忘れ去られたように固まって貼ってある。
俺はそれら数枚の内容にゆっくりと目を通す。
しばらく眺めていると、時間がかなり経ち少し古びた依頼書が目に入る。
依頼内容
手紙と服の配達
依頼難易度
鉄級より
報酬金
銀貨三枚
依頼主
服飾店店主「ルード」
配達先
ミーギ村「ハイツ」
「あれ?この服飾店って…… さっきの?」
丁度その時だった。先程の受付嬢より名前を呼ばれる。
俺はこの依頼書を手に取り、受付嬢のもとへ向かう。
「お待たせ致しました。こちらがラインさんの冒険者証になります。ご確認ください。」
「ありがとうございます。」
俺は手渡された冒険者証を見る。
それは丸い鉄で出来ていてコインより少し大きいぐらいの大きさ。
そして名前と発行した街の名前が打刻されていた。
首にかける事も出来たため俺はそれを早速首に掛けることにする。
冒険者証は基本的に耐久性を高めるために、自身の階級を示す金属で出来ている。
また、形には円形と四角形があり、一定の経験や実績を積んだ者は四角形の冒険者証で表される。
「では、今日この時よりラインさんは鉄級冒険者です。ご活躍を期待しております。」
「はい。努力します。」
「ところで、その手にお持ちの依頼書は?」
「ああ、これなんですが依頼難易度は鉄級なので俺でも受けることは出来ますよね?」
手にしていた依頼書を受付嬢に渡す。
「ああ、これですね!確かに。受けられますよ!もしかして早速?」
「良かった。ではこれを受領したいのですが、どうすれば?」
「わかりました。今手続きしますね。」
依頼書を受け取った受付嬢は手慣れた手つきで早速手続きを進め、受領済みとしてくれる。
「お待たせ致しました。ではこちらの受領済みの依頼書をお渡ししますので……。」
「これを持って依頼人のもとに行き、配達物を受領後目的地に配達。配達完了書を貰いこちらに提出、ですよね?」
俺が先ほどの規約内容を暗唱すると受付嬢は目をパチパチさせて驚いていた。
「では行ってきます。」
「あ、依頼人の場所は?」
「大丈夫です。先ほど寄ってきた場所だったので。」
俺はそう言い残し、依頼書を鞄にしまい先ほどの衣類を買い取ってくれた店へと向かう。




