第1話 「決別」
年月が流れ、俺は十三歳を目前にしていた。
「うん、今日もラインは可愛いわ。ゴホゴホ……。」
「母さん、無理しないで。それに俺ももう十三歳になるんだよ?」
咳き込む母さんの背中を擦る。
母さんはある時期から徐々に身体が弱りはじめ、目に見えて悪い状態になっていた。
確かに俺はもう十三歳になるというのに、相変わらず線が細く顔も中性的であるため女性と間違われることが多い。
「訓練しているんだけどなあ……。」
俺は腕に力を込め、力こぶを確認してみるが、結果は虚しいものだった。
体力は血筋と毎日の訓練のおかげか自信はあったが、筋力や各種格闘術に関しては並程度の実力しか無かった。
けれども俺には、一つだけ人並み外れたものがあった。
コンコン
「入れ。」
低く、力強い声で部屋に招かれる。
「失礼します。お呼びでしょうか、父上。」
父に呼ばれ、仕事をしている父の部屋に入った瞬間、父が無意識に放っている圧に圧倒される。
「少し待て。もうすぐ終わる。」
そうして今取り掛かっている執務をしている様子の父を見る。
やはりとても血が繋がっているとは思えないほどの、圧倒的な体格差を感じる。
俺が新しく生まれた家、アイゼンバッハ家はグランヴェール王国において代々名だたる武人を輩出してきた公爵家だった。
父は現役の近衛団長であるし、兄たちも軍属で実力も有り階級もかなり高い。
俺はそんな家に転生した末っ子である。
「……うむ。待たせた。」
しばらくすると一段落したようで、俺に目線を合わせる。
その目は子に対する父の目とはとても見えない目力をしている。
「わかっているとは思うが、お前も来週には十三歳となり成人だ。」
そう、この世界では十三歳が成人年齢なのである。
そして十三歳を迎える者たちにとってとても重要な事がある。
「心得ています。」
そう返した俺の身体をじっと見つめ小さなため息を吐いたのがわかった。
「……。話は聞いている。やはりお前にはどうやら騎士としての道は難しい様だな。」
「申し訳ありません。」
俺は頭を下げる。
「だが、お前が持つマナの量はとても十三歳のそれとは思えない。」
「はい。」
そう、俺の唯一の能力とはこの国でもとても稀有な程の異常なマナ量であった。
だが、問題はある。
「選別の儀で属性が決まる。火、水、風、土……、お前も知っているだろう。」
「はい」
「戦闘向けの適性が出れば、魔法師として道はある。だが、もしも好ましい適性でない場合は……。」
「……はい。」
「期待している。」
「ご期待に添えるよう善処します。」
「うむ。」
そうして日にちが経ち、俺は十三歳の誕生日を迎える。
俺は父に連れられ、選別の儀が行われる大聖堂へと向かう。
母さんにも見せたかったが、あの体調では無理はさせられないな……。
母さんは日に日に体調が悪くなってきており、今ではほぼ寝たきりに近い状態になってしまった。
そうこうしている内に大聖堂に到着し司祭が出迎えてくれ、選別の儀が執り行われる祭壇まで案内される。
そこには一つの水晶玉を中心に据えた細工物が置かれていた。
「さあ、御手をこちらに。」
司祭の指示の通り水晶付近に手を伸ばす。
それを確認した司祭は何やら呪文のようなものを唱え始める。
内容的にこちらの世界の神に伺いを立てている様な内容であったが、正直今は結果のことで頭が一杯で詳細な内容までは入ってこなかった。
司祭の呪文のようなものが終わった瞬間、カッ!と強い光が水晶から出た。
きっと結果が出たのだろう、とそんな事を考えていると司祭が神妙な面持ちで悩み、冷や汗を流している様子が見て取れた。
「……。」
「……司祭様?」
司祭は何回か俺の顔と水晶を見比べている。
ゴクリと唾を飲み込み、覚悟を決めたような司祭が重々しく告げる。
「神の名の元にパーシヴァル・アイゼンバッハの子、ライン・アイゼンバッハへの選別の結果を告げる。結果は……、『無属性』。」
「えっ!?」
心臓が大きく跳ねた。
「……無属性ですか……?」
自分の声が、自分のものとは思えなかった。
ガタッ!!
祭壇近くに設けられた保護者の席付近から一際大きな音がする。
「む……、無属性だと……!?」
俺よりも遥かに動揺している様子で今まで見たこともないような表情をしている父の姿があった。
父はハッとした様子で、踵を返す。
「……帰るぞ。」
「父上……。」
「聞こえなかったか?」
「ですが……。」
「今は何も言うな。」
行きよりも明らかに早足で大聖堂を後にする父に追いつこうと俺も小走りで大聖堂を後にした。
帰りの馬車の中も非常に空気が重く、とてもではないが、口を開ける状態ではなかった。
家に到着し馬車を降りた時だった。
「今日のことはしばらく誰にも言わず、聞かれても何も答えるな。」
「……わかりました。」
俺は何も言い返すことができず、父の言葉の通り今日のことは誰にも話すことはしなかった。
安静にしている母には俺から話すことはできず、ただ時間だけが過ぎていく。
選別の儀から数日経った日のこと。
俺はいつもの様に日課の訓練をしていると屋敷内がにわかに騒がしくなっていることに気がつく。
「うん?何かあったのか?」
俺は近場に居た屋敷の侍女に話を聞く。
「ライン様……。」
侍女が俺の顔を見る。
その目を見た瞬間、嫌な予感がした。
「リーニュ様が……。」
「えっ?」
それからの事はあまりの衝撃で記憶が断片的である。
母さんが死んだ。
あんなに優しく、誰よりも想いが強かった母さんが死んだ。
人はいつか死ぬ。
それは理解している。
だがあまりにも早すぎる別れとなった。
葬式や告別式などがあったが俺は誰とも話さず、気がつけば埋葬され終わった母さんの墓の前に一人立ち尽くしていた。
「……なんだってこんな事に……。」
カチッ
手の中にあった『小さな箱』が音を立てる。
俺はその『小さな箱』に目をやり、そしてその時のことを思い返す。
選別の儀の後、さほど時間が経っていない時に母さんが呼んでいるということで寝込んでいる母さんの元へと向かった。
「ライン、おかえりなさい。ゴホゴホ……!」
「母さん……。」
俺は母さんの元へ行くも言葉が出なかった。
「……。」
「大変だったわね。」
どうやら母さんは父を通して俺の選別の儀の結果を聞いたようだ。
「母さん、俺は……。」
そう言いかけた時だった。
母さんが懐から『小さな箱』を取り出し、俺の手にそれを、そっと渡してきた。
『小さな箱』が手渡された時に、手の温もりとは別の何か温かなものが母さんから手渡されたような気がした。
俺はその感覚に疑問を抱き、思わず手を見つめる。
「ふふっ。何か感じた?」
「……良くわからない。」
「そう。」
わからないと答えたにも関わらず、母さんの顔は少し晴れたように優しく微笑んでいた。
「この『箱』は?」
手渡された『小さな箱』に目をやり、母さんに問いかける。
だが帰ってきた答えは曖昧なものだった。
「ライン。これを貴方に託します。……そして届けて。」
「届ける?誰に渡すの?」
聞き返したときだった。
母さんは激しく咳き込みだした。
「母さん!誰か!!」
俺が家の使用人を呼んだ時だった。
母さんは焦る俺の腕を掴みそして息を切らしながら言う。
「……繋げて……。」
その言葉が聞こえたかと思うと、家の使用人や仕えている医師等が部屋に入ってきた。
俺はその時の母さんの言葉を思い出しながら空を見上げた。
空からは涙を隠すようにポツリポツリと雨が降り出し始めた。
雨で濡れた身体を拭いていると父が呼んでいるとのことだったので、身だしなみを整え父の元へ向かう。
「父上、お呼びでしょうか?」
「……来たか。」
父の纏う雰囲気はいつもとは若干違う。
「ライン。お前のアイゼンバッハ家の人間としての身分を剥奪する。一週間の準備期間をやる。」
「えっ!?」
「お前は今後この家とは関係が無くなる。」
あまりの急な宣告に俺は激しく動揺する。
「それは私が『無属性』だったからでしょうか!?」
「……。」
父は俺の問いかけに答えることはなく、雨が降る窓の外を見ていた。
「父上!」
「くどい。話は以上だ。」
一週間後最低限の荷物をまとめ、俺は家の門の前に立っていた。
こうして俺は、アイゼンバッハの人間ではなくなった。
ただの『ライン』として、これからを生きていく。




