第11話 「切り札」
「ああ、それと言い忘れていたことがあった。」
思い出したようにシルバが話を続ける。
「今回の依頼は通常依頼ではなく『指名依頼』だ。なので支度金を渡すよ。」
「は……?」
俺はあまりの衝撃に思考が停止し状況が理解できなかった。
「おや、聞いていないのかい?」
シルバが意外そうな顔で逆に驚いてみせた。
「ええ……。まあ……。正直な話、報酬額よりも仕事の内容を今回は聞くつもりでしたので。」
率直に返答を返すとシルバは思わず笑いだす。
「ぶふっ、あっはっはっは!これは愉快!ますます君のことが好きになったよ。」
それを聞き俺は思わず赤面する。
その後話を聞くと、『指名依頼』はその特殊な性質上、成功報酬の他に準備資金を渡し、より成功に近づけるための特別な手当が発生するとのことであった。
「なるほど……。」
「それで今回の支度金なんだが……。」
と話を改めてシルバに振られた時点で俺がある提案をする。
「でしたら金銭的な支援ではなく物品の直接的な支援は可能でしょうか?」
「うん?それはまたどうして?」
「いえ、実は今回の旅の性質上、あれば良いなと思ったものがちょうど錬金術ギルドに依頼しようかと思ったものだったもので。」
それを聞いたシルバとミストは顔を見合わせ、ギラリと捕食者のような目を俺へ向けた。
「話を聞こうか……!!」
「うぅ……。」
俺はヘビに睨まれたネズミのように震えながらも今回の旅で使用するかもしれないあるものの案を提示する。
「……ほほう。なんでまたそんな突飛なものを?」
「保険……、ですかね。使わないに越したことはないんですが。可能でしょうか?」
「ふふふ。愚問だな。用意しよう。ミスト君!」
「了解です!」
そう言うとミストは部屋から飛び出していく。
鼻歌まで歌っていたようなので任せて問題はなさそうだ。
「他に必要なものはないかね?」
「でしたら、肩掛け用のショルダーバッグを頂きたいですね。」
「君はとことん配達人だねえ。良いだろう。それも手配させよう。なんなら革ギルドに紹介状を書くので予算内で作ってもらうこともやぶさかではないが?」
俺はそれを聞き目を輝かせる。
「是非!」
「ではそうしよう。出立はそれらの支度ができてからということでいいかな?」
「はい。よろしくお願いします。」
俺は礼を述べ、錬金術ギルドを後にし早速革ギルドに向かいショルダーバッグについての打ち合わせを行う。
「この程度のものなら、既存のものを改造すれば良いから、すぐにできるぞ。」
「そうですか。非常に助かります。よろしくお願いします。」
俺は革ギルドの職人に依頼を行い、後は今回の旅に必要になるものを揃えながら日々を過ごす。
数日後、ミストが早速依頼品が出来たということで確認に向かう。
「おはよー。ライン君。グラミちゃんは……、相変わらずか。」
服の中に隠れているグラミを見てミストは苦笑いを浮かべる。
「それで、物は?」
俺がミストに確認すると、とある一本の薬瓶が用意されていた。
「それにしても、とんでもないものを思いつくねえ、君。」
「以前も言いましたがあくまで保険です。使わないならそれに越したことはありませんから。」
「まあ、確かにこんなものは使わないに越したことはないわね。」
瓶の中身を知っているミストは苦笑いを浮かべる。
「おや?そう言えばそのショルダーバッグは?」
「ああ、はい。支度金代わりにお願いをした物ですね。先にできていたので受け取って今は試運転と言ったところですが非常に勝手が良く助かってます。」
「じゃあ、そろそろ出発かい?」
「そうですね。ミストさんから頂いたものが最後ですので、今回の依頼品の荷詰めをこれからさせて頂き、最速の荷馬車が今日の昼過ぎに出るそうなのでそれに乗っていこうかと。」
「なるほど。じゃあ早速準備しようか。」
俺は錬金術ギルドに用意してもらった『保険』を厳重に梱包し、ショルダーバッグの中に入れる。
「では確かに、ご依頼品五本、お預かりいたします。」
依頼品の梱包詰め込み作業にはシルバも同席していた。
というのも緩衝材を見てみたいということが主だった理由らしいが。
反応は言わずもがな、最初のミストと同じようなものであった。
「よろしく頼んだよ。今回は長旅だ。身体には気を付けて。」
「ありがとうございます。では行ってきます。」
「しゅっぱーつ!」
俺たちの乗り込んだ相乗り馬車は出発の鐘を鳴らしながらゆっくりと出発する。
相乗り馬車の中ではグラミは人気者だ。
何せ話すことができる小さな猫なんだから。
老若男女構わず可愛がられる。
しばらくすると、若干疲れたのか俺の服の中に逃げ込んできた。
「あはは。人気者だな、お前。」
「むー!」
俺は服の中に隠れるグラミを見て重要なことを思い出しグラミに告げる。
「そうだ、グラミ。今回の旅から一つ約束事を追加する。」
「やくそくー?」
俺がグラミとその『約束事』について話をすると、グラミは理由はわからないが理解はした。
「んー……?わかったー。」
しばらくの間はガタゴトと揺れる荷馬車に身を任せ、乗合の客たちとも話をしながら平和な旅が続く。
そしてある所まで着いたときだった。
御者の男から声がかかる。
「配達人の旦那。話にあった場所まで付きましたぜ。こっから先は道が舗装されていませんので揺れがひどくなりますよ。」
俺は予め御者に、途中下車することを伝えており、その場所についたら教えて欲しいと依頼していた。
「ありがとうございます。」
「いや、良いんだ。それよりも本当にこれからお一人で大丈夫ですか?」
「お気遣いに感謝を。それに俺たちは二人なんで。」
そう言いグラミを指さすとグラミは頭の上で胸を張っている。
「そうだぞ!僕もいるぞ!」
それを見た御者は笑う。
「ではご健闘を。」
そう言い、乗合馬車一行と別れ俺たちは徒歩での移動を開始する。
降り立った先の道はどうやら俺の考えが正しかったようで道は荒れており、馬車ではとてもではないが緩衝材が入っているとは言え耐えられるかどうかわからない状態だ。
「やはり途中で降りて正解だったな。」
だが当然だが、先程の御者が心配してくれたように別の危険度は跳ね上がる。
獣、魔獣、そして盗賊などの悪事を生業としている人間たちだ。
そうした者たちは徒歩で旅する者たちを好んで狙う。
ましてや俺は十三歳。身体も華奢で自分で言うのは何だが少女と間違われる程度の姿をしている。
そのため、特に人間から狙われる危険度が増す。
俺は外套を深く被りなるべく姿を露わにしないよう心がける。
幸いなことにいつからだろうか、何となくだが存在を目視しなくても直感に近い何かで自分から若干離れた位置に現れた者たちを気取ることができるようになっていた。
だがそれは、何となく魔獣か獣か人間か、そしてその数が分かるだけで詳細な種族や自身に対しての害悪の存在かどうかまではわからない。
あくまで分かるのは『比較的近くに種族不明の何かがどれだけいるか。』その程度だった。
俺はこの感覚を活かし基本的には身体強化、主にこういった足場の悪い部分では体幹を強化しバランスに重点を置く。
そうして何かの反応があれば多少、警戒レベルを引き上げる。
歩を進め、時間が経ちおおよそ未舗装の道の中腹まで来たところだろうか。
俺の感覚が前方に四人の人間がいることを察知する。
だが当然だが、わかるのは四人の人間ということだけで、性別すら判断できない。
俺に対して害する気があるかなども当然わからない。
できることは警戒のレベルを上げることだけ。
一歩ずつ近づき、目視できる頃にはそれは四人の中年男性であり、武装していることが確認できる。
だが武装しているからと言ってそれが判断材料になることはない。
この世界では武装していることは洋服を着るのと同じくらい当然のことだからだ。
だが用心することに越したことはない。
俺たちは彼らの横を通り過ぎる瞬間、わずかに目があったので軽く会釈をして通り過ぎる。
完全に後ろを取られた時、それは聞こえた。
スラッ
それは俺が公爵家で訓練をしてきた時に何百、何千と聞いてきた音だ。
剣を鞘から抜いた際に聞こえる擦過音。
俺はその音が聞こえたと同時に振り返るとやはり男の一人が抜剣している最中だった。
俺が気がついたのが意外だったのか男たちは若干驚いた顔になるが、すぐにその顔は邪悪に満ちたそれに変わる。
「……。何のつもりですか?」
俺がそう聞くが男たちは顔面に汚い笑みを浮かべる。
「悪いな、姉ちゃん。暴れなければ痛くはしない。なるべくな……。」
一人の男がそういったことで他の男たちも汚い笑い声を上げる。
瞬間
抜剣していた男が俺に斬りかかる。
だが俺はそれを頭で考えるよりも身体で理解していたので間合いを維持し、若干後退しながら踏み込んできた男の軸足に身体強化を掛ける。
すると軸足の制御が身体強化によりいつもと変化したことにより男はつんのめって盛大に転ぶ。
それを見ていた他の男たちは馬鹿笑いしながら転んだ男に声を掛けた。
「おいおい!!いい女過ぎて勢い余っちまったか!?ギャハハハ!!」
当の転んだ男はかなりの勢いで顔面から転び、ましてや片手に剣を握った状態だったのでまともに受け身も取れずかなりのダメージを負っている状態であった。
しかも何故このようなことになったのかが理解できず混乱している。
もう一人の男が片手斧を握り俺に向かい振りかぶる。
だが俺は冷静にその動きを把握し、その男の握り手に身体弱体を掛ける。
すると握り手の握力が途端に弱くなり、勢い良く振るった片手斧は手からスッポ抜け残り二人がいる付近に飛んでいく。
「あ、あぶねえじゃねえか!馬鹿野郎!!」
「えっ!?あ、いや!?」
やはり突然のことに斧を振りかぶった男も混乱を見せる。
その際に俺はショルダーバッグへ片手を突っ込み『保険』に手を伸ばす。
男たちは互いに罵声を浴びせている。
隙ができた。
その瞬間俺は声を上げる。
「プランB!!」
俺が急に大きな声で男たちに言葉を浴びせたせいで男たちは緊張の色を高める。
だが男たちにその言葉の意味は理解できない。
理解できたのはグラミのみだ。
グラミはその言葉を聞いた瞬間、鼻を押さえ俺の服の中に潜り込み態勢を固める。
それを確認した俺は男たち四人の嗅覚に対し身体強化を行い、それと同時に手に取った『保険』を男たちに向かって投げつけた。
男たちは「うおっ!」と言いながらその突然飛んできた物体を避けるがそれは地面に落ち割れる。
俺はというと『保険』を投げると同時に身体強化を可能な限り速度とバランスに重点を置いて掛け、一気にその場から逃走を図る。
男たちは各々が「待ちやがれ!!」と声を上げるが次の瞬間それは地獄の悲鳴へと変化する。
「くせえ!!!」
「うげぇ!!」
など悲鳴とともに激しく嘔吐する様子が音として聞こえる。
その音が聞こえる瞬間も俺は一切振り返ることはなくひたすらに逃げ、距離を開ける。
そう、俺が錬金術ギルドに依頼した『保険』とはとにかく激臭で構成された薬剤を薬瓶に詰めてもらった『臭い玉』だった。
その威力は凄まじく、普通に嗅いだだけでも忘れられないくらいの匂いなのだが、俺は男たちにピンポイントの身体強化として嗅覚強化を掛けている。
そんな状態でこの『臭い玉』を喰らえば……。
想像したくもない地獄絵図の完成だ。
男たちから大分距離を開けた時点で俺はようやく自身に掛けた身体強化を解除し、久しぶりの本戦闘の感覚に若干手が震えた。
いくら何百と訓練をしてきたとは言え、ああいった悪意を向けてくる人間の感情は正直、抜き身の真剣よりも遥かに怖いのだ。
「……だいじょーぶ?」
グラミがのそのそと服の中から出てきて俺を心配する。
「ああ、大丈夫だ。グラミこそ大丈夫だったか?」
「うん!」
「約束、上手く行ったな。良くできてたぞ。」
俺はグラミの頭を撫でる。
「うへへー。」
俺は休憩できる場所で腰を下ろし、収納鞄を地面に置き配達物に変化はないか、破損はないかを確認する。
逃げる際も、体幹を部分強化し、あまり揺らさずに走ることができたため、なんとか配達物の破損は避けることができた。
「ふう……。」
荷の確認が済み次第、俺はすぐに出立した。
今はすぐにでもより安全な場所に移動しなくては。




