閑話:侍女だけの神秘
第一部中の、あったかもしれない日常回。
ギャグです。
「……アメリア、緊急事態だ。すぐに来てほしい。」
時は治癒の神秘の研究中、場所は魔術師私邸の台所。騎士ヘルマンが色濃い疲労を隠さず顔に映して、やかんから湯気が出るのを待つアメリアを呼んだ。そのただならぬ雰囲気と遠くに聞こえる喧騒に、聡い侍女はおおよその事態を察知した。
「ヘルマン様!?わ、わかりました!今すぐに!」
おそらく我らが主、聖女様の一大事である。せっかく起こした火を迷いなく吹き消して、侍女は騎士の後続いた。
向かった先の会議室──と呼ぶにはあまりにも手狭で資料に埋め尽くされた一室では、今まさに迫真の激戦が繰り広げられている最中であった。
片や偏屈な魔術師テオフィルス、そして残る一方は、我らが聖女──ルツィア様、その人である。
「ババアにババアって言って何が悪いんだよ!んな基本的な理論も知らねえで何が聖女だ、この耄碌ババアが!!」
「てめぇこの野郎何度言ったら直るんだその言葉遣いはよォーーッ!!覚悟して言ってんのか?当然覚悟してんだろうなあ?!!」
とてもとても教会関係者には聞かせられない罵詈雑言の応酬に、侍女は息を飲み、騎士は深い溜め息をこぼす。
「ああっ、ルツィア様のお言葉が大変なことに!!」
「どうも議論とは関係ないところで火がついてしまったようでな……すでに私の言葉はもうお耳に届かない状況だ。今日は頼みのアーネスト様もいない。もはやアメリアに頼る他はないのだ。」
場を収めようとした努力虚しくこの有り様であると、平時の業務中ではほぼ起こり得ない騎士の諦念深き声色に、アメリアはいくらか緊張しながらも、決意に満ちた面持ちで頷いた。
「はぁ……分かりました、お任せください。こういう時のためにルツィア様より授かった『神秘』ですから。」
侍女は、聖女よりひとつ神秘の術を授かっていた。聖女曰く『もし私が我をなくして大暴れをしてしまったその時は、アメリアに唱えてほしい言葉があります』と。アメリアは大きく深呼吸をしてから、授けられし神秘の術式を頭の中で反芻する。
(その時には、両の目でまっすぐ視線を合わせ、真心を込め、はっきりと発声をする。)
アメリアはまさに“見境をなくした”聖女の前に立ちはだかり、指示の通りに朗々と術を発した。
「ルツィア様。――『パブリック・イメージ』!!」
「はっ」
「……お?」
アメリア自身は意味を理解しないながらも正確に発音された言葉──その神秘は見事効力を発揮し、聖女の怒りはたちまちに鎮められた。何が起きたのか把握できない魔術師は、突然止んだ怒鳴り声に肩透かしを食らう。
「ありがとうアメリア……私としたことが、つい乗せられてしまったようね。」
「なんだなんだ急に、何やったんだよ。」
その魔法めいた効果にそそられる好奇心のままに、魔術師は先程まで言い争っていたことも置いて、侍女を質問責めにする。
「さっきのは神秘か?それとも魔法か?お前くらいの立場じゃ神秘なんてもらえねーって言ってたじゃねえか、どんな仕掛けだよ。」
不躾な言葉の羅列に対する不快感よりも、自分だけが授かった特別な神秘を行使できたという高揚感が勝り、アメリアは勝ち誇ったようにテオフィルスに回答した。
「ふふん、すごいでしょう?ルツィア様直々に授けていただいた、私だけの『神秘』ですよ!貴方には絶対教えてあげません。」
「なんだと?今更神秘は秘密ってか?教会の下っ端のくせにいっちょ前に言うじゃねえか。」
「お前今アメリアになんっつった、おい」
侍女への愚弄に再び火のついた聖女の目はしかと据わっていた。低く喉を響かせる声で魔術師の脆弱な薄い肩を鷲掴みにしては、ギリギリを爪を立てて締め上げる。その邪悪な気配を帯びた主に気が付くと、アメリアは再び神秘を高らかに唱えた。
「いけない!――『パブリック・イメージ』!!」
「はっ」
「さあルツィア様、ここは一度引きましょうか。アメリアも。」
聖女が我に返った瞬間を逃さず騎士がその背を押して、侍女とともに台所への避難を促した。一時休戦である。
その後、神秘が2度にわたり唱えられた事実を聞かされた聖女は、激しい自責の念と羞恥心に駆られた。端から見れば主従が反転したかのごとく謝罪を繰り返す姿も、とても教会関係者に見せられたものではなかったが、アメリアはやはり得意げにルツィアによる神秘授与のおかげであると繰り返した。それがさらに聖女の傷口を抉っていることに騎士は気付いていたが、とても言えやしなかった。




