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納品


 今日は白亜宮がどこか騒がしい。慣れた勤務場所に一歩入った感想がそれだった。首を傾げながらルイスは事務所に向かうと、そこで話していた同僚の竜仕官を捕まえて話を聞く。

「ああ、ルイスはまだ聞いてなかったか。第三外周の南流通門の検閲でリンドウ石が出たらしいという話」

「えっ」

「現在真偽を確かめに竜仕官長様が向かってる。報告や対策はそれが終わってからになりそうだよ」

 そう告げた竜仕官も、詳細はまだわからないと言うことだった。とにかく、動揺はあるものの、竜仕官長が動いたのだからその後の報告を待つしかない。南流通門と言うと、仮投入された竜仕官見習いたちと、それに同行している竜仕官が発見したということだろうとは推測できる。

(とりあえずは自分の仕事をするしかない、か)

 今日も今日とて、相棒のカルセドニーが都市に来ていない以上、竜仕官の通常業務が割り振られている。今日の仕事の相方である先輩のベルデ・オーブシャンが出勤したのを見つけると、ルイスは自分の仕事へと向かった。


 白亜宮に納品される石は、都市東側にある鉱区から納品されるものが多い。形成される都市の近郊にはそうした石の採掘現場があるところが多く、タルテアンもその例に漏れない。巨大都市が要する天然の石の採掘現場は、新鉱物資源の採掘、それに含まれる秘石の確保、それ以外の需要のある鉱石の採掘として、都市にとってはとても重要な場所重要であった。

 石の利用方法は、第一に白亜宮での選別、第二に鉱石としての利用価値での選別を受けて市場に流れる事になる。その納品現場に立ち会うのも、竜仕官としての大きな仕事のひとつだった。それに、過去――二十年前にはこの場所にやってきた見習いが、今回の騒動でリンドウ石と名付けられた石を購入、竜の暴走へと繋がる大きな事件となったこともある。それにより、見習いは立ち会えず、こうして正規の竜仕官が同行する事になっている訳だ。

「今日も多いですね」

「そうだなー。ここ二ヶ月の採掘量は通常の一・五倍だったか? 一度鉱区の調査に、視察予定組んだ方がいいかもしれないなぁ。俺たちはこうして情報として見てるだけだけど、現場の肌感覚もかなり大事だと思うんだよな」

「同感です」

 目の前には石の山。コンテナに入った無数の石。無数の色。そして形。研磨されず、ただ掘り出されたままの石は、竜仕官二人と、その他の作業員の前に鎮座していた。

 ここは、タルテアンの東側に位置する第二外周と第三外周の間だった。

「こちらの綠甘藍はこちらの箱を移動お願いします。他は市場に卸して大丈夫です」

「花瑪瑙は久しぶりに見たな。数は少ないけど、品質は良さそうだ」

「白氷石の補充もありますね。ありがたいです。ああ、大きな石がみつかったと聞きました」

 会話に合わせて鉱区の記録員が神に数を書き記し、ルイスもまた、手元の書類に書き記す。後で搬入が決まった物品と照らし合わせだ。見るのは石、石、そしてまた石。時折自分の感覚を刺激する石の気配に感覚を研ぎ澄ませ、白亜宮に持ち帰るものを選別していく。

 最終的に竜に与える石の選別は、白亜宮にある石の保管庫で行うことになるけれど、この場では、少しでも感覚の琴線に触れたものを選んでいく。触らなくとも、そういうところに勘が働くようになるのだ。

 大きな部屋を端から端まで練り歩いたあと、固まっていた首を少し回し顔を上げる。

「終わりましたね」

 鉱区から派遣された記録員に、ルイスはそう声をかけた。一緒にいた記録員は、ルイスよりもいくらか年上の男だった。鈍色の髪に縁取られた黒色の目でルイスの顔をじっと見ると、にこりともせずに気持ち程度に頭を下げる。ただ、その目だけはルイスから外されない。

「? どうかしましたか?」

 作業を始める前、挨拶をしたときからこの様子は変わらなかった。作業中も何度か声をかけたが、寡黙なのはずっとで、それなのにこちらを観察している気配があった。それに質問したい気持ちはあったけれど、始めてしまった作業を理由もなく中断するのも憚られて、こうして最後まできてしまった。が、やはり気になるものは気になる。

「私の顔に何かありますか?」

「……あんたの顔には、何もない、が」

 唐突に男は顔をしかめると、一つだけ、と提案する。

「一つだけ、石のコンテナを追加してもいいか?」

「え、納品リストはここまでのようですが……」

 ルイスは少し考える。チェックとメモで埋まったリストを見て、追加自体は問題がなさそうだと判断した。

「大丈夫です」

 何かあるのなら、無碍に断る前に、男がいう『追加』を見てから考えようと思った。時間が逼迫している訳でもないし。

 男は少し待っていてくれと言い置いて、一度部屋を出ると、それほど大きくない木箱を運んできた。それほど重くはないのか、取り回しは軽い。しかし、なんでだろうか。少し、本の少し、飲み込む唾がざらついた不快感をルイスにもたらした。男は、並んだコンテナ列の端に、それを置くと、蓋の代わりにかけられていた布をとる。中身の正体がルイスの前に姿を現した。

「どうしてこれを……」

 手を伸ばそうとしたルイスを、男が制する。

「あんまり触らない方がいい」

「え?」

「敏感なら触らなくてもわかるだろ。嫌な感じのする石だ。あんたはこれを知ってるか?」

 男の目は真剣だった。ルイスは浅く呼吸をして、生唾を飲み込む。

「……ええ、知っています。あなたこそ、どうしてこれを」

 じっとこちらを見る目は、ルイスを注意深く観察したあとに、ルイス以外には聞こえないぐらいの声で告げた。

「……俺は、元竜仕官見習いだったからな。石の事なら、少しは感覚が働く。本当に『そう』だったのかは、あっちにいる竜仕官に聞くといい」

「ベルデ先輩の事ですか?」

「そうだ。元々同期なんだ。やめちまったけどな。数年前まで見習いをやってた。あんたの事も少しだけ知ってる。でだ、そんな事を語りに今回こうやって記録員してるわけじゃねぇ。あんたたちがこの石をどう思うか聞きたくて持ってきたんだ」

 布からちらりとのぞいているのは、紫色の石だ。特徴的な火花模様はないけれど、その気配、神経を逆なでる感覚。間違えようもない。

つくづく、最近はこの石に縁がある。

「リンドウ石……」

「リンドウ石、聞いたことねえな。新発見された石か? なんにせよ、この嫌な感じはなんだ。それがききたい。危険なものか、そうでないのか」

 得心がいった。目の前のこの記録員は元見習い。石の選別のための研修を受け、おそらく一度目の試験を合格している。その上で、数年前に見習いをやめたのなら、リンドウ石の事を知らないのも納得できる。リンドウ石の事は、まだ竜仕官と竜仕官見習い、水道局の上層部、竜の研究で時折竜仕官に関わるセーミャ、そして、都市政治に関わる一握りの人間しか知らないからだ。

「この石は……」

 どこまで話していいのかわからない。でも、こうして石の異常を感じ、持ってきてくれたことは感謝する事だし、元々見習いをしていた事も考えると、話しておきたい気持ちはある。

「どうした、ルイス。なんか嫌な感じが――」

 そこにやってきたのは、ベルデだった。足音を鳴らして足早にやってきた先輩は、ルイスが相手をしている人物を見て、足を止めた。顔を見て、誰だか認識して、息を飲んだ気もする。

 記録員の男の方が先に声をかけた。

「久しぶりだな」

 淡々とした声だった。続く先輩の方が、動揺しているように見える。

「二年ぶり、ぐらいかな。久しぶり。ここで色々と話したいところだけど、場所変えた方が良さそうだ」

 そういう先輩に、記録員の元見習いはほんの少しだけ苦い顔を見せた。





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