元見習いの男
元見習いの男は、ラッセル・ジョアンと名乗った。見習いをしていた時期は、ルイスとも被るらしい。ただ、ルイスはこの男の事をほとんど覚えていない。見習いになった時期が一緒でなければ、大きな白亜宮の中でばらばらに仕事をしている竜仕官見習いは面識がないことも多いからだ。そんな中、ベルデとラッセルは同じ年に見習いとなり、よく話もしていたらしい。
「面識もある。それに人柄も知ってる。石の選別に関してはとても優秀な奴だよ。リンドウ石の事も知らなかったのに、こうして竜仕官に接触できる機会に、実際に持ってきてくれた。あいつが持っている資質と、人間性は、俺が保証する」
話し合いのために、残った作業を片付けながら先輩はラッセルのことについて、ルイスにそう耳打ちした。邪気のない笑顔でそう言われてば、ルイスもそれ以上疑問を持つべくもない。
「見習いをやめたのは聞いてたけど、まさか鉱区で働いてるとはなぁ」
心の中で何かを噛みしめるように、そうかぁとつぶやいた先輩。ちょっと緊張しているような姿が印象的だった。
合流した部屋は併設されている小さな作業部屋の一室だ。中は簡素で、中央に固められた机の周りを、椅子が取り囲んでいる。その他、部屋の奥に窓があるくらいで、何もない。誰かにこうして貸せるように、物は少ないのかもしれない。
ラッセルは先に来ていて、机の上には彼が持ってきていた木箱がそのまま置かれている。
「こちらの今日の仕事は終わったよ。待たせたなラッセル」
話しかける先輩の声には親しさがある。何年見習いとして一緒にいたのかはわからないけれど、その数年の中でもとても親しかったのかもしれない。
「それほど待ってはねぇよ」
「相変わらず口が悪いなぁ。後輩が怖がるだろー?」
「言ってろ。本題に入るぞ」
「まったく、真面目だよな」
「おまえが不真面目なんだ」
茶々を入れあう二人。表情も砕けて見える。
「そうだなぁ。ラッセルには、この石の説明からしないとか。対外的には守秘義務が働いている話なんだけども、まあ問題はないだろ」
「いいんですか?」
「後で報告は上げるさ。ただ、こうして俺たちに石を持ってきてくれた事も加味すると、これは教えておいて協力して貰った方がいいだろ」
「そうですね」
その意見に否やはない。竜仕官と見習いと、中央の一部上層部で共有されている問題ではあるが、大きく広めない代わりに、その守秘義務の境界も実は曖昧だ。知るべき人が知る問題、というわけだ。
「そんなんでいいのかよ」
呆れたようにラッセルが口を挟む。
「いいんだよ。知らずに別の場所に流れていっても困る場面だろ?」
「困るのか?」
「大いに」
先輩はちょっとだけ眉を下げて器用に笑った。反対にラッセルの眉間には皺が寄る。大事の気配を察知したのかもしれない。
先輩は少し長い話になると前置きして、二ヶ月前に起こった事件のあらまし、リンドウ石が及ぼす竜への影響、人への害、そしてその石が元はなんなのかを語った。
段々と眉間の皺が深くなるのをルイスは先輩の話に耳を傾けながら見ていた。
「人と竜を呪う竜の死骸だって? にわかには信じられねぇな……。ただ、冗談にしては大まじめな顔だ。竜仕官殿が二人揃ってな」
苦虫を噛んだような表情で言葉を絞り出したラッセルは、そのまま喉の奥で呻いた。対照的に飄々としている先輩。
「まあ、嘘じゃないからな」
「……はぁ。これほんとに聞いてよかった話かよ」
「広めないでくれれば?」
「どうしろってんだ、広めたとしても簡単に信じられる話じゃねえよ。見習いだった俺はこの石の持ってる特異性に気づけるが、他の奴らはそうじゃねぇ。おまえたちはこれをどうするんだ……」
「回収する」
「回収した先は? 当てがあるのか」
先輩はルイスを見やる。回収されたリンドウ石は竜の庭から竜の墓場に返される。墓守と繋がりのあるルイスなら、竜の庭で呼びかける事によって、石だけを墓場に持っていってもらう事が出来るだろうと言ったのは、ウォンダーの言だ。まだ試したことはない。ちなみにウォンダー自身は、その身に宿る竜の力が、墓場へと導いてくれるそうだ。
閑話休題。
そんな理由で、リンドウ石は見つけ次第、竜仕官が回収し、竜仕官長の監督の元で、竜の墓場へ返還されるまで保管される。そして、機を見て、他の手に渡る前に竜の墓場へと返す。
「……ある。むしろ俺たちにとっちゃ石を見つけた場合は、回収するのが必須事項。この石も今日の内に持ち帰ることになるけどいいか?」
「それは、いいけどよ」
「どうした、歯切れが悪い」
「この石。持ってきていない分が、まだあるぞ」
「え……」
ラッセルの言い分に、ルイスと先輩は顔を見合わせた。
「今更なんですけど、この石を見つけた経緯を教えていただいてもよろしいですか?」
そうして、この質問を投げかけたのである。
ラッセルがこの石に初めに気がついたのは十日程前の事だったと言う。普段は鉱区でとれた石の鑑別、および記録を仕事としているようで、石を日頃から取り扱うのは当たり前だが、鉱区産出の物でない、都市外からの流入品を扱うことはほとんどないという。その中で、仲間の一人が品質の割りに安く手に入れたと言っていたのが、その石だったようだ。
「綺麗な淡い紫色で、カットによっては利益が大きいだろうって言ってたな。近寄った瞬間にこの石はおかしいと思ったよ。ただ、どうしてか、そのおかしさは他の奴らは全く気付いていなかった。『この石の事は俺にしかわかんねぇ』ってすぐ気付いた」
回収に一悶着あったが、鉱区の現場責任者の一声もあって無事石は回収され、全てがラッセルの元にやってきた。今日の日取りは前々から決まっていたため、石の事を確かめるために、こうして一部を持ってきたと言う。
「リンドウ石が回収しなければならんというなら、俺は全部あんたらに渡す。あの石は人の中にあっていいものじゃないと感じるからな」
むしろ鉱区にあって害をなす前に、回収して欲しい。ラッセルはそう言った。ベルデはそれを聞いて、回収の段取りをたてる。元見習いと、竜仕官二人が確認してリンドウ石だと結論づけた石は、竜仕官長が確認するまでもなく、本物だ。報告自体は回収して持ち帰った後にすればいいだろう。
問題はここに持ってきていないという石の事だ。できるだけ今日中に実物を確認して回収しておきたい。
今日の残っている石の納品業務は、白亜宮に移送の手配をするだけだ。
「ルイス。こっちのあとの作業は任せてもいいか? 俺はラッセルと確認に行ってくるよ」
「わかりました。任せてください。それでは私は移送の手配をしてきますね」
「うん、頼んだ」
決めて行動してしまえば早かった。
役割を分担して仕事に取りかかる。
ルイスは、少し個人的に話をしたいというベルデとラッセルを残して、一足先に部屋を出た。




