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中継点の話


 竜仕官見習いの業務変更があったのは数日経っての事だった。ルイスは竜仕官内で設けられた話し合いの場を思い出す。竜仕官長と、現職の竜仕官が集まっての会議だった。

 議題は、竜仕官の業務の割り振りについてと、見習いの業務拡大について。

「先の出来事で、現状の課題が浮き彫りになったことは、皆もわかっていることじゃろう」

 会議が始まって早々、そう話し出した竜仕官長の表情は険しかった。

 竜仕官以外の侵入による竜の庭への石の持ち込み、市長の白亜宮への人事的な介入。そして、それらを見抜けなかったこちらの落ち度。

「竜に影響を与えてしまうリンドウ石が、元々は死した竜の亡骸じゃということはルイスが報告をしてくれた通りじゃ。我々は、それをこの都市に入ってくる前に事前に回収し、安全を担保した上で、墓場と呼ばれる場所に還す必要がある」

 竜の墓場でルイスが見聞きした顛末は、事件のすぐ後、竜仕官長を通して既に竜仕官全体に周知している。石が竜の体だったということに疑問を抱く竜仕官は多かったが、リンドウ石と名付けられたその石が、危険なものであるという事実は全員がその身をもって体験したこと。竜仕官長の意見に反対するものはいない。

「二十年前、当時の竜仕官長の働きにより、竜仕官および、見習いに必要とされる技術の向上が行われ、今の厳格な竜仕官の基準ができあがったことは皆も知っているじゃろう。そこで、現行の竜仕官見習いに一つの資格を与え、都市内に流入する石の監視を強化しようと考えておる」

 その言葉に、一人に竜仕官が手を上げた。かなり年配の竜仕官の一人だ。竜仕官一人一人に階級の上下はないとはいえ、発言力の大きい人物である。そして、二十年前にも職務にあたっていた人物の一人だった。つまり、当時、誰が石を持ち込んだのかをよくわかっている人でもあった。

 オリクトはその竜仕官に発言を促した。

「オリクト様。それは見習いに、石に関わる仕事を与えるということですか?」

「その通りじゃ。危惧している事はわかっておるつもりじゃ。二十年前、石を持ち込み、竜を暴走させたのは紛れもなく、当時の見習いじゃった。じゃが、事件後に見習いの職務区分が見直され、そしてより明確な試験が行われるようになった。試験を突破できるような見習いは、石の扱いを十分に心得ておるとわしは思うておる」

 竜仕官たちは、お互いの顔を見回した。納得する者や、不安視する者、反応は様々だったが、老竜仕官は少し考えた後にこうコメントした。

「確かに、竜仕官となれる者たちは、リンドウ石を他の石とは明確に区別する事が可能でしょうな」

 オリクトは頷く。

「どうじゃろうか、最初は試験的な運用になるじゃろう。制度が有用と判断された時、見習いには準竜仕官資格とも呼べる資格を与えようと思う」

 その言葉に、疎らにだが、賛成を示す拍手が起こった。ひとまずはやってみよう。現行の竜仕官の制度では限界がある。そう感じている竜仕官が、少なくない証拠だった。


「それにしても、準竜仕官資格ね。とりあえずは、水道局との連携と、保安局での流入荷物監視が主だって話だったか」

 竜仕官を一人付けての試験運用が始まり、数日だ。ルイスにその仕事はまだ回ってきてはいないが、しばらくすると竜仕官も持ち回りで見習いの業務に同行することになる。

 また仕事が増えたなと思ったけれど、将来的に見習いの制度が確立すれば、竜仕官が専任でまわしている仕事も、少なくなるかもしれないという希望はあった。

「特に南流通門に重きを置くみたいですね。鉱区の方にも人員を置きたいというお考えもあるみたいですが」

「そっちの仕事はまだ俺たちの領分だな」

 都市内に入ってくる外からの荷物は大体都市の南門を通ってやってくる。そこにある検閲部門に竜仕官見習いを配置して、都市内に入る宝石・鉱石の類いを見極めようというのが第一歩みたいだ。

 一方都市東にある鉱区――都市近郊の鉱石採掘現場および採石場への派遣は見送られた。こちらからの石は、採掘された鉱石が主で、リンドウ石の都市流入経路としては考えにくいという判断だった。

「そういや、最近鉱区からの石の質が高くなったみたいだって報告があったな」

「竜の増減によって、鉱区に影響がある事は昔からいわれている事ですが、何かあったんですかね」

 新鉱石の採掘は、都市にやってくる竜の影響を受けて、その収量が増減する。この前の事件で影響が出たのなら、その調査もする必要があるだろう。鉱区からの報告は白亜宮の保管書類だから、時間があれば目を通しておきたいところだ。

 実のところ、竜が都市に与える影響は竜の息吹をもたらすだけではない。確かに最大の恩恵はそれだ。竜の息吹が生み出す水と、竜が都市を離れる時におこる雨。稀に都市に竜がやってくるときにも雨が降るとされている。

 そして二つ目は土地への加護。これは都市の規模と範囲に直結する。たとえば、加護がある範囲では農作物の生育がよく、その範囲の外は逆に育ちにくい。この土地の拡大縮小は都市の西側で顕著に見られ、毎年種をまく前の季節に竜仕官による都市範囲の計測が行われている。今年は春になる前に一度計測が行われたが、二ヶ月前の事件の後、再計測をして欲しいとの打診があがってきている。

 三つ目は都市周辺の鉱石採掘への影響だ。新鉱石がとれる量、質、そして種類が明確に変化する。都市が管理する鉱石での収入は大きく、竜による恵みは大きい。

 これらの影響と竜の関係は長年研究されている。白亜宮の資料庫には年ごとの竜のやってきた数、それぞれの竜の状態、そして都市におこった影響をまとめた多くのデータが保管されている。歴史研究や、竜と人との関わり合いを研究している人にとっては、その資料は宝の山だろう。

(とはいえ、竜の生態や都市以外に及ぼしている影響なんかはわからない事が多いんだよね)

 竜の墓場の事なんかはその最たるものだ。人は都市にやってきた竜の事しかわからない。都市にいない間、竜がどこで何をしているのか。

ルイスは相棒のカルセドニーの事を考える。タルテアンにやってきて、ルイスを相棒として選んでくれた竜。ふらりと都市にやってきて、ルイスと交流し、そして竜の息吹をもたらしてくれる。ルイスがカルセドニーを大切に思うように、あちらもまた、ルイスを大切に思ってくれている事はよくわかっている。

 竜とはなんなのだろう。人と竜の関係は。

「中継点への竜仕官の派遣も視野に入れているみたいって……ルイスどうした?」

「え、ああ、すみません。少し考え事を」

 疲れてるなら言えよーと先輩から軽い言葉がかけられる。本人は、いつの間にか椅子に後ろ向きに座っていた。背もたれに顎をのせて休憩の体勢だ。年かさの竜仕官が見たら怒られるだろう光景に、ルイスは苦笑した。

「それで、なんの話でした?」

 ルイスが促すと、先輩はぐっと手をのばして伸びをする。伸びた肩から関節のなる音がする。

「中継点への竜仕官派遣の話だよ」

「ああ……」

 ルイスは思い出す。そういえば、先の会議ではその話も入っていたんだった。見習いの職務について話し合いが成された後、話題の切り替わりのため、水道局となぜか外務局の補佐官が入室したのだ。水道局員は初めて見る顔だった。そして、外務局の補佐官はあのノルト・アーヴェンチュアだ。ルイスを見かけたノルトは、いい笑顔を向けてくれた。鼻白むルイスに面白そうな表情を滲ませたのは大変遺憾だった。

「ここから南東に位置する中継点で水不足が発生し、近くの都市に竜の息吹の追加を求めているって話ですよね」

「そうそう、それで状況次第によっては竜仕官を派遣するって話。でも、南東の中継点はここじゃなく、都市カイダフラームの管理地点だろう。だったらそっちで対応すればいいんじゃないかって思うけどねぇ」

「そちらにも事情があるのかもしれません。それを今、外務局が調査しているみたいですよね」

 都市と都市の間は移動日数にして数日分は離れている。その間の食料、水の補給点が無いと、都市間の移動が困難を極める。そのため、都市と都市の間には、商隊や旅人が利用できる中継点が設けられていた。それらの管理は近隣の都市が行い、健全に機能するように目を光らせている。

 しかし、中継点は都市のように竜がくる場所ではない。代わりとして定期的に竜の息吹を中継点には届ける必要があった。それに、竜の息吹は単独で水を出すようになるわけではない。出水を促すには秘石で作られた器が必要になる。そのまま中継点に配したのでは竜の息吹の盗難も考えられる事を思うと、誰でも出入りできる場所にする訳にもいかない。

 それらの理由もあり、中継点には竜仕官のみが入り方を知っている出水施設が設けられ、定期的に補充と点検のため、竜仕官と水道局員が派遣されることになっていた。

「都市の外かぁ」

 ため息と共に沈んだ声が先輩から発せられる。

 ルイスは思わず書き物をしていた手を止めた。

「……行きたくないですか?」

「ん? ああ、そりゃあな。都市の外は怖いだろ」

 怖い。怖いか。

 同意も相槌も打てずにいると、先輩は続ける。

「第一外周で育ってさ、こうして中央で働いて、都市の外に出ることなんて稀だろ? それで都市外に出ることはなくても近くに行くと思うんだよ。ここから離れると、竜の恩恵は届かないんだって。何が起こるかわからない。不毛の大地だ。いつだって俺の相棒に感謝してる。この都市に還ってきてくれる度に思うんだ『ありがとう』って」

 先輩は己の手を見つめる。

「竜を排斥して人が生きられるか? ……だから元市長のしたことがどうしたって理解できない」

 ルイスの手は完全に止まっていた。

 人の潜在的な恐怖を、他者はどうする事もできない。元市長が二十年以上抱き続けてきたものならなおさら。ただ、ルイスは竜が好きだし、相棒が大切だし、彼らが美しいと思う。翼を広げ、空を舞い、陽に輝く鱗を見ること。逆に、近くにいる竜の宝石の様な瞳を覗き込むこと、全てがルイスの心を捕らえて放さない。

「私もです」

「だよなぁ」

「だから、他の人にも知って欲しいですね。そして守りたいです。竜を、そして今生きている場所を」

「……だな。そのためにも、自分の仕事をしないとな」

 先輩は休憩終わりと行って、席を立ち上がる。

「それじゃあ、秘石の選別にいってくるよ」

 軽く手を上げて去っていった先輩を見送った。

 そして、心の中で、先輩には告げなかった事を思う。自分は、外の景色もまた、美しいと思っているということを。

 白亜宮の北側、穴場から見る外の夕焼けの景色は、息をのむほど美しい。

 第三外周から初めて外に出たとき、とてもどきどきしたことを。そこでもまた、人は生きている。

 ルイスもまた、次の仕事をするために自分の席を立ち上がった。



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