早い再会と頼まれ事
使用人に案内されたのは邸内の書斎だった。祖父の書斎よりも何倍も広く、壁には埋め込み型の本棚。広い窓が二つ。間の柱には木の光沢が美しい書斎机が配される。休息用の寝椅子まであるところを見ると、隅々までお金がかかっているのが見て取れる。先ほどノルトが、家格は同じくらいだろうなんて言っていたけれど、そんなことはない。レイガート家はどちらかというと実用的な人間が多く、邸の内装もさっぱりとしたものだったからだ。現在の家長である父もそうだが、祖父もその娘である母も着飾ることに興味が薄い。
家具の値段を予想して戦々恐々としながら、ルイスはそこに足を踏み入れた。
「家人が今日ここに来ることはありません。周りのものを壊さなければ、そう怖がることはありませんよ」
ノルトはそう言うと笑った。こちらがそれでほっとできると思ったのだろうか? そんなわけあるものか。いろんな言葉を飲み込んだ上で喉の奥に押し込む。
「……それで、問題の宝石はどこに」
「ああ、使用人の方が持ってきてくれます」
程なくして、案内してくれた使用人より、少し身なりのいい人が、書斎に入ってきた。その人は一つの箱を持ってきている。おそらくその中に宝石が入っているのだろう。己の主人の貴金属を管理するのもまた、使用人の仕事だ。
「此度は、こちらの要請を受け入れ、足をお運びいただきましてありがとうございます。数日前、主人自らが買い付けた件の宝石がこちらでございます。ご覧くださいませ」
恭しく開かれるふたに、ルイスはその中身を注視する。
開いた箱の中には、宝石のはめ込まれた指輪が、複数鎮座していた。宝石はひとつだと言う先入観があったため、ルイスは少し驚く。
「石の違う同じデザインの指輪、ですか」
「そうです。面白い趣向でしょう?」
普段なら、おもしろいと言えたかもしれない。リンドウ石関係なく、石をじっくりと見てもいいと言われたのなら。
石を見ることは好きだ。幼い頃は祖父から。学舎に入ってからは師匠たるセーミャから、石の事については教えてもらった。最初は竜と関わることだからと勉強していた事だけれど、段々と好きになった。
指輪の石はぱっと見ただけで、価値が高いものだとわかる。それぞれの石は、玉手箱のような宝石箱の中で、小さな光をこぼしていた。
「これは触ってもよろしいのでしょうか?」
ルイスが質問すると、使用人は恭しく頭を下げた。鉱物としては既存鉱石にあたる紫水晶。そして、竜の英雄伝承以降に採掘されるようになった新鉱物資源。白氷石や、陽包石なんかもこれにあたる。竜に与えられる秘石がみつかるのは、実はこの新鉱物資源の方だけだ。
タルテアンの東側にも、大きな採石場があり、何人もの人が働いている。
手を伸ばせば、わずかに呪いの気配がした。二ヶ月前に散々感じた気配。背筋を冷たい手で撫でられるようなその感覚は、久しく感じていなかったけれど、覚えのある感覚だった。懐かしくなると同時に、悲しくもなる。悲しく感じながらも、自分に定めた役割を果たさなければと奮起する心の火もまた灯る。
ただ、おかしな事に、その気配は布でくるんでしまったかのように遠かった。実際に指輪にも石にも触ってはいないものの、何か違うというのが自分の解答だった。
「……」
「リンドウ石はありましたか?」
少し考え込むルイスを観察しつつ、ノルトは質問する。ルイスは首を縦に振った。
「……あります」
「それでは、どの石が?」
手の平で示された石たち。さあこの中から選んでくださいとばかりに綺麗に並べられた指輪。同じデザイン、同じ色の違う石。そして、呪いの気配。
ルイスは指輪をとろうとしていた手を下ろした。そして口を開く。
「この指輪の中に、リンドウ石はありません」
ノルトを見やると、外務局局長補佐である男は笑っていた。
「それでは、石はどこに?」
ルイスは少し躊躇して口を開く。
「箱を貸していただいてもよろしいでしょうか?」
使用人は恭しく頭を下げる。
「いかようにも」
手渡された宝石箱を受け取ると、ルイスは書斎机に歩み寄る。箱をその上において、ふたは開けたままに、おもむろに指輪の固定された台をはずそうと試みる。誰にも静止されないのをいいことに、爪を引っかけて取り外した。一応指輪は落とさないように注意はする。
しかし、ルイスにはなんとなく予感があった。おそらく、ルイスがこの指輪に何かをしたとしても怒られないと。
箱をルイスに渡して粛々と壁際まで下がった使用人。そして、ルイスの事を面白いものを見るように見物しているノルト・アーヴェンチュア。邸の主人に挨拶もせずに、使用人の出入り口から案内されたその時から、ずっと心のどこかで引っかかっていたのだ。
箱の全体的な大きさのわりに、中は浅い指輪の箱。布張りの板の下からは、ルイスの予想した通り一つの石が出てきた。
リンドウ石だ。大きさは親指の爪ほど。指輪に装飾されるようなカットも研磨もされておらず、色は淡い紫色。ただ、その中に特徴的な火花のような模様は見えない。石になった竜の部位によって、石の模様がかわってくるのかもしれない。竜の墓場で見た竜の石は、場所によって火花のようなオレンジ色があったりなかったりした。ここまで細かい石になってしまえば、こうして火花模様のないところもできるだろう。しかし、感じる気配はリンドウ石そのものだった。
「これでよろしいですか?」
ノルトは鷹揚に頷き短い拍手をする。
「そうですね、いささか簡単すぎたのかもしれませんが、あなたは僕が与えた問題を解いてみせました。なら、こちらとしても種明かしをしなければいけませんね」
ノルトが目配せをすると、使用人は頭を下げて、部屋から出て行く。それを見送ると、ノルトはルイスの方を向いた。書斎机の上で、置いていかれた指輪とリンドウ石が窓から差し込む陽の光に照らされている。
「まずは謀った事を謝罪しないといけませんね」
慇懃に一礼して謝罪するノルト。まるで舞台上の役者のようだが、おどけてみせる姿は最初の対面の時よりも、衣を一枚はぎ取った姿のように思える。しかし、形だけの謝罪にルイスは白い目を向ける。相手は気にしなかった。そのまま言葉を続ける。
「今回話した『依頼』というのは存在しません。一から十まで僕が準備したものですから」
「石の用意も、指輪の用意もですか?」
「ええ。それに、この舞台も人も、です。ああ、ここがアーヴェンチュア家分家のシオンホセ家の邸である事は本当です。必要な場所はこうしてお借りしてます。裏を返せばそれだけですけど」
何もかもでまかせだったと言うことだ。邸のことと――ここにリンドウ石があると言うこと以外は。
「目的は、『試すこと』ですか?」
「正解です」
「竜仕官が、リンドウ石を見分けることができるのか」
「そうです。……なぜだと聞きたそうですね。竜仕官という職業の特殊性を、あなたはよく理解していると思います。都市にやってくる竜に対応するということ、そして、竜に与えるための秘石を選ぶ人材であること」
ノルトは服からすり替え用の指輪を取り出すと、書斎机の上に並べた。
「だけど、今回の騒動であなたたちは後手に回らざるを得なかった。その原因がどこにあるのかわかりますか?」
「リンドウ石の存在を、竜の庭に侵入する前に気がつけなかったこと、ですか?」
「よくわかっているじゃありませんか。二十年前のこと、僕も今回の事があって少し調べさせてもらいました。あなたの祖父の対応は、結果的に不十分だった。石を見分ける能力を高める点については、今あなたが証明した通り有効ですが、外部への対策が成されていなかった」
この男に言うことは間違っていない。白亜宮では今も、竜によって壊された建物の修復が行われている。市長の陰謀に荷担した人間のあぶり出しもまた、継続しているはずだ。水道局も、保安局の警備部も関係者の除籍処分に、その埋め合わせの増員・人事異動を行っている。
竜に憎しみを抱いた一人の男と、その息子が関与した大きな事件だった。それを、竜仕官はとめられなかった。石を見分ける能力を持ちながら、だ。
「新しい対応策を考える必要があるんです。市民の中にも、不信感を抱く人がいます。突然の市長の逮捕が発表され、実際、中央に集まってくる複数の竜を見られているわけですから」
白亜宮に竜が集まり、市長が白亜宮内部の統制を行っていた頃、ルイスたちは宿舎に監禁されていたわけだが、その時外ではちょっとした騒動になっていたと後から聞いた。都市に竜がやってくることはよく見る光景だけれど、それが複数一度にやってくることは少ない。短時間にどんどんと増える竜に、不安に思う住民がいることも想像に難くない。
「こうして、不意打ちの様にあなたを試したのは、僕が外で手に入れた石が本物であるか半信半疑だったことと、本物だった場合、白亜宮には持ち込みたくなかったからと言う事情もあります。ああ、あとは僕自身が、ルイス・レイガートという人物に興味があったから、というのも大きいですね」
瞳がこちらを覗き込む。ルイスに対する興味が、その中には宿っている。
「……。私が、特別だとは思いませんが」
「おや、謙遜はよくない。不思議な旅の男と共に、都市の危機を救った竜仕官殿? これでも感謝はしているんです。僕はこの都市がなくなって欲しいと思っている訳ではありませんから。都市をまるで鳥籠みたいに窮屈だと思いますが」
鳥籠。都市の事を、そう称する人間には初めて会った。
ノルトはにっこりと笑って「自由が好きなんです」と付け加えた。
ルイスはウォンダーの事を思い出す。都市の外を旅して暮らしながら、自由に生きているようには思えない。役割を背負うその暮らしと生き方は、彼が自分自身を縛る枷の様に思う。
ただ、竜の墓場の光景を思えば、わかる気もする。彼は自由のために都市の外で生きているのではなく、リンドウ石を集めるという彼の目的のために生きているからだ。
「まあ、感じ方も自己自認も人それぞれですよね。とにかく、僕の用事はこれで終わりです。お詫びも兼ねて、少しの質問なら応える当てがありますが、どうされますか?」
「それでは一つ、いいですか?」
「何なりと、応えられる範囲でお答えしましょう」
「あなたは都市の外で、この石を手に入れたとおっしゃった。つまり、また都市の近くにリンドウ石がある、ということですか?」
ノルトはそれを聞いてうっそりと笑う。
「そうかもしれません」
彼の答えは曖昧だった。ただ、否定はしなかったから、ルイスは続ける。
「それを全て回収する事はできますか?」
男は笑みを深くしたかと思うと唐突に破顔した。
「――あははは!」
いきなり笑い出したノルトにぎょっとする。
「いえね、びっくりして、いやーなんだかおかしくって! 確かなことは言えませんが、出来るかもしれません。それは僕の目的とも一致する話です」
「どういうことですか?」
「まだ未確定な事なので詳しくはお話しできませんが、近いうちにまた何かを頼むかもしれません。その時はまた、今回のようによろしくお願いします」
あまりよろしくしたくはないと言うが本音だけれど、そんなふうにはいかない予感が、ルイスにはあった。
眼前でにこにことして機嫌が良さそうにしている男に、鳥肌が立つ。早まったのかもしれないと心の中で思いつつも、リンドウ石の事が気になっているのは本当の事で、前言撤回もできない。
彼の言う『その時』がいつになるのかは分からないけれど、少しこの男についても気になることができたので、それまでには自分も調べておこうと思った。そうするのは難




